大雨・地震、それホントに「祟り」?将門塚をめぐる因縁を科学する
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 2026年8月19日、東京・大手町の将門塚で、動画配信者が石碑によじ登る不適切な行為があった。

 そしてその三日後、東京都と埼玉県で記録的な短時間大雨が発生し、さらに翌23日未明には関東で最大震度5弱の地震が起きた。

 しかも震源は「平将門の本拠地」とされる茨城県南部だったという。

 この時系列を、将門の祟りが現れた証拠、あるいは迷惑行為への超常的な報いと受け取る投稿がSNSで広がり、一部のWebメディアも因縁めいた出来事として取り上げている。

 こうした見方は、将門塚にまつわる古くからの祟りの伝承と結び付き、もっともらしく感じられるかもしれない。

 だが実際の観測データと歴史資料をたどると、その印象にはいくつかの重要な注意点が見えてくる。

将門塚の祟りはいつから語られてきたのか

 将門塚は、940年に討たれた平将門の首を供養すると伝えられる場所で、現在は東京都指定の旧跡となっている。

 管理する史蹟将門塚保存会も、将門を顕彰して神霊を慰め、首塚を保存することを目的としている。

 将門塚の祟りが広く語られるようになったのは、少なくとも現在確認できる記録では20世紀に入ってからである。

 国税庁の解説[https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/quiz/1110/index.htm?utm_source=chatgpt.com]によれば、関東大震災後の1924年、大蔵省の仮庁舎建設に際して塚が壊された。その後、大蔵大臣や工事部長が相次いで亡くなったことから祟りが噂され、1927年に鎮魂碑が建てられたという。

 ここで注意すべきなのは、「塚が壊され、その後に関係者が亡くなった」という出来事と、「塚を壊したため亡くなった」という因果解釈とは別物だということである。

 国税庁も、祟りが事実かどうかは確かめようがないとしており、行政機関が超常現象の存在を認定しているわけではない。

大雨と地震は何が起きていたのか

 2026年8月22日、東京都と埼玉県では局地的に記録的な短時間大雨となった。

 気象庁のレーダー解析では、17時までの一時間に板橋区付近で約120mm以上、北区付近と埼玉県戸田市付近で約100mmの猛烈な雨が降ったとみられる。練馬のアメダスでも、17時までの一時間に58.5mmを観測した。

この雨は前線と暖かく湿った空気の影響で大気の状態が不安定になり、局地的に積乱雲が発達したものと説明されている。雨の降り方は極端だったかもしれない。

 しかし極端な現象であることが即超常的というわけではもちろんない。それ自体は気象学的に知られた過程で説明できるものである。

 翌23日2時00分ごろの地震について、気象庁[https://www.jma.go.jp/jma/press/2608/23a/202608230400.html?utm_source=chatgpt.com]は、震源の深さ68km、マグニチュード5.9、最大震度5弱と発表した。

 発震機構は逆断層型で、太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界で発生した地震である。津波の心配はなかった。

 なにやら因縁めいたものと結び付けるように、「丑三つ時きっかり」という表現でこの地震を取り上げる寄稿もある。

 発生時刻は公表上、分単位で2時00分とされているが、地震波の検知時刻は2時00分50.3秒である。

震源は将門の本拠地と一致するのか

 「茨城県南部」という震央地名から、坂東市付近を直ちに導くことはできない。

 将門は下総国猿島郡・豊田郡、現在の坂東市や常総市周辺を本拠地としていたと考えられている。

 坂東市岩井には、将門の軍事的拠点とされる石井営所跡が残る。石井営所跡は現在の坂東市岩井にあるが、気象庁が公表した今回の地震の震度分布では、坂東市の最大震度は4であり、最大震度5弱を観測した地点群とは異なる。

 また、この地震は深さ68kmで、太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界で発生したと解析されている。

 現代の広域的な震央地名と、10世紀の本拠地を重ね合わせても、一部にあるような「将門の政庁の直下で起きた地震」とは言えない。

 そもそも「茨城県南部」は気象庁が用いる広域的な震央地名であり、平安時代の猿島郡や豊田郡を意味しない。

 「同じ茨城県南部」という粗い分類を使えば重なって見えるが、地点として一致しているわけではない。

 さらに茨城県南部では、2026年4月1日にM5.0、6月16日にもM5.5の地震が起き、いずれも最大震度5弱を観測している。

 この地域で地震が起きること自体は、今回の配信行為とは無関係に繰り返されてきた。

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出来すぎた偶然が因果関係に見える理由

 人間にとって、時間的に接近した印象的な出来事を一つの物語として結び付けることは自然な認知作用である。

 心理学では、実際には関係のない出来事の間に因果関係を感じる現象を「因果錯覚」と呼ぶ。

 結果が頻繁に起きる条件ほど、偶然の同時発生が増え、因果錯覚も強まりやすいことは実験研究で示されている。

 今回も、「迷惑行為から何日以内なら祟りと数えるのか」「どの地域で、どれほどの雨や地震が起きれば該当するのか」という基準は事前に決められていない。

 後から期間や地域を広げ、その中で最も印象的な出来事を選べば、符合は見つかりやすくなるものである。

 祟りを科学的仮説として検証するなら、判定期間、対象地域、地震の規模、降水量などを事前に定め、同様の行為がなかった期間と発生率を比較しなければならない。

 今回提示された出来事の並びだけでは、祟りという因果関係を支持する検証可能な証拠にはならない。

 最後に、当然ではあるが本記事の趣旨は、将門塚での配信者の行為を許すことではない。

 史跡や信仰の場を傷つけてはならないのは、祟りが実在するからではなく、その場所を大切にしてきた人々の気持ち、そして公共の文化財には敬意を払うべきだからである。

References: Jma.go.jp[https://www.jma.go.jp/jma/press/2608/23a/202608230400.html] / doi.org/10.3389/fpsyg.2015.00888[https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2015.00888/full]

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