「月々たった○万円で憧れのマイホームを」――そんな広告を見たことはないだろうか。住まいるサポートの高橋彰社長は「いわゆる“残クレ住宅ローン”という新たな仕組みだ。
将来残る住宅価値分を差し引くことで、月々の返済額を大きく下げることができる。一見、魔法のような制度だが、リスクを知らずに買うと思わぬ落とし穴にはまりかねない」という――。
■高給取りでも「家が買えない」
「世帯年収1200万円あっても、都内で家が買えない」。
いま、住宅購入相談の現場で最もよく聞く言葉です。
共働きで、夫婦ともに大手企業勤務。ボーナスも安定している、周囲から見れば「勝ち組」に見える30代のパワーカップルでさえ、住宅ローンの壁にぶつかり、希望していた9000万円~1億円の住宅をあきらめるケースが続出しています。
問題は「月々の返済額」ではありません。
銀行が貸してくれる上限額そのものが、首都圏の住宅価格に追いついていないのです。
■首都圏で起きている“静かな断絶”
たとえば、共働きで2人ともフルタイム勤務のご夫婦が、
「保育園まで徒歩10分以内」

「通勤1時間圏内」

「将来2人目も想定して3LDK」
という条件で探すと、都内や横浜・川崎では9000万円前後の物件が当たり前に並びます。
ところが、住宅ローンの事前審査を受けると「ご融資の上限は7500万円です」と告げられたりします。
この“1500万円のギャップ”の前で、多くのパワーカップルが足を止めています。
世帯年収1200万円、返済負担率30%で計算すると、住宅ローンに回せるのは年間360万円、月30万円が上限になります。

金利1%台・35年返済で単純計算すれば、理屈上は1億円前後の借入も可能に見えます。
でも、実際の銀行審査では、金利上昇リスクや生活費の余裕を見込んで、そこから2~3割ほど厳しく評価されるのが一般的です。
その結果、この条件の世帯が現実に借りられる上限は7000万~8000万円程度となり、希望する1億円前後の物件の前で、「足止め状態」となってしまう。
つまり住宅の市場価格が、銀行の与信枠を超えてしまっているのです。
この「価格と信用のズレ」こそが、今の急速に着工戸数が減少している住宅マーケットの冷え込みの正体といえます。
■国が後押しする“残クレ住宅ローン”とは
こうした中、政府と住宅金融支援機構(JHF)が後押しし始めているのが「残価設定型住宅ローン」、いわゆる残クレ住宅ローンです。
これは、住宅の将来の価値(残価)をあらかじめ差し引き、その分を返済対象から外すことで、月々の返済額を大きく下げる仕組みです。
イメージとしては、1億円の家を買うときに、そのうち3000万円分を「30年後に先送り」して、残り7000万円だけを今のローンで払うようなものです。
たとえば1億円の住宅で、30年後の残価を3000万円と設定すれば、毎月の返済計算は7000万円を借りた場合とほぼ同じになります。
ただし、実際の借入は1億円のままであり、残価として先送りした3000万円にも30年間ずっと金利がかかる点には注意が必要です。
一見すると、「高すぎる家を買える魔法」のようにも見えるのではないかと思います。
【世帯年収1500万円、35年ローンで1億円の家を購入した場合】※金利1%で算出

通常の住宅ローン(元利均等):返済対象額1億円/毎月返済額:約28万2000円(金利:約1800万円)

残クレ型住宅ローン:返済対象額7000万円(残価3000万円)/毎月返済額:約22万3000円(金利:約2300万円)
■“買えない人”は依然として買えない
この残クレ住宅ローンを使えば、今まで手の届かなかった家も買える!
そう思う方も少なくないようです。

しかし、ここに決定的な誤解があります。
残クレは「月々の返済額」を下げるだけで、銀行が貸してよいと判断する“総額”を増やす制度ではありません。
1億円の家を買えば、銀行は1億円のリスクを背負います。
残価があろうと、その事実は変わらないのです。
つまり、7000万円までしか借りられない人が、残クレを使ったからといって1億円借りられるわけではないのです。
「月22万円で1億円の家」という広告的な数字と、実際に銀行が出す融資枠の現実は、まったく別物なのであることを理解することが必要です。
「それなら公的な金融機関が1億円貸せばいいのでは?」
こう考える人もいるでしょう。
たしかに、冷え込んでいる住宅市場を活性化し、苦境に陥っている中小工務店を救済するためにも、そのような対応をしてもいいように思われます。
住宅金融支援機構(JHF)は民間銀行と違い、国の信用で資金を調達しています。政策的判断で、残クレ利用することで、返済可能な返済比率の範囲で高額融資することも可能かもしれません。
でも、それをしようとしていません。
なぜ、そうしないのでしょう?
答えはシンプルです。

