タイの首都バンコク北部チャトゥチャック区のビアパブ「ナ・ラップラオ(現地名・ロン・ビア・ナ・ラップラオ)」で2026年7月12日深夜に発生した大規模火災は、惨劇から3日が経過した15日現在で死者が32人に達した。バンコク防災減災局(DDPM)の初期発表では死者27人とされていたが、重度の気道熱傷で集中治療室(ICU)にいた若者らが次々と息を引き取った。
負傷者は70人を超え、20人以上が依然として生死の境をさまよっている。

その他の写真:ICUイメージ

 タイの主要英字紙「ネーション(The Nation)」は15日、警察の検証により、同店が騒音苦情を避けるため屋根や壁を増設し、極めて密閉性の高い構造へと違法改造していた事実を大々的に報じた。利益優先のずさんな増改築が招いた人災の様相が濃厚となる中、被害者家族はタイの救急医療制度が内包する「無償72時間の壁」と、私立病院での高額治療費による経済的破綻という過酷な現実に直面している。

 悲劇は12日23時57分ごろ、週末を楽しむ約300人の客でごった返す店内で起きた。生存者の証言や当局の調べでは、出火元はステージ付近のブレーカーに加え、天井のエアコン付近での電気系統ショートが急速な延焼を引き起こしたとみられる。突如として鈍い爆発音とともに停電し、火花が天井へ燃え移った。地元紙「タイラット(Thairath)」によれば、騒音防止のため全面に貼られていた安価なウレタン製防音材が炎に包まれ、瞬く間に燃え広がった。有毒ガスのシアン化水素が密閉空間に充満し、客から視界と呼吸を奪った。犠牲者には地元で人気の音楽バンドのメンバーも含まれ、社会に大きな衝撃を与えている。

 パニックに陥った客は唯一の広い出口である正面玄関へ殺到したが、すでに激しい炎と黒煙に遮断されていた。本来機能すべき非常口は無断出入り防止のため日常的に施錠され、物販用テーブルや露店に塞がれて避難経路の役割を果たしていなかった。正面の退路を断たれた人々は建物奥のトイレや楽屋へ逃げ込んだが、窓も排気設備もない密室であり、多数が折り重なるように命を落とした。
現場を視察したアヌティン首相は、非常口とされる扉の1つが従業員専用で緊急時の表示がなかったことを指摘し、経営者側の安全管理を厳しく批判。チャッチャート都知事も避難経路の障害物が被害を拡大させたと述べ、都内全域の娯楽施設への緊急立ち入り検査を強化する方針を示した。

 現在、かろうじて生き残った重傷者たちは、公立病院や事故現場近くの高級私立病院など計16カ所に分散して収容されている。多くが有毒ガスによる深刻な肺損傷を負い、人工呼吸器など生命維持管理が必須だ。ここで家族に重くのしかかるのが、医療保障制度「UCEP(救命救急保障制度)」の限界である。同制度は最重症患者に対し最初の72時間は無償で緊急医療を提供する枠組みだが、火災発生から72時間が経過した15日深夜以降、無償期間は順次終了する。制度上は患者が加入する公的保険の指定病院へ転院する必要があるが、人工呼吸器を装着した状態での移送はリスクが高く、医師が転院を許可できないケースが多発している。転院できず私立病院のICUに留まれば、1日あたり数十万から数百万円規模に上る莫大な自費診療費が容赦なく家族に請求される。被害者には保険未加入の非正規従業員や周辺国からの出稼ぎ労働者も多く、すでに高額な治療費を提示され途方に暮れる家族も少なくない。これに対しパタナー保健相は、医師の判断で私立病院での治療継続を認め、事後精算できるよう特例的な調整を指示したが、全額補填されるかは不透明なままだ。

 タイでは2009年のバンコク・ナイトクラブ火災(66人死亡)や2022年チョンブリ県パブ火災など、非常口不足やウレタン防音材による惨劇が繰り返され、行政の怠慢が指摘されてきた。今回の惨事は、違法建築を長年黙認してきた社会の構造的な安全軽視のみならず、突発的災害に直面した際の医療格差という歪みを改めて浮き彫りにした。
生死の境をさまよう患者の回復を祈りながら、高額な医療費に怯える家族の悲痛な叫びは、二度と同じ悲劇を繰り返してはならないという政府への鋭い問いかけとして響き続けている。
【編集:af】
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