■マスク氏による買収完了前日のダジャレ投稿
「何をしている」
2022年10月26日夕方、サンフランシスコ市庁舎からほど近いツイッター(現X)本社。閑散としたビルの受付に近づくと、屈強なガードマンにそう制止された。
この日、世界一の富豪イーロン・マスク氏はこのビルの中にいたようだった。
私がビルに着く数時間前、マスク氏はツイッターにこう投稿していた。
「Entering Twitter HQ(ツイッター本社に入るところ)」
投稿には、マスク氏が洗面台のシンク(流し台)を抱え、笑顔で本社ビルに入る動画もつけられていた。「しっかり受け止めて(let that sink in)」というニュアンスの慣用句と、シンク(sink)をかけたダジャレだった。
翌日、マスク氏は総額440億ドル(約6兆8000億円)でのツイッターの買収を完了した。日本でも利用者が多いSNSは、買収を契機に名実ともに姿を変えた。
■スマホに届いた衝撃的な解雇通知
それから約1カ月後、サンフランシスコの高台にある住宅地。坂道を上ったところに、ツイッターの元契約社員メリッサ・イングルさん(48歳)の自宅があった。
「衝撃的だった」
イングルさんは22年11月、11歳の娘らとショッピングセンターにいたとき、スマホの通知に気がついた。
「サンフランシスコは世界で最も物価が高い都市の一つ。仕事を探しながら、2人の子どもを抱えてクリスマスを迎える。どうやって暮らしていけばいいのか」
契約社員だったイングルさんは、月収は約1万4000ドル(約220万円)あった。それでも、退職金はもらえず、家賃や保険料など約1万ドルの出費がのしかかった。テック業界では何度も解雇を経験したが、「他社では最後は対面で話をするなど、もっと尊厳を持って接してくれた」という。
■従業員が3分の1になった買収劇
イングルさんは21年9月にツイッターに入社した。投稿の安全対策を担う部署で、シニアデータサイエンティストとして働いていた。
マスク氏はツイッター買収直後、従業員の約半分にあたる約3700人の人員を削減。その後も追加の人員削減に踏み切った。当時の米報道によると、従業員数は当初の3分の1ほどの2000人台に減った。
イングルさんによると、4000人以上いた投稿チェックの契約社員はほぼ大半が解雇され、30人いたイングルさんのチームは8人に減った。当時は、ブラジル大統領選と米国の中間選挙が重なる時期だった。
ツイッターは当時、世界で1時間に4000万件近いツイートの投稿があるとされた。
イングルさんによると、政治的な偽情報を見つけるのは「大量のわらの中から針を探すようなもの」という。イングルさんは、そうした投稿をふるいにかけるための人工知能(AI)のアルゴリズム(計算手順)を書いていた。
■人員削減で増える「有害投稿」の懸念
偽情報を見つけるしくみはどうなっていたのか。
「たとえば、陰謀論的なドキュメンタリーの名前が含まれる投稿には、一定の割合で偽情報が含まれている可能性がある」
そうした偽情報と関連づけられそうなキーワードを探しだし、検索をかける。ヒットした投稿に「スコアづけ」をし、一定以上のスコアの投稿は削除の対象となる。これを補う形で、人間の目でもチェックする。
イングルさんによると、検索するキーワードは、それぞれの国や法律、そのときのトレンドなどにあわせて調整し、アルゴリズムを常に改善していく。
「アルゴリズムを改善できなければ、偽情報を探す能力は下がり、穴があくようになる。ある言葉がなにを意味するかを判断するのは、人間には比較的簡単だが、コンピューターにとっては極めて難しい。
イングルさんは、ツイッターを大きなビルにたとえた。ビルの新しいオーナーが、警備員や維持管理者の多くをクビにしたらどうなるか。ビルはすぐにはなくならないが、やがてゴミがたまり、トイレが詰まり、電球が切れる。やがてビルから人が減っていく。
「有害投稿が増えることを懸念している。マスク氏はすべてを自動化したいと考えているが、到底そのレベルに達していない。投稿管理にかかわった立場からみると、マスク氏が望んでいることは極めてナイーブだ」
■マスク氏に期待した日本人社員の末路
解雇された社員には、日本人エンジニアもいた。
「あのイーロン・マスクが来るのかと、わくわくする感じがあった」
