■“お隣さん”の焼き鳥店を継いだ薬剤師
東京・江東区にある「やきとり日和」。86歳にして慣れた手つきで鳥を焼く徳田千恵子さんに、「来週、120本の注文が入りました」と報告するのは、オーナーの蛯原崇晶さんだ。ふたりは異色の師弟である。徳田さんは「やきとり日和」の前身にあたる1982年創業の焼き鳥店「徳光」のオーナーで、2024年秋、高齢を理由に店を畳むことを決めていた。
閉店の報を聞いてショックを受けたのは、薬剤師として徳光の隣りにある「あい薬局2号店」で働いていた蛯原さん。徳光の焼き鳥が好きで、「いつもニコニコ、フレンドリー」な徳田さんのファンだった蛯原さんは、ほぼ勢いだけで後継者に立候補した。
2024年12月、店名を「やきとり日和」に変えて再オープン。それから1年半、店主としてはまだ頼りない蛯原さんのサポートをするため、徳田さんは現在週2日、出勤する。
一方の蛯原さんは、毎週金曜日、隣りの薬局で白衣を着て勤務する。
大量注文の話を聞いて、「それは良かったねえ」と穏やかな笑みを浮かべる徳田さん。蛯原さんは褒められた孫のように誇らしげだ。
成功を確信していたわけではない。背水の陣というわけでもない。それまで焼き鳥となんの縁もなかったのに、「好き」だけを理由に老舗の後を継いだ薬剤師の現在地――。
■最初の勤務地が「大島」という縁
蛯原さんが「徳光」を知ったのは、あい薬局で働き始めた2024年6月。同じ職場の同僚から「すごくおいしい」という評判を聞いて、買いに行ったのが始まりだ。
「安いし、めちゃおいしかったです。それに、徳田さんが常連さんと話してる姿が印象的でした。長年やっているお店として、地域に愛されてる感じがしたんです。
蛯原さんは1989年、東京の葛飾区で生まれた。子どもの頃はまだ地元の商店街に活気があり、人と人の距離が近い下町文化でのびのびと育った蛯原さんは、徳田さんと常連客のやり取りを見て懐かしく思ったそう。
同時に、「こんなにいい雰囲気のお店が、この町にあったんだ」という驚きも感じた。というのも、徳光がある江東区の大島は、蛯原さんが大学卒業後、薬剤師として最初に働いた大きな病院があるのだ。
そもそも、蛯原さんはなぜ薬剤師になったのか? 小学生の頃から理数系の科目が得意で、分け隔てなく人と交流するタイプだった蛯原さんは、高校時代、医療福祉系に進もうと考えていた。医師や検査技師などいくつかの選択肢があるなかで、担任教師から「薬学部はどう?」と勧められたこともあり、特に深く考えず、薬学部に進学した。
■負けず嫌いの薬剤師
薬学部の生徒は、ほぼ全員が薬剤師の資格を取る。就職先としては調剤薬局か、ドラッグストア、病院が多い。蛯原さんが、そのなかでも群を抜いて給料が安い病院で働くことにしたのは、いい出会いがあったから。
「実習先の病院にいた薬剤師の先生が、とにかくかっこよかったんですよね。病院ってドクターの立場が上で、上下関係がはっきりしているイメージがありました。でも、その先生は薬の専門家としてドクターに頼られていて、すごいなと憧れました」
研修の際、病院ではドクター、看護師など大勢の人たちとやり取りをしなければならないことがわかり、持ち前のコミュニケーション力を活かせると思ったのも大きかった。
大島の病院に就職すると、現場で必要とされる知識を得るために、どん欲に勉強した。「同期のなかでトップに立つ!」とギラギラと燃えていたのだ。生来の負けず嫌いなのである。
しかし、やがてその熱も冷めた。製薬会社やドラッグストアで働く同級生が倍ほど稼いでいることを知って、退職を決意。3年で病院を辞めた蛯原さんは、2016年、27歳で大手ドラッグストアに転職して、大島を離れた。このときは、7年後に再び大島に戻って来ることになるとは想像もしていなかった。
■閉店の話題で持ち切りに
徳光とあい薬局は同じ建物のなかで軒を並べているため、徳田さんが焼き鳥を焼き始めると、薬局にも香ばしい匂いが漂ってくる。当時、週に2回、あい薬局で働いていた蛯原さんは、その匂いを嗅ぐたびに「焼き鳥、買って帰ろうかな」という気分になった。
