※本稿は、本郷和人『東大教授、日本史の謎を語り尽くす』(宝島社)の一部を再編集したものです。
■「奇跡の天才」かつ「悲劇的な英雄」
源義経は、日本史の中でもとりわけ悲劇的な英雄として語られてきました。少数の兵で平家の大軍を破り、常識外れの戦法で連戦連勝する「奇跡の天才」。義経は、戦場に姿を現した瞬間から勝利を約束された存在として記憶されています。
一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦い。義経の名と結びつく戦いはいずれも鮮烈で、敵の意表を突く場面がとりわけ語られてきました。無謀とも思える行動が成功に転じる。その連続が、義経像をいっそう人間離れしたものにしていきます。
こうしたイメージを決定づけたのも、『平家物語』の語りでした。物語の中の義経は、迷いなく動き、常に勝利へと突き進む存在として描かれます。失敗や躊躇(ちゅうちょ)はほとんど語られず、成功の場面だけが積み重ねられていきました。
つまり、義経という人物の全体が描かれるのではなく、英雄として輝く瞬間だけが選び取られているわけです。
その結果、義経は「考える前に動く天才」「戦の神に愛された英雄」として理解されるようになります。奇跡の連続こそが義経の本質であり、凡人にはまねできない存在だった、という像が広く共有されてきたのです。
■大将が斬り込む戦法はリスクも大きい
しかし、史料をもとに義経の戦いを見ていくと、奇跡という言葉だけでは説明しきれない側面が見えてきます。義経の戦い方は、全体を統御するというより、自ら前に出て状況を切り開こうとするものでした。
一ノ谷や屋島での戦いも、冷静に作戦を立ててから全軍を動かした結果というより、その場で判断し、危険を引き受けて斬り込んでいった行動として捉えるほうが近いように思われます。成功したから奇跡に見えるのであって、結果が違っていれば、無謀な突撃として語られていた可能性もあります。
大将でありながら自分で前へ出てしまう、その身体の張りようが、義経の強さであると同時に危うさでもありました。全体を見て動かすというより、自分が動くことで流れを変えようとする。その戦い方が、勝てば鮮烈な英雄譚(えいゆうたん)になり、負ければ組織を危うくする振る舞いにもなりえたのです。
■それまでの指揮官タイプとは全く違った
義経は、戦場で即座に動き、判断し、突破口を開く力に長けていました。その強さは、個としての鋭さにありましたが、組織として戦う場面では、周囲とのずれを生みやすい側面も持っていたと考えられます。
大将に求められるのは、自分が最前線で活躍することではありません。むしろ全体の秩序を保ち、ほかの武士たちが動ける場をつくることでもあります。うしろで控えているべき大将が戦ってしまえば、配下の将たちが武功を挙げることもできません。義経の強さは、組織の中では扱いにくさにもつながったのかもしれません。
義経の戦いは、指揮官として全体をまとめるというより、身体ごと前に出ることで流れを変える戦いでした。その類を見ない姿が鮮烈だったからこそ、人々の記憶に強く残ったのでしょう。
■義経像を支えた「対の存在」がいた
義経が「奇跡の天才」として語られるようになる過程では、対照的な人物の存在も欠かせません。その代表が、梶原景時(かじわらかげとき)です。
梶原景時は、源氏の内部で実務や調整を担い、軍全体の動きや秩序を重視する立場にあった人物でした。戦場でも、個々の武勇より、組織としての安全や統制を優先する考え方を持っていたとされています。そのため、義経の戦い方に対しては、危うさを感じ、批判的な立場を取ることがありました。
この違いは、単なる個人的な不仲というより、戦いをどう捉えるかという立場の違いでした。
義経のような突破力がなければ戦局が動かないこともある一方で、景時のように全体を見なければ軍はまとまりません。両者の対立は、英雄対凡人の図ではなく、考え方の食い違いとも言えます。
ところが、軍記物の中では、この関係は次第に単純化されていきます。義経が自由で天才的な英雄として描かれる一方で、景時は「融通のきかない人物」「義経の才能を理解できない存在」として語られていきました。義経を輝かせるために、景時は嫌われ役を引き受けることになったのです。
源義経は、本当に奇跡を起こす天才だったのか。それとも、自ら斬り込む強さゆえに、物語の中で「奇跡の天才」という役割を与えられていった人物だったのか。梶原景時との関係を含めて語り直してみると、義経の姿は英雄譚の向こう側にある、より現実的で生身の輪郭を帯びて見えてくるように思えます。
■頼朝の死因は暗殺、陰謀、それとも怨念?
