■歴代ワースト48カ国中34位、一次リーグ敗退
韓国代表が2026年W杯北中米大会のグループステージで敗退すると、大統領が叱責する異例の事態へと発展した。背景には、不透明な選考過程で起用されたとの批判が絶えない監督に対する、国民の猛烈な怒りがある。
主将を務める孫興慜(ソン・フンミン)選手らスター選手を擁しながら、韓国代表は今年、同国W杯史上最低の成績に沈んだ。出場枠が32カ国から48カ国に拡大された初の大会で、全体の3分の2が決勝トーナメントに進む中、34位で早期のドロップアウトに甘んじた。
奮わぬ結果を受け、洪明甫(ホン・ミョンボ)監督は引責辞任を表明。米スポーツ専門チャンネルのESPNによると、洪監督は声明で、「今大会で韓国国民が期待した結果を残すことができなかった。その責任はすべて、監督である私にある」と語った。
■国民の不満が噴出
監督の辞任後も、国民の不満は一向に収まらない。
協会の体制に批判が集中する中、韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領がSNSに声明を投稿したと、英公共放送のBBCが報じている。李大統領は、早期敗退は「組織と人事の失敗だと思われる」と述べたうえで、「指揮官の選定において能力より身内びいきや縁故が優先されれば、その結果は紙に火をつけるのと同じくらい予測可能だ」と異例の運営批判に及んだ。
李大統領は所管の文化体育観光部(日本の文部科学省・観光庁・スポーツ庁に相当)にも調査を指示している。コリア・タイムズなどが報じたように、2024年の監督選任では選考委員会の推薦が覆され、特定の人物が起用された。この監督選任への不当介入疑惑をめぐり、警察も捜査を続けている。
■「21世紀の韓国サッカーで最悪の試合」と酷評
どのような経緯で採用された監督であれ、実績さえ伴っていれば国民の不満が蓄積することもなかったかもしれない。だが、残念ながら現実はそうはならなかった。
元韓国代表DFでKBSの解説者を務める李榮杓(イ・ヨンピョ)氏は、W杯グループステージの南アフリカ戦を「21世紀の韓国サッカーで最悪の試合」と断じている。コリア・タイムズによると、「組織もなく、目的もなく、なぜ選手たちが走っているのかすら理解しがたかった。10年以上解説してきて、最も説明しがたい試合だった」と舌鋒鋭い。
戦術の欠如を、一本の映像が如実に物語っている。昨年11月、ガーナとの親善試合前に撮影された戦術ミーティングの舞台裏映像だ。洪監督がスクリーンに映し出したスライドには、英語でただ一語、「FIGHT」と書かれていた。洪監督は選手たちにこう語りかけている。
「ファイト。みんな知ってるだろ、ファイトって言葉。グラウンドに出てファイトしろ。退場だけは絶対にダメだ。今日、俺が見たいのはそれだ」。フォーメーションの指示も相手の分析もなく、精神論に終始するこの映像は、ファンの間で瞬く間に拡散した。
韓国中央日報英字版のコリア・ジュンアン・デイリーによると、ファンの怒りは、街頭でもオンラインでも一気に噴き出した。複数の店舗が入り口に「洪明甫、入店お断り」の貼り紙を掲げるほどだった。
■かつてファンに拒絶された監督を再起用
なぜ、ここまでの怒りが噴出したのか。その発端は、W杯より前、2024年夏の監督選任にある。
コリア・タイムズによると、同年5月の時点で代表監督の選考委員会は、プレミアリーグのリーズ・ユナイテッド元監督ジェシー・マーシュ氏を第1候補、当時イラク代表を率いていたヘスス・カサス氏を第2候補に選んでいた。選考委員会が正規の手続きを踏んで選出した人選だ。
ところが選考委の委員長を務めていた鄭海成(チョン・ヘソン)氏が辞任すると、選考の流れは一変する。KFA前技術委員長の李林生(イ・イムセン)氏がKFAの鄭夢奎(チョン・モンギュ)会長から監督人事を一任され、選考委の推薦を退けて洪明甫(ホン・ミョンボ)氏を監督に据えた。