何度かテイクアウトして徳田さんと顔見知りになり、言葉を交わすようになった2024年9月頃、薬局の同僚から「徳田さんが、来月でお店を閉める」と聞いた。
「マジ⁉」と思わず声が出た。もともと夫とともに徳光を経営していた徳田さんは、7年ほど前に夫に先立たれた後、ひとりでお店を切り盛りしていた。
当初は、常連客のひとりとして「寂しいな」と感じているだけだった。その気持ちが変わったのは、薬局での雑談でたびたび徳光の閉店が話題になり、ある日、同僚から「蛯原さんが継ぐっていうのはどう?」と冗談交じりに聞かれたのがきっかけ。その場では笑って流したものの同僚の言葉が頭から離れず、しばらくして「それもありかな」と考え始めた。
そう思えたのは、蛯原さんが「フリーランス薬剤師」だったからだ。少し時間を遡る。
■「フリーランス薬剤師」との出会い
2017年、大手ドラッグストアが経営する薬局で働き始めた蛯原さんは、相変わらずの上昇志向で勉強を続けていた。自ら志願して社内のテストに合格し、3年目に薬局の管理者に就いた。管理者になると、スタッフのマネジメントや売り上げノルマの達成を求められる。蛯原さんはやる気満々で取り組んだ。
「例えば、介護施設の薬を請け負うと100人分の薬をパックに詰める作業を夜にやらないといけなくて、残業が増えるんです。
管理者として、薬剤師の専門的な業務以外の仕事に初めて触れて大きなやりがいを感じた蛯原さんは、2021年、今度は介護の会社に転職する。そこでは薬局をイチから作る仕事を担当することになった。与えられた予算のなかでどの棚を買うか、どの機械を入れるか、さらにスタッフの採用まで任された。
このとき、採用難に直面する。薬剤師は全国に約32.4万人おり、そのうちのおよそ3分の2が女性だ(厚生労働省 令和4年医師・歯科医師・薬剤師統計より)。蛯原さんによると、薬局は17時以降に忙しくなる傾向があり、子育て中の女性が希望する勤務時間帯と合わないことも人手不足の主な理由だという。
蛯原さんがなんとかして薬剤師を確保しようと採用に注力していたときに頼ったのが、「フリーランス薬剤師」だ。
■「自分もやってみたい」
「個人事業主として、ヨガの先生や社会保険労務士をしながら薬剤師をしている人がいたんです。僕は薬剤師として10年以上働いていたのにフリーランス薬剤師の存在を知らなかったんですけど、これはめちゃくちゃ面白いんじゃないかって思いましたね」
薬剤師が不足している地方では報酬が高騰しており、住居付きで時給4000円から5000円に達するところもある。フリーランス薬剤師のなかには1年のうち数カ月間、地方に滞在して数百万円稼ぎ、あとは自分がやりたい仕事をするという人もいるそうだ。
フリーランス薬剤師と一緒に働いているうちに、「自分もやってみたい」と思うようになった蛯原さん。薬剤師のほかに自分になにができるか、なにをしたいかと考えた時に思い浮かんだのは、それまでのキャリアで自分が「困ったこと」を解決する道だ。
「薬局と薬剤師をうまくつなぐようなビジネスをやれたらなと思いました。僕が病院で働いていた時は楽しかったけど、お金がなかった。それなら、給料が安い病院の薬剤師に副業で土日に働ける薬局を紹介したら喜ばれると思うんですよね。薬局で働いていた時は人手が足りなくて残業が多かったから、夜だけ働きたいという薬剤師をうまくつなげれば、どちらも助かるじゃないですか」
■フリーランスとして再び大島へ
2023年9月、薬局と薬剤師をマッチングする会社「イノベセント」創業。それまで会社員として働いた経験しかなかったが、起業することに躊躇はなかった。
「薬剤師の資格を持っているからこそチャレンジしたとも言えます。薬剤師の仕事は好きでやりがいも感じているので、もし仮に失敗したら薬剤師の仕事に専念しようと思って」
薬剤師を仲介する企業はすでに多く存在する。そのなかで最も大きな差別化のポイントは、薬剤師としての実務と薬局のマネジメントや立ち上げの経験があることだ。
