■日本人の平均寿命は世界トップクラス
「平均寿命ってどんどん延びているみたい」と、よく話題になりますね。たしかに、2024年の日本人女性の平均寿命は87.13歳、男性は81.09歳だそうです。
ちなみに、女性は世界ランキング1位、男性は世界3位になっています。
この数字を見て「まだ○○年以上は元気でいられるぞ!」と喜んだシニアもいるでしょうが、そうとは言い切れません。平均寿命は「何歳まで生きられるか」を表わしていますが、そのとき人がどんな状態かは問いません。
ということは、運動機能を失って寝たきりになってしまったり、認知症で一人で生活できない人も含まれるわけです。
■脳の老化を遅らせて若さを保つ
「平均寿命とは自立した生活を送れる年齢だ」と思い込んでいる人がいますが、それは「健康寿命」といい、2022年の健康寿命は、女性は75.45歳、男性は72.57歳になっています。つまり、女性は11.68年、男性は8.52年も自立した生活を送れない期間があるわけですね。
QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を向上させるためには、この健康寿命を延ばす必要があります。そのために重要になってくるのが、脳の老化を遅らせて若さを保つことでしょう。
脳の若さを保つ……そのためには適度な刺激を与えることが大切です。
まず筋肉を大きく動かすべきで、なかでも下肢の筋肉をゆっくり動かせるウォーキングは、脳にとって最適の刺激と考えられています。アメリカのベックマン研究所のクレーマー博士は、それをこんな実験で証明しました。
■「毎日ウォーキング」で脳が若返る
博士は60~75歳の複数の男女に協力してもらい、一部の人にだけ毎日ウォーキングをするように頼みました。そして半年後に、ウォーキングをしなかった人たちと脳の反応時間を比較したら、毎日ウォーキングをした人たちの反応時間は、ほとんど半分になっていたそうです。
ちなみに、博士はストレッチでも同じ実験をしてみました。ストレッチも「健康のために良い運動」と考えられていますが、ウォーキングで見られたような反応の速さはまったく見られなかったそうです。
また、神経科学者のディブ・ラビン博士の研究では、定期的なウォーキングを半年間続けたら、参加者の記憶力が明らかに向上したのです。
毎日ただ歩くだけで、ストレッチや脳トレよりも良い影響が生まれたと知って驚いた人もいると思います。それは「歩くのは簡単なこと」と思っているからではないでしょうか。
普段、私たちは当たり前のように歩いていますが、スムーズに歩くためには脳のあちこちの部位が協調する必要があります。こうした脳の協調は、神経細胞のネットワークが迅速かつスムーズに働かなければ実現できません。
■「毎日ガムを噛む」と知能指数が上がる
つまり、ウォーキングをするということは、脳の協調性を鍛えているのと同じことなのです。
だから、半年間で脳の反応時間や記憶力が改善されたのでしょう。
これに加え、ウォーキングによって脳への血流量が増加したことも、機能改善につながった理由と考えられます。
以前、幼稚園児と小学生に毎日ガムを噛んでもらう実験があったのですが、2週間続けたら、「知能指数が明らかに上がる」という驚くべき結果が出ました。これは、噛むことで脳の血流量が増えたからと考えられています。つまり、これと同じことがウォーキングでも実現できたというわけです。
■脳の血流量が30%も減る
よく「日本人は姿勢が悪い」と言われます。特に多いのが猫背で、日本人男性の60%以上、女性の場合も55%以上が悩んでいるそうです(スポーツ器具メーカーのエバニュー調べ)。
「猫背でも死ぬことはない」なんてうそぶく人もいるでしょうが、猫背になって頭がわずか10度前に傾いただけでも、脳へ送られる血流量が30%も減ります。脳は栄養と酸素の大食漢ですから、30%も血流量が減ったら満足に働かなくなってしまいますね。
そんなことが起きないように、ウォーキングで姿勢を良くするのと同時に、脳への血流量を増やしてやる必要があるのです。
この30%を取り戻すことができると、脳は劇的に変わります。
■「1日1万歩」は無理
「1日1万歩なんて、とても歩けないわ」と、近所の奥さんがこぼしていました。
でも、1万歩という数字は、どこから出たのでしょうか。
「1日1万歩の歩数の確保が理想と考えられる」と書かれているのは、厚生労働省のホームページです。これは6~7キロの距離に相当します。なんだか医師の私から見ても、高すぎる理想としか思えません。
実際、「国民健康・栄養調査」の結果でも、65歳以上のシニアの1日の平均歩数は男性5396歩、女性4656歩なので、理想の半分ほどにとどまっています。
しかも「1日1万歩」という数字は「根拠がかなり曖昧で科学的ではない」という声も多いのです。
ウォーキングについて研究をしている信州大学学術研究院医学系特任教授の能勢博博士は、「1日1万歩を1年間続けた人は30%しかいない。しかも、生活習慣病の予防・改善効果はみられても体力の向上は認められなかった」といいます。また、群馬県中之条町で、65歳以上の約5000人を対象にした20年近くの研究があります。その内容は、1日の平均が8000歩以上で、そのうちその人にとっての早歩きを20分以上すれば、健康の維持や増進、健康寿命を延ばす効果があるとわかったそうです。
■「男性2600歩、女性3400歩」でいい
つまり、65歳以上の場合、男性はあと2600歩ほど、女性の場合でも3400歩ほど歩けば「健康になれる」ことになります。これを時間にすると、男性が約15~16分、女性の場合は30~35分になります。
ただし、健康状態や運動機能にばらつきがあるシニアに一律に同じ歩数を当てはめるべきではないでしょう。大切なのは「現在の生活から、ちょこっとだけ運動量を増やす」ことです。
そこで、具体的に私がすすめる数字を見てください。
1日中座りっぱなしの生活の人
→ 1日5000歩以下からはじめてみましょう。
運動量がかなり少ない人
→ 1日あたり5000歩くらい。
一般的な運動量と自覚している人
→ 1日あたり8000歩くらい。
普段から活動的な生活を送っている人
→ 1日あたり1万歩くらい。
■「歩かないよりはまし」でいい
これなら気楽にできますね。
もちろん、これも「絶対に達成しなければならない数字」ではありません。長続きさせるためには「歩かないよりはまし」くらいに考え、ゆるく、気軽にはじめてほしいのです。
ちなみに、群馬県中之条町の調査をした東京都健康長寿医療センター研究所老化制御研究チームは、次のように述べています。
「2000歩でも寝たきりを予防できる。4000歩歩いてそのうち5分だけ早歩きをすれば、うつ病の予防になる。5000歩のうち7分半だけ早歩きをすれば、要支援や要介護、認知症、心疾患、脳卒中を予防できる」
どうですか、1日1万歩なんて歩く必要がないのがわかりますね。
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保坂 隆(ほさか・たかし)
精神科医
1952年山梨県生まれ。保坂サイコオンコロジー・クリニック院長、聖路加国際病院診療教育アドバイザー。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学精神神経科入局。1990年より2年間、米国カリフォルニア大学へ留学。東海大学医学部教授(精神医学)、聖路加国際病院リエゾンセンター長・精神腫瘍科部長、聖路加国際大学臨床教授を経て、2017年より現職。また実際に仏門に入るなど仏教に造詣が深い。著書に『精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術』『精神科医が教える50歳からのお金がなくても平気な老後術』(大和書房)、『精神科医が教えるちょこっとずぼら老後のすすめ』(海竜社)など多数。
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(精神科医 保坂 隆)

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