■「ハーフパンツおじさん論争」の本題
都庁のクールビズでハーフパンツが解禁となったことが注目を集めていた。それを受けてメディアやSNSではある議論が沸騰していた。すなわち「おじさんのハーフパンツは是か非か」である。
中高年男性が公共空間でハーフパンツを着用して生活することについて、暑いのだから脚を出してもいいではないか。いや、いい年をした男性の生脚など見たくない。清潔感があれば問題ない。そもそも他人の服装にそこまで口を出すほうがおかしい――など、こうした議論が繰り返されていたわけだ。
ここで重要なのはハーフパンツが是か非かどちらなのかという話ではなく、平時には他人の容姿や背格好などを云々することが倫理的に許されないとされているはずの時代であってさえ、こと「おじさん」に対してはその倫理的コードが“ゆるく”なり、人びとが好き放題に本音をぶちまけてしまっても、それでお咎めを受けることがないということだ。
あるいはハーフパンツにかぎらず最近のSNSでは、「ショッピングモールにいそうなおじさんの格好が嫌い」という話題でも大賑わいだった。ライトブルーのシャツ、ベージュのチノパン、スニーカー、縦型のボディーバッグ。いわゆる「休日のパパ」的な格好をした男性の画像が拡散され、それに対して「ダサい」「キモい」「田舎のイオンにいそう」といった言葉が、まるで当然の感想であるかのように投げつけられていたのである。
■「おじさん」だと“軽口”になる
これは奇妙な光景だ。
おじさんのハーフパンツはキモい。おじさんの生脚は見たくない。見せられること自体がセクハラだ。おじさんのボディバッグはダサい。おじさんの休日ファッションは無理。おじさんが若者ぶるのは痛い。おじさんが清潔感を出そうとしてもキツい――もしこれらの言葉の主語を、女性や若者や特定のマイノリティに置き換えたらどうなるだろうか。おそらく多くの人がその暴力性に気づくはずだ。SNSなら大炎上必至だ。ところが主語が「おじさん」になると、それはなぜか単なる軽口や“あるあるネタ”として処理されてしまう。言ってもよいことになる。
■他人を値踏みしたい欲望
私たちはいま、他人を雑に品評することが許されない社会を生きている。顔がどうだ、体型がどうだ、服装がどうだ、結婚しているかどうか、子どもがいるかどうか、収入がいくらか、どんな仕事をしているか――そうしたスペックやステータスをめぐる不用意な発言は、以前よりもはるかに強く忌避されるようになった。
だが人間は、それほど簡単に「他人を値踏みしたい欲望」から自由になれるわけではない。むしろ、表立って言ってはいけないことが増えたぶん、その欲望は行き場を失いフラストレーションを生じさせている。だれかを見下したい。だれかを笑いたい。だれかを「自分より下」に置いて安心したい。けれども、それをそのまま口に出すことは、いまやリスクが高い。
……そう、そこで登場するのが「おじさん」である。
■ガス抜きとしての「おじさん」
「おじさん」は現代社会における奇妙な安全地帯になっている。他人の容姿や年齢や服装や生活感を笑うことが厳しく戒められる時代においても、なぜか「おじさん」だけは例外的にいじっていい対象として扱われているのだ。「ポリティカル・コレクトネス」な規範が覆い尽くす時代に息苦しさを覚えている人びとが、その規範に抵触しないギリギリの場所、ガス抜きの方法として「おじさん」を見つけてしまった。
「おじさん」には好きに言っていいという空気を後押しするのは、「おじさん」に対する暗黙のナラティブが社会に共有されているからである。おじさんは強者である。おじさんは既得権者である。おじさんは加害者側である。おじさんはこれまで好き放題やってきた存在である。だから多少笑われても仕方がない。多少キモいと言われても、ダサいと言われても、どうせ社会の中心にいるのだから、それくらい受け流すべきである――といったナラティブがだ。
■「おじさん」は「強い側」として扱われる
ただし留意しておきたいのだが、これは単に「おじさんだけがポリティカル・コレクトネスの例外になっている」という話ではない。むしろ逆で、「おじさん叩き」は、ポリティカル・コレクトネスに照らせば「ただしい行動」そのものであるということだ。
現代の道徳コードにおいては、社会的マジョリティはしばしば「加害者側」として位置づけられる。強い側。持っている側。
「おじさん」は男性である。年長者である。会社や組織のなかでは管理職側にいることが多い。家庭においても父や夫という立場にあることが多い。政治、経済、企業社会、地域社会、メディアなど、さまざまな領域で「これまで中心にいた側」と見なされやすい。さまざまな要素が、彼らを強者であり権力者であり抑圧者であることを示す。もちろん個々の中年男性が本当に社会を思い通りに動かしてきたわけではない。