人手不足にも、薬局ごとに異なる理由がある。それぞれの事情を聞きだし、現場に合った人材を紹介することで、地道にクライアントを増やしていきながら、自身も薬局で働き始めた。起業してすぐに事業を軌道に乗せるのは難しい。当面の生活費を稼ぐためにも、薬剤師の仕事が必要だった。フリーランスとしてあちこちの薬局に顔を出すことで、クライアントの開拓につなげる狙いもあった。
そうして「家の近くで働ける薬局がないかな」と探していたときに見つけたのが、あい薬局の求人。先述したように、2024年6月から働き始めた蛯原さんは、その3カ月後、徳光の後を継ぐことを考えるようになった。
「フリーランスなんで、チャレンジするのも自由じゃないですか。自宅から自転車で10分の近さだし、前に働いていた病院があって知り合いが多い町でもあるので、これはチャンスかもしれない、自分にしかできないんじゃないかと思ったんですよね」
■「本当なの? 大丈夫?」
徳光閉店の話を聞いたのは9月で、閉店予定は10月。「やるならやるで、すぐに言わないと時間がない」こともあり、「継ぐのもありかも」と思ってからすぐ、薬局のオーナーや同僚に「徳光を継ぎたい」と話した。すると、話が一気に動き始めた。オーナーが徳田さんや物件の大家に掛け合ってくれたのだ。
蛯原さんは9月のある日、徳光の店頭で徳田さんに「継がせてもらいたいと思っています」と伝えた。もちろん、とんとん拍子にはいかない。あい薬局のオーナーから話を聞いていたとはいえ、徳田さんにとって蛯原さんは知り合ったばかりの薬剤師だ。「本当なの? 大丈夫?」が最初のリアクションだった。
勝負はそこから。蛯原さんは何度も徳光に顔を出し、対話を重ねていった。そのうちに徳田さんも打ち解け、家賃や仕入れのコスト、売り上げなどを少しずつ共有してくれるようになった。それは経営を引き継ぐうえで必要な情報だったが、例え売り上げが想像より少なかったとしても、お店を引き継ぐのをやめるつもりはなかったという。
「もともと、売り上げがいくら以上だったらやるとは考えてなくて。実際、引き継ぐ直前まで、1日にだいたい何本ぐらい売れてるという情報しかなかったんですよ。それで試算して、まあとりあえず大丈夫かなって。徳田さんがずっとやってきたものを守っていきたいっていうのが僕のなかにはあるので」
蛯原さんが徳田さん、その娘さんとも話し合い、正式にお店を引き継ぐことに決まったのは、2024年10月に入ってから。その後、徳光は10月末に予定通りに閉店し、徳田さんは必要な設備を残しつつ、お店をきれいに片付けた。その間、蛯原さんは食品衛生管理者の資格を取得したり、新しい店舗のロゴを依頼したりと、再オープンに備えた。
■難易度が高い焼き鳥店の仕事
焼き鳥の具体的な作業について教わったのは、12月に入ってからだった。
「僕は学生時代のアルバイトを含め、一度も調理場で働いたことがないんですよ。本当になにも知らなかったので、仕入れの方法、肉の塊の切り方、肉を串に刺す方法、タレの作り方などゼロから教わりました」
単純そうに見えた作業は、どれも難易度が高かった。柔らかい肉を同じぐらいの大きさに切るだけでも、簡単ではない。どうしてもバラツキがでるなかで、できる限り1本1本のグラム数を揃えて串に刺していく。串の先端に大きな肉があると焼いた時に見栄えがいいので、それも意識する。肉のバランスが悪いと、焼き台に置いた時にくるっと回転してしまうから要注意だ。
焼く作業も、繊細。鶏ももは何秒、レバーは何秒というマニュアルはない。1本1本、肉の厚みや形が違うから、見た目で判断するしかない。生焼けが怖くて焼き過ぎると固くなる。徳田さんに教わり始めた頃、蛯原さんは常に「これでいいですか? どう思います?」と確認していたという。不安が尽きず、徳田さんにヘルプを頼むと、週3日、手伝いに来てくれることになって、ホッとした。
