■街には若者があふれ、施設には住民が集まる
取材で訪れた4月下旬の日曜15時頃、JR恵比寿駅周辺は、20~30代の若者で賑わっていた。
恵比寿銀座のアーチをくぐる若いカップルや外国人観光客、駅前通り商店街のレトロな喫茶店に並ぶ女性グループ。一方で、ベビーカーを押す家族の姿はほとんど見かけない。子ども連れがいたのは、駅から少し離れた恵比寿南公園くらいだった。
そこから動く歩道で約5分、駅から400メートルほど歩いて恵比寿ガーデンプレイスに入ると、客層は大きく変わる。センター広場ではベビーカーを押す家族が行き交い、犬を連れた夫婦がベンチに座っている。地下のスーパー「ライフ」では、子連れの母親がカートを押して買い物をしていた。
同じ恵比寿駅から徒歩圏内にありながら、駅前には若者が集まり、恵比寿ガーデンプレイスには近隣住民が集まる。なぜ、街全体には若者があふれているのに、その中心にあるはずの恵比寿ガーデンプレイスには、あまり若者が集まらないのか。
いまでこそ恵比寿は、東京で「住みたい街」を尋ねれば必ず名前が挙がる街だ。
施設と街のあいだに生まれている人の流れのずれは、この街がたどってきた30年の変遷を、そのまま映し出しているように見える。その変化を、歴史から振り返ってみたい。
■30年前の恵比寿は「工場街」だった
現在の恵比寿には、感度の高い飲食店やショップが集まる街、というイメージが定着している。だが、この印象は最初からあったわけではない。
1988年10月発行の雑誌『Hanako』は、恵比寿駅周辺の市場をまとめて「恵比寿のアメ横」と紹介している。1991年2月号の同誌でも、恵比寿駅前は「古きよきTOKYO」として取り上げられた。そこに描かれていたのは、高感度な街というより、通好みの店が並ぶ、人情味のある商店街だった。
行政や業界の資料になると、その姿はさらにはっきりする。1992年発行の業界誌『新都市開発』には、当時の恵比寿について「JR恵比寿駅はターミナル性に乏しく、駅周辺はいわゆる駅前商店街として発展形成され、大型店などの出店はない」「住工商の混在地区や、木造賃貸共同住宅が集中した地区もみられる」と記録されている。
当事者の証言は、もっと率直だ。ヱビスビール記念館の館長は、2020年の取材で、恵比寿ガーデンプレイス開業前の街を「当時この周辺は、街灯もなくて夜は真っ暗で人通りも少ないような場所でしたね」と振り返っている。山手線の駅でありながら、夜は街灯すらまばらだった――それが、再開発直前までの恵比寿である。
つまり1990年代前半までの恵比寿は、サッポロビールの恵比寿工場を抱える企業城下町であり、駅前には商店街が広がる「住む・働く・つくる」が入り交じった街だった。渋谷や代官山、広尾といった周辺エリアと比べれば、恵比寿はまだ「おしゃれな街」として完成しておらず、「都心の下町」のような場所だったのだ。
■「商業施設」ではなく「都市」として作られた
そんな恵比寿の印象を大きく変えたのが、1994年に開業した恵比寿ガーデンプレイスである。
サッポロ社内で恵比寿工場跡地の活用が議論され始めたのは1971年。その後、1980年代に東京都の整備計画と連動する形で構想が具体化し、1987年にはサッポロが「水と緑の山手情報文化都市構想」を発表した。サッポロは本社を銀座から恵比寿へ移す方針も決めている。総事業費は約2950億円。構想から開業まで20年以上をかけた、長大な事業だった。
この事業の特徴は、商業施設だけでなく、住宅・オフィス・ホテル・美術館・映画館を一体で整備した点にある。
ここから見えるのは、恵比寿ガーデンプレイスが「買い物に行く施設」ではなく、「住む・働く・泊まる・食べる・遊ぶ」をまとめて提供する都市開発だったということだ。工場跡地に大規模な複合施設をつくることで、恵比寿という街のイメージそのものを引き上げる。それが、この事業の本当の狙いだった。
■オシャレさと下町感が混在している
恵比寿ガーデンプレイスは、商業施設であると同時に、街を「工場街」から「洗練された住宅地・商業地」へと書き換えるための再開発事業だったのである。ただし、開業当初は華やかな商業要素が目立ち、「都市」として設計されたガーデンプレイスの全体像は、まだ前面には現れていなかった。
もっとも、恵比寿のイメージは、恵比寿ガーデンプレイス一つで変わったわけではない。
1997年には、駅直結のアトレ恵比寿が開業した。駅ビルにファッション、雑貨、飲食店がそろったうえに、駅前にも感度の高いセレクトショップやカフェ、路地裏の個性的な飲食店が広がっていく。
人々は恵比寿駅を降りた時点で「おしゃれな街」という印象を持ちやすくなり、とくに若い世代にとっては、駅前そのものが目的地になっていった。駅から恵比寿ガーデンプレイスへ向かう動線も整い、駅前と施設のあいだに連続性が生まれた。
さらに2008年、駅前に「恵比寿横丁」が開業する。
こうして恵比寿には、複数の魅力が層になって重なった。恵比寿ガーデンプレイスが洗練された都市イメージをつくり、アトレや路面店がそれを駅前へ広げ、恵比寿横丁が下町的な飲食文化を若い世代向けに提供する。現在の恵比寿が「大人っぽいが、気取りすぎない街」として受け止められているのは、この複数の層があるからだろう。
