※本稿は、野澤千絵『マンション高騰の真実 都市部の「非居住化」が街を壊す』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■首都圏における人口増減率
あの手この手の優遇策により大量に供給されてきた住宅ですが、住宅価格の上昇が顕著になった2020年前後で、居住者構成はどのように変化したのかみてみましょう。2020年はコロナウィルスが猛威をふるった時期です。
そこで、2015~2020年と2020~2025年の首都圏の人口増減率を比較してみました。その際、2020~2025年の5年間で人口が増加した自治体と減少した自治体に分けた上で、この5年間で人口増減率が上昇したのか、それとも低下したのかを地図上で整理しました(図表1)。
■「都心回帰」とは異なる人口移動
その結果、首都圏では、人口が増加し、かつ人口増減率もさらに上昇した自治体は、東京23区では台東区のみで、他はすべて郊外の自治体でした。つまり、東京23区を含め、首都圏の多くの自治体では人口はまだ増えているものの、その増え方は全体的に明らかに弱まっているのです。一方、目黒区と江戸川区では、2015~2020年は人口が増加していましたが、2020~2025年は人口が減少していました。また、人口は減少しているものの、コロナ禍前の5年間と比べて人口増加率が持ち直したのは、郊外の自治体が中心でした。
この分布を見ると、首都圏では総人口がなお増加しているものの、人口の伸びは東京23区よりもむしろ郊外で目立つようになっており、少なくとも、従来の都心回帰とは異なる人口移動が生じていることは確かでしょう。
■30代・40代の人口動向
では、住宅取得や住み替えのニーズが高い子育て世代の人口は、どのように変化しているのでしょうか。そこで、全国の自治体について、30代・40代の人口動向も分析しました。
30代・40代に注目したのは、総人口だけでは住宅取得層の実態を捉えにくいためです。高齢者が多く暮らす地域では自然減が総人口を押し下げやすく、逆に10代・20代は進学や就職による流入・流出の影響を強く受けるからです。
分析の結果、図表2のとおり、30代・40代の人口が増加した自治体は、データが得られた全国約1900市区町村のうち、わずか28市区町村しかありませんでした。しかも、大都市圏に属するものは、首都圏6、関西圏5、福岡県3、名古屋圏1にとどまり、他は北海道や沖縄、半導体工場の立地が進む熊本県周辺の小さな町村などでした。
■東京都中央区、大阪市北区・南区、福岡市博多区の実態
さらに、この人口増加を日本人と外国人に分けて見てみると、2020~2025年に人口が増加した28自治体のうち、15自治体が外国人の増加に依存していることもわかりました。また、30代・40代の人口が増えている自治体は、大都市圏だけでなく、北海道、沖縄県、長野県、山梨県、岐阜県の移住者が増えている小規模自治体や、半導体工場が立地した熊本県菊陽町周辺にも見られました。
ここで注目すべきなのは、東京都中央区、大阪市北区・西区、福岡市博多区といった都心部では、30代・40代の日本人は減少している一方で、同じ年代の外国人は大きく増えていることです。具体的には、30代・40代人口は、晴海フラッグのある東京都中央区で日本人が1431人減・外国人が1925人増、大阪市北区で日本人が190人減・外国人が865人増、大阪市西区で日本人が230人減・外国人が979人増、福岡市博多区で日本人が920人減・外国人が950人増となっていました。
■日本人の若い世帯が郊外へ住み替えている
また、日本人・外国人ともに30代・40代人口が増えているものの、外国人の増加数のほうが多い自治体は、東京都台東区や大阪市天王寺区のような都心区だけでなく、茨城県つくば市や福岡県大刀洗町のような大都市への通勤圏も含まれていました。
これに対し、外国人より日本人の増加数のほうが多い自治体は、首都圏ではさいたま市大宮区、千葉県流山市、印西市など郊外に偏っており、東京23区には一つもありませんでした。札幌都市圏でも南幌町、福岡都市圏でも福津市といった郊外自治体が中心でした。
こうした30代・40代の住宅取得希望世代の人口動向を見ると、首都圏だけでなく地方でも、都心や都心近接エリアでは地価の上昇と建築費の高騰が進み、日本人の若い世帯が郊外へ住み替えるケースが増えている可能性があります。
