※本稿は、津野香奈美『「不機嫌な職場」を科学する 悪意なきパワハラと攻撃を生み出すメカニズム』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■「ハラスメントしても出世できる」という現実
皆さんの周りに、部下を追い詰めてメンタル不調にさせた“実績”があるのに、なぜか出世していく人はいないでしょうか。日本では、こうした事例は珍しくありません。
この傾向は、研修の場でも如実に現れます。「パワハラをするポテンシャルをどのくらい持っているか」を見るためにリスク要因を回答してもらうと、一般社員では該当者が2~3割であるのに対し、管理職では4~5割、役員では6割以上、組織によっては9割に達することもあります。明らかに、「出世した人ほどパワハラ気質が高い」のです。
また、パワハラ行為者として訴えられた人へのヒアリングでも、周囲から「仕事ができる人だ」という評価が多く寄せられる傾向があります。被害者が訴えを起こしても、他の同僚が「確かにパワハラ的な言動はあるが、仕事ができるのでいてもらわなければ困る」とパワハラ上司を擁護する、という場面も珍しくありません。
被害者である部下自身から「能力が高いのは間違いない。パワハラ的な言動さえ直してくれれば一緒に働いて構わない」という声が上がることもあります。その結果、被害者も処分を望まず注意だけで終わり、むしろ「多くの部下に擁護された」ことで人望があると評価され、さらに出世するという現象が起きます。
■パワハラしたのに甘い処分になるのはなぜ
パワハラ行為者として訴えられた人の処分を検討する時に、経営層が難色を示すという事象が発生することも珍しくありません。
では、なぜ経営層はパワハラ行為者を評価したり擁護してしまったりするのでしょうか。そこには、①経営層への教育が不十分、②マスキュリ二ティが高い人が経営層になっている、③経営層は最もハラスメント行為者になりやすい職位である、④人は自分と似た人を高く評価する傾向がある、という4つの要因が影響しています。
■パワハラした人を擁護してしまう理由
① 経営層への教育が不十分
経営層に対する研修は、まだ十分ではありません。約8000の企業を対象にした2024年の厚生労働省調査によると、「役員向けパワハラ研修の実施」率は55.7%にとどまっています。
ハラスメント防止を効果的に進めるには、権力を多く持つ上位層から順に教育を行う必要があります。中間管理職から始めてしまうと、「自分はパワハラを受けているのに、下には強く言えない」という板挟みが生じ、中間管理職が心身ともに疲弊する事態を招きます。トップから順番に価値観をアップデートしていくことが不可欠です。
② マスキュリ二ティの高い人が経営層になっている
弱音を吐かない、体力や精神的なタフさがある、勝つことにこだわる――こういったタフさは、マスキュリニティ(男性性)と定義され研究が進められています。マスキュリニティは男性の中だけでなく、女性にも備わっているものです。
しかし、一般に男性の方が女性よりもマスキュリニティ度は高く、そして多くの人はマスキュリニティの高さをリーダーシップと見る傾向があることがわかっています。研究によると「リーダーは男性がつとめるもの」という認識が根強く、「マスキュリ二ティの強い人ほどリーダーにふさわしい」と評価される傾向があります。
これは女性管理職も例外ではなく、1970年代の研究ではマスキュリ二ティの気質を持つ女性管理職の方がリーダーとして評価されやすかったことが示されています。
70件以上の研究を統合したメタアナリシスでも、上位のリーダーほどマスキュリ二ティをリーダー適性とみなし、それが他者の評価における認知バイアスにも影響することが明確に示されています。その結果、組織の中では男性の方がより評価され、男性が役員に占める割合も高くなるのです。
特に日本では、役員クラスに女性が極端に少ない現状が続いています。実際、2025年に日本総合研究所が上場企業3182社の役員を調べたところ、社内役員に占める女性比率はわずか3.7%に留まっています。組織の中では男性の方がより評価され、男性が役員に占める割合も高くなる傾向は、日本において特に顕著です。
③ 経営層は最もハラスメント行為者になりやすい職位である
社長や役員自身がハラスメントをしていたことが発覚した企業の例は枚挙にいとまがありません。
2025年には、伊澤(いざわ)タオルの代表取締役社長によるパワハラが報じられ、第三者委員会による調査が行われました。調査の結果、少なくとも2019年頃から2025年7月まで、同社長が従業員に対して「ボケェ、アホか」「給料泥棒」「うそつき」などの人格否定的な暴言、椅子を蹴るなどの身体的攻撃、有休取得への「サボり」発言、妊娠・育休取得者への「誰やそいつ」「話しかけるな」といったマタハラを日常的に行っていた事実が次々と明らかになりました。
同じく2025年には、化粧品メーカーであるディー・アップの社長からパワハラを受けた当時25歳の社員が自死したことが大きな話題となりました。社長は2021年入社のその社員に「野良犬」などと長時間にわたり叱責し、翌日も「弱い犬の方がほえる」と発言。社員はうつ病と診断され、その後自死に至りました。
厚生労働省の調査でも、パワハラ行為者として「会社の幹部(役員)」は「上司(役員以外)」に次いで2番目に多く挙げられています。職位別のハラスメント行為者の割合を見た民間調査では、係長・課長・部長・事業部長・役員と上位になるほど割合が高いことが明らかになっています。
