15年前の東京電力福島第一原発の事故では、放射線被ばくを避けるために、福島県やその周辺地域から、大勢の人が避難しました。福島県によると、その数は最も多いときで、約16万5000人

現在でも約2万2000人が避難生活を続けています(今年5月1日時点)

この原発事故の責任を国と東京電力に問う裁判の判決が、9月2日に大阪地方裁判所で言い渡されます

その原告で、父親は福島県に残り、母親は幼い子ども2人と大阪に避難してきたある家族の15年を追いました。

「あなただけは助かって…」生後5か月の娘と自宅にいた15年前の震災

「覚悟はした。絶対帰って来ないだろうと」福島に1人残った父と...の画像はこちら >>

大阪の街を走る森松明希子さん。

福島県に夫を残し、15年間、大阪で、ひとりで子育てをすることになるとは、夢にも思っていませんでした

15年前の東日本大震災。森松さんは、福島県郡山市のマンションで、生後5か月だった娘の明愛ちゃんと一緒に過ごしていました。

(森松明希子さん)「どんどん揺さぶられる感じで、冷蔵庫を押さえても、テレビが落ちたり、パソコンが落ちたり。赤ちゃんだけは助かってほしいと思って、机の下に。『あなただけは助かって』と」

「覚悟はした。絶対帰って来ないだろうと」福島に1人残った父と大阪へ避難した母子…原発事故で離れ離れになった家族の15年 「普通の暮らし奪われた」国と東電の責任問う裁判【きょう判決】
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家族が全員無事でほっとしたのもつかの間。

翌日、東京電力福島第一原発が爆発事故を起こします

放射性物質が広い範囲に飛び散り、原発から20km圏内の住民に避難指示が出されました

夫を福島に残し、幼い子らを連れて大阪へ避難

「覚悟はした。絶対帰って来ないだろうと」福島に1人残った父と大阪へ避難した母子…原発事故で離れ離れになった家族の15年 「普通の暮らし奪われた」国と東電の責任問う裁判【きょう判決】
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60km離れた郡山市でも、空間放射線量が、最高で事故前の100倍を超える数値を記録。被ばくを気にする生活が始まりました。

(森松明希子さん)「すぐ子ども用のマスクの束を幼稚園から配られた。外遊びはさせず、体育館でしか遊ばせませんと言われた時に、普通の人間の子どもらしい生活ができないと言われたことに等しいと思って」

「覚悟はした。絶対帰って来ないだろうと」福島に1人残った父と大阪へ避難した母子…原発事故で離れ離れになった家族の15年 「普通の暮らし奪われた」国と東電の責任問う裁判【きょう判決】
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被ばくを避けるために母親と子どもだけが親族のいる大阪に避難するというのが、15年前、森松さんが下した決断でした。勤務医の夫は、地域医療を支えるため、福島県で仕事を続けました。

“自主避難” 補償や救済に大きな差…国を訴える決断

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1か月に一度、夫は、子どもたちに会いに大阪にやって来ました。しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。

(森松明希子さん)「お父さんと離れるときに泣くようになる。子どもに精神的な負担をかけているんじゃないかとすごく思った」

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国が決めた避難指示区域以外からの避難は「自主避難」と言われ、避難指示区域とは補償や救済の面で大きな差が付けられました

なぜこうした「差」が生まれてしまうのか。森松さんは、2013年、国と東京電力の責任を問う裁判「原発賠償関西訴訟」の原告となり、代表を引き受けました

(森松明希子さん)「子どもたちは自分で今の状況を世の中に訴えたり、『父親と離れて暮らすことがさびしいから何とかしてください』と国に訴えたりすることはできません。母親として子どもの代弁者となって、子どもたちが言えないことも、きちんと国に訴えていきたい

震災当時0歳の娘は高校生に 今思うことはー

「覚悟はした。絶対帰って来ないだろうと」福島に1人残った父と大阪へ避難した母子…原発事故で離れ離れになった家族の15年 「普通の暮らし奪われた」国と東電の責任問う裁判【きょう判決】
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裁判が続く中、森松さんの子どもたちは避難先の大阪で学校に入り、成長していきました。

事故当時、0歳だった明愛さんは、今年の春、高校生になりました。

母親と一緒に、大阪に避難してきたことについては。

(娘・明愛さん)「福島にあのまま何も知らないままいて、何も知らないまま成長して、何も知らないまま被ばくしてというのはいやだったかなと思います。

母子避難するとなると、家計(支出)が増えちゃうじゃないですか。育児はワンオペになるし、そんな軽々しくできるものではないなと思います

「覚悟はした。絶対帰って来ないだろうと」ひとり福島に残る父親

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父親の暁史さんは、福島県郡山市のマンションで、15年間、ひとり暮らしを続けています

(暁史さん)「最初は寂しかったですよ。「(Qこういう生活が15年になるとは?)覚悟はしていた。絶対帰って来ないだろうと。教育のことも考えると、帰って来ないですよね」

「覚悟はした。絶対帰って来ないだろうと」福島に1人残った父と大阪へ避難した母子…原発事故で離れ離れになった家族の15年 「普通の暮らし奪われた」国と東電の責任問う裁判【きょう判決】
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暁史さんには、欠かさず続ける日課があります。

大学受験を控えた長男の明暁さんと、毎晩1時間、オンラインで英語の勉強。

離れていても、父と息子の大切な時間です。

奪われた“普通の暮らし” 国の責任は?判決は2日

「覚悟はした。絶対帰って来ないだろうと」福島に1人残った父と大阪へ避難した母子…原発事故で離れ離れになった家族の15年 「普通の暮らし奪われた」国と東電の責任問う裁判【きょう判決】
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0歳で大阪に避難してきた長女の明愛さんは、今年から、人前で避難者としての思いを語るようになりました。

(明愛さん)「大阪から来ました森松明愛です。『さみしいね』『かわいそう』と言われても、ちょっとちがうと思ってしまいます。

欲しいのは、継続的で本質的な支援・応援です

森松さん家族が原告となっている原発賠償関西訴訟は提訴から13年。

これまで、原告79世帯のほとんどが法廷に立ち、普通の暮らしを奪われた悔しさを訴えました。

「覚悟はした。絶対帰って来ないだろうと」福島に1人残った父と大阪へ避難した母子…原発事故で離れ離れになった家族の15年 「普通の暮らし奪われた」国と東電の責任問う裁判【きょう判決】
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(森松明希子さん)「原発事故が原因で避難せざるをえない状況に陥ったという、そういうことを、きちんと認められるような判決を出してほしい」

原発事故の被害と国の責任を裁判所がどう判断するのか、判決は2日、大阪地裁で言い渡されます

(2026年9月1日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」より)

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