スパイは情報源となる相手と信頼関係をどのように築いているか。元公安捜査官の勝丸円覚さんは「ロシアのスパイと接触していた元陸将は、退官後に相手と再会すると、自分の専門分野である部隊の運用法などについて熱心に教えを請われ、やがて師匠と弟子のような関係になっていった。
自分は退官後もこれだけ豊富な人脈を持っているのだと周囲に誇りたい心理につけ込まれたと言える」という――。
※本稿は、勝丸円覚『警視庁公安部外事課』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■軍服姿の外国人と話す背広姿の日本人男性
201×年、東京都心のホテルの大広間で、欧州某国の大使館による年に一度のナショナル・デーのレセプションが開かれていた。
数百人の来賓が会場を埋め尽くし、壇上ではちょうど友好議員連盟の国会議員が来賓あいさつのスピーチを終えたところだ。
お国自慢の料理や飲み物がテーブルに並び、あちこちで歓談の輪ができ始めている。
私は会場を見渡して、来場した各国の外交官たちの顔ぶれをチェックした。
私は公館連絡の職務のため、こうしたレセプションには時間が許す限り出席することにしていた。
レセプションには主催国の友好国の大使らが顔を揃えるので、顔つなぎするにはうってつけの場所なのだ。
その時、立ち話をしている二人の男が私の目を引いた。
一人は軍服姿の外国人。
その顔は私の頭に焼きついていた。
ロシアのスパイを監視する外事一課の捜査員が隠し撮りした顔写真を閲覧していたからだ。

名はセルゲイ・コワリョフ。
表の肩書はロシア大使館の駐在武官だが、ロシア連邦軍の諜報部門、参謀本部情報総局(略称GRU)の諜報員と目されている男だ。
問題は、コワリョフと話している背広姿の日本人男性だった。
初めて見る顔だったが、関心を引きつけられた理由は直感というしかない。
60年配で姿勢がよく、付き人らしい男性を一人従えて、いかにもひとかどの人物然とした物腰が目についた。
コワリョフと名刺交換をした後、何事か熱心に話しているが、それがどうも初対面の会話には見えないのだ。
たとえば同じ職業の人間同士だと、会ってすぐに共通の関心事項について話し合うことができる。
二人の会話はそんな感じに見えた。
もしかしてあの二人、お互いが何者かをよく知っているのではないか……。
あの男はチェックしたほうがいいようだ――私はそう判断した。
■外事一課の秘匿捜査員に送ったメールの中身
このようなレセプションの会場には各国のスパイがよく顔を出す。
この日も歓談する外交官たちにまじって中国、イランの情報機関から派遣された男たちの姿もあったし、コワリョフのGRUとはライバル関係にあるSVR(ロシア対外情報庁)の諜報員もいた。

そして、スパイたちのいるところ、警視庁公安部外事部門の秘匿捜査員たちが近くで目を光らせている。
ロシアのスパイは外事一課、中国は外事二課、イランは外事三課(2021年の組織改編後は外事四課)の担当だ。
しかし、彼らはレセプションの会場には入れない。
そこで公安部内で唯一入れる私に、会場内での「目配り」が求められるわけだ。
外事一課の同僚からは、
「きょうのレセプションにはGRUとSVRが出席するはずなので、何か気づいたことがあったら連絡してほしい」
と頼まれていた。
私はいったん会場を出て、ホテルの廊下の目立たない場所に移動すると、携帯電話で手早くメールを送信した。
送り先は、どこかこの近くに潜んでいるはずの外事一課の秘匿捜査員だ。
「爺スーツYタイ60白髪短髪B交換 連れ1男40」
こんな文面だった。
■大佐級スパイには3人程度のチームが張りつく
「爺」はGRUのG、つまりコワリョフのことで、事前に打ち合わせていた符丁だ。
あとは、コワリョフと話していた男性についての情報を並べたものだ。
スーツ姿で黄色(Yellow)のネクタイ、60代で頭は白髪の短髪。
「B交換」はビジネスカード(名刺)を交換したということ。