洪氏は2014年のブラジルW杯で初めて韓国代表を率いたが、グループステージ敗退に終わっている。カタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラによれば、怒ったファンが帰国した代表チームに対し、「ヨッ」と呼ばれる韓国の飴を投げつけた。韓国では相手を強く侮辱する行為とされる。かつてファンに拒絶された監督を、選考委の推薦を退けてまで再び起用したことで、不信感は一気に高まった。
■実力より学閥…会長の独断人事への疑念
会長の独断人事には、実は前例がある。洪氏の前任であるユルゲン・クリンスマン元監督も、チョン会長の判断で起用されている。
会長の一存で選んだ監督が続けて成果を出せないなか、一つの共通点が注目された。出身大学だ。現代(ヒョンデ)財閥の一族であるチョン会長と洪氏は、ともに高麗大学の出身である。
高麗大学は韓国でソウル大学、延世大学と並ぶ最難関校の一つだ。BBCは、チョン会長らKFA幹部が洪氏を個人的に推したとの指摘が当時からあったと伝えている。
韓国国会は2024年、事実関係を明らかにするため、チョン会長を2度にわたり召喚している。当時与党だった国民の力の裴賢鎮(ペ・ヒョンジン)議員は、「KFA内部に特定大学の同窓ネットワークに基づくカルテルがあるといううわさがある」と追及している。
KFA側は縁故人事の疑惑を否定しているが、実力より学閥や縁故が優先される不公正な選考だったとして、国民の怒りは収まらない。
■13年続いた「暗黒時代」
チョン会長は2013年の就任以来、通算4期・13年にわたりKFA会長を務めている。長期にわたる在任期間の中で、人事への介入や運営上の問題が繰り返し指摘されてきた。
アルジャジーラによると、同氏は過去に八百長で永久追放された元選手の処分撤回を働きかけたことがある。
ファンの不満は、W杯を前にすでに表面化していた。コリア・タイムズが報じた2024年9月のW杯予選パレスチナ戦では、公式サポーター団体が「韓国サッカーの暗黒時代」と記した横断幕を掲げ、「チョン・モンギュ、出て行け」と声を上げている。
文化体育観光部はチョン会長が監督人事に不当に関与したとしてKFAに懲戒処分を勧告したが、KFA側はこれを不服として提訴した。コリア・タイムズによると、2026年4月の一審判決でKFA側は敗訴している。同部の監査では理事への不正支出など数十件の問題も指摘された。
一方、刑事捜査には目立った進展がない。監督選任への不当介入疑惑をめぐり2024年7月に始まった警察の捜査は、コリア・ジュンアン・デイリーによると、2026年7月時点で約2年が経過しても起訴判断に至っていない。
批判と法的追及が強まるなか、2026年5月、チョン会長は自らの「徳の不足」を認め、W杯終了後に辞任すると表明した。任期は2029年初頭まで残っていた。13年に及んだ長期体制が、終わりを迎えようとしている。
■「公正」を求める韓国国民の怒り
なぜ、サッカー代表の敗退ひとつにここまでの怒りが向けられるのか。
韓国は、厳しい受験競争と就職競争を勝ち抜いて社会に出るのが当たり前の社会だ。「ルール通りに努力すれば報われる」という前提こそが、韓国国民に共通する意欲の源である。
だからこそ、そのルールを破るかのように縁故や学閥による贔屓が生じたとき、人々は激しい怒りを覚える。怒りの火種は、チームが敗退したという実力問題よりもむしろ、人脈で不正に決まったとされる監督のせいで敗れた、という不公正感にある。
若い世代の反応は、とりわけ厳しい。BBCの取材に応じた人物は、競争社会を生き抜く若者たちが不公平さに対し、ますます敏感になっていると指摘。その上で、こう語った。
「本来どんな場面よりも公平であるべきスポーツでさえ、運営者たちがその原則を無視するのを私たちは見てきた。もはや人々はそれを受け入れることができない」
NBCニュースによると、李在明大統領はW杯への参加にも「多額の国民の税金と国家支援リソース」が投じられていると認め、「このようなことが二度と起きないよう、スポーツ行政の改革を迅速に進める」と宣言した。
