東京・歌舞伎町では、路上売春をする女性が後を絶たない。「立ちんぼ」と称される彼女たちは、かつては外国人中心だったのが現在は日本人がほとんどになっている。
教養としての新宿・歌舞伎町 立ちんぼから半グレまで、裏社会の現在地』(朝日新書)を執筆した編集者の久田将義さんは「昔と違って今の立ちんぼはヤクザが管理していないのが特徴のひとつ。ヤクザに向かって怒鳴り返す若い女性もいるほどだ」という。ノンフィクションライターの山川徹さんが聞いた――。(第1回)
■歌舞伎町には立ちんぼの「縄張り」があった
――久田さんと新宿・歌舞伎町との関わりを教えてください。
ぼくが歌舞伎町と深く関わり始めたのは1998年頃です。知り合いのライターさんが「歌舞伎町がすごく変わってきている。南米や東欧出身の女の子が一気に増えた」と話していました。そこで、歌舞伎町を取材して『実録不夜城』(ワニマガジン社)というムックをつくったのがきっかけでした。
――その当時と比べると歌舞伎町はどんなふうに変わりましたか?
一言で言えば、裏社会のアマチュア化です。
昔はヤクザが頂点に立って裏社会を管理していました。しかし2011年の暴力団排除条例(暴排条例)に変化が起こりました。アウトローの頂点はヤクザですが、その下に警察庁が半グレを準暴力団と規定しました。
SNSの普及によって裏社会への敷居が下がって個人が売春や犯罪に直接関わるようになりました。
その象徴が立ちんぼです。かつて歌舞伎町の立ちんぼは外国人がほとんどでしたが、いまは日本人女性ばかりが目立つのが近年の特徴です。
実は、ぼくは「立ちんぼ」という言い方があまり好きではありません。もともとの「立ちん坊」という言葉の“坊”には、蔑称や嘲りのようなニュアンスがあるからです。とはいえ、立ちんぼという言葉が一般的に広まったので、今回はあえてそのまま使います。
以前は、立ちんぼの国やグループごとに縄張りがありました。大久保公園の手前に建つ歌舞伎町ハイジアの横と大久保病院周辺は、韓国人女性と、フィリピンのニューハーフ。職安通り側のラブホテル街には南米系の女性。大久保まで行く途中に台湾や南米の女性たちが立っていました。
当然、違法行為ですから、アウトローたちが彼女たちの面倒を見ていました。あの頃は、ヤクザが自転車で集金をしている姿をよく見かけたものです。
彼女たちはヤクザに管理されたプロの売春婦だったと言えるでしょう。
■暴排条例以降現れた“神待ち少女”
外国人の立ちんぼの街だった歌舞伎町の姿が大きく変わるきっかけが、1992年の暴力団対策法の施行です。その後、石原慎太郎都知事時代の2003年から「歌舞伎町浄化作戦」がスタートし、100台以上の監視カメラが設置され、街から外国人を排除していきました。そして決定的だったのが、暴排条例です。
それまでは二つの暴力団が組織的に歌舞伎町の立ちんぼのコミュニティを束ねて、ある意味では秩序を維持していました。それが暴排条例以降、ヤクザが組織として動けなくなり、コミュニティが崩壊してしまった。
暴排条例前後に外国人の立ちんぼに代わって現れたのが、“神待ち少女”です。家出をして居場所がない若い女性が、SNSを通して食事や宿泊場所を提供してくれる“神”を待つ。神待ち少女は売春の温床になりました。
実際に街に立つ神待ち少女は数としては少なかったかもしれません。ただし、ヤクザの目が届かないところで、売春が行われるようになった。ヤクザの管理外でフリーの売春婦が稼ぐという点では、現在の立ちんぼの走りと言えるかもしれません。