連れは40代の男一名――こんな意味だ。
対象が日本人であることは言わずもがななので省いている。
そもそも外事一課がスパイを監視する理由は、スパイと接触する日本人に目を光らせるためなのだ。
コワリョフのような大佐級のスパイには通常、3人程度の秘匿捜査員のチームが張りついている。
監視対象が2人連れの場合は5人チームだったりするのだが、彼らを一般の人が見分けるのはまず無理な話。
それほど背景に溶け込んでいるからだ。
■エリートの元陸将と判明
たとえば、きょうのようにコワリョフがホテルに行くことがあらかじめわかっていた場合は、結婚式の相談に来たカップルにしか見えない身なりの若い男女が実は秘匿捜査員だったりする。
あるいは商談に訪れたビジネスマンを装っているかもしれない。
私が探し回ったとしても、おそらく見つからなかっただろう。
そもそも外事一課では、課員の名簿や編成表のようなものがオープンにされていない。
課の所属人員は総勢百人余りといわれるが、表の存在である私の前には一度も姿を現さないような秘匿捜査員が多数在籍しており、同じ課の同僚であっても彼らの離任着任すら知ることができないのだ。
私の連絡を受けた秘匿チームはこの後、「スーツYタイ60白髪短髪」の男性が会場を出るのを待って追尾を開始する。

そしてこの夜、男の自宅を突き止めたのだが、その経歴を知って愕然としたという。
陸上自衛隊のナンバー2、東部方面総監にまで上りつめたエリートの元陸将で、数年前に退官し、現在はさる大企業の顧問に天下っている人物だった。
■ロシアのスパイの奇妙な習性
ロシアのスパイには奇妙な習性があって、彼らは情報源と会う時、必ずその場で次回の会合の日取りを決めたがるという。
後で連絡するということは滅多に言わず、
「じゃあこの次の予定を決めましょう」
と会合の最後に口にするのだ。
しかも、後になって予定が変更されることをとても嫌がり、大使館や携帯に電話をかけてこられるのも嫌う。
このため一度会合の日時と場所が決まったら、それはよほどのことがない限り動かないと考えていい。
これは捜査チームにとっては非常にありがたいことだ。
会話の内容さえキャッチできれば、次回は先に店に人を配置して2人が現れるのを待つことができるからだ。
コワリョフの場合も、この習性は同様だったらしい。
ある日、会合の様子を捜査員たちが密かに監視していると、元陸将がコワリョフに何か包みのようなものを渡す場面が現認された。
「なにか渡したぞ。あの中身は何だ」
捜査チームは2人の会話を密かに記録していた。

「じゃあ前回約束したものです」と元陸将。
「もっと追加をいただけないですかね」とコワリョフ。
そんなやりとりを隠しマイクが拾っていた。
■「教範」と呼ばれる内部文書を受け渡す
この後、手渡された品物を特定するための捜査が進められ、それが自衛隊の訓練に関する「教範」と呼ばれる内部文書だったことが判明した。
元陸将は最初に手持ちの教範をコワリョフに進呈した後、追加でもっと欲しいと求められ、かつての部下の現職自衛官に調達を依頼して、数回にわたってコワリョフに渡していたのだ。
教範は自衛官なら誰でも購入できるもので、機密性はさほど高くないものの、購入には内部決裁が必要だし、情報公開請求では明かされない実質的秘密も含まれていることが後に判明した。
東京地検と協議した結果、教範を渡す行為は秘密の漏洩に当たるという結論に達し、自衛隊法(守秘義務)違反容疑で立件する方向が固まった。
ホテルのレセプション会場での接触から約1年後、外事一課は元陸将に任意出頭を求めて事情聴取を開始した。
すべてを監視されていたことを知った元陸将は、率直に事実を認めて反省の意を示したという。
警視庁は元陸将を在宅のまま書類送検した。
コワリョフはすでに出国しており、ロシア大使館は例によって出頭要請を拒否した。
■巧みに相手の虚栄心をくすぐり情報源に
ロシアの3つの諜報機関のうち、FSBの諜報員の中には泥酔して車の中で寝込んでしまうような素行の悪い男もいたが、GRUとSVRは総じてエリートらしく品行方正で、外見はおよそスパイのいかついイメージとはかけ離れた人たちに見えた。

