2026年7月21日、タイで昨年実施された地方公務員の採用試験をめぐり、大規模な得点操作が行われていた事件で、タイ政府は不正に加点されて採用された5924人を一斉に解雇する方針を正式に発表した。被害総額にあたる賄賂は最大で45億バーツ(約195億円)に上るとみられ、警察当局は隣国へ逃亡を図った主犯格らを次々と逮捕した。
事態を重く見た政府は過去10年間にさかのぼる徹底調査と全受験者の再採点に乗り出しており、行政に対する国民の信頼を根底から揺るがす過去最大級の汚職事件は、地方行政に深刻な混乱をもたらす異例の事態へと発展している。

その他の写真:タイ・イメージ

 現地の日刊英字紙であるバンコク・ポスト(Bangkok Post)などの報道によると、行政機関と警察の合同捜査により、巨大な汚職ビジネスの全容が明らかになりつつある。捜査当局は首都郊外のノンタブリー県にある拠点を家宅捜索し、公務員を中心とする10人のグループが約3000枚の答案用紙データを組織的に書き換えていた現場を摘発した。また、公文書の隠匿や破棄の容疑で自治体や大学の関係者を含む主犯格の男女3人を逮捕し、そのうち1人は隣国ラオスへの逃亡を図ったところを国境付近で拘束されたという。受験生が採用斡旋の仲介者らに支払った賄賂は1人あたり最大80万バーツ(約390万円)に達し、事件全体で動いた不正な資金は最大195億円規模に膨れ上がる可能性が高いと報じている。解雇される約6000人の職員は今年3月からすでに各地の自治体で勤務を始めており、彼らが一斉に職場を去ることで公共サービスの現場に大きな穴が開く懸念が高まっている。

 政権にとって致命的になりかねないこの不祥事に対し、タイ政府があえて情報を隠蔽せず積極的な公表と厳格な処分に踏み切った背景には、政府が掲げる汚職撲滅の決意を国内外に示す強い狙いがある。政府は採点システムが電子化された過去10年間にさかのぼって採用試験結果を再調査する方針を固めた。さらに、タイで最も歴史のある日刊紙タイ・ラット(Thai Rath)によると、政府は大量解雇による欠員を補充し、実力で合格点に達していた本来の正当な受験者を救済するため、全国の全受験者約48万人分の答案用紙約80万枚をすべて再点検し、点数を再計算する前代未聞の措置を開始した。この再採点作業が完了し次第、新たに正しい合格者名簿が発表される予定だ。集められた数百億円規模の賄賂が政府や自治体の上層部の誰に流れていたのかという資金ルートの解明こそが最大の焦点であり、末端の実行犯の逮捕だけで幕引きを図ることは許されないと厳しく指摘している。

 一方で、この数千人規模の大量処分は、タイの司法および矯正行政が抱える現実的な壁も浮き彫りにしている。
タイの法律では公職を得るための贈賄は重大な犯罪であり、不正に合格した者は解雇されるだけでなく刑事訴追の対象となる。しかし、現在のタイの刑務所はすでに約30万人を抱え、東南アジアで最も深刻な過密状態にある。受刑者を維持するための社会的コストは、日本の場合で1人あたり年間約600万円かかるとされるが、タイの物価水準を考慮しても年間200万円程度はかかると専門家は試算している。仮に6000人近い不正合格者全員を逮捕して実刑に処せば、毎年100億円を超える新たな予算が必要となり、国家財政を圧迫することは避けられない。そのため政府は、悪質な斡旋業者や主犯格には重い実刑判決を下す一方で、末端の受験者に対しては懲戒免職と将来にわたる公職就任の禁止といった社会的制裁にとどめるという、理想と現実のバランスを取る苦渋の選択を迫られている。

 この大規模な不正は、決して現代のデジタル技術が突如として生み出した新しい犯罪ではない。タイの社会には、有力者と一般市民が保護と恩恵を交換するパトロン・クライエント関係や、「セン」と呼ばれるコネクションを重んじる文化が根付いている。20年前は、面接官に直接現金を渡すなどの個人的でアナログな手法であった縁故採用が、行政の電子化に伴って少数の権限者が一括してデータを操作できる巨大な汚職ビジネスへと変貌を遂げたに過ぎない。そしてこの問題はタイ一国に限った話ではなく、カンボジアやインドネシア、フィリピンなど東南アジアの多くの国々でも、公務員採用において賄賂や有力者の口利きが当たり前のように横行している。経済発展が著しい東南アジアにおいて、国家運営の基盤となるべき公務員制度が血縁や地縁、金銭の力で歪められている状況は、この地域共通の宿痾である。タイ政府が今回見せた10年間のさかのぼり調査と数千人の一斉解雇という強硬な姿勢は、社会の根底に潜む縁故採用の闇と決別し、真の法治国家として成熟できるかどうかの重要な試金石となる。
【編集:af】
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