歴史を振り返ってみても、日本ではフリーの立ちんぼはいなかった。戦後間もない混乱期の新宿では、甲州街道沿いに日本人女性の立ちんぼが立っていたそうですが、ヤクザが仕切っていました。ほかの国を見ても、立ちんぼや組織的な売春は裏社会の顔役やアウトローが仕切っています。そうした状況を踏まえると、現在の歌舞伎町の立ちんぼはこれまでにない存在です。
■買う男がいるから彼女たちは立っている
――暴排条例によってヤクザが力を奪われた影響で、歌舞伎町でアマチュア化が進んだわけですね。
性風俗でいえば、吉原のソープランドで働く女性は店で決められたサービスを提供し、接客技術を求められるプロです。女性たちは店に所属し、客が支払う料金の30~40%ほどしか受け取れません。しかしトラブルなどがあればケツ持ちのヤクザが仲介するので、フリーの立ちんぼに比べて身の安全が守られる。
一方で、歌舞伎町の立ちんぼの相場はホテル代別で1万5000円。店を通したら取り分は5000円程度のところを、まるまる手にできる。その反面、誰も守ってくれないハイリスク・ハイリターンの稼ぎ方です。
歌舞伎町の立ちんぼが稼ぐ動機のほとんどが、ホストクラブへのツケ払いである「売り掛け」か、メンズ地下アイドルへの「推し活」です。
売り掛けや推し活代が月300万円を超える女性も少なくありません。だからハイリスク・ハイリターンの立ちんぼを選択せざるをえないという事情があります。
そしてリスクの中には警察に逮捕される可能性も含まれます。立ちんぼの摘発は、たびたびメディアで取り上げられます。しかし見方を変えれば、買う男性がいるから、彼女たちは歌舞伎町に立っているわけです。本来は買う男性側も取り締まりの対象にすべきです。
■ひとめでわかる強面のヤクザに怒鳴る少女
――プロが仲介や管理をする仕組みから、アマチュアが最短距離で稼ぐ時代に変わったということですか?
いわば「ショートカット思想」です。
犯罪に置き換えるとわかりやすい。トクリュウ(匿名流動型犯罪)は、金を持っている人の家に押し入り、奪い取るという極めてシンプルな犯罪です。対して、バブル期の犯罪は、総会屋や地面師のように、さまざまな人間や仕組みが絡み合う複雑なものでした。
店やヤクザを通さず、立っていれば客がつく立ちんぼは、ショートカットの思想と、ヤクザを頂点としたコミュニティの崩壊が生んだ稼ぎ方と言えます。
その現実を象徴するような話を歌舞伎町に事務所を置く指定暴力団幹部に聞きました。
その人は、30メートル先からでも堅気ではないとわかるほど強面のヤクザです。ある日、彼が立ちんぼに「このへんに立たないほうがいいよ」と言ったら「うるせえ、ジジイ!」と怒鳴り返されたそうです。
この人に「うるせえ」と言うなんて……その話を聞いて驚きました。ふつうの感覚なら、恐怖を感じるから文句なんて絶対に口にできません。ぼくも「実話ナックルズ」(ミリオン出版)の編集長時代は「オイ、こら!」とよくヤクザに凄まれて、恐怖を植え付けられましたから(苦笑)。
暴排条例施行から十数年が経ち、いまの若い子はヤクザの怖さを知らないのかもしれません。カタギでも墨が入った人はたくさんいます。素人とヤクザの見分けがつかなくなってしまった可能性もあります。それでも、ぼくには、路上に立つ若い女性たちのタガが外れているとしか思えなかった。
■「何か」を求めて歌舞伎町に集まる人々
――タガが外れた原因はなんだと思いますか?
立ちんぼの多くが、自己肯定感や承認欲求を満たすために、ホストクラブに通ったり、推し活をしたりしています。彼女たちは必死です。必死だからこそ、リスクを犯して歌舞伎町に立っています。
しかも後ろ盾のないフリーです。怖い物がないのかもしれません。
以前に地方で、親のネグレクトのせいで服も買えず、カラオケや漫画喫茶を転々するような生活を送る若い女性にインタビューをした経験があります。歌舞伎町の立ちんぼを取材していると、彼女のような人たちが歌舞伎町に「何か」を求めて集まってきているのではないかと思います。
そしてこれは昭和の時代から変わりません。歌舞伎町には「何か」があると思って皆、特に地方から集まってくる。この図式はずっと同じなのです。
大久保公園やトー横が、メディアに取り上げられて有名になればなるほど、人が人を呼び、溜まり場になる。立ちんぼやトー横キッズだけではありません。ヤクザもホストもキャバ嬢も風俗嬢も、それぞれの「何か」「誰か」を求めて歌舞伎町に集まってきます。
ヤクザを頂点にした旧来のコミュニティはバラバラになってしまいましたが、歌舞伎町に来れば、新たなつながり――歌舞伎町に溜まることで発生したコミュニティに受け入れてもらえるかもしれない。歌舞伎町は誰でも受けいれる街ですから。その「誰か」や「何か」が、歌舞伎町の魅力なのではないかと感じます。

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山川 徹(やまかわ・とおる)

ノンフィクションライター

1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『最期の声 ドキュメント災害関連死』(KADOKAWA)などがある。最新刊に商業捕鯨再起への軌跡を辿った『鯨鯢の鰓にかく 商業捕鯨再起への航跡』(小学館)。

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久田 将義(ひさだ・まさよし)

編集者

1967年、東京都世田谷生まれ。明大中野高校ではラグビー部に所属。法政大学卒業。マーケティング会社を経て三才ブックス、ワニマガジン社、ミリオン出版(現・大洋図書)、月刊「選択」、「週刊朝日」などに在籍。月刊「実話ナックルズ」編集長などを経てニュースサイト「TABLO」編集長。

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(ノンフィクションライター 山川 徹、編集者 久田 将義)
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