スペイン西部の遺跡で、2500年前の青銅製の飾り台が見つかった。神々に捧げるための奉納品で、車輪が付いた台の上で香を焚く。
飾り台の正面には舌を突き出した河の神アケローオスの顔、両端には鷲の頭とライオンの体を持つグリフォンが据えられている。
スペイン国立研究評議会などの研究チームによると、この飾り台は真っ二つに割られた状態で土の中から出土したという。
この集落に暮らしていた人々は、自分たちの建物を焼き払い、飾り台を割って焼け跡に埋め、そのまま土地を離れていった。
以降、住民がどうなったのかはわかっておらず、遺跡も遺物も一切見つかっていない。
この発見は、2026年6月24日にスペイン国立研究評議会(CSIC)本部で行われた記者会見で発表された。
儀式の間から出土した青銅の車輪付き飾り台
スペイン国立研究評議会(CSIC)とエストレマドゥーラ州政府の共同機関であるメリダ考古学研究所の研究チームは、スペイン西部バダホス県グアレニャにあるカサス・デル・トゥルニュエロ遺跡で青銅製の飾り台を発掘した。
2026年4月から5月にかけて行われた発掘調査で出土したのはS3通路と呼ばれる場所で、牛の皮の形をした祭壇が置かれ、宴会に使われた部屋の隣にあたる、儀式のための空間だった。
出土したのは飾り台の半分で、車輪が2つと本体の一部である。
上面は平らな台になっており、神への奉納品として香や香辛料を焚くために使われたという。
複数の青銅部品を鉄の部品でつなぎ合わせてつくられており、製作には高度な技術が使われていた。
ギリシャ神話の神々のようなモチーフ
飾り台の正面には、舌を突き出した顔が据えられている。
これは、ギリシャ神話の河の神アケローオスを表したもので、ギリシャの河川を司る神々の中で最も年長かつ最も力を持つとされ、雄牛に姿を変えることができる神である。
アケローオスの顔には、メドゥーサで知られる怪物ゴルゴンの特徴も混じっている。
ゴルゴンの顔は古代の地中海世界で魔除けとして用いられており、舌を突き出した表情はその典型にあたる。
本体の両端には、鷲の頭と翼を持ち、ライオンの体を備えたグリフォンが2体置かれている。グリフォンもまた、守護の役目を負う存在として神殿や墓を飾ってきた。
本体を下から支える形で、男性の姿をした像が2体組み込まれている。
天を支える巨人アトラスになぞらえた、器物を支えるための像である。
神に捧げる奉納品でありながら、飾り台の表面は悪いものを寄せつけない守り神ばかりで固められている。
神に捧げた品を守っているのか、儀式に立ち会った人々を守っているのかまでは、まだわかっていない。
イタリアの古代エトルリアから伝わった可能性
これほどの装飾と技術を持つ奉納品は、イベリア半島でほかに見つかっていない。
研究チームは、飾り台がローマが台頭する前のイタリア中部にあった古代エトルリアでつくられ、交易路を通って運ばれてきたとみている。
エトルリアの系統は今もわかっていないが、優れた青銅器を残したことで知られ、ギリシャ神話の神々を自分たちの信仰にも取り入れていた。
また、スペインで出土した奉納品に似た形のものは、これまでエトルリアでしか見つかっておらず、研究チームは、エトルリアから伝わったという見方を強めている。
遺跡で暮らしていたのはタルテッソス王国の人々
カサス・デル・トゥルニュエロ遺跡で暮らしていたのは、紀元前8世紀頃からイベリア半島南部に栄えたタルテッソス王国に属する人々だ。
タルテッソスは金や銀、銅、青銅の原料となる錫(すず)の産地で、豊かで繁栄していたとされている。
海から遠く離れたスペイン内陸の集落が地中海の交易網に加わり、イタリアのエトルリアで作られた奉納品を手に入れられたのは、そうした富があったからである。
タルテッソスについてわかっていることは多くない。
文字は残されているものの、タルテッソス語はすでに絶滅しており、王国がどこにあったのかさえ今も特定されていない。
建物を焼き払い、土地を立ち去っていった住民
飾り台は半分に割られていたものの、それ以外に壊れた箇所はなく、意図的に割られたと研究チームは推測している。
紀元前5世紀の終わり頃、カサス・デル・トゥルニュエロの集落の住民は建物に火を放ち、焼け跡を土と壊した品々で埋めた。
飾り台も、埋められた品々の中に含まれていた。建物は直径90m、高さ6mの盛り土の下に封じられ、住民はこの土地を離れた。
いったいなぜ?同時期に複数の場所で住民が失踪
同じことが同じ時期に、グアディアナ川の中流域にある14か所の遺跡すべてで起きている。
いずれの遺跡でも、焼かれた建物が土と壊された品々で埋められ、住民が立ち去っていき、記録が途絶えた。
敵に攻められて焼かれたにしては手順が整いすぎているため、住民自身が計画して行ったと研究チームはみている。
土地を去るにあたって、役目を終えた建物に別れを告げる儀式だったのかもしれないと、メリダ考古学研究所の考古学者グイオマール・プリード・ゴンサレス氏は述べている。
紀元前400年頃を境に、グアディアナ川中流域に暮らした人々が残した遺物も遺構も見つからなくなっている。
ほかの土地へ移り住んだのか、何かから逃げたのか?災害的要因か?それとも滅んだのか、今のところわかっていない。
飾り台の清掃と記録はマドリード自治大学の施設で終わり、今後は機能や年代、遺跡の中での意味を明らかにするための研究が続けられる。
References: Hallado en el Turuñuelo de Guareña un excepcional carro votivo de bronce, único en la península ibérica – Ayuntamiento de Guareña[https://aytoguarena.es/noticias/2026/06/hallado-en-el-turunuelo-de-guarena-un-excepcional-carro-votivo-de-bronce-unico-en-la-peninsula-iberica/] / El hallazgo de un carro de bronce único en la Península evidencia un comercio de lujo entre Tarteso y el Mediterráneo - Delegaciones CSIC[https://delegacion.andalucia.csic.es/el-hallazgo-de-un-carro-de-bronce-unico-en-la-peninsula-evidencia-un-comercio-de-lujo-entre-tarteso-y-el-mediterraneo/]











