■「汗と涙」の裏で始まった提言
夏の甲子園代表校を決める戦いが各都道府県で盛り上がりを見せている。筆者は週末に各地の会場を見て回っている。テレビや新聞などのメディアはいつも通り、「高校球児の汗と涙」を報じている。
この時期になって、宮城県の高校野球連盟(高野連)はある提言をした。公式サイトから抜粋する。
野球用語を考えてみませんか?
1894年、中馬庚氏が第一高等中学校(現東京大学)のベースボール部史を執筆する際に「野球」という用語を使用し、ルールブックに記載されている野球用語を特有の漢字表記で表し、その用語は現在でもあらゆる記録・報道等で利用されています。
宮城県高野連では野球人口拡大に向けて普及振興活動を行っておりますが、その用語の中に、現代では相応しくない用語も含まれると考え、「考えてみよう」という取り組みを始めました。皆さんも一緒になって考えてみませんか?
教育的配慮が必要と思われる野球用語
例)一死・二死
犠牲バント・犠牲フライ
併殺・三重殺 刺殺・補殺・挟殺
死球・盗塁
試合中に、「刺せ~」「殺せ~」「盗め~」という言葉が出るのはこういった用語があるからだと思われます。それに代わる用語を募集します。
■「富国強兵」の象徴
野球は公式には1872年にホーレス・ウィルソンという「お雇い外国人」によって、日本にもたらされたことになっている。以後、大学生を中心に爆発的に広がった。
文豪・夏目漱石の「吾輩は猫である」にも、野球に夢中になる学生の描写があるが、一方で、まだスポーツの概念がない当時の日本社会では、遊びにうつつを抜かす若者に、厳しい批判の目も寄せられていた。
「柔道の父」と呼ばれた嘉納治五郎らは、日本社会にスポーツを普及させるため、「スポーツは強い兵隊を作るうえで役立つ」と訴えた。明治時代の日本は富国強兵を国是としていたため、これを歓迎し、学校教育に体育という科目を創設するに至った。そうした経緯があったため、野球でも軍隊を想起させる用語が多数用いられたと考えられる。
太平洋戦争がはじまると、英語は敵性用語として使用が制限され、職業野球(のちのプロ野球)でも、ストライクは「よし」、アウトは「ひけ」、セーフは「安全」などの置き換えが行われた。
■文字数の短縮に役立った
しかし敗戦後は、アメリカ軍を中心としたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が、戦後復興策の一環として野球を奨励したので、敵性用語の言い換えは使われなくなった。
プロ野球と高校野球が戦前を上回る人気を博し、多くのメディアがこれを取り上げる中で、「死」「刺」「殺」「犠牲」「盗」など物騒な日本語が入った言葉が、連日、新聞や雑誌をにぎわせるようになった。こうした言葉が多用されたのは、なんといっても「外来語よりもコンパクト」だったことが大きい。
例えば、
「ツーアウトフルベース、打球はセカンドへ。セカンドはホームに送球しサードランナーをフォースアウト。キャッチャーはサードに送球しセカンドランナーをタッチアウトした」
というシーンは、
「二死満塁、打球は二塁へ、二塁手は本塁に送球し三塁走者を封殺、捕手は三塁に送球し二塁走者を刺殺した」
と書けば、79字から49字に短縮できる。それだけでなく、短くなった分だけ一瞬のうちに繰り広げられるプレーの緊迫感が伝わってくる。
■現場で耳にすることは皆無
宮城県高野連は、野球用語から派生して、選手や観客が「刺せ」「死ね」「殺せ」「盗め」というのを問題視しているが、およそ野球を観るために球場に来ているファンが、こうした用語を「刃物で人を刺す」「人の命を奪う」「泥棒する」ことと混同することなどありえないのではないだろうか。
筆者は野球の現場にいることが多いが、そもそも「死ね」「殺せ」「盗め」という言葉は、ほとんど耳にしない。「アウトになれ」「アウトにしろ」「走れ」と言えば済む状況で、そんな言葉を使う必然性がない。さらに言えば「盗塁」「犠打」「犠飛」「封殺」「補殺」「挟殺」「併殺」などの言葉は純然たる野球用語で、他の分野への転用はない。
ただ、「刺殺」「刺す」は問題があるかもしれない。
「走者を二塁で刺殺した」と聞いて、野球を全く知らない人が「二塁ベース上で惨劇が行われた」と誤解しかねない。
刺殺は守備用語。アメリカではput out(PO)。野手がフライやライナーを捕球するか、走者をタッチアウトにするか、また捕手はこれに加え、打者を三振に取ったときに記録される。この言葉は見直す必要があるかもしれない。
■「犠牲」や「盗塁」は直訳
ただし、刺殺は野球記録以外ではほとんど使わない。
さらに「死球=デッドボール(アメリカではhit by pitch)」は、アメリカでは全く通じないだけでなく、「ボールデッド=プレーが中断している状態」との混同を招きかねない。「四球」と音が同じで紛らわしいし、これも見直しの余地があるかもしれない。
ただし、宮城県高野連が指摘する用語の中でも、犠牲フライ(犠飛)、犠牲バント(犠打)の「犠」や、盗塁の「盗」は、日本由来の言葉ではなく、アメリカの野球用語である「sacrifice hit」「sacrifice fly」「stolen base」からの直訳だ。MLBに「不適切だから使わないでおきましょう」と言いに行くつもりだろうか?
