■中国でも「流通の神様」
私は今、中国・瀋陽で、5月18日に逝去された鈴木敏文さんの追悼記を書いている。瀋陽へは講演依頼のためで、テーマはくしくも「鈴木敏文流経営学の真髄~セブン‐イレブンの強さの秘密を読み解く」。主催者は中国全土約150社の流通小売企業が加盟する同業団体だ。
中国では今も、鈴木さんは「流通の神様」としての人気が根強く、私が執筆や構成を担当した「鈴木本」の中国語版はベストセラーとなっている。流通業界の競争が激化するなかで、鈴木流の経営を学びたいという意向が強く、訪日研修団でも私は毎年、講演を依頼されてきた。
私が中国に訪れたのは22年ぶりで、前回は、2004年4月に北京に進出したセブン‐イレブンの取材が目的だったから、鈴木さんが私と中国を結びつけている感じがする。
この北京取材は、私が書いた鈴木本の第2弾、『鈴木敏文の「本当のようなウソを見抜く」』(プレジデント社 2005年)の発刊を記念して、プレジデント誌で鈴木流経営学を特集することになり、その中にセブン‐イレブン北京進出のルポを入れるためだった。
私と鈴木さんの関わりの大半はプレジデント誌が舞台だった。その長い関わりを数々のエピソードとともに振り返ってみたい。
■面会回数は100回に及んだ
最初の出会いは2001年9月。プレジデント誌の取材で、当時、セブン‐イレブン・ジャパン(SEJ)会長兼イトーヨーカ堂社長だった鈴木さんの独特の発想を読み解くというテーマだった。
私はその発想法を「陰陽両面的思考」「脱経験的思考」「時間軸を輪切りにする思考」など5つのパターンで捉え、メタ認知で「もう1人の鈴木敏文」が司令塔のように、どの思考で考えればいいかをその都度、即断しているとした。
鈴木さんは、自身について書かれた記事をけっして誉めることはなかったのに、この記事については「初めて誉めた」と側近から聞いた。ここから四半世紀、面会回数は約100回に及ぶ付き合いが始まる。
最初の取材の3カ月後、今度は鈴木流経営学を「統計学」と「心理学」で解析した記事をプレジデント誌で書き、これも鈴木さんは高く評価され、「会社の幹部に読ませたい」と別刷りで9000部の冊子を発注された。
これらの記事を単行本にまとめて翌2002年に出した『鈴木敏文の「統計心理学」』は発売3週間で8万部を超える爆速の売れ行きを見せ、各書店のベストセラーにランクされた。
担当編集者は後に書籍編集部兼書籍販売部部長になる桂木栄一さん(現・編集事業本部副本部長)。桂木さんとは以降、コンビを組んで、「今回はこのテーマで」「今回はまた違うテーマで」と多種多様なテーマで鈴木さんに取材を重ねた。
■お金のにおいが一切しない経営者だった
鈴木さんは、どんな質問に対しても当意即妙の回答をされた。例えば、こんな具合だ。
「なぜ対話は大切なのでしょうか」
「それは心が浄化されるからです」
それは禅僧との問答を思わせるところもあった。実際、鈴木さんは企業経営者でありながら、お金の匂いが一切せず、禅僧の墨衣や教授の着る白衣が似合う印象があり、それは本人の本質が「教育者」であったことを物語った。こんな質問もしたこともある。
「なぜ人は挑戦を避けるのでしょうか」
「日頃革新的なことを言っている人も自分の問題になると保守的になるからです。その一方、困難でも挑戦しようとする自分もいる。守ろうとする自分があることも認めつつ、挑戦しようと意欲を持ち続ける。それが人間本来の生き方ではないでしょうか」
鈴木さんも私も、こんなやりとりを繰り返し楽しんだものだった。
こうして、幾多の取材をしては書籍化を重ね、発売わずか1週間で8万部を突破した『鈴木敏文の「本当のようなウソを見抜く」』など、鈴木本は20数冊近くを数え、その都度、ベストセラーにランクされ、総発行部数は優に100万部を超えた。
「この人(勝見のこと)は私以上に私のことを知っている」
鈴木さんは私のことをそう言って紹介したこともある。
■「顧客起点」と「未来起点」
前述の北京取材のときの話だ。多大な苦労の末、初出店にこぎ着けた日本人総経理からこんなエピソードを聞いた。北京1号店のオープンを翌週に控えた4月初め、合弁会社の記念式典のため、北京に来ていた鈴木さんが突然、開店準備中の店にやってきた。
商品が陳列された店内を1時間ほどかけてじっくり回った。案内をする総経理にいくつかの質問はするが、大半は黙って「ウーン」と首をひねっていた。けっして満足していないようだった。
翌朝、鈴木さんから総経理宛てに電話がかかってきた。
「お前、わかっているだろうな」(鈴木さん)
総経理はその一言ですべてを了解した。
「はい、わかっています。すぐやり直します」(総経理)
総経理はそれから4日間、連日徹夜で売場のレイアウトをすべて変えた。総経理は、北京初出店なのでどんな陳列がよいかわからず、日本の標準店に近いレイアウトにしていた。無意識のうちに、「売り手の都合」で考えてしまったのだった。