実際には、住宅ローンに追われ、教育費にため息をつき、職場では上からも下からも突き上げられて疲弊し、家庭では責任だけを求められ、老後不安を抱えながら毎日の不安を酒でごまかす、そんな日々を送っている人も少なくないだろう。
■「強者へのツッコミ」になる
しかしポリティカル・コレクトネス的な道徳地図の上では、そうした個別事情はあまり考慮されない。彼らは「中年男性」という属性を持っている。それだけで、いったん強者側に分類される。マジョリティ側に分類される。加害者側に分類される。だから、彼らに向けられる攻撃的な言葉は、しばしば「上に向かって投げている言葉」として処理される。ようするに大目に見られる。だから遠慮なく言う。おじさんのハーフパンツはキモい。おじさんの生脚は見たくない。おじさんのボディーバッグはダサい。
こうした言葉は、表面的には明らかに外見や属性への攻撃である。だが、それが「おじさん」に向けられた瞬間、それは弱者いじめではなく、強者へのツッコミになる。差別ではなく、権力批判になる。侮辱ではなく、社会の中心に居座ってきた男性たちへの“カウンター”になる。「正義」のガワを被ってしまいさえすれば、自分の偏見や加害性をぶちまけてもゆるされる。「おじさん叩き」はポリコレの例外なのではなく、ポリコレの正道なのである。
■一石二鳥の「おじさん叩き」
現代人は、「ただしい側」に立ちたいという欲望と、「ただしい社会」は息苦しいという不満を同時に抱えるダブルバインドに苦しんでいる。そのダブルバインドをもっとも手軽に解消してくれる存在が「おじさん」なのだ。
「おじさん」を叩くとき、人びとは「ただしい側」に立ったまま、「ただしい社会」の息苦しさを緩和することができる。なぜなら、「おじさん」は道徳的に劣位の側、すなわち「言われても仕方がない側」に配置されているからだ。
中年男性はマジョリティであり、強者であり、これまで社会の中心にいた側であり、古い価値観を体現する存在であり、配慮されるべき対象ではなく、むしろ配慮のコストを負担すべき者たちである――ということになっている。だから「おじさん」に対してなら、かなり攻撃的な言葉をぶつけても、自分の「ただしさ」は損なわれない。それどころか、「ただしさ」はむしろ増すことさえある。
ようするに、「おじさん叩き」は一石二鳥なのだ。
「ただしい自分」を維持しながら、「ただしさに縛られない言葉」を吐き出すことができる。ポリコレ社会の住人でありながら、ポリコレ社会の息苦しさから一瞬だけ逃れることができる。なぜなら相手は「おじさん」だからである。
これは現代のポリティカル・コレクトネスが、実のところ本当の意味で人間の尊厳を守ろうとしているわけではないことの証左でもある。そこにあるのは、他人の身体や属性を雑に扱ってはいけないという一貫した倫理ではなく、「だれを叩けば道徳的に許されるのか/だれを擁護すれば道徳的に善人として讃えられるのか」という“いじめ”の論理に近いものだ。
■「おじさん」たちへのエール
でも、おじさんたちに私はこう言いたい。
短パンだろうが、ボディーバッグだろうが、別にいいではないか。
ライトブルーのシャツにベージュのチノパンでも、別にいいではないか。
それは、休日に家族と出かけ、子どもの手を引き、荷物を持ち、家計を支え、毎日の生活を回しているパパたちの平均的な服装である。最先端のファッションではないかもしれないが、家族を養い、生活を引き受けている人間のリアリティがそこにはある。素晴らしいことだ。少なくともネットの片隅で「世直し」気分になって、見知らぬ中年男性の服装にガタガタ言っている人たちよりは、よほど社会のためになっている。いつもお疲れ様です。
だから言っておく。おじさんたちはそんな言葉にまで真面目に付き合わなくていい。少しだけ格好よくなりたいなら、そうすればいい。いまのままで十分だと思うなら、それでもいい。愛する人たちが、気の置けない仲間たちが、「いまのあなたでも素敵だ」と言ってくれるのなら、あなたはそのままでいい。
私もこの夏は短パンにボディーバッグで胸を張って街を歩くつもりだ。ほかでもない「おじさん」のひとりとして。
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御田寺 圭(みたてら・けい)
文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。近著に『ただしさに殺されないために』(大和書房)。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)

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