ツイッターのサンフランシスコ本社で勤務していたイハラさんは、マスク氏が買収を表明した時をそう振り返る。
イハラさんは、ツイッターのタイムラインの表示順を決める機械学習(ML)を担当する十数人いたチームのリーダーだった。
2012年に入社し、ずっと米国本社で働いてきた。ツイッターは17年、英語で140文字しかできなかった投稿を280字に増やした。創業者のジャック・ドーシー氏に直談判して、このプロジェクトを主導したのがイハラさんだった。
マスク氏に期待を込めたのには、伏線があった。
マスク氏の買収前、イハラさんは業務時間外で別のリサーチを進めていた。その頃、ツイッターのヘビーユーザーが減り、他のサービスに流れていると報じられた。ロイター通信は当時、ツイッターの月間利用者の10%未満にとどまりながら、9割のツイートを生み出す「ヘビーユーザー」が「完全な減少傾向にある」とする内部資料を報じていた。
「ツイッターがゆっくり死んでいくという兆候がいくつかあった。何か大きな変更がないと10年後にはもうないと思っていた。いいか悪いかわからないけど、大きく流れを変えるにはマスクさんは最適だと思った」
■まるで「イカゲーム」のような理不尽さ
買収後の22年11月半ば、マスク氏は「ハードコア(熱烈)になる必要がある」「長時間猛烈に働く」よう求め、賛同できなければ辞めるよう促すメールを社員に送った。
「ついていってやろうじゃん」
イハラさんは迷わず「イエス」を選んで回答した。
ある朝、マスク氏から従業員あてにこんなメールが届いていた。
「今日午後2時に会社に来るように」
「事前に過去何カ月の間に書いたコードのサマリーと、作ったコードの変更履歴をメールで送るように」
イハラさんもコードを送り、会社に向かった。だが、いくら待っても、マスク氏は現れなかった。
人員削減を乗り切ったイハラさんにも、ついにその波が押し寄せた。
感謝祭前の11月下旬、同僚とメッセンジャーアプリのプライベートグループでやりとりをしていた時、同僚が「解雇通知が来た」と騒ぎ出した。そのうち自分も会社のパソコンやメールが見られなくなり、解雇されたのを知った。
「仕事はちゃんとやっていたのに、ゲームをやっていていきなりゲームオーバーになった感じ。ルールを知らされていない(韓国のドラマ)『イカゲーム』のようだった」
イハラさんによると、重要なインフラを支えるエンジニアが全員いなくなった部署もあったという。
「サイズダウンして体制が整うのと、既存のシステムにガタが来るのとどっちが先か。数カ月で見えてくる」
ツイッターが生き残れる確率を聞くと、「五分五分ぐらい」と答えた。
■だからマスク氏はツイッターを買収した
22年4月のツイッターの買収表明後、マスク氏が一貫して訴えてきたのが「表現の自由」だった。
「表現の自由が抑圧される方向に進んでおり、懸念していた。正しい方向に向かわなければ、文明の未来が危険に陥る」。マスク氏は買収後、ツイッター上の音声対話機能「スペース」の対談でそう話していた。
マスク氏はツイッター買収後、凍結されていたアカウントを次々と復活させた。
「ソーシャルメディアの多くが(民主党支持者が多い)シリコンバレーにあり、左派に偏ったサンフランシスコの道徳観をまき散らしている。これは問題だ。情報の集権化によって、世界全体に影響を与えている」。マスク氏はそう訴えた。
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五十嵐 大介(いがらし・だいすけ)
朝日新聞記者
1974年埼玉県生まれ。ボストン大学大学院ジャーナリズム学科修了。英字誌「Tokyo Journal」、時事通信社英文記者を経て、2003年に朝日新聞社入社。13年から18年までアメリカ総局員(ワシントン)、21年から25年までサンフランシスコ支局長。25年4月から経済部の編集委員として、AIなどテクノロジーが社会に与える影響を取材している。
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(朝日新聞記者 五十嵐 大介)

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