休息の大切さは広く知られている一方で、実際に休みを取ることは難しい。東京大学特任研究員で臨床心理士の関屋裕希さんは「休むことの大切さを裏付ける科学的研究はたくさんある。
しかし、実際に休むことには勇気や決断力、行動力が必要だ」という――。
※本稿は、関屋裕希『仕事が終わらないのはだれのせい? 自分に優しい時間の使い方』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■タイパ主義×完璧主義のリスク
効率よく時間を使うことが「正しさ」や「努力の証」のように語られることがあります。
時間を完璧に使おうとしすぎると、疲れてしまいます。
タイパを追求する人ほど、「時間を一瞬たりともむだにしたくない」という強い思いを持っています。
完璧主義の人は、「最短の時間で最高の成果を出さなければいけない」と成果の質にもこだわります。
その結果、どれだけ仕事をがんばっても、「これだけ時間をかけたのに、すばらしい成果が出せないのならば、意味がない」と満足できなかったり、「完璧にできなかった自分は劣っている」と自分を責めやすくなります。
スピードと効率を求めるタイパ主義に、高い質を求める完璧主義が組み合わさると、「どんな時間も完璧に有効活用しなければ価値がない」という思考になり、過剰に自分への要求を高めることになります。
計画通りに進まないと焦りやイライラを感じて、少し休んだだけで「自分に甘い」と自分を責めてしまいます。
■うつ状態やバーンアウトにもつながる
また、完璧主義の人にとっては、タイパよくできなかった(時間をうまく使えなかった)という出来事が単なる失敗ではなく、自分への評価を傷つけるものになります。
こうなってしまうと常に、緊張や焦り、不安の中で生きることになり、慢性的なストレスや自己否定感、燃え尽き(バーンアウト)を引き起こしかねません。
自責や自己評価の低下は、うつ症状にもつながることがあります。

仕事だけでなく、食事や運動、休息までもが「最適化すべきタスク」になって、すべてを管理して、効率化しなければ気がすまなくなります。
最初は、ちょっとした不安や緊張だったはずが、やがてうつ状態やバーンアウトといった心の不調へとつながっていくケースもあります。
「なんでこんなに疲れているのかわからない」、「何をしても満たされない」というのは、心が「休めていない」サインかもしれません。
■上司の睡眠不足が部下にストレスを与える
休むことの大切さを裏づける科学的根拠はたくさんあります。
科学雑誌Natureに掲載された研究(※1)では、連続17時間以上の覚醒状態にあると、血中アルコール濃度が約0.05%と同等の反応速度や判断力になると報告しています。
また、上司の睡眠時間が短いと、自我消耗が進み、日常的に虐待的な言動をとりやすくなるという研究もあります(※2)。上司のそんな行動が、部下にストレスを与え、ワーク・エンゲージメント(仕事への熱意・没頭・活力)を低下させ、さらに、このパターンが日単位で繰り返されると、職場全体のエンゲージメントが下がる可能性が指摘されています。
睡眠だけではなく、仕事の合間の休息に関する研究もあります。ニュージャージー州のワコビアにある銀行に勤める106人を対象にした調査があります(※3)。
意図的に仕事の合間に休息時間を設け、仕事に集中する時間をつくるという進め方を指導された従業員は、そうした指導を受けなかった従業員と比較して、融資および預金業務の対前年比からの伸び率が、平均的に13~20%高くなったことが報告されています。
■休むには勇気、決断力、行動力が必要
スラックタイム(余裕時間)が増えると、議論や振り返りの時間も増え(※4)、暗黙知と形式知の変換(個人の経験や直感として得られる暗黙知を、他者と共有・伝達可能な形式知へ変換することで組織学習に役立つとされます)が活性化されるプロセスを通じて、新製品開発の創造にプラスの影響があるとされます。スラックタイムを削減すると、開発の終盤で創造にブレーキがかかり、チームの学びと協働が阻害されます。

おそらく誰しも、休むことの大切さを頭では理解しています。しかし、休むことについての書籍が世に多く出て、手に取られているのは、実際に休む、手をとめる、何もしないことに時間をとるというのはそれだけ勇気のいることだからでしょう。休むことには、勇気や決断力、行動力が必要なのです。

※ 1 Dawson, D., & Reid, K. (1997). Fatigue, alcohol and performance impairment. Nature, 388 (6639), 235.

※ 2 Barnes, C. M., Lucianetti, L., Bhave, D. P., & Christian, M. S. (2015). “You wouldn’t like me when I’m sleepy”: Leaders’ sleep, daily abusive supervision, and work unit engagement. Academy of Management Journal, 58 (5), 1419-1437.

