■佐藤二朗・橋本愛の騒動に「声明」
テレビ局が「人権方針」を策定している。その事実を、どれだけの視聴者が知っていたのだろうか。
7月1日、俳優・佐藤二朗氏が、フジテレビ系ドラマ「夫婦別姓刑事」の撮影中に、共演の橋本愛氏に対する問題行為を起こしていたと『週刊文春』が報じた。これを受けて、フジテレビは、親会社のフジメディアホールディングス(以下FMH)の策定した「人権方針」に則り、「これまで適切な環境調整や関係者への配慮・保護に努めてまいりました」と発表した。
その「人権方針」では、「差別・ハラスメントの禁止」「その他の適正な労働環境の確保」、そして「メディアグループとしての人権尊重」を「優先課題」として掲げている。日本のメディア企業がここまで明文化した方針を持っていると知る人は、どれほどいただろうか。私は、恥ずかしながら意識をしていなかった。
この方針は、今回の報道に、どのようにかかわっているのか。
■背景に「フジテレビ問題」
フジテレビの発表には「ハラスメント」という表現は出てこない。「心理的安全性の保たれた制作現場づくりをはじめ、人権の尊重も含むサステナビリティ課題全般についての取り組みを推進」と書いているため、上記「人権方針」のうち2つめと3つめに関係するとみられる。
他方で、『週刊文春』は、「深刻なハラスメント」認定と報じている。
重要なのは、あのフジテレビが「人権尊重」を掲げているところであり、その「方針」が果たして、本来の目的にかなっているかどうか、である。
すでに記憶が薄れているかもしれないけれども、FMHがこのような方針を掲げた背景に、昨年1月に起きた「一連の事案」(フジテレビのウェブサイトの表現より)がある。
「一連の事案」とは何か。ちょうど1年ほど前(2025年7月6日)、「フジテレビで発生した人権、コンプライアンスに関する問題」(同社のサイトより)について、同社は「検証 フジテレビ問題 反省と再生・改革」と題した番組を放送した。
■中居氏をめぐる対応との共通点
この番組は、本稿執筆時点(2026年7月5日)でも、YouTubeで全編を視聴できる。冒頭で清水賢治社長が、「この度の当社で発生した人権・コンプライアンスに関する問題により、ご迷惑とご心配をおかけしておりますことを、あらためて深くお詫び申し上げます」と述べている。「人権」については、「当社、元アナウンサーAさんへの人権侵害事案」と位置づけた。
この位置づけは、昨年3月31日にFMHに、「第三者委員会」が提出した「調査報告書」による「女性Aが中居(正広)氏によって性暴力による被害を受けたものと認定」したこと(同書27ページ)を受けたものである。
なるほど、「人権侵害事案」への「反省」をもとに、同社が1年以上かけて進めてきた「再生・改革」の取り組みとして、今回、「男性俳優の言動について、厳重注意を行うとともに、再発防止を求めた」のは、まったくもって、その「成果」と言わねばならない。
ここにこそ「元アナウンサーAさんへの人権侵害事案」をめぐる「一連の事案」と似た対応を感じ取らざるをえない。
■「二次被害の防止」を盾にした不可解さ
それは、「プライバシー」である。
1年半ほど前を思い出そう。あのときもまた『週刊文春』の報道によって「事案」が明るみに出た。フジテレビは、当初から「プライバシー」と「人権保護」を理由に、「元アナウンサーAさん」が、同社の社員であったかどうかさえ、答えてこなかった。
あの「紙芝居会見」とか「ボラギノールのCMのよう」と揶揄された、テレビカメラを排除した記者会見の理由もまた「人権侵害の恐れ」や「被害者に対する人権侵害を回避することを優先するため」(報告書85ページ)だったのである。
フジテレビにとっての、いや、そもそも「人権」とは何なのか。被害者のみならず、加害者とされる側にも、等しく保障されるものではないのか。昨年の「一連の事案」においても、今回の事案においても、被害者への配慮は、十分になされていたし、なされていたのかもしれない。
ひるがえって、中居正広氏や「男性俳優」については、どうなのか。少なくとも今回については、「被害者」と「加害者」の言い分が対立している以上、どちらにもフェアに配慮するのが「人権尊重」ではないのか。
■「女性俳優」表記が意味すること
フジテレビは声明のなかで次のようにも述べている。
当社は、過去に辛い経験をされた方に対して、それによる不自由や制限を当然に受け入れるべきだという意見には与しません。そのような言葉を投げかけることこそが、二次加害や誹謗中傷に他ならず、人権尊重を掲げる当社としては、そのような行為を許容することはできません。
私が今回、最も解せないのは、この点である。
「今回の記事の掲載について、関係者のプライバシー侵害や二次被害に繋がるおそれが高いものと考え、掲載中止を強く申し入れました」と前置きしている一方で、上記の記述からは、「女性俳優」が「過去に辛い経験をされた方」であると、とらえられるのではないか。