それをやれば、住宅価格がさらに上がるからです。
■住宅価格の下落が、国民負担に直結する
国がこうした方針を明確に打ち出せば、とくに分譲マンション市場では、その水準まで価格が引き上げられやすくなります。買い手の資金上限が引き上げられれば、売り手はその分だけ値付けを上げられるからです。
価格が上がれば、住宅はますます「高値でしか売れない市場」になります。そして将来、価格が下落した場合には、残価を下回った部分の損失が問題になります。
現在、住宅金融支援機構(JHF)は、残価設定型ローンを扱う金融機関のリスクを軽減するための住宅融資保険(残価未回収リスクを補填する仕組み)を整備する方向で動いています。
これは、損失が出た場合に金融機関側のダメージを国が一定程度肩代わりする設計です。
つまり、価格下落時のリスクが、完全にではないにせよ、民間の貸し手から公的部門へと移転していく構造になりつつあります。
だからこそ政府は、「与信を大きく拡張して価格を押し上げる政策」には極めて慎重なのです。
それは、住宅価格の下落リスクを、将来の国民負担に変えてしまう可能性があるからです。
残クレは、価格を押し上げるための制度ではなく、価格が下がる局面でも市場が急激に壊れないようにする“緩衝材”として設計されているのです。
■この制度の恩恵を受けるのは誰なのか
そのような商品であるため、残クレが実際に効くのは、「世帯年収1200万~1500万円」、「8000万~1億円の住宅を検討している」、「ただし毎月30万円は心理的に重い」、という層です。

つまり「買える人の背中を押す」制度であって、買えない中間層を救う制度ではないことを理解することが必要です。
首都圏の着工戸数が回復しないのは、家が高いからだけではなく、高すぎて“信用が届かない”価格帯に行ってしまったからでもあるのです。
残念ながら、残クレはその構造を変えるものではありません。
■住宅は“金融商品”になりつつある
ここまで見てきたように、いまの住宅問題の核心は、「価格が高い」ことではなく、「価格に対して信用が届かなくなった」ことにあります。
そして、その信用の正体は突き詰めれば家計の所得と手取りです。
住宅価格が上がる一方で、給与水準や可処分所得が同じペースで伸びていれば、多くの世帯は無理なくその価格を受け入れられたはずです。
ところが現実には、住宅価格だけが先に上がり、給料と手取りが追いついていない。ここに、いまの「買えない問題」の本質があります。
本来であれば、このギャップは賃金の上昇で埋めるべきものです。
しかし賃金政策は時間がかかる。
そこで国が選んだのが、「住宅の価値を金融で支える」というアプローチでした。住宅を「いくらで買えるか」ではなく、「将来いくらの価値が残るか」で評価する。

残クレ住宅ローンは、その象徴的な制度です。住宅の将来価値をあらかじめ組み込むことで、市場価格を大きく崩さずに取引を成立させようとしているのです。
つまり、いま日本の住宅は、住む場所であると同時に、金融商品として扱われ始めているといえます。
この視点を持たずに「月々の返済が安いから」と残クレを使えば、将来の価値が残らない住宅を高値でつかまされるリスクを背負うことになります。
■なぜ「将来の価値」が重要なのか
残クレ住宅ローンを理解するうえで、最も重要な前提があります。
それは、「すべての住宅が同じように将来価値を持つわけではない」という事実です。
残クレは、契約通りの期間住み続け、想定された使われ方と管理がなされている限り、通常の経年劣化だけで直ちに問題が生じる制度ではありません。
残価設定月(出口)を迎えた際の選択肢は2つあります。
① 買取オプション:残価を買い取ってもらい住み替える

