絶滅した謎多き人類「デニソワ人」は、これまで考えられていた以上に体が大きかったかもしれない。
台湾沖の海底から引き揚げられ、同国博物館に保管されていた2人分の脚の骨の化石がデニソワ人のものであることが、東京大学と台湾の国立自然科学博物館などの研究チームの分析で明らかとなった。
そのうち、最終氷期にあたる約4万5000年前を生きた1人は、身長181cmから189.5cm、体重90.8kgと推定された。
東アジアで同時代を生きた現生人類(ホモ・サピエンス)よりもかなり大きいことがわかったのだ。
この研究成果は査読前の論文として『bioRxiv[https://www.biorxiv.org/content/10.64898/2026.08.07.743438v1]』(2026年8月8日付)で公開された。
台湾沖の海底からデニソワ人の脚の骨の化石を発見
デニソワ人は、アジアに広く暮らしていた絶滅した人類である。
2008年にロシアのアルタイ山脈にあるデニソワ洞窟で化石が見つかり、2010年に指の骨から取り出したDNAによって、それまで知られていなかった人類だと判明した。名前は洞窟にちなんでいる。
ネアンデルタール人と近い親戚で、系統が分かれたのは約55万年前とされる。
現代のアジアやオセアニアの人々のゲノムには交雑の痕跡がわずかに残っており、日本人の一部もその遺伝子を受け継いでいると言われている。
これまで見つかっている化石は、歯やあごの骨などの小さな断片ばかりで、どんな体つきだったのかはほとんどわかっていなかった。
そこで、東京大学総合研究博物館の海部陽介氏と、台湾の国立自然科学博物館の張鈞翔氏を中心とする日本と台湾の研究チームは台湾の博物館に何年も保管されていた2本の脚の骨の化石に着目した。
これらは台湾海峡にある澎湖(ほうこ)水道の海底を漁師が底引き網でさらった際に引き揚げられたものだが、いつ発見されたかという記録は残っていない。
研究者が2つをヒト族の骨だと認識したのは2010年で、その時点では誰の骨なのかまではわからなかった。
澎湖水道は台湾の西岸から約25km沖にある水深60mから120mの谷で、氷期に海面が下がった時代には陸地となり、台湾とアジア大陸をつないでいた。
同じ澎湖水道からは2025年にもあごの骨が見つかっており、タンパク質の解析で男性のデニソワ人と確認されている。台湾で初めて確認されたデニソワ人の化石「澎湖1号」だ。
今回の2本の骨には、持ち主を特定できるDNAが残っていなかったため、研究チームは、骨の中に残るタンパク質を調べる方法を使った。
タンパク質はDNAより壊れにくく、暑い地域の古い骨でも読み取れることがある。
その結果、どちらの骨からも、ネアンデルタール人やほぼすべての現生人類(ホモ・サピエンス)には見られない、デニソワ人に特有のコラーゲンの型が見つかった。
さらに2本は別々の人物のもので、右の太ももの骨(大腿骨)は澎湖2号、右のすねの骨(脛骨)は澎湖3号と名付けられた。
澎湖3号の脛骨から得られた放射性炭素年代によると、この骨の持ち主は約4万5000年前の最終氷期を生きたデニソワ人であることがわかった。
デニソワ人は当時の人類のなかで最大級の体だった
骨から身長を割り出すには、骨の長さと身長の関係をもとにした計算式を使う。式は1つではなく、同じ骨でもどれを使うかで答えが変わる。
澎湖2号の大腿骨は上半分しか残っていないため、研究チームは形と寸法を古今の大きな大腿骨と比べ、欠けた部分をコンピューター上で復元した。
その結果、完全な状態での長さは約49cmとなり、そこから推定された身長は176cmから179cm、体重は約82.5kgだった。
澎湖3号の脛骨はさらに大きく、下端が欠けているものの、完全な状態では約43cmあったと見積もられた。
澎湖3号の身長は約181cmとも約189.5cmとも算出されたが、研究チームは高い数値が妥当だと判断した。
189.5cmという数字は、デニソワ人を直接測ったものではなく、欠けた骨から復元した推定値だが、低いほうの推定値でさえ、太古の人類としては異例の大きさになる。
同じころ東アジアで暮らしていた人類と比べると、大きさの違いがはっきりする。
北京郊外の田園洞で見つかった約4万年前のホモ・サピエンスは、身長約170cm、体重約73kgと推定されている。北京原人で知られる周口店のホモ・エレクトスは身長152cmから157cm、体重60kgから63kgほどしかない。
分子レベルでのデニソワ人の性別判定はできなかったが、大きさから2人とも男性だったと考えられている。
すべてのデニソワ人が大きかったとは限らない
ただし今回の論文は、まだ査読を受けていないプレプリントとして公開された段階にある。
研究に関わっていないウィスコンシン大学マディソン校のジョン・ホークス教授は、大きく厚い骨ほど底引き網にかかって壊れずに残りやすく、人の目にも留まりやすいと指摘している。
見つかった2人が大きかったからといって、すべてのデニソワ人が大柄だったとは限らないというのだ。
なぜ温暖な地域にいたデニソワ人が大きかったのか?