上位層ほどハラスメントリスクが高い。この事実を直視し、経営層の言動を定期的にチェックする仕組みをつくることが、組織として不可欠です。
■「類は友を呼ぶ」のは本当だった
④ 人は自分と似た人を高く評価する傾向がある
人は自分と属性や価値観が似ている人に魅力を感じ、高く評価する傾向があります。これを「類似性―魅力仮説(Similarity-Attraction Hypothesis)」または「類似性バイアス」といいます。
出身地や出身校が同じというだけで親近感が湧いた経験を持つ人は多いでしょう。組織においても、米国のトップ企業を対象にした研究で、社長は自分と同じ属性の人を取締役に選びやすいことが示されています。中国の上場企業1180社の追跡研究でも、会長と類似したバックグラウンドを持つ人が取締役に選ばれやすいことが確認されています。
属性だけでなく、性格・考え方・価値観といった心理的な類似性でも同様の傾向があります。45本の論文・49件の研究を分析したメタアナリシスでも、この仮説が職場に確かに存在し、従業員の行動の基盤となっていることが示されています。
つまり、経営層や上層部にパワハラ気質の高い人がいるほど、類似した気質の人を採用・昇進させてしまう循環が生じます。そしてそれが続くと、「組織文化」として定着し、修正することが極めて難しくなるのです。
■パワハラする人が活躍する条件
経営層がパワハラ行為者を評価することは、その人に「活躍の場」を与えることを意味します。破壊的なリーダーがどのような条件下で活躍してしまうかを示したのが、「毒の三角形(toxic triangle)」という概念です。
この三角形は、①破壊的なリーダー(権力欲が強く、カリスマ性と攻撃性を持つ)、②影響されやすいフォロワー(自己評価が低く上司に同調するタイプ、または野心があって上司と利害が一致する共謀タイプ)、③助長的な職場環境(ハラスメントを容認・奨励する経営層や組織文化)の3つが揃うことで機能します。
やりたい放題やろうとする人がいても、周囲がすぐに止めれば被害は広がりません。しかし、組織がその人を評価し昇進させてしまうと、「助長的な職場環境」の条件を満たしてしまいます。
フォロワーには2種類あります。同調者タイプは、パワハラを受けていても上司についていこうとするか、ひたすら我慢します。共謀者タイプは、上司がハラスメント行為者として訴えられたとき「被害者の方に非がある」と強く擁護します。いずれも加害者の行為を支える役割を果たします。
破壊的な上司は、誰からも反発がないことを「自分は部下に信頼されている」と解釈し、さらに同じやり方を強化していきます。
■能力がある人ほど「見逃し」が起きる
なぜ「あの人は仕事ができるから」という一言で、ハラスメント行為が見過ごされてしまうのでしょうか。
2024年から2025年にかけて、複数の大物芸能人が性加害報道をきっかけに引退・活動休止を表明しました。
報道された内容は事実であれば深刻なものでしたが、擁護する声も相当数あり、その多くが「これまでの実績や仕事上の能力の高さ」に言及するものでした。
サッカー界でも、2024年に性暴力容疑で逮捕・不起訴となった選手が2026年ワールドカップの日本代表に選出されるという事案が発生しました。監督は性加害を「ミス」と表現し、国際的に大きな批判を受けました。
オンライン署名サイトの「Change.org」では、日本代表招集の撤回を求める署名に8000人以上の賛同者が集まり、大きな論争を引き起こしました。
このように、「能力がある」という評価が、有害な行動への許容度を高めてしまうことが研究によっても示されています。職場のリーダーを対象にした研究でも、有能なリーダーほど不適切な行動が見逃されやすく、成果を出すリーダーは他者を尊重しない自己愛性や攻撃性があっても昇進しやすいことが確認されています。
また、同じ攻撃的行動でも、業績が高い上司の言動は「厳しい指導」と解釈され、業績が低い上司の言動は単なる「加害行為」と認識されやすいこともわかっています。
これは、選挙でも起きます。モラルに問題があっても「実行力がある」と評価されると有害性が見落とされ、当選してしまったり、支持者から多額の金銭を集めたりすることで、さらなる破壊的な行動を繰り返す要因をつくってしまう現象が、国内外で繰り返されているのです。
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津野 香奈美(つの・かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)・博士(保健学)・公衆衛生学修士。和歌山県立医科大学講師、ハーバード公衆衛生大学院客員研究員を経て、現職。クオレ・シー・キューブ人と場研究所所長。これまでに「ハラスメント実態調査」「中小企業におけるハラスメント相談体制実証事業」「カスタマーハラスメント・就活ハラスメント等防止対策強化事業」等、厚生労働省検討委員会の各委員も務める。著作に『パワハラ上司を科学する』(ちくま新書、2023年)がある。
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(神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授 津野 香奈美)

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