これまで割安だった米国産牛肉の価格が急騰している。牛肉研究家の片平梨絵さんは「代わりとなる豪州産の獲得も難しく、国内産も簡単には増産できない。
外食産業でおなじみのメニューやサービスへの影響は必至だ」という――。
■価格急騰するアメリカ産牛肉
焼肉、牛丼、ハンバーグ、ハンバーガー……。私たちがこれまで日常的に食べてきた牛肉メニューは、米国産や豪州産を中心とする輸入牛肉に支えられてきました。
いま、その輸入牛肉の価格が急騰し、必要な部位が思うように手に入らなくなっています。
農林水産省の「食品価格動向調査」によれば、6月の輸入牛肉の価格は前年比で27%上昇しています。
また、日本経済新聞(5月28日)によると、ショートプレートと呼ばれる牛丼向けの米国産牛バラ肉の価格は、25年度比で約4割上昇と報じられています。
急激な円安が要因の1つですが、それだけではありません。米国の牛肉生産量の減少が、世界の牛肉需給をひっ迫しています。
輸入牛肉ならいつでも安く手に入る、日本の外食産業を支えてきたその前提が大きく揺らいでいるのです。
米国の牛の飼養頭数は、おおむね10年周期で増減を繰り返します。牛の供給が増えると価格が下がります。すると肉牛生産者は牛の頭数を減らすので、価格が再び上がり、また頭数を増やします。
このサイクルを「キャトルサイクル」と言います。
図表1は米国の肉牛の飼育頭数を示したものです。牛の頭数が少なくなる局面では、生体牛の価格が上昇し、牛肉価格にも波及しています。
2026年の米国の牛飼養頭数は、目下、このキャトルサイクルの底にあります。総飼養頭数は8620万頭と、約75年ぶりの低水準まで落ち込みました。その結果、生体牛の取引価格が高騰し、史上最高値圏に達しているのです。
■牛肉輸入量は5年で24%も減少
米国産牛肉の価格高騰は、日本にも大きく影響しています。
図表2は日本の年間牛肉輸入量を主要国別にあらわしたものです。図が示す通り、日本の牛肉輸入量はこの5年間、右肩下がりで推移しています。
2025年の牛肉輸入量は49万6000トンまで落ち込んでいます。2020年と比べると約18%、数量にして約11万トンもの減少です。
なかでも減少が大きいのが米国産です。

2025年の米国産牛肉の輸入量は17万8000トンと、2020年比で30%もの減少となっています。とくに2023年以降、落ち込みが目立ちます。
■米国を襲った大干ばつの影響
米国産牛肉の輸入が急減した理由として、急激な円安の影響など様々な要因がありますが、近年米国で発生した干ばつの影響が最大の要因だと考えられます。
2020年から2022年にかけて、米国の主要な肉牛生産地帯を大干ばつが襲いました。牧草や乾草の確保が難しくなり、肉牛生産者は繁殖用の雌牛を減らしました。
繁殖雌牛が減れば、生まれる子牛も少なくなります。数年後に出荷される際の頭数も減り、結果的に牛肉生産量が減少してしまいました。
鶏や豚であれば、比較的短いサイクルで生産量を増やすことができます。しかし牛はそうではありません。牛群が一度縮小すると、供給が回復するまでには数年単位の時間がかかります。
その上、メキシコで発生した「新大陸スクリューワーム(※)」の影響により、米国向けの生きた牛の輸入に制限がかかっています。メキシコからの生体牛輸入が滞れば、米国内の需給はさらに引き締まり、輸出に回らなくなってしまいます。