迎えた2024年12月7日、徳光改め「やきとり日和」オープン。継ぐと決めてから、2カ月ほどしか経っていなかった。
■徳田さんの存在感は、いまも絶大
開店から1年半。蛯原さんはいま、週4日、「やきとり日和」の焼場に立っている。スタッフは、徳田さん以外のパートアルバイトが4人。「慣れてきたから大丈夫だよね」と週2日勤務になった徳田さん以外は、蛯原さんが新たに採用したメンバーだ。
作業をローテーションしていて、自分と徳田さんのほかにもうひとりが焼き鳥を焼けるようにしているが、いまだに仕上がりは徳田さんがナンバーワン。仕込みの精度やスピードも、まるで及ばないと笑う。
「一緒に仕事をすると、やっぱり先代は40年以上、焼き鳥を焼いてきた職人なんだなと痛感します。僕が苦手な肉を串に刺す作業なんて、10倍ぐらいスピードが違うんじゃないですか」
徳田さんの存在感は、いまも絶大だ。現場で頼りになるだけではない。徳田さんが出勤する2日間は、ほかの日より明らかに売り上げが伸びる。徳光時代からの常連が、徳田さんに会いに来るのだ。
徳田さんと一緒に働き始めてから、尊敬の念は募る一方。しかしながら、新米店主は自分の色を出すことも忘れていない。
まず、手を付けたのはメニューの拡充。徳光時代になかったぼんじりや砂肝をレギュラー化した。さらに蛯原さん自身が「焼き鳥といえば塩派」だったこともあり、それまでタレのみだったところ、鶏ももとネギマの塩味も定番メニューにした。
■「お金儲けではなく、店を長く続ける」
季節に合わせて串焼きのウナギやトウモロコシ、ローストチキンなども用意し、焼き鳥以外のニーズも取り込む。利便性を高めるため、営業時間を徳田さん時代の昼過ぎ~夕方から、昼前~19時まで伸ばし、現金のみだった支払いもペイペイを導入した。こうした努力の成果は確実に数字に表れている。
「先代の時より、1.5倍ほど売り上げは伸びています。いまは1日平均で300本以上は売れていますね。多い時は400本を超えます」
売り上げが伸びたといっても、徳光時代と単純比較はできない。徳田さんはひとりで店を回していたが、いまは必ずふたり体制。その分、人件費がかかっているため、決して経営に余裕があるわけではない。
目下の課題は、天候に大きく左右される売り上げを安定させること。蛯原さんは「お金儲けではなく、このお店を長く続けるために必要なこと」と語る。いまは、いつも夜ご飯のおかずに焼き鳥を買いに来る主婦をターゲットにした総菜を開発中だ。
「鶏肉の切れ端やネギの青い部分のような端材を使ってなにかできないかなと検討中です。もつ煮込みなんて、鶏肉の端材を入れたら旨味が出てオンリーワンのものができそうかなと思って。あと、うちはレバーが一番人気なので、レバニラも売れると思うんですよね。焼き鳥で使っている肉で唐揚げにしても絶対においしいと思うし」
■薬剤師と焼き鳥店主の“意外なシナジー”
焼き鳥店が作るもつ煮込み、レバニラ、唐揚げ。どれも人気になりそうだと思うのは、筆者だけではないだろう。この自由な発想は、薬剤師を薬局に派遣するビジネスの相乗効果かもしれない。大手チェーンの薬局と対抗するために、あい薬局のような個人経営の薬局はさまざまな工夫を凝らしているという。
「知り合いの薬局のなかには100種類ぐらいの絆創膏を取り揃えて販売している薬局や、冷凍の馬刺しを売っている薬局もあります。生き残り戦略として誰も思いつかないようなことをやっていて、薬局経営者の方からもたくさんの刺激を受けますよね」
先述したように、蛯原さんは週4日、やきとり日和で働く。残りの3日のうち2日はあい薬局ともうひとつ別の薬局で働き、日曜は休日だ。このハードスケジュールの合間を縫って、先述した薬局と薬剤師のマッチング事業の営業もしている。
マッチング事業も焼き鳥店も、軌道に乗せるための試行錯誤が続く。どちらかの事業に集中したほうがいいのでは? という意見もあるかもしれない。しかし、珍しい二足の草鞋として新聞やテレビに取り上げられたことで、マッチング事業にも追い風が吹く。