寒い時代の人類の体が大きいこと自体は、それほど不思議ではない。
近い仲間の動物どうしを比べると、寒い地域にすむものほど体が大きくなりやすいという傾向があり、これはベルクマンの法則と呼ばれている。
体が大きいほど体積のわりに表面積が小さくなり、熱が逃げにくくなるためだ。
ところが澎湖水道は、最終氷期であってもシベリアやチベット高原より南にあり、はるかに暖かかった。
気温と緯度だけが体の大きさを決めているのなら、この地域の人類はむしろ小さいはずで、なぜデニソワ人が大きかったのか、その理由がわからない。
ロンドン自然史博物館の古人類学者クリス・ストリンガー氏は、氷期のこととはいえ台湾周辺の暖かい条件ならもっと華奢な体つきを予想したはずだと述べた。
今回の化石は体重も身長もネアンデルタール人の最大級の推定値に並ぶとしている。
研究チームは食べ物と環境に目を向けた。
同時に公開された同位体の研究によると、澎湖3号は開けた草原のような環境で暮らし、動物性タンパク質に富む食事をとっていて、海や川の食べ物を口にした痕跡は検出されなかった。
ヨーロッパのネアンデルタール人とよく似た暮らしぶりである。
大きく力強い体は、地上で大型動物を狩る方法に適していたのではないかと研究チームは考えている。
ただし化石は遺跡から発掘されたものではなく海底から引き揚げられたため、石器や解体された動物の骨、キャンプの跡と結びつけることができず、まだ仮説の域は出ていない。
脚の骨には現生人類に似た特徴も残っていた
澎湖2号の大腿骨(太もも)の裏側には、粗線(そせん)と呼ばれる縦の筋が走っている。おり、骨の断面が角張った形になっていた。
この形は後期旧石器時代のホモ・サピエンスの狩猟採集民には広く見られる一方、古い時代の人類の大腿骨では珍しい。
理由として2つの可能性が挙げられている。
1つは、歩いて広く移動する暮らしによって骨に繰り返し力がかかり、その形ができたという説明だ。
もう1つは交雑である。
初期の現生人類がデニソワ人と交わり、脚の形にかかわる遺伝子が台湾のデニソワ人集団に入ったのではないかと研究チームは考えている。
ただし粗線の発達を生む遺伝子は特定されておらず、今回の2本の骨からゲノムも回収されていないため、確かめるには他の証拠が必要になる。
徐々に明らかになるデニソワ人の姿
デニソワ人は長い間、遺伝子はわかっても姿がわからない状態が続いていた。
2019年にチベット高原のあごの骨が頑丈な口の形を伝え、2025年には中国東北部で見つかった巨大な頭骨「龍人」がデニソワ人の系統に結びつけられ、太い眉を持つ頭の姿が加わった。
そして海底から引き揚げられた2本の脚の骨から、体の大きさがわかってきた。
多くの謎に包まれていたデニソワ人だが、今後の研究により、本来の姿が詳細となる日が来るのかもしれない。
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References: Biorxiv[https://www.biorxiv.org/content/10.64898/2026.08.07.743438v1] / The First Ever Leg Bones Of The Mysterious Denisovans Have Been Identified From Fossils Dredged From The Seafloor | IFLScience[https://www.iflscience.com/the-first-ever-leg-bones-of-the-mysterious-denisovans-have-been-identified-from-fossils-dredged-from-the-seafloor-84344] / Extinct Denisovans May Have Been Some of the Biggest Humans of the Ice Age[https://www.zmescience.com/science/anthropology/denisovans-were-tall/]











