会社でも家庭でも順風満帆だった人が、50代を境に苦境へ追い込まれるケースは少なくない。ファイナンシャルプランナーの川淵ゆかりさんは「収入減そのものよりも、生活レベルを見直せないことや変化を受け入れられないことが問題だ。
50代以降は現実を直視できるかどうかで老後の安心が大きく変わる」という――。
■湾岸タワマンに住む「勝ち組」のはずが…
大手メーカーの営業企画部長だったAさん(50歳)は、年収1500万円で、中央区の湾岸タワマンに暮らす4人家族です。誰が見ても“勝ち組”の人生は、他人から見ても理想の家族でした。
若い頃から営業成績は常にトップ、接待もゴルフも得意で、同期の中でも出世は早いほうでした。ですが、ワンマン気質は家でも「俺が稼いでいるんだから」という空気を自然と漂わせ、家族でさえも気を遣うという面もありました。
40代まではそんなAさんのやり方でも家計に余裕があり、家庭は回っていました。定年まで残り10年。ゴール目前のサラリーマン生活。管理職として、会社も家庭も上手く管理できていた――はずでした。
■家計破綻リスクが一気に高まる50代
Aさんの家庭は、都市部の高収入世帯にありがちな構図です。
・子どもは2人とも有名私立

・妻は専業主婦

・住宅は約9500万円の高級マンション(湾岸タワマン)
ですが、むしろ順調だった人ほど“気づかないまま危機に入る”のが50代で、「収入のピーク」×「教育費のピーク」×「住宅ローンの重さ」が一気に重なる年代です。
収入のピークが崩れやすいのも50代で、「役職定年」「早期退職」「配置転換」など、どのような形で襲ってくるかはわかりません。
そして、これは決して特別なケースではありません。Aさんは、その現実をまだ知らなかったのです。
■スキルアップを怠ったAさんの悲劇
ある日、Aさんは会社の専務から営業DXを進めることを命じられましたが、AさんはWordやExcelは使えても、ITやDXにはまったく興味がなかったのです。
「コンピュータなら情シスだろう!」

「国家試験に合格してるんだから、お前が先陣切れよ」
と、情報システム部門と同期で部下である次長のBさんに丸投げしました。
Bさんは、もともと真面目でコツコツ型。
大学生の息子の勉強に興味を持って、一緒にITパスポートを勉強し、親子で合格したばかりでした。営業企画部門での飲み会で、「プログラムも息子に教えてもらって作ってみたんだ」と嬉しそうに話すBさんに対し、Aさんは「もう50だぜ。今さら勉強なんて何になるんだよ」と馬鹿にしたように返したこともありました。
Aさん自身がDXの必要性を理解しないまま、部下への説明も無くDXは外部のITベンダーも交えて進み始めましたが、現場は混乱してしまいます。
・営業企画部門は「忙しいのになぜ仕事のやり方を変えるのか」と反発

・情報システム部門は「当事者意識がない」と不満を専務に直談判

・ITベンダーは責任の所在が曖昧で苦情を連発
それでも責任感のあるBさんは「なんとか成功させよう」と孤軍奮闘し、営業企画部門の部下をなだめ、情報システム部門やITベンダーに教えてもらいながら必死で走り回りましたが、責任者のAさんが動かない以上、なかなかプロジェクトは進みません。
■年収はまさかの1500万円→900万円
結局、多額のコストをかけたDXは失敗。完成したシステムはバグだらけで、「使い物にならない」と現場から総スカンを食らったのです。

苦情や不満が専務まで届いてしまった結果、Aさんは“専任職”という名の実質的な平社員へ降格となりました。そのため、年収は1500万円から900万円まで大幅にダウンしてしまいました。
一方、Bさんは孤軍奮闘の努力が周りからの信頼を勝ち取り、国家試験合格などの積み重ねも上層部から評価された結果、Aさんのポストである営業企画部長に昇進したのです。
Aさんの収入が下がった瞬間、以下のように毎月の出費は重く圧し掛かってきます。
・子ども2人の私立の学費

・住宅ローンの大きな返済額

・タワマンの管理費・修繕積立金と駐車場代の値上がり
しかし、Aさんは持ち前のプライドの高さから
「ローンが払えなくなった、と思われたくないからタワマンは定年退職までは出たくない」

「子どもは希望通り私立大学に進ませたい」
と、なかなか現実を見ようとしません。
一時は転職も考えましたが、特に特技も技術もなく、今回の件で管理能力にも自信もなくしてしまい、また年収900万円以上の転職先などそう簡単にあるはずもなく、Aさんは定年退職まで会社にしがみつく道を選んだのです。
■プライドの高さが家計を圧迫させる
Aさんの様子が変わったことで、本人を問いただしたAさんの奥様は、降格や年収ダウンとなったことを知り、次のような不安が生じます。
・上の子が私立高校、下の子が私立中学に同時入学した2025年あたりから生活は急に厳しくなった(入学金などが重なり、カツカツ状態)