鈴木流経営の基本は、常に「顧客の立場で」考えるという「顧客起点」と、過去の延長線上ではなく、未来の可能性に目を向けて今やるべきことを考えるという「未来起点」の発想にある。
総経理は再度「顧客の立場で」考え、未来に目を向け、セブン‐イレブンを初めて見る北京の顧客にも、表から見て何を売っているかがわかるようなレイアウトに変えた。
■印刷直前に原稿にNGが出た…
このエピソードで注目すべきは、鈴木さんが総経理にNGを出すとき、具体的な問題点を言わなかったことだ。実は私も同様に鈴木さんからNGを出されたことがあった。
私が書いた鈴木本の中に、図解と簡潔な文章で鈴木流経営学を解くムック本『なぜ、セブンでバイトをすると3カ月で経営学を語れるのか』(プレジデント社)がある。「入門編」に続き、セブン‐イレブンの優良店舗を取材し、それぞれになぜ好業績を上げられるのか、取り組みを紹介する「実践ストーリー編」を出版したときの話だ。
校正もすみ、あと3時間後に印刷機が回り始めるというそのとき、鈴木さんから突如、NGが入った。桂木さんは茫然自失。いつもは原稿に事前に目を通してもらうのだが、そのときは印刷当日になってしまった。
連絡をくれた広報担当者によれば、どこが問題点なのか具体的な指摘はなかったという。広報担当者とあれやこれやと考えた末、1つの仮説を導いた。
「実践ストーリー編」では、各優良店のオーナーが登場し、自身の経営論を語っていた。これが問題だったのではないか。セブン‐イレブンの店舗数は2万店を数え、それぞれに商圏も客層も異なるから、経営のあり方も異なる。「個店主義」は鈴木経営学の中心でもあった。したがって、各オーナーは自店の経営は語れても「セブン‐イレブンの経営学」について語ることはできない。できるのは代表である鈴木敏文しかいない。
この仮説に基づき、原稿から各オーナーが語る経営論を削り、鈴木さんの言葉に変えたところ、一発でOKが出た。
■問題点を指摘しない理由
なぜ、鈴木さんはNGを出すとき問題点を指摘しないのか。それは本人に自分の頭で考えさせるためだった。問題点を指摘すれば、本人はその問題点だけを解決しようとする。それでは本人も成長せず、本質的な解決にはならない。総経理にNGを出したのも、セブン‐イレブンの経営の基本に立ち返って、自分で答えを出させるためだった。鈴木さんは常に人間の心理に目を向けていた。
自分の頭で考える。これは鈴木さんがセブン‐イレブンで働くすべての人々に徹底して求めたことだった。
■「仕事でミス連発、どうすれば?」への明快回答
以前、プレジデント誌で鈴木さんと京セラ創業者の稲盛和夫さんの対談を行ったことがあった。両者は同じ昭和7年の生まれで、個人的にも親しい間柄だったが、対談は初めてで、私が進行役と構成を任された。
対談中、読者の質問に答えてもらう企画があった。「仕事でミスを連発してしまいます。
セブン‐イレブンの各店舗でも、発注分担といって、学生アルバイトにも弁当類など、メインの商品の発注を任せる。
学生アルバイトも、天気予報や地域の行事予定など(先行情報と呼ばれる)から、自分で考えて、明日の売れ筋商品の仮説を立て、積極的に発注し、結果をPOS(販売時点情報管理)システムで検証するという「仮説・検証」のサイクルを回していく。そのため、実際、「セブンでバイトをすると3カ月で経営学を語るようになる」といわれた。
仮説を立てる際の基本が「顧客の立場で」考える「顧客起点」と、未来が今を決める「未来起点」の発想だ。
■突然の退任劇に掌返しのメディア
学生アルバイトも実践するこの発想がセブン&アイ・ホールディングスの社外取締役には通用しなかった結果、起きたのが2016年の突然の退任劇だった。退任劇は、SEJの社長の退任を求める鈴木さんの人事案に社外取締役が反対したことに始まる。SEJが5年連続増収増益を実現した実績をもとにした反対論だった。
メディアでは、鈴木さんがセブン&アイHDの取締役執行役員CIO(最高情報責任者)に就いていた次男の康弘氏を自分の後継に据えようと考えているとの根拠なき噂が広まっていた。経済紙で鈴木流経営を賞賛していた流通担当さえ掌を返したように世襲説を肯定する有様だった。
康弘氏は、富士通のシステムエンジニアから孫正義氏に誘われてソフトバンクに移り、書籍のネット通販をセブン‐イレブンの店舗で受け取るビジネスを起業した。その後、IT企業より、流通企業を基盤にしたほうが成長性があると判断して、セブン&アイグループ入りを選ぶ。以来、グループ内でネットビジネスを牽引していた。
鈴木さんは、「息子はあくまでも技術者」と一貫して世襲説を否定し、私も何度もそう聞いていた。しかし、メディアでは鈴木さんの人事案と世襲説を結びつけるネガティブな論調が横行していた。
■息子からのメールが背中を押した
私はといえば、あまりにも突然の辞任劇に何をすればいいのか途方に暮れていた。「これでは誤った情報が残ってしまう」と危機感を覚えながらも、蟷螂の斧状態だった私の背中を押したのは息子からのメールだった。
