FacebookやInstagramなどのSNSを運営する世界最大級のIT企業・メタのマーク・ザッカーバーグとはどんな人物か。Facebookの元幹部サラ・ウィン=ウィリアムズ氏は「これ以上ないほど残念な人」と語る。
ケアレス・ピープル 権力と欲望、失われた理想の物語』(訳:池田真紀子、すばる舎)より、一部を紹介する――。(第1回)
※肩書や役職はすべて当時のものです。
■ブラジル政府と対立したマーク・ザッカーバーグ
2016年3月、在ブラジルのFacebook南米担当副社長ディエゴ・ゾーダンが出勤途中に逮捕された。
Facebook傘下のWhatsAppが、ブラジルで捜査が進行中の麻薬密売事件に関してアプリ上でやりとりされたメッセージの提出を拒否したためだった。ディエゴは私が緊密に仕事をしている相手の一人だった。カリスマ性のあるアルゼンチン人の男性で、私個人としても好感を抱いていた。聡明で機転が利き、いつも非の打ちどころのないファッションでぴしりと決めている、本当に感じのよい人だ。
ディエゴが逮捕される数カ月前にも、ブラジルの裁判所の命令によってWhatsAppのサービスが2日間遮断されたことがあった。この2日間に、Telegram(競合メッセージアプリ)はブラジル国内で150万人の利用者を新規に獲得した。この一件でマークは、Facebookのサービス遮断は何が何でも避けなくてはならないという確信をいっそう強めた。その遮断のあと、マークはブラジルの人々に行動を呼びかける投稿をした。
〈どうかみなさんの声を届けてください。
民意を反映するようブラジル政府に働きかけてください。〉
人々はその呼びかけに応え、ルセフ大統領府に抗議や要望が殺到した。だが、これは不幸ななりゆきだった。WhatsAppの遮断を命じたのは政府ではなく、ブラジルの裁判所だったからだ。大統領首席補佐官からさっそく連絡があり、大統領が強い不快感を示していると伝えられた。
■裁判所が是が非でもほしかったもの
私はそのメッセージをマークに伝え、投稿をまるごと削除するか、せめて政府に要望を届けようという文言を削除するよう勧めた。
マークがその文言を削除したところ、大統領府はマークが自分たちの要請に応じて投稿内容を変えたとマスコミにリークした。こうなると、Facebookの面目丸つぶれだ。ブラジル側が報道機関にリークし、自分を弱腰に見せたことにマークは激怒した。
つまりFacebookの幹部がサンパウロの留置場に放りこまれる以前から、両者のあいだには確執が生じていたのだ。
そのマークの投稿がいま、ディエゴの件で跳ね返ってくることになった。ディエゴが逮捕される前、Facebookの法務チームは、裁判官の前で、WhatsAppの行為を理由にFacebookの従業員を逮捕すべきではないと主張した。
その二つは別会社であり、ディエゴはWhatsAppと何の関係もないと言い張ったのだ。
裁判官は納得しなかった。FacebookとWhatsAppは一つの会社に決まっていると言い、その証拠として、マークの12月の投稿――WhatsApp遮断後に「声を届けてほしい」とブラジル市民に呼びかけた投稿――を挙げた。したがって、WhatsAppの行為を理由として南米で最上位のFacebook幹部が逮捕されても、不当とは言い返せない。
裁判所は、麻薬密売組織がWhatsAppでやりとりしたメッセージを是が非でも入手したいのだ。
■「社員の命の危険」を利用する
営業責任者の要請を受け、マークはFacebook Messengerを使ってディエゴにメッセージを送った。ディエゴからはすぐに返信があった。「ありがとう、マーク! メッセージをいただけて光栄です。こちらはすべて順調です。法務チームがすばらしい仕事をしてくれています。今回のことは、世界をよりオープンでつながりのあるものにするための私の務めです……私にまかせてください!」
マークはこれをいたく気に入り、私たち数人にメールを送ってきた。
コミュニティを守り抜くという僕たちの基本姿勢を貫いた結果、逮捕されたディエゴの反応(「私にまかせてください!」)に、大いに励まされました。