「薬剤師の営業に行くとき、自分が取り上げられた新聞記事のコピーと焼き鳥を持って行くんですよ。普通は小洒落たチョコレートとかじゃないですか。それでいつもビックリされて、面白いねというところから話を聞いてもらったり、営業で知り合った社長さんや薬剤師さん、事務の方も焼き鳥を買いに来てくれたりするんです。記事を読んだ地方の薬剤師さんから連絡を貰うこともあって、いいシナジーが生まれています」
■「お大事に」と「ありがとう」が言える喜び
蛯原さん自身、起業した時には想像しなかったダブルワーク。まったく違う仕事を掛け持ちするのは、どういう気分なのだろう?
「大変も楽しいも両方あるけど、楽しいほうが大きいですね。薬剤師が薬を渡すときに声をかけるとしたら、お大事にしてくださいとか、気をつけて帰ってくださいね、じゃないですか。だから、ありがとうございます!って笑顔で焼き鳥を渡して、その場でうわ、めっちゃうまいみたいなことを言ってもらえるとすごく嬉しいんですよ。焼き鳥店の仕事は楽しい刺激になってますね」
人と話したり、喜んでもらうことが好きな蛯原さんにとって、接客やコミュニケーションという点では薬剤師も焼き鳥店主も並列。そして、負けず嫌いの性格は相変わらずだからこそ、同じことをしている人が誰もいない働き方で結果を出そうとしているのだ。
取材の日、やきとり日和には続々とお客さんが訪れていた。近所に住んでいるという高齢の男性は、新聞記事を読んでずっと気になっていたそう。店頭で蛯原さんと親しげに話していた女性は、近所で開業したばかりのエステサロンのオーナーだった。
「叔母が、あい薬局で働いているんです。それで、クリスマスのとき、子どもたちにここで買ったローストチキンをくれて。それがすごくおいしくて、子どもたちが『スーパーのとはぜんぜん違う』というので、串焼きも買いにくるようになりました」
■町の文化のようなお店を守る
月に一度、近くの病院に通っているという別の女性もやきとり日和の焼き鳥が好きで、いつも帰りに立ち寄るのだと教えてくれた。
「私は塩系が好みで、特になんこつがおいしいですね。ネギマもボリューミーで好き」
たくさんのお客さんに取材をして、このコメントを選んだわけではない。話を聞いたのは、この3人のみ。それだけに、蛯原さんの狙い――味のバリエーションを増やすこと、焼き鳥以外のメニューを用意すること――がしっかりニーズを掴んでいることがわかる。
すべては、徳光の焼き鳥とオーナーの徳田さんに惚れ込んだことから始まったこの挑戦。蛯原さんは「いまはもう、とにかく突っ走ってやらないと」とメガネの奥を光らせた。
「今日もきっとどこかで、徳光みたいないいお店が後継者不足で潰れていると思うんです。それは本当にもったいない。僕がしっかり結果を出せば、僕みたいなダブルワークに興味を持つ人が増えて、町の文化のようなお店を引き継いでくれるかもしれないから」
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川内 イオ(かわうち・いお)
フリーライター
1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から10年までバルセロナ在住。世界に散らばる稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」の実現を目指す。著書に『1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人』(ポプラ新書)、『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』(文春新書)などがある。
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(フリーライター 川内 イオ)

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