※ 3 Trougakos, J. P., Hideg, I., Cheng, B. H., & Beal, D. J. (2014). Lunch breaks unpacked: The role of autonomy as a moderator of recovery during lunch.Academy of Management Journal, 57 (2), 405-421.

※ 4 Richtner, A., Ahlstrom, P., & Goffin, K. (2014). Squeezing R&D: A study of organizational slack and knowledge creation in NPD, using the SECI model.Journal of Product Innovation Management, 31 (6), 1268-1290.
■「自分軸」と「他人軸」
私たちが普段過ごす時間の中には、「自分軸で生きている時間」と、「他人軸で生きている時間」のふたつがあります。
「誰かに認められるため」、「評価を得るため」、「SNSにアップするため」など、他者からみた何かを満たすために時間を使っていることがあります。
充実していないといけない、毎日がキラキラしていないといけないような錯覚から、時間の使い方を決めてしまうのです。
一方で、自分がその行動そのものに意味を感じていたり、楽しんでいたり、ただやりたかったりやってみたかったりして時間を使っていることもあります。
極端な言い方をすれば、無人島に行って、誰も見ていない中でも自分はこれをやっているだろうな、やり続けるだろうな、ということは自分軸の行動・時間の使い方です。絶対やらないとか、きっとやめてしまうだろうな、ということは他人軸、という見分け方もできます。
もちろん、仕事など、社会的役割が求められたり、会社や社会からの要請、そこでの評価が重視されるものもあるので、100%自分軸で生きていけるわけではありません。
■「他人と比べる」は避けられない
しかし、100%に近い時間を他人軸で過ごしているとしたら、それもまた、立ち止まって考える必要がありそうです。
SNSの普及によって、「他人と比べる」「他人の目を気にする」という現象が増えています。


これまでは、「他の人と自分を比べる」といえば、自分が普段から交流がある人、知っている人と比べているだけですみました。しかし、SNSが普及した今では、比較対象が全世界にいる無数の人々へと広がっています。
そこには、これまでに会ったことのない人はもちろん、これからも会う機会がない人も含まれます。
そもそも、「他人と比べる」ことは、人間である限り行ってしまうことではあります。たとえば、他者と自分を比べること自体は、心理学では「社会的比較」と呼ばれて、社会心理学の領域で研究されてきた概念です。
もともと、この社会的比較は、「自分のことを正しく評価したい」ときに、とられる手法だとされています。「自分のことを知りたい」というのは、人として自然な欲求です。
■「他人軸の時間」が増えやすい時代
もうひとつ、「他人に注意を向ける」ことは、私たち人間にとって、別の役割も果たしています。
社会的な規範を習得したり、新しい技能を身につけようとするときにも、他人に目を向ける、観察するという手順は欠かせません。
この新しい技能を身につけるために他者を観察する学習方法は「観察学習」と呼ばれ、多くの職場でも活用されています。
このように、よい関係を築いたり、一緒に協力して物事を進めていく上でも、他者に目を向けることは重要です。私たち人間は、ひとりで生きているのではなく、地域社会や会社組織などさまざまなコミュニティに属して生きているからです。

他人と自分を比べること、他人の目を気にすることというのは、私たち人間が社会的な生き物であることを考えれば、自然なこととも言えます。
一方で、Instagramの使用をテーマにした研究で、Instagramを使用する人は使用しない人と比べて、社会的比較指向性や賞賛獲得欲求が高いことが示されています。
「他人と自分を比べる」、「他人の目を気にする」ことは、私たち人間の自然な欲求・性質でありながら、SNSの普及したこの時代では、その性質とのつきあい方が一層難しくなっています。
放っておくと他人軸で過ごす時間が増えやすくなってしまうということです。

----------

関屋 裕希(せきや・ゆき)

東京大学大学院 特任研究員

東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座 特任研究員。博士(心理学)・臨床心理士・公認心理師。早稲田大学文学部心理学専攻卒業、筑波大学大学院人間総合科学研究科発達臨床心理学分野博士課程修了後、2012年より現所属にて勤務。働く人のメンタルヘルスを専門に、研究・カウンセリング・企業支援を行う。学生時代は、マインドフルネスを専門とする研究室に在籍し、大学院時代は感情の研究を行う。現在は、ポジティブ心理学、組織心理学、認知行動的アプローチ、マインドフルネス等をベースに、ワーク・エンゲイジメントやウェルビーイング向上プログラムを開発。現場で多くの「ちゃんと休めない」、「時間に追われる」悩みに触れる中で、時間を“効率”だけでなく“体験”として整える重要性を探究している。著書に『感情の問題地図』(共著)、『モチベーションの問題地図』(いずれも技術評論社)などがある。


----------

(東京大学大学院 特任研究員 関屋 裕希)
編集部おすすめ