いや、それは私の読解能力が劣っているせいに違いない。目が曇って曲解をしているだけに相違ない。フジテレビとしては、あくまでも、どこまでも「プライバシー侵害」を避けた上で、親会社FMHの「人権方針」に沿って表明している、きわめて真摯な態度だと言わなければならない。
■結果的に「誰も守れていない」
それでも、この声明を読む限り、前の段落とのつながりを踏まえると、上記の「過去に辛い経験をされた方」が「女性俳優」を指すように受け取るほかないのである。何より「女性俳優」や「男性俳優」という、匿名表記ではあるものの、今回の報道状況を踏まえると、多くの読者にとって、実名をたやすく想起させるからである。
「掲載中止を強く申し入れ」た立場からすれば、実名で記すわけにはいかないとしても、「関係者のプライバシー侵害や二次被害に繋がるおそれが高い」のであればなおさら、実名で明らかにすべきではないか。なぜなら、フジテレビの声明(だけ)を読む限りでは、「女性俳優」も「男性俳優」も誰なのかは、まったくわからないからである。
実際、ネット上では、「関係者のプライバシー侵害や二次被害」というほかない、さまざまな憶測が飛び交い、早期の収拾は難しいありさまである。
となると、フジテレビは、「加害者」はもとより「被害者」の「人権尊重」さえしていない、そのような結果を招いているようにさえ映る。すると、誰の「人権尊重」をしているのか。この点こそ「人権方針」の理念との整合性を考えるうえで最大の論点ではないか。
■フジテレビは「被害者」ではないのに…
昨年の「一連の事案」=「フジテレビ問題」を振り返れば、被害者の「当社元アナウンサーAさん」は退社しており、すでに社員ではなかった。もちろん、加害者の中居正広氏は、当然、同社のメンバーではない。当該の問題をきっかけに、当時の編成制作局編成部長をはじめ、合計6人が処分された。
今回は、どうなのか。
同社の「声明」では、「当社から男性俳優の言動について、厳重注意を行うとともに、再発防止を求めたことは事実」としているにとどまり、番組制作の責任者であるプロデューサーをはじめとした同社の社員やスタッフについては、まったく言及されていない。「調査中」とも「処分を検討」とも書かれていない。
あくまでも邪推に過ぎないものの、ことによると同社は、「男性俳優の言動」による「被害者」であると、みずからを考えているのではないか。表現は悪いけれども、「もらい事故」のように、巻き込まれただけとでもとらえているのではないか。
■会社と社員を守りたいだけなのか
これもまた私の日本語力が劣っているせいかもしれないが、「声明」を読む限り、あくまでも自分たちは第三者なのだとでも言わんばかりの他人事感が漂っている。
「フジテレビ問題」に際して、当時の港浩一社長は、週刊文春の報道を「全くのでたらめ」と言い放ち、中居氏へのヒアリングに立ち会わず、ゴルフに出かけたばかりか、銀座に移動して「アルコールが入っていると思われる状態で、意見のやり取りを継続」していた(「調査報告書」77ページ)。
こうした当事者意識の欠如は今回もまた、続いているのではないか。「人権尊重」の錦の御旗の下に守りたいのは、社員の立場と、会社の面目ではないか。声明からは、自分たちの説明責任よりも、組織防衛を優先しているような印象を与えかねないのではないか。
■組織防衛ではなく「説明責任」を
もし、本当に、被害者の「人権尊重」をしたいのならば、「人権」の原点に立ち戻り、加害者にも平等に対応しなければならない。それよりもまず、まさに「関係者のプライバシー侵害や二次被害」が横行している現状について、当事者、いや、責任者として正面から向き合わねばなるまい。
何より、その「人権方針」において「当社グループは、その事業活動が人権に対する負の影響を引き起こした、又はこれを助長したことが明らかになった場合、必要な手続きを通じて速やかに是正・救済に取り組みます」と掲げているのだから、できる限り早く、「女性俳優」だけではなく「男性俳優」についても、その「是正・救済に取り組」まなければならない。
少なくとも「女性俳優」と「男性俳優」の言い分が食い違っている以上、できる範囲でのさらなる説明が、「人権方針」にかなうのではないか。「人権方針」に「放送の公共的使命と社会的責任を常に認識し」と謳う大企業として、自社の制作現場で起きた(とみられる)事案について、「男性俳優」への「厳重注意」と「声明」で幕引きを図ろうとしているのだとすれば、それは、つじつまがあうのか。
「一連の事案」をうけた「再生・改革」が本当なのかどうか。
「人権方針」は企業の理念である。しかし理念は、都合の良いときだけ掲げる標語では意味がない。自社の制作現場で起きた問題に向き合うときこそ、その理念が最も厳しく試されるのではないか。理念こそ、組織文化そのものだからである。
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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

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