この件を短いストーリーにまとめて僕のページに投稿してもかまわないでしょうか。Facebookのコミュニティ保護への姿勢、企業文化、技術について、多くを語っていると思います。

たしかに、「多くを語っている」とは思う。ただし、マークが考えているような意味ではない。ディエゴを留置場から救い出すことに全力を尽くすべきときに、マークはこのできごとを世界中の利用者や政府に向けた教訓に仕立て上げようとしているのだ。
■実質の「麻薬の密売人を守る」宣言
マークはこんな下書きをまとめた。
ハートウォーミングなストーリーを一つ、共有させてください。
私たちのコミュニティとみなさんの安全を守るため、WhatsAppで送受信されるメッセージはすべて暗号化されています。つまり、あなたがやりとりしたメッセージは厳重に守られ、私たちプラットフォーム側も見ることができません。政府やハッカーも同様です。
あなたのメッセージへのアクセスを求める一部の国の政府はこれを快く思っていません。そして昨日、ブラジル警察はFacebookサンパウロ支社長のディエゴ・ゾーダンを逮捕しました。
私たちのコミュニティの一員を守るため、Facebookにもアクセスできないメッセージの提出を拒んだからです。

ここまで読んで、私はどうしても突っこみを入れたくなった。ここにある「私たちのコミュニティの一員」とは、刑事事件の被告人――その事件の担当判事を暗殺すると脅している麻薬の密売人を指している。
エリオットはメールのなかで、〈これをコミュニティの安全と表現したら、批判を招くことになるだろう。〉とマークに指摘した。それでもマークは続きを書き進めた。
■ハートウォーミングなストーリー
ディエゴが逮捕されたとの一報を受け、私はすぐにディエゴと彼の家族に宛ててメッセージを送り、釈放のためにあらゆる手を尽くすと約束しました。すると留置場のディエゴから、実に感動的な返信が届きました。
〈ありがとう、マーク! メッセージをいただけて光栄です。こちらはすべて順調です。法務チームがすばらしい仕事をしてくれています。今回のことは、世界をよりオープンでつながりのあるものにするための私の務めです……私にまかせてください!〉
すばらしい。
なんと心強い言葉でしょう。これが私たちのコミュニティを守ろうとして留置場に入れられた、チームの一員からの言葉です。
ディエゴにまかせておけば大丈夫――私はそう確信しています。みなさんも友人とメッセージをやりとりするとき少しでも安心してもらえたらと思います。ディエゴのような人々が私たちのコミュニティのために闘っていますし、彼らにまかせておけば大丈夫とみなさんにも感じていただけるでしょうから。

こんな投稿をするのはなぜいけないのか、私たち全員がマークにわからせようとした。そもそもブラジル政府がWhatsAppのメッセージの提出を求めているのは、人を殺し、大勢を誘拐している犯罪組織の訴追のためだ。しかも判事まで殺すと脅している。なのに、メッセージの提出を拒否することを「コミュニティを守るため」と表現するのは、あまりにも無理がある。
■社員を苦しめるだけなのに
それに法の観点からも、この投稿は致命的だ。Facebookの最高顧問弁護士はメールで、いまはブラジルの法執行機関に喧嘩を売るタイミングではないと書いている。
ブラジルのLE〔法執行機関〕を刺激するおそれがあります。
ディエゴ個人が直面している危険(この件はいまも係争中)を高めるだけでなく、ブラジルの全従業員が負うリスクも増大させかねません。現地の状況は流動的である上、裁判官の判断は予想できず、事態が急速に悪化するおそれがつきまといます。