だが、彼らは人を籠絡するための専門的な訓練を受けており、気づかれぬうちに相手を協力者にしてしまうプロフェッショナルなのだ。
まずは企業や大使館などが主催するパーティーに潜り込んだり、セミナーや展示会などに参加して、外交官としての名刺を交換する。
その過程でターゲット(対象者)を定め、会食の約束を取りつけると、後日食事の場でターゲットに「こんな情報が欲しい」と持ちかける。
ただ、それはネットにも載っているような情報なので、ターゲットも気安く応じることができ、見返りとして3千円のクオカードをもらっても、それほど罪悪感を抱かなくて済む。
しかし、これは入り口にすぎず、諜報員からの要求は会食を重ねるごとにエスカレートしていき、国や企業の機密情報ともなると謝礼の額は10万円程度にはね上がる。
もちろん跡がつかないよう、現金で支払われる。
ここまでくれば、もう後戻りできない。
元陸将の供述から浮かび上がったのは、巧みに相手の虚栄心をくすぐりながら情報源にしてしまおうとする狡猾な姿だった。
■熱心に教えを請われ師弟関係に
元陸将はコワリョフと現役時代から顔見知りだったが、退官後に再会すると、自分の専門分野である部隊の運用法などについてコワリョフから熱心に教えを請われ、やがて師匠と弟子のような関係になっていったという。
別の国の武官とも親しくなった元陸将は、自分は退官後もこれだけ豊富な人脈を持っているのだと周囲に誇りたい心理につけ込まれたようだ。
教範を渡すことになったのは、コワリョフから「これまで教えていただいたことについてマニュアルのようなものはありませんか」と問われたのがきっかけだったそうで、当初はさほど重要な機密ではないという油断があったようだ。
だが、同じものを追加で要求されて現職自衛官にまで集めさせた時点で、自分が一線を越えていることに気づかなかったのだろうか。
外事一課はこの時の元陸将の状態を、本格的な協力者になる前段階だったと分析し、これ以上の深みにはまって重要機密の漏洩に追い込まれる前に終止符を打たせようという判断から事情聴取に踏み切った。
東京地検は元陸将の処分について検討した結果、秘密の漏洩に当たると嫌疑は認めたものの、「事案の重大性の程度」などを考慮して起訴猶予処分とした。
これは外事一課としても想定内の処理だった。
■どこで強制捜査に踏み切るか
「見ている」ということを相手に知らしめる――これは、外国のスパイを監視する外事警察の根底にある考え方だ。
スパイを泳がせて、もっと抜き差しならないところまでいってから摘発したほうが事件として人々の目に派手に映るかもしれないが、それよりも、被害を軽減することに重きを置かねばならない。
どこで強制捜査に踏み切るかの判断は、現場から叩き上げた指揮官である外事一課長のセンス次第なのだ。
時には、一人のスパイを監視するためにかなりの時間と経費をかけて続けてきた秘匿捜査のオペレーションを、ある日突然、「強制追尾」に切り換えて打ち切りにしてしまうこともある。
「強制追尾」とは「秘匿追尾」の反対語で、相手に「見ているぞ」とわからせるように大っぴらに捜査員を張りつけて情報源と会わせないようにすることだ。
たとえば、重要な機密が持ち出されて、スパイの手に渡るのをなんとしても阻止しなければならない時、あるいは、情報漏れの量が大きすぎて、一刻も早く“蛇口”を閉めねばならない段階に来た時――こういう場合は関係者を逮捕することよりも、流出を食い止めることのほうを優先し、捜査員が表舞台に姿を現す。
こんなことを言うと不謹慎に聞こえるかもしれないが、普段は細心の注意で秘匿捜査にあたっている捜査員たちにとって、強制追尾は意外と楽しい仕事らしい。
堂々とスパイについていけばいいのだ。
■スパイは歯ぎしりして強制追尾に耐える
トイレに行くなら横に並んで用を足す。
電車に乗るなら並んで吊り革につかまる。
パーティー会場に入るなら、入り口までついていって、「じゃあここで待ってるから」と手を振ってやる。
相手はイライラして食ってかかってくるという。
顔に唾がかかるぐらい詰め寄られて罵られたこともあるそうだ。
そういう時は、「お前とたまたま行く方向が一緒なんだ」と言い返してやる。
ソトイチの捜査員の3割ほどはロシア語に堪能だが、相手も日本語がペラペラなので、罵り合いはたいてい日本語になるそうだ。
あげくつかみ合いの喧嘩に発展することもある。
そうなると、誰かが110番通報して警察官がやってくる。
警察沙汰になると困るのはスパイのほうだ。