(※)新大陸スクリューワーム:いわゆる「人喰いバエ」。ラセンウジバエの幼虫で、動物の皮下に入り込み、深刻な損傷を引き起こす。畜産にとっては重大な問題ですが、牛肉の食の安全性とは無関係です。
■牛タン、ハラミも品薄高
米国において、牛の頭数が減ったぶん、生体牛の価格が高騰しました。それに連動して牛肉自体の卸売価格も上昇しています。
ただ、卸売価格の上昇幅が、生体牛価格の上昇幅に追いつかず、その結果、牛を買って処理し、牛肉として販売する牛肉加工業者、いわゆるパッカーの採算が悪化しました。
2025年には牛1頭を処理するごとに200ドル台の赤字が出る週もあったほどです。
パッカーは損失を抑えるため、工場の稼働率を下げましたが、その後も生体牛価格は高値を更新し続け、結果として、パッカーのマージンはさらに悪化していきました。
そうした中で、一部の工場では閉鎖や稼働シフトの削減が行われました。
閉鎖された工場の中には、対日輸出の基幹工場もあったため、その影響は牛肉だけでなくハラミ、サガリ、牛タンといった牛バラエティーミートの供給にも影響しました。
牛タンやハラミといえば焼肉店や居酒屋でも人気の部位ですが、その牛タンやハラミの価格が急に高くなったのには、こうした米国側の供給事情があったのです。
■ステーキ用の肉も半減
供給が減っているのは、牛タンやハラミだけではありません。

ステーキに使われるサーロインやリブアイロール、テンダーロインのようなロイン系部位の輸入も大きく減っています。
テンダーロイン、サーロイン、リブアイロールを合わせた輸入量は、2020年の8685トンから、2025年には2900トンまで減少しました。5年間で半減以上の落ち込みです(図表3)。
■「中国の輸入再開」で日本の調達はより厳しく
牛肉の価格に影響を及ぼす、もうひとつの見逃せない要素が、中国の動きです。
近年、中国は世界の牛肉貿易に大きな影響力を持つようになっています。
2026年5月の米中首脳会談では、米国産牛肉の輸出認可施設の登録更新や追加登録について、両国間の合意が成立しました。中国が米国産牛肉の輸入を本格的に再開すれば、日本の調達環境はさらに厳しくなる可能性があります。
一方、中国は2026年から、輸入牛肉に対するセーフガード措置を導入しています。
ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、豪州、ニュージーランド、米国など主要輸入先ごとに一定の輸入枠を設け、その数量を超えた場合には、当該年の残りの期間に追加関税(55%)を課すという仕組みです。
これを受けて、中国の輸入業者は前倒しで牛肉を買い付けました。その結果、豪州産牛肉は早くも6月に輸入枠を使い切り、追加関税の対象となりました。
米国産牛肉の減少で世界的に牛肉が足りない中、豪州産牛肉の需要が高まっています。
そんな中、中国が豪州産牛肉を大量に買い付けているわけです。
豪州は日本にとって最大の牛肉輸入先ではありますが、世界的に需給が引き締まっている中、日本は買い負けしやすい立場になりつつあります。
■国産牛肉はそう簡単に増やせない
「輸入牛肉が高いなら、国産牛肉を増やせばいいのではないか」
そう考える人もいるかもしれません。しかし、現実はそう簡単ではありません。
日本の畜産農家も、円安、飼料価格の高止まり、人手不足、子牛価格の上昇などに直面しており、牛の飼育頭数をそう簡単に増やせない状態です。
そもそも、日本の牛肉生産は繁殖から肥育、出荷までに諸外国よりも長い時間を要します。米国産牛肉の輸入が減少したからといっても、すぐ国産牛肉を増産できるわけではありません。
実際、この5年間で牛肉輸入量が大きく減ったにもかかわらず、日本の牛肉生産量は、2020年は33万3000トン、2025年は約34万トンと、ほぼ横ばい、あるいは微増にとどまっています。
一方で、日本の牛肉輸出量は増えています。
2020年に約4800トンだった輸出量は、2025年には1万1800トンと、約2.5倍になりました。つまり、国内生産が微増でも、輸出が増えたぶん、国内消費に回る量が増えていないのです。
■「牛丼1杯500円」は限界に
低価格メニューを支えてきた輸入牛肉の価格が急騰すれば、牛肉メニューのさらなる値上げは避けられません。