源頼朝の死は、長く「どこか腑に落ちない出来事」として語られてきました。
これまで広く知られてきたのが「暗殺説」です。頼朝は平家や義経をはじめとする政敵を退け、武家政権の頂点に立ちました。それだけに、恨みを抱く人物がいても不思議ではありません。だからこそ、「誰かが手を下したのではないか」という想像が生まれやすかったのでしょう。
また、陰謀説が根強かったのも、晩年の頼朝に対する批判的な空気に関わりがあります。独立した武家政権であるにもかかわらず、頼朝自身は朝廷との関係を深めようとしているとして、武士たちの間で不満が高まっていたとも言われています。
怨念説も同様です。義経をはじめ、多くの人間を切り捨ててきた頼朝が、怨霊によって命を奪われた。この物語が、平安から中世にかけての死生観と結びつき、受け入れられてきました。
中世の人々にとって、死はただ身体が尽きるというだけの出来事ではありませんでした。
■史料を紐解くと、「落馬」が有力視
大きな権力を握った人物の死は、どうしても偶然や体調不良だけでは説明しにくく感じられます。北条政子や北条氏の関与を疑う説も含め、頼朝の死は早くから「ただの出来事」では済まされないものとして扱われてきたのです。
史料をもとに頼朝の死を確認すると、有力な説の一つとされているのは、落馬による事故死です。相模川に架かる橋の供養(完成を祝い、無事を祈る法要)を終え、帰途に就いた際に馬から落ち、その後体調を崩して亡くなったと伝えられています。
発作などの体調不良により落馬したのか、落馬に起因する脳の疾患などで亡くなったのかは不明ですが、当時の医療水準を考えれば、落馬が命取りになること自体は珍しくありません。ただ、ここで注目したいのは、落馬そのものより、その前後に何が起きていたのかという点です。
■鎌倉幕府は混乱なく引き継がれた
頼朝は当時52歳。すでに無理がきく年齢ではなく、日頃の疲労や体調の変化があったとしても不思議ではありません。心筋梗塞などの発作によって意識を失い、その結果として落馬した、という見方も、きわめて自然なものです。
そう考えると、頼朝の最期は陰謀や怨念ではなく、権力者であっても避けられない身体的な限界として理解できる余地が生まれます。
ここで、もう一つ重要な点があります。それは、頼朝の死後、鎌倉幕府の政治が大きく混乱した形跡が見られないことです。政権は崩壊せず、比較的落ち着いた形で引き継がれていきました。
■「英雄」がいなくても機能する組織に
もし暗殺や重大な陰謀があったのだとすれば、政治の現場にもっと深刻な混乱や対立の跡が残っていたはずです。しかし、そうした様子は確認されていません。頼朝の死は、当時の政治の中で「普通の出来事」として処理されていったと見ることができます。巨大な権力者の死であっても、政権全体を吹き飛ばす事件にはならなかった、ということが、鎌倉幕府のあり方を物語っています。
この点は、頼朝個人の評価以上に重要かもしれません。彼の死が政権を揺るがさなかったという事実は、鎌倉幕府が、すでに一人の英雄に依存しない仕組みとして機能し始めていたことを示しています。
もちろん、頼朝の存在が決定的だったことは間違いありません。ただ、その頼朝がいなくなった瞬間に崩れるのであれば、政権はまだ個人の力量の上に乗っていただけだったはずです。そうではなかったということは、幕府がすでに、個人の威光だけではなく、合議や継承を含む政治の枠組みとして動き出していたということでもあります。
源頼朝の死から陰謀説が消えないのは、巨大な権力者の最期が、偶然や体調不良で終わることを人々が受け入れきれなかったからでしょう。しかし、史料と状況を重ねて見ると、頼朝の死はむしろ、鎌倉時代が「個人の時代」を超えつつあったことを物語っているようにも思えます。
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本郷 和人(ほんごう・かずと)
歴史学者
1960年、東京都生まれ。東京大学文学部国史学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学史料編纂所教授などを歴任し、藤田医科大学リベラルアーツセンター長。専門は日本中世政治史。とくに院政期から南北朝期にかけての政治構造や、貴族・武士の権力関係の変遷を中心に研究を重ねる。膨大な史料に基づいた実証と、現代的な視点を交えたわかりやすい通説批判に定評がある。近年はテレビや書籍などでも積極的に日本史の魅力を伝えており、多くの著書がある。主な著書に『変わる日本史の通説と教科書』(宝島社)、『日本史のツボ』『日本史を疑え』(ともに文藝春秋)などがある。
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(歴史学者 本郷 和人)

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