② 返済額軽減オプション:従来の支払額よりも少ない返済額で住み続ける

① の場合、仮に資産価値が想定残価を下回ったとしても、利用者の持ち出しは発生しません(国や機構がカバーします)。
② の場合も、残価に対して新しくローン査定が行われるわけではなく、一定の計算式によって残価設定月以降の返済額が決まる仕組みです。
しかし、注意が必要なのは、契約途中の住み替えケースです。満期での住み替えと違い、売却の際に市場評価が介在することになります。
「市場評価額」が契約時に想定していた「残価」を下回る場合、その差が、現実の負担として表面化する可能性があります。
■市場は契約書通りには動かない
例えば、35歳でローンを組み、25年後(60歳)で、予定外の事情で売却を検討することになったとします。1億円で購入した住宅の残りのローンは約2900万円、設定されていた「残価」は3000万円でした。
想定はもちろん、「ローンの残債+残価3000万円での売却」です。
ところが、耐震性能や断熱性能の不足、十分なメンテナンスが施されていなかったことが査定に影響し、市場評価は1800万円にとどまってしまいました。その場合、差額1200万円は自己負担として一括精算が必要になります。
手元資金が不足すれば、老後資金を取り崩すことになるのです。
「残価3000万円」という数字は、あくまで契約上の想定値です。市場は契約書を読みません。実際の査定額が下回れば、その差は丸ごと自分の問題になります。月々の返済が抑えられていた分、この落差はセカンドライフの資金計画を一気に狂わせることになります。
変化の激しい時代において、30年間一度も住み替えや売却を検討しないと想定すること自体が、もはや現実的とは言えません。こうしたケースに備えて、住宅を建てる時点で「将来的な資産価値」をしっかり考えることが重要になります。
では、どんな家なら安心なのか。
■将来の資産価値の見極め方
住宅の評価を左右するのは、単に「新築だったか」「価格が高かったか」ではありません。重要なのは、建物自体の性能の高さです。過去の連載記事の中でもお話してきましたが、1億円を超えるような高級住宅だから、性能が高さが保証されているわけではありません。
たとえば木造戸建住宅であれば、断熱や耐震といった性能が高くても、気密性能、永続性のある防蟻処理や施工品質、定期的な点検といった維持管理などが不十分であれば、住宅の評価が大きく下がる可能性がたかくなります。
残クレを利用するための要件となっているものとして「長期優良住宅(現行ZEH水準である断熱等級5)」という基準※がありますが、これを満たせば安心かというと、そういうわけではないという点には注意が必要です。
※断熱性や省エネ性、耐震性、メンテナンス性などについて、将来にわたって評価されやすい住宅の一つの目安とされています。
例えば前に触れた「気密性能」は、そもそも基準自体が含まれていません。そもそも、市場評価を左右するこうした枠組み自体がこの先何十年も変わらない保証もありません。
(気密性能については、過去記事「こんな“暑くて寒い家”が合法的に建てられるのは日本だけ…喘息・アレルギーを起こす「日本住宅」のお粗末」で詳しく解説しています)
また、分譲マンションであっても、立地条件や管理状態、将来の修繕負担の見通しによっては、当初想定していた残価が、そのまま評価されるとは限りません。
■残クレを使っていい人、ダメな人
残クレのリスクとは、住宅の性能そのものよりも、
「“将来評価が変わり得る”という前提を十分に織り込まずに契約してしまうこと」
にあります。
月々の返済額が抑えられているから安心なのではありません。
その住宅が、30年後、あるいは途中の時点で、どのような条件で評価される可能性があるのかまで含めて、判断できているかどうかが問われます。
住宅が金融商品として扱われつつある時代において、重要なのは「いくらで買えるか」ではなく、「この家は将来も資産として成立しているか」です。
もちろん、こうした「住み替え・売却時の市場評価リスク」以外にも、残クレ利用者が考慮すべきリスクは存在します。
例えば変動金利型の場合、今後の金利上昇が続けば月々の返済負担が当初想定を超えることがあり得ます。
また、地震や台風などの自然災害で住宅が大規模損壊した場合、ローンだけが残るリスクもゼロではありません(火災保険・地震保険の補償内容の事前確認は必須)。
そして、どれほど性能の高い住宅を選んでも、将来の市場環境や基準の変化によって資産評価が想定を下回る可能性は排除できません。
その前提に立って判断することが、残クレを使う際に最も問われる「リテラシー」と言えると思います。
残クレは、どんな家でも使える万能な制度ではありません。
将来のリスクを冷静に見通し、それを織り込んだうえで住宅を選べる人にとって、初めて意味を持つ仕組みだと言えるでしょう。

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高橋 彰(たかはし・あきら)

住まいるサポート社長/日本エネルギーパス協会広報室長/一般財団法人 ひと・住文化研究所理事

東京大学修士課程修了。リクルートビル事業部、UG都市建築、三和総合研究所、日本ERIなどで都市計画コンサルティングや省エネ住宅に関する制度設計等に携わった後、2018年に高気密・高断熱住宅の工務店を無料で紹介する「高性能な住まいの相談室」を運営する住まいるサポートを創業。著書に、『元気で賢い子どもが育つ! 病気にならない家』(クローバー出版)、『人生の質を向上させるデザイン性×高性能の住まい:建築家と創る高気密・高断熱住宅』(ゴマブックス)、『結露ゼロの家に住む! ~健康・快適・省エネ そしてお財布にもやさしい高性能住宅を叶える本~』などがある。

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(住まいるサポート社長/日本エネルギーパス協会広報室長/一般財団法人 ひと・住文化研究所理事 高橋 彰)
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