沖縄・南大東島の海底には、光の届かない水中鍾乳洞「黒の洞窟」が広がっている。
高度な潜水技術がなければ到達できないその暗闇の中に、水中探検家の伊左治佳孝(いさじ よしたか)氏が潜り、体長4mmほどの小さな生物をすくい上げた。
持ち帰った個体を京都大学と広島大学の研究者が調べたところ、まだどこにも記載されていなかった新種のヨコエビの一種であることがわかった。
この新種は、採取した伊左治氏に敬意を表し「Bogidiella isajii」の学名が付けられた。和名はイサジカンゲキヨコエビである。
この研究成果は『Zootaxa[https://mapress.com/zt/article/view/zootaxa.5831.3.5]』誌(2026年6月16日付)に掲載された。
高度な潜水技術が必要な沖縄の「黒の洞窟」
沖縄本島から東におよそ360km、太平洋に浮かぶ南大東島は、島全体が石灰岩でできている。石灰岩は水に溶けるため、長い年月をかけて島の地下には無数の洞窟が刻まれ、やがて海面が上昇すると水没して海底に残った。
「黒の洞窟」も、そうしてできた水中の鍾乳洞である。
海とつながってはいるものの、内部は閉ざされていて、途中で水面に浮上できない。到達するには高度な潜水技術と装備が必要となる。
到達困難な真っ暗な洞窟の中には何が潜んでいるのか、これまでほとんど知られてこなかった。
テレビ番組の撮影中に採取された4mmの生き物
水中探検家の伊左治佳孝(いさじ よしたか)氏は、水中洞窟や沈んだ船、水没した炭鉱など、直接浮上できない閉ざされた場所に潜り、調査して記録に残す活動を続けてきた。
2025年5月23日、伊左治氏はNHKの番組制作のために「黒の洞窟」へ潜り、水中からピペットで体長4mmほどの小さな生物を吸い取った。
目を持たず、体には色素もない。光の届かない地下の水の中で何世代も暮らしてきた生物だった。
研究者によりカンゲキヨコエビ科であることを確認
伊左治氏が持ち帰った小さな生物は、広島大学の富川光氏と京都大学瀬戸臨海実験所の下村通誉氏らの研究チームにより分析が行われた。
その結果、ヨコエビの仲間、カンゲキヨコエビ科(Bogidiellidae)であることがわかった。
ヨコエビは端脚目に属する甲殻類で、クルマエビやサクラエビが属する十脚目とは目のレベルから異なる。
体は左右から押しつぶされたように平たく、横向きに倒れた姿勢で動くことから、その名がついた。
大きなハサミを持たず、体長は数mmから数cm程度と小さい。
なかでもカンゲキヨコエビ科は、洞窟や地下水、地層のすきまといった暗闇の水中で暮らす仲間である。
和名の「カンゲキ」は、生き物がすむ「間隙(かんげき)」、地層のすきまに由来する。
地下での暮らしに適応した結果、目と体色を失い、脚が細長く伸び、泳ぐための足が退化するという特徴を共通して持つ。
世界各地の地下水や洞窟から、カンゲキヨコエビ科の仲間がこれまでに数多く見つかっている。
まだ未記載の新種だった
研究チームは、伊左治氏が採取した個体を、これまで記載されたすべての種と比べた。
腹部にある泳ぐための足は、通常なら内側と外側の2本の枝に分かれている。
ところが採取された個体には内側の枝がなかった。
さらに、尾の付け根から伸びる2対の突起には外側にとげが生え、尾の先端にある板は切れ込みのない丸い形をしていた。
メキシコに分布する近縁種とよく似てはいたが、触角の付け根にある突起の長さ、あごに生える毛の数など、細部が一致しなかった。
遺伝子を調べても、既知のどの種とも異なっていた。
伊左治氏が暗闇から持ち帰った1匹は、世界の誰もまだ記載していない新種だったのだ。
採取した探検家の名が学名として刻まれる
研究チームは新種として学術誌に記載した。
学名は Bogidiella isajii(ボギディエラ・イサジイ)。命名の由来には「採取者である伊左治佳孝氏に敬意を表して」と記されている。和名は「イサジカンゲキヨコエビ」となった。
ホロタイプ(正基準標本)は体長4.3mmのメスで、国立科学博物館に永久保管される。以後、この生き物がその種かどうかを判断するときの物差しになる。
自分の見つけたものに自分の名が記されるのは夢のある話だ。
伊左治氏の場合は、到達するのが困難な暗闇に潜り、丁寧に発見した生物を持ち帰ったという功績が称えられ、研究者の側から贈られた。
石垣島にも新種のヨコエビの仲間がいた
同じ論文[https://mapress.com/zt/article/view/zootaxa.5831.3.5]では、もう1種の新種も記載されている。
石垣島の洞窟を流れる淡水から見つかったヨコエビで、学名は Bogidiella painushima、和名は「イシガキカンゲキヨコエビ」という。
種の名にある「painushima」は、沖縄方言で「南の島」を意味する。
石垣島の豊かな生物多様性を地元の人に知ってもらい、愛着と誇りを持ってほしいという願いが込められている。
南大東島と石垣島は別々の現場で、それぞれの洞窟でそれぞれの新種が見つかったのだ。
その2つの新種が同じ論文に並んだ。
名もなき生き物はまだたくさん潜んでいる
琉球列島の地下水や海底の洞窟にすむ生物は、これまで考えられていた以上に多様で、その多くはまだ解明されていない。
伊左治氏は南大東島での調査を今も続けている。
新種は、遠い秘境だけにいるわけではない。庭先の落ち葉の下にも、近所の川の石の裏にも、まだ名もなき生物がひそんでいる可能性がある。
私もいつかは新種を発見しようと、日々の散歩で探し回っている。スマホのGoogleレンズで名前を調べるのも楽しい。
好奇心を持ち続けることができれば、いつかきっとすごい出会いがあるはず。そう信じて、道端の小さな虫や雑草と語り合う日々もいいじゃない?
もしかしたら、次に自分の名前が新種の生物、あるいは新たな惑星の名を刻まれることが、あったりなかったりするのかもしれない。
References: DOI: 10.11646/zootaxa.5831.3.5[https://mapress.com/zt/article/view/zootaxa.5831.3.5]











