※本稿は、岡瑞起『AIの時代に頭がよくなる人悪くなる人』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■台湾で起きた「Uber」をめぐる議論
実は、AIを「分断を深めるもの」ではなく、「分断をつなぐもの」として使っている国がすでにあります。
台湾です。
台湾のオードリー・タンさんは、「Pol.is」(ポリス)というシステムを使って、社会の分断を乗り越える実験を重ねてきました。
2016年、台湾で「Uber(ウーバー)を認めるべきかどうか」という大きな議論が起こりました。Uberはスマートフォンのアプリで配車を頼むサービスです。一般の人が自分の車でお客さんを運ぶこのサービスは、便利で安く、世界中で使われています。
台湾でも、Uberを導入しようという動きがありましたが、タクシー業界が猛反対しました。「素人が客を乗せるなんて危険だ」「仕事が奪われる」と訴えたのです。
Uber賛成派とタクシー業界のふたつのグループは激しく対立していました。
こういうとき、普通はどうなるでしょうか。
お互いに相手の悪口を言い合って、議論は平行線をたどるでしょう。最後は政治家が「えいや」と決めるか、あるいは何も決まらないまま終わるかのどちらかです。
ところが、台湾では違うことが起こりました。
■意見をAIが解析するシステム
タンさんたちは、約1700人の市民に参加してもらい、Pol.isを使って議論しました。Pol.isというのは、たくさんの人の意見を集めて、AIが分析するシステムです。
具体的にどのようなしくみか少し説明しましょう。
まず、参加者は短い意見を投稿できます。
「Uberは便利だから認めるべきだ」「安全性が心配だ」などです。そして、他の人が投稿した意見に対して、「賛成」「反対」「わからない」のどれかをタップします。
返信やコメントはできません。
返信ができないのは、「荒れる」のを防ぐためです。SNSでは、反論に反論が重なって、議論がどんどん感情的になっていきます。
では、集まった大量の「賛成」「反対」のデータを、どう分析するのでしょうか。
Pol.isは、「主成分分析(PCA)」や「クラスター分析」と呼ばれる統計手法を使っています。難しく聞こえますが、やっていることはシンプルです。
まず、似たような投票パターンを持つ人たちを自動的にグループ分けします。
■「両方のグループが、実は同意できること」を探した
「この人とあの人は、だいたい同じ意見に賛成している」というように分けます。すると、「賛成派グループ」「反対派グループ」のような塊が見えてきます。
ここで面白いのは、AIの使い方です。
AIは、「賛成派と反対派がどう対立しているか」を分析しただけではありません。
「両方のグループが、実は同意できること」を探したのです。
普通、対立しているふたつのグループを見ると、「意見が違うところ」ばかりが目につきます。でも、よく調べてみると、「意見が同じところ」もあるはずです。
これを「コモングラウンド」(共通の土台)と呼びます。
AIが約1700人の意見を分析した結果、意外な共通点が見つかりました。
Uber反対派の人たちも、実は「Uberそのものが嫌い」というわけではありませんでした。反対派が心配していたのは、「知らない人の車に乗るのは不安」ということでした。タクシーならば、ちゃんとした会社が運営していて、運転手の身元もわかっている。
でもUberだと、どんな人が運転しているかわかりません。
■AIは「パターンを見つけ出す」のは得意
一方、Uber賛成派の人たちも、「安全はどうでもいい」と思っていたわけではありませんでした。便利で安いサービスがほしい。でも、安全であることも大切だと思っていました。つまり、両方のグループとも「安全なサービスがほしい」という点では一致していたのです。
人間が約1700人もの意見を一人ひとり読んで、この「隠れた共通点」を見つけ出すのは簡単ではありません。対立している意見を見ると、どうしても「違うところ」に目が行ってしまいます。
ところが、AIは違います。
膨大なデータの中からパターンを見つけ出すのは得意です。しかも、感情に左右されません。「この人の意見は嫌いだから無視しよう」ということがありません。
このとき、いいアイデアとして浮かび上がったのが、「ドライバー評価システムを導入する」というものでした。
これはAIが考え出したものではありません。参加者の中から出てきた意見です。
AIの役割は、膨大な意見の中から「実は両方のグループが同意できるもの」を見つけ出し、それを目に見える形にしたことでした。
Uberの運転手さえも含め、全員が「評価システムがあれば安心だ」という点で一致していることを、AIが可視化してくれたのです。Uberのドライバーを評価するシステムをつくって、乗客が「この人は安全だった」「この人はちょっと怖かった」と評価できるようにするのです。
評価の低いドライバーは利用を敬遠されて、自然と排除されます。そうすれば、タクシーと同じように、安心して乗れるようになります。
■日本の「パブリックコメント」との決定的違い
この提案は、賛成派にも反対派にも受け入れられました。
80パーセント以上の参加者が同意したのです。
ここで大切なのは、台湾政府が最初に「80パーセント以上の同意が得られた提案は、必ず政策として検討します」と約束していたことです。