ここまで見てきた人口増加率の変化と、30代・40代人口の地理的分布をあわせて考えると、首都圏では東京23区やその周辺自治体で人口増加の勢いが弱まり、相対的に郊外で人口増加が目立つ構造に変わりつつあることがうかがえます。そして、東京都中央区や台東区のように30代・40代人口が増えている自治体でも、その多くは外国人の増加によるもので、日本人の若い世帯が増えているわけではないのです。
■居住者構成が変わりつつある
都心や利便性の高いエリアで30代・40代人口が減っているということは、流入より流出のほうが多いことを意味します。今回の分析だけで断定はできませんが、この5年の間に、都心や利便性の高いエリアの住宅価格の上昇が、日本人の若い世帯の定着を難しくし、郊外への転出を後押ししていることを示唆しています。その一方で、「多極分散の推進」という意味では、むしろ良い傾向とみることもできます。
ここで留意すべきは、いま都心や利便性の高いエリアで住宅の供給が続いていても、それが日本人の子育て世代の定着には必ずしもつながらず、その一方で外国人居住者の比重が高まり、居住者構成そのものが変わりつつある現象です。こうした変化は、都心や駅前・駅近といった拠点エリアが、本来どのような人々を受け止め、どのような都市機能を担うべきなのかという都市政策の根本に関わる重要な論点として目を向けるべきでしょう。
■都心に「使われない空間」が増えていく
都心や利便性の高いエリアは、本来、都市圏全体の成長の源となる機能や、暮らしを支える都市機能の立地を促進すべき場所です。もちろん、そうしたエリアでも、オフィス、商業施設、住宅がバランスよく配置されることは重要ですし、職住近接というニーズも無視できません。ここで言いたいのは、都心や駅前で住宅供給を行うこと自体が問題ということではありません。
事業者側には、開発余地の縮小による土地取得費の上昇、建設費の高騰、金利上昇リスクがあり、できるだけ高価格帯で早く売り切りたいという事情があるのも事実です。とはいえ、現在の都心部や駅前・駅近の住宅市場では、あまりにも分譲マンション主体の開発に偏っているように思えてなりません。
もし今後も、都心や利便性の高いエリアで建てられる区分所有マンションの相当部分が転売、資産保有、資産退避を目的とする購入者に取得される状況が続けば、住宅の数は増えても住民は増えず、都市にとって重要な拠点エリアで使われない空間ばかりが増えていくことになります。
日常的に消費する住民や来街者が減れば、徒歩圏にあった手頃な価格帯のスーパーや店舗などの生活利便施設が撤退したり、利用者減によってバス路線の廃止対象になったりする可能性があります。そうなれば、徒歩圏内の暮らしの基盤が弱まり、すでに住んでいる住民のQOL(生活の質:Quality of Life)の低下にもつながっていきます。
■非居住化は誰も気づかないままに進む
多くの建物が建ち並ぶ都心や駅前といったエリアだから大丈夫だろうと考えがちですが、戸建ての空き家と違い、マンションは外からだけでは実態が見えにくいため、誰も気づかないまま静かに非居住化が進んでいくのです。こうした地域全体への影響を防ぐためにも、都心や利便性の高いエリアにある貴重な住宅ストックがどのような属性の世帯に取得され、どのような居住実態を生んでいるのかまで含めて見ていく必要があると痛切に感じます。
そしてもう一つ、都市圏全体、国土全体にとって見落としてはいけない重要な点があります。それは、都心や利便性の高いエリアの貴重な土地や空間が適切に使われない状況は、住宅価格や地価を押し上げるだけでなく、都市の成長に欠かせないオフィス、商業施設、病院などが立地できる余地を奪っているという点です。
もっとも、開発計画の段階で、完成後の住宅を誰が、どのような目的で購入・所有し、どのように使うかを正確に予見することはできません。そのため、建築規制だけで対応するのは難しいのも事実です。だからこそ、少なくとも拠点エリアにおいては、住宅の「売り方」や、「居住・非居住」に関わる税制の見直しといった領域で対応を検討する必要があると考えています。この点は、終章で詳述します。
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野澤 千絵(のざわ・ちえ)
明治大学政治経済学部教授
兵庫県生まれ。
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(明治大学政治経済学部教授 野澤 千絵)

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