私は、鈴木さんと出会ったのと同じ頃、世界的経営学者の野中郁次郎・一橋大学大学院教授(後に名誉教授、昨年逝去)とビジネス誌で、日本企業・組織のイノベーション事例を紹介する連載を始めていた。野中先生は、現代の経営者の中で、鈴木さんを稲盛さんとともに最も高く評価していた。一時期、セブン&アイHDの社外取締役も務めた。
そこで、私は、鈴木さんと野中先生に「先生役」になってもらい、当時高校生だった私の息子に対し、「もし君がセブン‐イレブンで働くことになったら」という想定で、父親として経営学を語る『セブン‐イレブンの「16歳からの経営学」』(宝島社)という本を出したことがあった。これを読んで鈴木さんの経営学に興味を持った息子は本当にセブン‐イレブンに就職。その後、事情があって退職し、当時、オーストラリアにいた。
海外にいた分、冷静かつ客観的に見ることができたのだろう、息子からのメールは退任劇の本質を見事に見抜いていた。一瞬にして視界が開け、意を強くした私は、自分の知る真実をプレジデント誌に寄稿した。
■退任劇の真実
鈴木さんは、早くからネットとリアルの融合を提唱し、オムニチャネル化を推進していた。コンビニ、スーパー、百貨店、各種専門店、レストランなど、グループ内のあらゆる業態が扱う商品について、24時間、いつでもどこにいてもネット上で買い物ができ、セブン‐イレブンのリアル店舗網で受け取りができる。それがオムニチャネルだった。
鈴木さんはこのオムニチャネルについて、顧客の利便性の向上を図ると同時に、グループ各社が協力することで、自分がリタイア後の求心力の核になることも想定していた。
ただ、当時のSEJ社長はオムニチャネルへの関心が高いとはいえなかった。そこで、プレジデントへの寄稿では、鈴木さんが退任を求めたのは「顧客起点」「未来起点」の基本原則に沿ったものであり、一方、社外取締役による反対論は「会社起点」「過去の延長線上」のものであると指摘した。
■携帯に見慣れぬ番号から着信
また、康弘氏の取締役就任は、オムニチャネル・プロジェクトの実質的なリーダーであった康弘氏に一定以上の権限を与えたほうがプロジェクトは進むとの経営幹部からの進言によるもので、世襲とは無関係であることも記した。
さらに、鈴木氏は自分のリタイア後のセブン‐イレブンやイトーヨーカ堂の今後のあり方を実験するプロジェクトを立ち上げていたことも示し、それを実現できるかどうかが、退任後の経営陣に問われると結んだ。
記事が出て、すぐのことだ。私の携帯電話に見慣れぬ番号から1本の電話がかかってきた。鈴木さん本人からだった。鈴木さんから直接電話をもらうのも、「ありがとう」と感謝の言葉を聞くのも初めてのことだった。私は感極まって、思わず涙が込み上がるのを止めることができなかった。
■最後の面会で託されたメッセージ
このまま鈴木さんを“過去の人”にしてはいけない。私と桂木さんは、退任後も、『わがセブン秘録』『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』といった鈴木本を出し続けた。
私が鈴木さんに最後に会ったのは昨2025年秋。実は退任1年前に、私は鈴木さんから発足から10年となるセブン&アイHDの社史の執筆を依頼されていた。これもポスト鈴木の求心力の核として想定していたようだった。しかし、鈴木さんの主導による数々の挑戦を記録し後進に伝える原稿は書き上がったものの、後継の経営トップからストップがかかりお蔵入りとなった。
ただ、依頼者の鈴木さんには原稿を渡しておきたい。積年の思いを叶えてもらったのが最後の面会となった。その折り、鈴木さんは私に1つのメッセージを託した。
「経営で重要なのは“四季を創る”ことである」
「“四季を創る”とは季節ごとに新しいものを生み出すことである」
「それには、常に新しいことに挑戦しなければならない」
「重要なのはトップの存在で、トップ自ら新しいことに挑戦し、社員にも挑戦を求めるメッセージを発信し続けなければならない」
鈴木さん亡き今、このメッセージが現経営陣に届くことを願ってやまない。
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勝見 明(かつみ・あきら)
ジャーナリスト
1952年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退後、フリージャーナリストとして、経済・経営分野を中心に執筆を続ける。著書に『』『』ほか多数。最新刊に『』(野中郁次郎氏との共著)。(写真提供=日刊ゲンダイ)
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(ジャーナリスト 勝見 明)

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