大統領自らがW杯敗退に怒りを示すという異例の事態に至ったのは、このような国民の激しい怒りがあったからに他ならない。
■森保ジャパンとの落差
韓国サッカーが代表監督の交代で揺れるなか、ファンの間で隣国・日本への羨望が広がっている。
Kリーグは1983年にアジア初のプロリーグとして発足し、1993年創設のJリーグに約10年先行した。かつてはアジアの盟主を自任していた韓国だが、BBCは、いまや代表チームの実力差は完全に逆転していると分析する。
今年3月、日本は敵地ウェンブリーでイングランドを1-0で破り、アジア勢として初めてイングランドに勝利。同時期に韓国はコートジボワールに0-4で大敗している。
あるファンはSNSで、「日本には全員が同じ方向を向く100年のビジョンがある。韓国はサッカーを何も知らない一人の気まぐれで監督が次々と替わるだけだ」と嘆いた。
スポーツ評論家のチェ・ドンホ氏はBBCに対し、「日本代表はチームが何を目指すべきかという問いに明確な答えを見つけた」と分析。一方で「韓国は4年ごとにゼロからやり直している」と指摘している。実際、2002年以降だけでも韓国代表の監督は10人以上が交代し、そのたびに戦術がリセットされてきた。
長期ビジョンの有無は、敗戦後の振る舞いにも表れる。日本を率いる森保一監督は、今大会でブラジルに敗れた後も冷静さを崩さなかった。
試合後の取材に、「ブラジルとの差は縮まっている」と前を向きつつ、「タイトルに導けなかった自分の力不足を選手に謝った」と語っている。冷静かつ謙虚な受け止めは、グループステージ敗退後に怒りが噴き出し混乱に陥った韓国とは対照的だった。
■「まるでアベンジャーズ」日本代表のサポート体制
日韓の差を読み解く鍵は、長期的なビジョンに加え、監督を支えるコーチングスタッフ陣の層の厚さにもある。
2026年W杯の日本代表コーチングスタッフには、レジェンドたちが名を連ねた。元日本代表MFの中村俊輔氏が大会2か月前にスタッフ入りし、2018年W杯で主将を務めた長谷部誠氏はアイントラハト・フランクフルトのU-21コーチ職を離れて合流した。
2022年W杯で主将を務め、先月日本代表を引退したばかりの元DFの吉田麻也氏も森保監督の要請でサポート役を担い、負傷中のMF南野拓実選手もメンターとして帯同した。かつて代表として戦った面々が、それぞれの持ち場から集まってきた形だ。
日本を拠点とする韓国人サッカーアナリストのシン・ムゴン氏は、「森保監督が思い出旅行をしているという批判もあった」と認めつつ、この顔ぶれを映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』のヒーロー集結になぞらえた。
「キャプテン・アメリカとアイアンマンが最後の戦いのために共に戻ってきたようだ」
日本では代表経験者が指導者やスタッフとして現場に戻り、知見を次世代に伝える土壌がある。一方、韓国ではOBが現場に戻る流れがほとんど見られない。コリア・ジュンアン・デイリーは、「日本のサッカーレジェンドは支援に戻り、韓国のレジェンドはYouTubeへ」と報じた。
■異様な炎上の裏にある韓国国民の本音
韓国では2002年W杯ベスト4進出メンバーの多くが、指導者ポストの確保が難しく協会の運営体制も不安定なことから現場を離れ、バラエティ番組やYouTubeで遠慮のないサッカー批評を繰り広げているという。
ファンだけでなく、元代表メンバーの心も韓国のピッチから遠ざかりつつある。こうした状況において火に油を注いだのが、縁故人事で就任したとされる監督の精彩を欠いた采配だった。
サッカーで負けたことで大統領が介入する事態は、確かに異様にも感じられる。その背後には、学閥や縁故による人事での不正採用が取り沙汰される中、努力と公正を是とする韓国国民の冷めやらぬ怒りがあった。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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