■かつては「ランキング圏外」の街だった
街の変化は、外部からの評価にも明確に表れている。
リクルートのSUUMO住みたい街ランキングで、恵比寿は2010年の調査開始当初は7位にランクインしているが、2012年には圏外に、2013年に一気に2位へジャンプアップしている。
初回調査で7位となった2010年には「最先端なのに庶民的。多面性が魅力の街」と紹介されていたが、2位になった2013年には「住むだけでステータスになる街」と紹介されており、下記のようなアンケート回答者の声からも、街としての“格”があがったことがうかがえる。
◆ここに住んだら絶対かっこいい! みんなに自慢できる。セレブだと思う。
◆ファッションや流行の発信場所というか、おしゃれな街という印象があって、買い物や食べる場所に困らなさそう(男性44歳/ファミリー)
◆都会ながら落ち着いた高級な雰囲気の街で、ステータスがある。おしゃれな感じ。自慢できる街。(女性44歳/ファミリー)
出所=住みたい街ランキング 2013年 関東版より
2016年には調査開始以来初めて1位を獲得する。その後2021年まで2位を保ち、2022年に4位へ下がってからは5年連続で4位に踏みとどまっている。
■「山手線の穴場的な存在」だった
2022年に2位から4位へ下がった背景には、コロナ禍があった。リクルートSUUMO編集長の池本洋一氏は同年の取材で、恵比寿の魅力である飲食店の集積が外食制限期にマイナスに働いたこと、また、これまで恵比寿に投票してきたのは郊外の住民だったが、コロナ禍で投票傾向が地元志向に変わり大宮・浦和など埼玉勢が伸びたこと、を背景として挙げている。
また、本記事の筆者である中川寛子氏は、再開発前の恵比寿について「山手線中で賃料などが安い穴場的な存在だった」とも振り返っている。約15年前は圏外、いまは4位で安定。その移り変わりは、ここまで見てきた街の変遷とそのまま重なる。
「穴場」だった街が「住みたい街」へと変わっていった過程は、地価の推移にも刻まれている。
恵比寿町の公示地価(住宅地)は、1993年にバブルの残熱で505万円/平方メートルをつけたあと、2004年には130万円/平方メートルまで4分の1に下落した。
■「遊びに行く街」から「住む街」に変わった
人口の面でも、街の変化は裏づけられる。森記念財団の調査(2023年)によれば、恵比寿ガーデンプレイスの開業以降、周辺の人口は約1.3倍に増えている。「遊びに行く街」だった恵比寿は、「住む街」としての評価を着実に高めてきたのだ。
1994年の開業当時、恵比寿ガーデンプレイスは「恵比寿へ行く理由」のほぼすべてだった。だが街全体の評価が高まるにつれ、人々の目的地は施設単体から街全体へと広がっていく。駅前の飲食店、恵比寿横丁、路面店、カフェなど、恵比寿に行く理由は、いまや街全体に分散している。
■主役は「施設」から「街」へ移った
なぜ、若者は恵比寿の街には集まるのに、恵比寿ガーデンプレイスにはあまり集まらないのか。
答えはシンプルである。若者にとって、恵比寿ガーデンプレイスに行くことが目的になる必要がなくなったからだ。1994年の開業当時、高級レストランや百貨店など、ここにしかないおしゃれな空間があった。しかし現在、おしゃれな飲食店や感度の高いショップは、駅前にも路地裏にも広がっている。恵比寿横丁のように、若者が気軽に集まれる飲食街もある。
一方、恵比寿ガーデンプレイスは、いまや住民の生活拠点として機能している。広い広場、犬や子どもを連れて歩ける動線、地下のスーパーマーケットなど、若者が「映え」を求めて街を歩くのとは異なる別の魅力が詰まっている。同じ恵比寿駅から徒歩圏内で街と施設が違う顔を見せているのは、それぞれが違う層が求めているものを満たしているからだ。
恵比寿ガーデンプレイスがいま若者であふれる場所ではないことは、施設の失敗を意味しない。むしろ、恵比寿の街全体が成熟した結果である。2025年にサッポロホールディングスは不動産事業を売却することを決定した。1994年から「複合都市のパイオニア」として始まった平成の大事業は、施設の中身も所有者も入れ替わって、ひとつの時代を終えたのである。
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杉浦 圭(すぎうら・けい)
街歩きライター
街歩きライター。街歩きを趣味とし、全国各地を巡り歩いてその街ならではの魅力を発見することをライフワークとする。旅行メディアでライターとしても活動し、旅行者の視点を交えながら、街の魅力を多角的に伝えている。
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(街歩きライター 杉浦 圭)

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