SFなどに登場する「クローン」は、元の個体と同じ性別で生まれてきていたはず。そして少なくともこれまでは、体細胞クローンでもそれが当たり前だった。
ところが日本の研究チームが、この常識を覆すことに成功した。オスのマウスの体細胞からY染色体を取り除き、繁殖能力を持つメスのクローンを作り出したのである。
さらに同じ1匹のオスに由来する体細胞からオスとメスの両方のクローンを作り、この2匹を交配して次世代を誕生させることにも成功した。
この研究成果は2026年8月4日、プレプリント・サーバー『bioRxiv』[https://www.biorxiv.org/content/10.64898/2026.08.03.742506v1]で公開された。
オスの細胞をメスに変えるには?
そもそも、オスの細胞からどうやってメスのクローンを作ることができるのだろうか。
マウスは人間と同じく、通常は2本の性染色体を持っている。メスはX染色体を2本持つ「XX」、オスはX染色体とY染色体を1本ずつ持つ「XY」である。
ここで重要になるのがY染色体だ。Y染色体には、体をオスへと発達させるきっかけとなる「Sry」という遺伝子がある。
一方、マウスにはX染色体を1本だけ持ち、Y染色体を持たない「XO型」の個体も存在する。XO型のマウスはメスとして成長し、健康で繁殖能力を持つことが知られている。
ならば、オスの持つ「XY」からY染色体だけを取り除いて「XO」にすることができれば、オスの細胞を繁殖可能なメスへと変えられるのではないだろうか?
問題は、細胞の中にあるY染色体をどうやって丸ごと取り除くかだ。
Y染色体を排除する「Y-CUT」
そこで理研(理化学研究所)バイオリソース研究センター[https://web.brc.riken.jp/ja/]の的場章悟専任研究員と、山梨大学の石内崇士准教授らの研究チームは、ある実験を行った。
研究チームがY染色体を狙って排除するために利用したのが、DNAの狙った場所を切断できるゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」である。
研究チームはこれを使って、細胞分裂の際に染色体を正しく受け継ぐために重要なY染色体の「セントロメア」を切断する方法を開発した。
染色体は細胞が分裂するときにコピーされ、それぞれの細胞へ正しく振り分けられる必要がある。セントロメアは、この振り分けに重要な役割を果たしている。
そこでCRISPR-Cas9を使ってY染色体のセントロメアを切断し、その機能を失わせることで、細胞分裂の際にY染色体が正常に受け継がれないようにした。
この「Y染色体そのものを細胞から排除する方法」は、「Y-CUT(Y chromosome elimination via centromere-targeted Cas9-induced cuts)」と名付けられた。
実際にマウスの胚を観察すると、Y-CUTを行うことでY染色体は細胞分裂のたびに正常に受け継がれなくなり、やがて細胞の核からほぼ取り除かれていった。
オスの体細胞からメスのクローンを作る
このように、Y-CUTによって受精卵からY染色体を取り除き、XO型のメスを作れることはわかった。
だが、それだけでは「1匹のオスの細胞からメスを作った」ことにはならない。通常の受精卵には、母親と父親の両方に由来する遺伝情報が含まれているからだ。
そこで研究チームが次に組み合わせたのが、「体細胞クローン」を作る技術である。
体細胞クローンとは、血液や皮膚など体を構成する細胞の核を、あらかじめ核を取り除いた卵子へ移植して作るクローンのことだ。
この方法は「体細胞核移植(SCNT)」と呼ばれ、核を提供した個体とほぼ同じ核DNAを持つ個体を作ることができる。
オスの体細胞の核を使ってクローンを作れば、通常はXY型のオスクローンが生まれる。
ならば、そのクローン胚にY-CUTを施してY染色体を取り除けば、同じオスの核ゲノムをもとにXO型のメスクローンも作れるはずだ。
研究チームはまず、新生児のオスのマウスから採取した体細胞の一種、セルトリ細胞を使ってクローン胚を作り、そこにY-CUTを施した。