・さらに降格で収入がダウンして以降、毎月貯蓄を20万~30万円取り崩すようになった
奥様はそれでも子どもは希望通り2人とも私立大学へ進学させたいのと、Aさんの希望で、定年退職まではマンションや車の売却はしたくないということから、この状態で老後の資金は確保できるか、という相談を筆者は受けました。
まず、現在の毎月の支出状況を確認すると次のとおりでした(図表2)。
やはり、住宅ローン等の住まいにかかるお金と教育費の大きさが家計を逼迫させています。貯蓄額は2025年の時点で1500万円ほど。Aさんはプライドが高いため、「定年退職まではタワマンを出たくない」と言っているそうですが、このままでは貯蓄は枯渇してしまいます。

■返しても返しても元金が減らない
Aさんの住宅ローンは次のとおりです。
・変動金利型(5年ルール・125%ルール適用)毎年4月・10月に金利の見直し

・35年ローン 元利均等返済、ボーナス返済なし

・現在の返済額:毎月20万9441円
Aさんの住宅ローンは、5年ルール適用のため、2029年4月に返済額がアップする予定です。しかし、2029年4月までは毎月の返済額は変わりませんが、変動金利型ローンは半年ごとに金利が見直されるため、次のように内訳(元金と利息)は確実に変わっています(図表3)。

※金利が上がると、毎月の返済額が変わらなくても、支払う利息の割合が増えて元金(ローンの元本)が全然減らなくなる(未払利息のリスクが生じる)
そして、2029年4月以降の返済額は、毎月23万8833円(+2万9392円)となります。
■2034年には返済額が月27万円に
政策金利は今後も上昇しそうです。もし、2026年・2027年に年2回ずつ、次のように金利が上昇した場合はさらに返済額はアップします(図表4)。
このケースだと、2029年4月以降の返済額は、毎月26万1801円(+5万2360円)まで上昇します。そして、注意したいのは、これは「125%ルール」(返済額がアップしても1.25倍まで)適用となる金額だということです。ですから、さらに5年後の2034年4月には、返済額は毎月27万3667円まで再度上昇することになります。
■今のままでは6年後に預貯金が底をつく
Aさんの家計は、すでに貯蓄を取り崩している状況のため、定年退職までの所得・支出(毎年2%の物価上昇率で計算)・貯蓄残高のグラフを次のとおりに作成しました(図表5)。

※学資保険の満期金は「Aさんの手取り」に含めています。

※2026年度からの高校の授業料無償化も織り込み済みです。


現在、高校2年生と中学2年生のお子さんたちがこれから大学へ進学していくため、下のお子さんが大学を卒業する年までは赤字続きとなり、預貯金も6年後には底をついてしまうことがわかりました。老後の備えも考える必要のある年代ですから、早めの生活の立て直しが必要です。
Aさん夫婦はお子さんの教育は熱心で、小さい頃からお金をかけてきたため、私立大学への進学という希望は叶えさせてあげたいので、住まいを変えることを検討してみます。幸い、Aさん以外の3人は「タワマンから出てもいい。」とのことでした。
ちなみに現在のマンションの売却価格は1億5000万円ほど。ローン残高が約6000万円ですから、税金や諸経費の約1000万円を差し引くと8000万円が残りますので、必要な老後資金などを差し引いた金額の範囲内で新しい住まいを探せば、ローンの負担をなくすことができます(※)。

※税金の計算については、家計相談内での概算試算のため、国税庁が認めている「概算取得費(売却額の5%)」を用いて算出しています。実際には購入時の契約書等に基づき取得費を正確に計算できる場合が多く、その場合は税額が本試算よりも少なくなる可能性があります。
Aさんは反対していますが、上記のグラフ(図表5)を見せれば納得するでしょう。
■50代以降は現実を直視しないと詰む
今、奥様ができることは、現在の住まい(タワマン)の価値(売却価格)を定期的にチェックする、予算を決めて新たな住まいを探しておく、終の棲家(老人施設)や一人になった場合の将来の住まいも想定し、資金計画を立てること、です。
また、Aさんのような高額所得者は、生活のレベルが落とせないことも老後の生活に影響を与えます。企業年金を含めても夫婦2人の年金額は合計で25万円程度。


さらには今の時代、インフレ対策が必要になります。「72の法則」(年数×金利=72)を使ったインフレ計算では、毎年2%ずつ物価が上昇すると36年後に、毎年3%ずつ物価が上昇すると24年後には、生活費は2倍になってしまいます。
50代は誰にとっても家計の曲がり角です。しかし、早めに現実を直視し、住まいや教育費を見直せば、老後の不安は大きく減らせるケースもあります。
高齢者が増え続ける日本では、年金は増えにくく、医療や介護にかかる負担も大きくなっていきますから、60代以降も働くことを考えて、今回のAさんのように「今さら勉強なんて何になるんだ」などと思わずに、現役時代からスキルアップなどのジョブプランをたてておくことも必要な時代なのです。

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川淵 ゆかり(かわぶち・ゆかり)

ファイナンシャルプランナー

川淵ゆかり事務所代表。1級ファイナンシャル・プランニング技能士。国立大学行政事務(国家公務員)後にシステムエンジニアとして、物流・会計・都市銀行などのシステム開発を担当。その後FPとして独立し、ライフプランやマネープランのセミナーのほか、日商簿記1級、CFP、情報処理技術者試験の合格経験を活かして、企業や大学での資格講座・短期大学や専門学校での非常勤講師としても勤める。

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(ファイナンシャルプランナー 川淵 ゆかり)
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