■ホルムズ海峡封鎖の影響は長期化する恐れ
アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃が始まって以来、緊迫した中東情勢が継続している。和平合意の覚書は発効する見込みだが、合意が覆る可能性も残されており、最終的な終戦まで予断を許さない状況だ。
世界の海上原油貿易の3割、LNG貿易の2割が通過するホルムズ海峡の実質的封鎖という「歴史上最大のエネルギー安全保障の脅威」は、長期化するとの見立てが一般的だ。
エネルギー自給率の向上は、化石燃料資源に乏しいわが国において常に主要命題であったが、今回のホルムズ海峡封鎖によって、その緊急性が飛躍的に高まったと言えよう。
供給側の混乱に加えて、需要側でも大きな変化が進行している。
人口減少や産業構造の変化に伴い、減少を続けてきた電力需要だが、生成AIの普及や一層のデジタル化にともない、電力消費量は近年増加に転じており、当面この傾向が続くと予測されている。
これまでは、需要が減少することを前提として、設備利用の効率化を進めることが命題となっていたが、急速に増加する需要をまかなうため、電力の供給力強化が喫緊の課題となっている。
電力供給に関して、構造転換の必要性がこれまでになく高まっていると言えるだろう。
■原発1基で約2000億円超のコスト節減
こうした状況において、大規模な脱炭素電源である原子力発電の活用は避けて通ることができないことは明らかだ。
原子力が稼働した場合の効果を大まかにつかんでみよう。
100万kW級の原子力発電所1基を年間85%程度の設備利用率で運転すると、約75億kWhを発電できる。
これだけの電気を標準的な効率のLNG火力発電で得ようとすれば、年間約100万トンのLNGが必要となる。
日本が電力供給のために消費するLNG約3700万トンのうち、ホルムズ海峡の依存度が2%程度と考えると、100万kW級の原発1基が稼働すればホルムズ海峡封鎖の影響を回避できるのだ。
本年5月に営業運転を再開した柏崎刈羽原子力発電所6号機は135万kWという規模だったので、さらにインパクトは大きい。
LNGを100万トン削減することの経済効果は、LNG価格が平時(15ドル/MMBtu程度)であれば年間約1000億円、緊張局面(20~25ドル/MMBtu程度)であれば約1500億~1800億円、極端な価格高騰時(30ドル/MMBtu程度)では約2000億円超の燃料コスト節減となる。
北東アジア地域のLNG価格(JKM)は本稿執筆時点で18ドル/MMBtu強だが、2月末のイラン戦争勃発直後は25ドル程度まで上昇している。
■安全規制と事業性のバランス
ウクライナ危機時のエネルギー価格高騰をきっかけに、各国はエネルギー安全保障と経済性あるエネルギーの確保に政策の軸足を移している。
日本では、福島第一原子力発電所事故以降、「原子力発電への依存度を極力低減する」としてきたが、再生可能エネルギーと原子力はともにエネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源として最大限活用するという方針にすでに転換している。
しかし、これまで政策的に手厚い支援を受けてきた再生可能エネルギーと異なり、原子力の活用にはさまざまな課題がある。必要な施策について3点に絞って整理したい。
第一に必要なことは安全規制の改革だ。
わが国の安全規制は福島第一原子力発電所事故後抜本的に改正された。一般論として、安全規制の役割は、その技術の利用にあたって満たすべき安全基準を設定し、それに合致しているかどうかを確認することであり、安全規制が適切にその役割を果たして社会の信頼を得ることは、社会がその技術利用を受容する前提条件と言える。
原子力技術の場合は特に、立地地域の住民が安全規制を信頼できなければ、稼働に対する同意が得られない。
逆に安全規制が厳しすぎて事業性が成り立たなくなったり、内容の改変が頻繁に行われるなど予見可能性が無ければ、事業者はその技術への投資判断ができず、市場に参入することができず、その技術は社会にとって存在しないものとなる。
■廃炉の撤回も議論すべき
このように、安全規制の役割は非常に大きく、また、高度なバランスが求められるが、わが国の原子力安全規制は規制行政が当然持つべき効率的運用ができているとは言い難く、事業者の予見可能性が低下していることが指摘されている。