その結果、誕生した13匹のうち10匹、76.9%がメスとなった。染色体を調べると、この10匹はいずれもY染色体を持たないXO型だった。オス、メスともに成体まで成長した。
同じ1匹のオスからオスとメスが誕生
さらに研究チームは、新生児ではなく成体のオスの細胞でも同じことができるか試すことにした。
成体のオスの尾から血液細胞を採取して体細胞核移植を行ったところ、Y-CUTを施さない場合に生まれたクローンは7匹で、すべてオスだった。
一方、Y-CUTを施した場合には11匹が誕生し、そのうち10匹がXO型のメス、1匹がオスだったという。
こうして、生きた1匹の成体オスから採取した血液細胞をもとに、オスとメスの両方のクローンを作ることができたのである。
なお、血液を提供した元のオスもそのまま生存していたそうだ。下の画像は、その元となったオスとクローンたち。
上がもともとの成体のオス。そしてその血液細胞からつくられたオスのクローン(左下)、XO型のメスのクローン(右下)。
1匹のオスに由来する体細胞ゲノムから、両方の性の個体が作られたことになる。
オスの細胞から生まれたメス・クローンも繁殖能力を持っていた
実は、オスの体細胞からメスのクローンが誕生した例は過去にもある。
2009年[https://doi.org/10.1262/jrd.09-099E?utm_source=chatgpt.com]、オスのマウスの細胞から作られた27匹のクローンのうち、「偶然」Y染色体を失った1匹がXO型のメスとして誕生し、子供を残すことにも成功している。
ただし今回は、Y-CUTによって「意図的に」Y染色体を排除し、高い割合でXO型のメスを作り出した点が大きく異なるのだ。
では、今回オスの細胞から作られたXO型のメス・クローンは、実際に繁殖することができるのだろうか。
研究チームが、同じオスの細胞から作ったXO型のメス・クローンとXY型のオス・クローンを交配したところ、両者の間には子供が誕生した。
しかも次の世代には、X染色体を2本持つ正常なXX型のメスも含まれていた。
Y染色体を取り除いて作ったXO型で終わるのではなく、有性生殖を経ることで、通常のXX型のメスとXY型のオスによる生殖サイクルを次世代で回復できることが示されたのである。
さらに驚くことに、元の成体オスと、そのオス自身の血液細胞から作ったXO型のメスクローンを交配した場合にも、子供が誕生した。
的場専任研究員はこの実験について、次のように語っている。
奇妙で興味深い状況でした。このメス・クローンは、ドナー細胞の由来となったオスと、常染色体については本質的に同じゲノムを持っているのです
下の画像は、ドナーとなった元の成体オス(右)と、そのオスの血液細胞から作られたXO型のメス・クローン(左)である。
凍結したオスの細胞からつくられたクローンも繁殖が可能
今回の技術には、絶滅危惧種などの限られた遺伝資源を活用する手段としての可能性もある。
絶滅した、あるいは絶滅に瀕している希少な動物の細胞が冷凍保存されていても、オス由来のものしかなければ、従来の体細胞クローンではオスしか作れない。
だがもし、オスの細胞から繁殖可能なメスまで作れるなら、その遺伝資源を繁殖に利用できる可能性が広がるのだ。
そこで研究チームは、成体のオスから採取した血液細胞を1日または1か月間凍結保存し、解凍後に体細胞核移植を行った。
Y-CUTを施さなかった場合はオスだけが生まれたのに対し、Y-CUTを施した場合にはメスだけが誕生した。
さらに、こうして作ったオスとメスのクローンを交配させたところ、そのクローン同士の間にも子供が誕生した。
下は凍結保存した成体のオスの細胞からつくったオス(上)とメス(下)のクローンと、その間に生まれた子供たち。
絶滅危惧種の保全にも役立つ可能性
既に動物の細胞を凍結保存し、後世の保全に利用する試みは現実のものとなっている。カラパイアでも以前紹介したモウコノウマの「クルト」もその一例だ。
