天の川銀河の中心で、超大質量ブラックホールに極限まで接近し、猛スピードで周回する星が発見された。
ドイツのマックス・プランク地球外物理学研究所などの研究チームによると、この星がブラックホールに最も近づくときの距離は、太陽から土星までとほぼ同じだという。
この星の発見により、長年天文学者を悩ませてきたブラックホールの自転の謎を解く手がかりが得られるかもしれない。
研究成果は『Nature[https://www.nature.com/articles/s41586-026-10894-w]』誌(2026年8月19日付)に掲載された。
ブラックホールに最も近づく星「S301」
天の川銀河の中心にある「いて座A*」には超大質量ブラックホールがあると考えられている。質量は太陽の約400万倍で、地球から約2万7000光年離れている。
いて座A*の周りでは、これまでにも複数の星が見つかっている。
ドイツ、マックス・プランク地球外物理学研究所を中心とする国際研究チームは2023年春、いて座A*のすぐ近くを回る非常に暗い星を初めてとらえ、S301と名づけた。
S301は、細長い楕円軌道を描きながら、いて座Aを約8.7年で一周する。
ブラックホールに最も近づくときの距離は約17億8000万kmで、太陽から地球までの距離の約12倍、太陽から土星までの距離より約20%遠い程度だ。
これまでに観測されたどの星よりも、いて座A*の近くを通る。
最接近時には、いて座A*の強大な重力によって秒速約2万5000kmまで加速する。
光速の8%を超え、天の川銀河で確認されている星の中では最速となる。
それでもS301はブラックホールに飲み込まれず、急カーブを描くように方向を変えて再び遠ざかっていく。
研究チームのシュテファン・ギレセン氏は、「これは、計画して得られるような発見ではありません」と語っている。
研究チームはブラックホールの近くに同様の星が存在する可能性を考えていたが、実際に見つけられる保証はなかったという。
2017年までさかのぼって軌道を確定
S301を見つけ出す作業は簡単ではなかった。地球から見た明るさは、オリオン座のベテルギウスの20億分の1しかない。
しかも、天の川銀河の中心部にはS301よりはるかに明るい星が密集しているため、その姿は無数の光に埋もれた小さな点にすぎなかった。
研究チームは、チリのパラナル天文台にあるヨーロッパ南天天文台(ESO)の超大型望遠鏡「VLTI」と、赤外線観測装置「GRAVITY」を使って観測を行った。
VLTIは、口径8mの望遠鏡4台で集めた光を組み合わせ、1台の巨大な望遠鏡のように働かせる装置だ。
4台を光ファイバーで結合して干渉計として運用することもできるため、地球から約2万7000光年離れた天の川銀河の中心部を、太陽系ほどの細かさで観測できる。
研究チームには、いて座A*が超大質量ブラックホールであることを示した研究により、2020年のノーベル物理学賞を受賞したラインハルト・ゲンツェル氏も加わっている。
2023年春にS301を初めてとらえた後、研究チームは2024年と2025年にも追跡観測を行った。
観測点が増えるにつれて軌道の形が見えてくると、過去のデータのどこにS301が写っているはずかを計算し、2017年の観測記録までさかのぼって姿を確認した。
一連の観測から、S301が前回いて座A*へ最接近したのは2023年初頭だったことも判明した。
測定できずにいたブラックホールの自転
一般相対性理論では、孤立したブラックホールの性質は、質量、電荷、自転を表す角運動量の3つで説明できるとされている。
「ブラックホール脱毛定理[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%84%B1%E6%AF%9B%E5%AE%9A%E7%90%86]」あるいは「無毛定理」と呼ばれる考え方だ。
いて座A*の質量は、周囲を回る星の動きを長年観測することで精密に求められている。
一方、自転については複数の推定値が示されているものの、星の運動を使った直接的な測定は実現していない。
ブラックホールの自転を測るには、自転によって周囲の時空に生じるごくわずかな変化をとらえなければならない。
これまで知られていた星は、いて座A*から遠すぎるか、観測期間が足りないため、自転の影響を調べるには不十分だった。
極端に近い軌道を短期間で一周するS301の発見によって、状況が変わろうとしている。
星の軌道のずれからブラックホールの自転を測る
回転していないブラックホールでも、巨大な質量によって周囲の空間と時間は曲げられる。
近くを回る星の軌道も完全な楕円にはならず、最接近する位置が一周ごとに少しずつ移動する。これは「シュワルツシルト歳差」と呼ばれる現象で、いて座A*を回る別の星「S2」ではすでに確認されている。
ブラックホールが回転している場合には、自転に引きずられるように周囲の時空もねじれる。
1918年に予測された「レンズ・ティリング効果」、または「慣性系の引きずり」と呼ばれる現象だ。
レンズ・ティリング効果はブラックホールのすぐ近くで強くなるが、質量だけで生じるシュワルツシルト歳差よりはるかに小さい。
S301は、いて座A*の自転による影響を観測できる可能性がある領域まで入り込む、初めて確認された星である。
研究チームのフェリックス・マング氏は、「私たちは時空の曲がりを測っているだけではありません。ブラックホール自身の回転によって時空がどのようにゆがむのかを測ろうとしているのです」と説明している。
いて座A*が回転していれば、S301の軌道面は一周するたびにわずかにずれる。
1周分の変化は非常に小さいが、観測を長期間続ければ、ずれが積み重なって測定できる大きさになる。研究チームは、軌道の変化からいて座A*の自転速度と回転軸の向きを求めようとしている。
2031年、S301がいて座A*へ最接近
S301が次にいて座A*へ最接近するのは2031年である。
研究チームは、少なくとも2周分の軌道を観測し、位置の変化に加えて地球に近づく方向と遠ざかる方向の速度も測定できれば、今後10年ほどでいて座A*の自転を直接調べられる可能性があると見ている。
ただし、ブラックホールの近くに分布する別の星や物質の重力も、S301の軌道を変化させる可能性がある。
研究チームは、S301だけで自転を簡単に確定できるわけではなく、ほかの星の観測結果と比較しながら、自転以外の影響を取り除く必要があるとしている。
それでもS301は、星の動きからいて座A*の自転を直接測定できる、現在最も有望な観測対象となる。
「これはほんの始まりにすぎません」とギレセン氏は語る。研究チームは今後もS301を追跡し、まだ見つかっていない極端な軌道を持つ星も探していくという。
Amazon : 学研 大人の科学マガジン BEST SELECTION01 ピンホール式プラネタリウム Q700240
References: A star with an Extreme Orbit | Max Planck Institute for extraterrestrial Physics[https://www.mpe.mpg.de/8219735/news20260819] / Nature[https://www.nature.com/articles/s41586-026-10894-w] / Milky Way's fastest star orbits our supermassive black hole so closely it feels its spin | ESO[https://www.eso.org/public/news/eso2612/]