政府が「原発依存度の可能な限りの低減」を掲げて廃炉判断による会計上のインパクトを緩和する制度変更を行ったこともあり(廃炉会計)、福島事故前の廃炉判断は3基だったのに対して、事故後の廃炉判断は福島第一の6基、第二の4基を含め21基にのぼる。
これら一旦廃炉を判断した原子炉についても、このまま廃止措置をしてしまって良いのかも議論の余地があるだろう。
原子力を活用するには、規制側の審査の効率化やイノベーションを進める必要がある。
これは決して安全性をないがしろにするものではなく、むしろ規制基準を満たすことは出発点であり、そこから現場の創意工夫も取り入れた各社の自主的な安全性向上策が採られるべきであることは言うまでもない。
第二に、立地地域の同意に関わる制度改善だ。
新潟県にある柏崎刈羽原子力発電所は、福島事故を起こした東京電力が運転する発電所という特殊性もあるが、規制基準への実質的合格から、知事の同意を得るまでに7年を要した。
立地地域の同意は原子力発電所稼働の法的要件ではないが、実質的には要件化している。
立地地域の同意取得にかかる負担や長期の事業停止に伴うリスクは基本的に原子力事業者が負う。政府は側面支援をしているが、そもそもエネルギー政策遂行の責務は政府が負うべきものであり、この仕組みを改善する必要がある。
■「西側諸国は脱原発」は誇張
第三に、原子力事業環境の整備だ。
わが国は1990年代から発電部門や小売り部門を徐々に自由化してきたが、福島事故後、小売り部門の全面自由化、発送電分離等の施策に踏み切った。
経済成長が鈍化した社会においては、競争による効率性向上が優先されることは当然だが、原子力は極めて長期の事業であり、投資額も莫大だ。
5年後、10年後、自社がどれだけの電力を消費者に売ることになるのか不透明な環境では、大きな投資を判断することはできない。
西側諸国が脱原発の潮流だとわが国では喧伝されてきたが、実際には、電力自由化が行われ、原子力の新規建設が起きなかったという側面が強い。
政府は、2040年の具体的な建て替え基数を含む原子力の基本方針改訂作業を進めているが、これを具現化するには、設備投資に関わる資金調達コストの低減や事故時の損害賠償制度を含めて、原子力発電事業環境の整備を進める必要がある。
■エネルギー安定供給には電気の活用がカギ
ホルムズ海峡封鎖が長期化する中でも、エネルギーの安定供給を実現するためには、エネルギーの海外依存を減らしていく必要があるだろう。
エネルギーの海外依存を減らすには、2次エネルギーである電気を活用することが柱となる。
電気は、化石燃料以外からも作ることができるので、需要の電化(例:ガソリン車→電動車への乗り換え)を進めると同時に、電源の脱炭素化(例:火力→再エネ・原子力)を進めることで、エネルギーの利用を過度に抑制することなく、エネルギーの国産化を進めることができる。
「需要の電化と電源の脱炭素化の同時進行」は、これまで「気候変動対策のセオリー」とされてきたが、エネルギー安全保障の文脈においてもセオリーとなるわけだ。
こうした背景から、欧州は本年4月に、化石燃料の海外依存度を低減させる戦略「アクセラレートEU」(Accelerate EU)を公表。その中で夏までに電化目標を策定することを明らかにしている。
また、カナダは本年5月、2050年までに国内の供給力を倍増させることなどを柱とした国家電化戦略を公表。同戦略には1兆カナダドル(約116兆円程度)程度の費用が必要とされるが、2050年時点で世帯の総エネルギーコストを150億カナダドル(約1兆7000億円)ほど削減すると期待するとしている。あわせて6月には同国初となる「原子力戦略」を発表した。原子力は安定した低排出電源であるとして、2050年までに原子力関連の人材を倍増させ、数十億加ドル規模の民間投資を促進し、国内産業の競争力強化を目指すことを掲げている。
■洋上風力の適地は英国の8分の1
2015年にパリ協定が成立し、世界全体でカーボンニュートラルを目指すという目標が共有されて以降、電化戦略を進めつつ、電化では対応できない分野については水素やアンモニア等を活用するというエネルギー政策は、日本を含む各国で採られていた。
しかし、電化が緩やかにしか進展していないのも事実だ。特に運輸部門の電化、すなわちEVの普及が期待されたほどのスピードで進展していないことは多くの方がご存知の通りだ。