日本でも、「パブリックコメント」といって、政府が国民の意見を募集することがあります。
ただ、その意見がどうなったか、あまり聞いたことがありません。意見を出しても「吸い込まれて終わり」という感覚がぬぐえません。
台湾では違いました。市民の意見がちゃんと政策に反映されたのです。
その結果、「自分の声が届く」という実感を一人ひとりが持てました。
これが、本書でお話しした「無力感」の問題を解決する方法のひとつです。
ここで、もうひとつ大切なことをお伝えしたいと思います。
『PLURALITY』をオードリー・タンさんと一緒に書いた経済学者のグレン・ワイルさんは、こう言っています。
「社会を動かす本当の力は、共通知にある」
■「共通知」をつくる技術
共通知というのは、ただ「みんなが知っている情報」のことではありません。「みんなが同じものを学んでいる」と互いに確信できている状態のことです。
ワイルさんは、例として聖書の勉強をあげます。人々がそれぞれ自分の家で、ひとりで聖書を読んでいる。一見、それは個人的な営みに見えます。
けれども、みんなが「同じ本」を読んでいるという事実が、共通の知をつくっています。
違う場所、違う時間に勉強していても、聖書という共通のテキストが背骨にあるからこそ、お互いが何を考え、何を信じているのかを推測できるのです。
ところが今、AIによってこの構造が崩れつつあります。AIが私たち一人ひとりに合わせて情報を出し分けることで、見えている世界が人によってバラバラになっていきます。同じ「本」を読んでいるつもりなのに、中身が一人ひとり違う。「自分が見ているもの」と「他の人が見ているもの」が違っていることに、気づかないまま生きるようになるのです。
共通の背骨が失われたとき、私たちは何を一緒に決められるのでしょうか。これが、AI時代に直面している深い問題です。
だからこそ、共通知をつくる技術が必要になっています。Pol.isが行っているのは、まさにこれです。バラバラに見えていた声を集めて、「実はこんなに多くの人が同じことを考えていた」と目に見える形にする。市民が動き出すのは、共通知が生まれた瞬間からです。
■人間同士だと難しい「翻訳」
オードリー・タンさんは、こう語っています。
「AIは、人間を支配する存在ではありません。むしろ、人と人との間に入って、お互いが理解できていないことを翻訳してくれる存在になれるのです」
対立しているふたつのグループからは、お互いが「敵」に見えてしまいます。「あいつらは間違っている」「話してもムダだ」と憎み合う傾向にあります。
でも、実はどちらの側にも、それぞれの不安や心配があります。その不安や心配を、AIが「翻訳」してくれます。
「反対派の人たちは、Uberが嫌いなわけじゃないんです。知らない人の車に乗るのが不安なだけなんです」とAIは教えてくれます。
そのように「翻訳」されると、「なるほど、それならわかる」と思えるかもしれません。
人間同士だと、こういう「翻訳」は難しくなります。
感情が入ってしまうからです。でも、AIなら、感情に左右されずに、両方の意見を公平に分析できるのです。
■AIは分断を超えるためにも使える
もちろん、Pol.isにも限界があります。
まず、すべての問題に使えるわけではありません。妥協点がそもそも存在しないような問題――たとえば、どちらかが完全に勝つか負けるかしかないような問題には、向いていません。
また、参加者が偏っていると、結果も偏ります。
インターネットにアクセスできない人、そもそも政治に関心がない人の声は、拾いにくいのが現実です。
「全員が賛成できる意見」を重視するあまり、少数派の声が埋もれてしまう危険性もあります。「みんなが賛成していることが正しいとは限らない」という民主主義の古くからの課題は、Pol.isでも解決されていません。
それでも、少なくともAI時代のひとつの可能性を示しています。
AIは、分断を深めるために使うこともできますし、分断を超えるために使うこともできます。私たちが上手に使えるものです。
AIがもたらす未来だけを「自分にはどうしようもないこと」とすることは避けられるのです。どちらの道を選ぶかは、私たち次第です。
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岡 瑞起(おか・みずき)
人工生命研究者
博士(工学)。千葉工業大学大学院デザイン&サイエンス研究科教授。Artificial Life Institute(人工生命国際研究機構)創設者・代表理事。専門は人工生命、AI、複雑系科学。生命のように自ら進化していくAI システムの研究を中心に、AI と人間が共に学び合う「Symbiotic Alignment」と、目標に縛られないAI の探究プロセスを研究する「Open-endedness」の研究を進めている。世界各地のAI 研究者・開発者と対話を重ね、AI が人間の知性をどう変えていくのか、AI 時代に人間はどう生きるべきかを、研究と現場の両方から日々考え続けている。主な著書に『ALIFE|人工生命―より生命的なAI へ』(ビー・エヌ・エヌ)などがある。
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(人工生命研究者 岡 瑞起)

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