外交特権があるとはいえ、警察沙汰を起こすこと自体が彼らにとっては失態なのだ。
だからスパイは歯ぎしりして強制追尾に耐えるしかない。
■摘発が一切公表されずに終わることも
強制追尾を延々と続けた結果、数カ月後にスパイが任期半ばで帰国していった例もある。
これ以上日本にいても任務を果たすことができないと判断されて任を解かれたのだろう。
スパイ事件の摘発は、同じことをやっているかもしれない日本人に対する警告であると同時に、同じことを企んでいるかもしれない外国人に対する警告でもある、とよく言われる。
だから、事件の摘発がマスコミによってアナウンスされるのは基本的に大切なことなのだが、諸般の事情により摘発が一切公表されずに終わることもある。
私が在任していた当時、ある精密機器関連の中堅企業で、社内の機密情報を社員が持ち出している疑いが浮上したことがあった。
その会社が民間の調査会社に依頼して内部調査を進めたところ、社員は先端技術の情報をCDなどに入れて持ち出し、複数の人間に渡しているらしいことがわかる。
そのうち一人は外国人で、調査会社の調査員が後を追ったところ、ロシア通商代表部に入っていくところが目撃された。
その会社は管轄の警察署に相談して、管轄署は外交官らしき外国人が絡むケースなので外事一課に報告を上げてきた。
調査会社が作成した報告書の中に、問題の外国人を撮影した写真もあったので、その正体はすぐ判明した。
ロシアSVRの諜報員と格付けされているロシア大使館の外交官だった。
■報道されるスパイ事件は氷山の一角
管轄署に外事一課が協力する形で捜査が進められたが、社員とロシア人外交官の接触はその後も繰り返され、これ以上泳がすと危険だという判断から、社員の逮捕に踏み切ることになった。会社の財産を勝手に持ち出して利益を得ていたという業務上横領の容疑が適用された。
もちろん会社は捜査に全面的に協力したが、ただし社長は「社の信用に関わることなので、なんとか世間には知られないように……」と懇願したという。
このため事件は会社員による横領事件として処理された。
スパイの存在は公表されず、管轄署扱いの事件なので新聞に大きな記事が載ることもなかった。
情報を受け取っていたSVRの男は強制追尾を受けて大使館を出なくなり、後日、日本を離れた。
この事件のように、企業がスパイの被害に遭った場合、摘発が行なわれても公表されないケースもある。
新聞やニュースで伝えられるスパイ事件は氷山の一角にすぎないのだ。
■「敵を欺くにはまず味方から」
ところで、コワリョフと元陸将の事件の摘発から数年が経った今、改めてこの事件の経緯について振り返ってみると、私がホテルのレセプション会場で初めてコワリョフと元陸将の接触を目撃したのが外事一課にとってのこの捜査の端緒だったと言いきっていいのか、確信がもてなくなってくる。
私は事件当時、そう説明されていた。つまり、私がレセプション会場にいたおかげで元陸将の存在が初めて浮上し、摘発することができたと聞かされ、「お手柄」として部内で表彰までされた。
しかし、今になって思い起こすと、もしかしてこれは私がそう思い込まされていただけで、実際は元陸将の存在は外事一課秘匿捜査班の視界にすでに入っていたのではないか、と思える節があるのだ。
今となっては何が真実なのかわからない。
「敵を欺くにはまず味方から」――そんな言葉を地でいく組織が外事警察なのだ。

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勝丸 円覚(かつまる・えんかく)

元公安捜査官

1990年代半ばに警視庁に入庁し、2000年代はじめから公安・外事分野で経験を積む。数年前に退職し、現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活動を行う。TBS系ドラマ『VIVANT』では公安監修を担当。著書に、『警視庁公安部外事課』(光文社)、『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社)、『警視庁公安捜査官 スパイハンターの知られざるリアル』(幻冬舎新書)などがある。

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(元公安捜査官 勝丸 円覚)
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