またエリオットは、仮にこれを投稿すれば、ディエゴを留置場から救い出すための最大の抗弁をマークが自分の手で破壊することになると指摘した。Facebookの法務チームは、法廷に出て、WhatsAppとFacebookは別会社であり、したがってWhatsAppのメッセージを理由にFacebookの社員を投獄するのは不当だという主張を改めて展開するのが唯一の勝ち筋だと結論づけている。
それなのにマークの投稿は、2社は同一であり、自分がそのトップであると認めるような内容になってしまっているのだ。顧問弁護士は、仮に裁判官がマークの投稿を目にすれば、防御線は一発で破綻し、「次に逮捕される社員を釈放させるのはいっそう困難になる」と述べた。
■これ以上ないほど残念な人
これを読んだとき、私は背筋が寒くなった。次に逮捕される社員? この人たち、ついにそれをビジネスプランの一部に組みこもうとしているってこと?
マークはまるで意に介さなかった。ここまで言われてもなお投稿する気でいた。エリオットは切迫感のにじむメールを送り、〈きみの助言者の意見は一致している(めったにないことだ)――この投稿はすべきではない。ブラジルの状況はあまりに複雑で、ディエゴや現地チームを重大な危険にさらしかねない。〉と伝えた。
マークは引き下がらず、より被害の少なそうな新たな投稿案を書いてほしいとエリオットに頼んだ。エリオットは代替案を書いてマークに送りはしたが、その代替案もやはり〈裁判所の否定的な反応を引き起こすおそれがあり〉〈ブラジル国内でこの投稿を共有することで生じるリスクは、ブラジル国外で得られる利益を上回る〉と改めて警告した。
一連のやりとりは、マークがこれ以上ないほど残念な人であることを明らかにした。
「釈放のためにあらゆる手を尽くす」と言いながら、ディエゴの安全をまったく心配していない。このできごとを、出来のよい投稿――ハートウォーミングな投稿――をするチャンスとしてしか見ていないのだ。
■つまらない投稿文にうつつを抜かす
ディエゴの身の安全をほんのわずかでも気にかけているなら、あるいは上司として責任を感じているなら、夕食に出かける前にこのちっぽけな作文を世界に向けて投稿することにこれほど固執するはずがない。こんなものを投稿すれば、大きな害をもたらすとわかっているのだから。
投稿などする代わりに、打てるかぎりの手を打つのが当然だ。ブラジル大統領に電話をかけるとか。Internet.orgのロビー活動を通じて私が引き合わせたブラジルの議員たちに連絡し、ディエゴの釈放を支持する声明を出してほしいと拝み倒すとか。そう、そのとき私がしていたのと同じことをしていたはずだ。
たとえ同じ圧力でも、私なんかよりマークがかけたほうがはるかに大きな効果があったに違いない。この問題でマークとやりとりしていたエリオットに、私は訴えた――将軍は、自分の兵と共に戦場にとどまるべきです、と。
投稿をめぐる議論に決着がつく前に、ディエゴは出廷した。
最終判断をゆだねられた控訴裁判所は、ありがたいことに、午前3時30分、ディエゴの釈放を決定した。逮捕から24時間もたっていなかった。
このできごとを境に、私はマークに強い嫌悪感を抱き、それまでとは違った目で見るようになった。留置場にいたのは私だったかもしれない。ミャンマーで、韓国で、タイで――Facebookを代表して訪れたどこかの国で。私のチームの誰かだったかもしれない。おそらく私は、社員の誰かが留置場に放りこまれた瞬間、かならず救援部隊が駆けつけるという期待の最後のひとかけらを捨てきれずにいたのだと思う。
あるいは、世界有数の富豪の一人があらゆる手段を尽くしてくれると信じていたのだ。ところが現実に社員が留置場に放りこまれたとき、会社で誰よりも大きな力を持つ人物であるマークは、あらゆる手段を尽くすどころか、つまらない投稿文にうつつを抜かし、そのあと夕食に出かけていった。これが人としての良識が問われるテストなら、明らかに落第している。

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サラ・ウィン=ウィリアムズ
元Facebook幹部

国際弁護士。ニュージーランドの外交官として活動。その後、Facebookにみずからのポジションを売り込んで入社し、最終的にはグローバル公共政策部門のディレクターに就任。同社を退職後は、AIを含むテクノロジー政策の分野で活動を続けている。(c)Tom Trevatt 

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(元Facebook幹部 サラ・ウィン=ウィリアムズ)
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