すでに多くの店で、価格改定やポーションの見直しが行われています。
一方、米国産牛肉の価格高騰は、焼肉店の経営を直撃しています。
東京商工リサーチが2026年4月に発表した「2025年度焼肉店倒産動向」によると、2025年度の焼肉店の倒産は57件となり、2年連続で過去最多を更新しました。
牛丼チェーンは長年牛丼並盛を500円以下の価格で提供してきましたが、やはり値上げ圧力にさらされています。
かつては米国産ショートプレートを安定的に調達できたので、牛丼を安く提供できていましたが、現在ショートプレートの価格も上昇しています。そのため、従来の部位にバラ周りの周辺部位を組み合わせて使うようになっています。
また、油そばやカレーなど、牛丼チェーンが牛丼以外のメニューを増やしているのも、牛肉の価格高騰への対応という面があります。
ただそうした工夫でいつまで持つかは分かりません。牛丼に使われるショートプレートは火鍋にも使われます。今後、中国が米国産牛肉の輸入を本格的に再開すると、ショートプレートの調達が難しくなり、「牛丼並盛500円」は不可能になると思われます。
また、今後影響を受けそうなのが、「食べ放題」サービスです。
すかいらーくグループのステーキガストは、毎月1回の恒例イベントとして実施してきた「ステーキ食べ放題」を、2026年5月29日の開催をもって終了しました。
牛肉の調達が難しくなっている中、牛肉を大量に使う「食べ放題型」の企画は難しくなっていくと考えられます。
■高級ステーキ店は好調
米国の牛肉生産が本格的に増加基調へ転じるのは、2028年以降になると見られています。
ただ仮に米国の生産量が回復しても、世界の牛肉価格が以前の水準まで戻るとは限りません。
一方で、興味深い現象も起きています。
2026年5月、ニューヨークの老舗ステーキハウス「スミス&ウォレンスキー」が銀座に日本初店舗をオープンしました。
2014年ごろから米国の高級ステーキハウスの日本進出が続いていますが、「スミス&ウォレンスキー」の出店でひと通り出揃った印象があります。
ピーター・ルーガー、ウルフギャング、ベンジャミン、エンパイア、BLT、モートンズ。さらに2014年以前から日本に展開しているルース・クリスや、プライムリブで知られるロウリーズも日本に出店しています。
いずれの店も、高所得者層や社用接待、記念日利用を中心に、根強い人気を保っています。
高価格帯の高級ステーキ店は、多少値上げしてもお客さんが来てくれるため、米国産牛肉の価格高騰にも比較的耐えていると考えられます。
■「輸入牛肉は安い」時代は終わった
日本の食卓から牛肉が消えるとまでは言いませんが、これまでのように手頃な価格で輸入できなくなっています。外食を中心に、牛肉メニューがさらに減っていく可能性が高いと考えられます。
米国産牛肉の供給量は数年待てば回復する可能性があります。ただ、価格がもとに戻るわけではありません。
世界的なインフレ、円安の進行、中国の輸入増加など、供給が回復しても価格が高騰するリスクが高まっています。
そうなると「牛丼1杯500円」は維持できなくなる可能性が高いでしょう。
輸入牛肉なら安く、豊富に、いつでも手に入る、という時代は終わったと言っても過言ではありません。
そんな中、外食産業に必要なのは、かつての価格に下がることを期待することではありません。新しい価格体系の中で、どの部位を、どの産地から調達し、どのように使い、どうすれば価値を届けられるかを考えることではないでしょうか。

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片平 梨絵(かたひら・りえ)

牛肉研究家

東京農業大学畜産学科卒業。10年間、肉牛専門誌や食肉業界紙の記者として、国内外の家畜生産から食肉処理施設、流通卸、スーパー、レストランまで幅広く取材。その後独立、肉牛流通コンサルタントとして10年以上活躍。生産者と販売者を繋ぐブランディングやPRの傍ら、新聞・雑誌への寄稿やTV出演なども多数。J.S.A.ワインエキスパート。お肉博士1級。

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(牛肉研究家 片平 梨絵)
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