クルト[https://www.aza.org/connect-stories/stories/two-endangered-przewalskis-horses-born-at-san-diego-zoo-safari-park]は現在もサンディエゴ動物園サファリパークで暮らしており、保存されていた貴重な遺伝子を次世代へ受け継ぐ架け橋となることが期待されている。
ほかにも、1980年代に保存された細胞から絶滅危惧種のクロアシイタチのクローンが作られたほか、ホッキョクオオカミでもクローンが誕生している。
こうした技術は、失われつつある貴重な遺伝資源を次世代へ残すための手段として、すでに実際の動物保全に利用され始めているのだ。
今回の研究チームも、こうした凍結保存された細胞をY-CUTでさらに活用できると考えている。的場専任研究員はこう語る。
絶滅危惧種の体細胞は、Frozen Zooのようなバイオバンクで凍結保存されるケースが増えており、すでにそうした保存細胞から体細胞核移植によって絶滅危惧種のクローンが作られています。
もし貴重な個体のオスの細胞しか残されていない場合でも、その種でXO型のメスが生存し、繁殖できるのであれば、私たちの方法でオスとメスの両方を作り、その遺伝資源を繁殖に活用できる可能性があります
ただし、1匹のオスから両方の性を作れるからといって、1匹だけで健全な個体群を復活させられるという意味ではない。
個体群を維持する上で重要な遺伝的多様性に関しては、また別の問題なのだ。
マウス以外への応用にはまだ大きな壁も
ただし、今回の手法をそのまま他の哺乳類へ応用できるわけではない。
マウスではXO型のメスが繁殖能力を持つが、ヒトやウマなどではXO個体は不妊となるため、例えばモウコノウマにY-CUTを使えば繁殖可能なメスを作れるというわけではない。
また、現段階では体細胞核移植にメスの卵子が必要で、胚を育てる代理母も欠かせない。
つまり、「1匹のオスから繁殖を始められる」とは、あくまで遺伝情報の出発点を1匹のオスにできるという意味なのだ。
なお、今回つくられたXO型のメス・クローン6匹では、Y染色体の消失以外に大きなゲノム異常は確認されなかった。
だが、調査の対象となった個体数はまだ少なく、安全性については今後さらに検証する必要がある。
このように多くの課題が残されているが、それでも石内准教授は、この研究がこれまでの生殖の常識を変える可能性に期待している。
私たちの研究分野には、生殖にはメスとオスの両方が必要だという固定観念があります。この考え方を変えられると思います
オスの体細胞からY染色体を取り除いてメスを作り、同じ1匹のオスに由来するゲノムから両方の性を誕生させ、さらに次の世代へとつなげる。
現時点ではマウスで実証されたばかりだが、これまでクローンでは変えることができなかった「性」という制約を乗り越え、限られた遺伝資源を繁殖へつなげる新たな方法が示されたのだ。
この研究成果は海外でも大きな衝撃を持って迎えられており、絶滅危惧種の保全への期待とともに、オスからメスを作るという実験をキリスト教の「アダムとイブ」に重ねる声も上がっている。
旧約聖書の「男性(アダム)の肋骨から女性(イブ)が作られた」という物語が連想される研究が生まれたのは、科学的にも神学的にも興味深い話かもしれない。
References: Scientists Create Female Clones From Male Mice In "Strange And Fascinating" Experiment That Could Help Endangered Species[https://www.iflscience.com/gene-editing-technique-produced-fertile-female-clones-from-male-mice-in-strange-and-fascinating-experiment-that-could-help-endangered-species-84437] / doi.org/10.64898/2026.08.03.742506[https://www.biorxiv.org/content/10.64898/2026.08.03.742506v1]