供給側も課題が多い。わが国の再生可能エネルギーは、固定価格買い取り制度(FIT制度)に後押しされ、世界に類を見ないスピードで太陽光発電が増加したが、平地に乏しいわが国では山を切り拓いて設置したメガソーラーも多く、地域における土砂災害などへの懸念や景観上の課題が増している。
地域の理解を得やすい適地が乏しくなり太陽光発電の導入スピードが鈍化する中で、政府は洋上風力発電に高い期待を寄せたが、資材価格の高騰やインフレ等により、世界各国で洋上風力には逆風が吹いている。
そもそもわが国は、北海沿岸の欧州諸国と比べて風況は恵まれず、着床式の洋上風力に適した遠浅の海域は英国の8分の1程度しかない。自然条件に恵まれているとは言い難いのだ。
政府は次世代地熱などの新技術にも期待を寄せるが、2040年に電力供給の40~50%を再生可能エネルギーで賄うという第7次エネルギー基本計画で描いた長期需給見通しを実現することは極めて難しい状況にある。
■再エネは万能の解ではない
パリ協定成立以降、各国は気候変動に軸足を置いたエネルギー政策を採ってきた。
既に述べた通り、大幅なCO2削減に向けたセオリー「需要側の電化と電源の脱炭素化の同時進行」は、エネルギー安全保障のセオリーでもあるため、イラン戦争後の世界においてもその方針は間違いではない。
しかしエネルギー供給構造の転換にかかる時間軸について、我々は見誤っていたのではないだろうか。
エネルギーを含むインフラ事業に関わったことのある方と無い方との最も大きな違いは、転換に必要な時間についての認識だというのが筆者の率直な感想だ。
エネルギー供給構造の転換には、多くの方が予想するよりもはるかに長い時間が必要なのだ。
加えて、気候変動対策として、再生可能エネルギーの普及に期待しすぎたのではないか。
設備導入までに必要な時間や1kWhあたりの発電コスト(LCOE)において再生可能エネルギーが有利なことは間違いない。
だが、太陽光や風力の変動性をカバーするためには、バッテリー技術や水素エネルギー活用など、まだまだ多額の投資が必要とされる。
現状、再生可能エネルギーが万能の解とはなり得ないのに、その点を十分直視しない議論が多かったように思う。
電力需要の急速な増加やエネルギー安全保障の重要性の高まりの中で、あらゆる手段で電力供給力を確保する必要がある。
電力は国力そのものだ。そうした中で、原子力技術の活用に国がどれだけ本気で取り組むことができるかが問われている。
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竹内 純子(たけうち・すみこ)
国際環境経済研究所理事・主席研究員・東北大学特任教授
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、東京電力株式会社で主に環境部門に従事した後、独立。2022年に東京大学大学院工学系研究科にて、博士(工学)取得。複数のシンクタンクの研究員や大学の客員教授を務めるほか、日本成長戦略会議やGX実行会議など、多数の政府委員を歴任。気候変動の国連交渉(COP)にも長く参加し、環境・エネルギー政策提言に従事。2018年10月、U3イノベーションズ合同会社を創業し、共同代表をつとめる。スタートアップと協業し、新たな社会システムとしての「Utility3.0」を実現することを目指し、政策提言とビジネス両面から取り組む。著書に、『誤解だらけの電力問題』(WEDGE出版)、『原発は“安全”か たった一人の福島事故報告書』(小学館)、『電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦』(日経BP社)、編著に『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』『エネルギー産業2030への戦略 Utility3.0を実装する』(日本経済新聞出版社)などがある。
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(国際環境経済研究所理事・主席研究員・東北大学特任教授 竹内 純子)

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