また、小学生、中学生にも野球用語の見直しの機運を高めたいようだが、宮城県を本拠地とする東北楽天ゴールデンイーグルスにも提案しに行くつもりだろうか? そもそも宮城県だけで、野球用語を変えても全く意味はない。これに端を発して、全国的に野球用語見直しの機運を高めようと考えているのだろうが、それは必要なことだろうか?
■置き換えることで「言葉狩り」の危険性
確かにこうした用語は不適切かもしれないが、130年もの間、慣用的に使ってきた野球用語をここにきて変更する必然性があるとは思えない。
また、「盗塁」「犠打」「犠飛」「封殺」「補殺」「挟殺」「併殺」などの言葉を、他の言葉に言い換えることが野球のイメージアップにつながり、野球の競技人口減少に歯止めをかけることができるとも思えない。それよりも、こうした用語を置き換えるために要する手間、コストの膨大さを考えると気が遠くなる。
さらに言えば、置き換えたことで言葉狩りが起こる恐れがある。
「解説者がタッチアウトを『刺殺』と発言、謝罪へ」
「アナウンサーがダブルプレーを『併殺』と発言、謹慎処分」
野球の「言葉」を見直すというのなら、もっと重要なことがあるだろうと思う。
高校野球界では、監督や選手の暴言、パワハラは謹慎処分の対象になっている。よって、指導者は言動に気を遣うようになっている。
しかしながら、少年野球の試合では、ベンチから子供たちが「ピッチャービビってるよ」「セカンド穴だよ」「バッター打てない!」などのネガティブな声を上げるのがいまだに散見される。
■用語よりも擁護できないパワハラ指導
そういうチームは指導者が選手に向かって「今度エラーしたら外すからな」とか「ボール球を打つなって、何遍言えばわかるんだ」といった言葉を投げつけている。
筆者は先日、あるグラウンドで女子野球を観ていたが、男性の監督が選手に向かって、「お前らはみんなできそこないだ、やめちまえ!」と怒鳴りつけるのを聞いて慄然とした。こうした指導者のかなりの数が、まだ球場でタバコを吸っている。
子供たちの成長、未来での才能の開花を願うのではなく、目先の勝利に固執する指導者が、自分の言うことを聞かせるために選手を委縮させているのだ。少年野球が特に母親に評判が悪いのは、こういう部分だ。
「僕は子供の頃、野球をしていましたから息子にもさせたいんですが、妻が猛反対するんです。野球は怖いって」という父親の言葉をあちこちで聞いた。
旧態依然とした「昭和の指導者」は、確実に減ってはいるが、小中学校世代で野球競技人口の減少が続いているのは、こうした指導者、指導体制の問題が大きい。表面的な野球用語を変えることで、これが解消されるとは思えない。
■高校の部活に「聖地」は必要か
さらに言えば、甲子園をめぐる「美辞麗句」もかなり問題だと思う。
今夏もすさまじい猛暑が予測されているが、それでも盛夏に「夏の甲子園」が開催される。
酷暑を避けるために試合開始時間をずらしたり、クーリングタイムを作ったり、7回制を検討したりと、日本高野連は様々な施策を打ち出している。外部からは「真夏に甲子園でやるのをやめればいい」「ドーム球場を使えばいい」という声が出ている。
しかし、夏の甲子園は高校野球の原点であり「聖地甲子園」は外せない。そう思う人が多いのだ。あえて言うが、たかが高校生の部活に聖地もへったくれもないはずだ。選手、観客、審判などを危険にさらしてまでやる価値などない。野球の言葉ということでいえば、メディアが煽り立てた大げさな感動物語の弊害の方がはるかに大きいのではないか。
■対処すべき問題は他にある
今回の野球用語の見直しは、宮城県・名取北高校の「野球用語について考えよう」という探究活動がきっかけだという。近年、高校野球部による様々な研究活動が行われ、日本野球学会でも研究発表が行われている。
こうした取り組みは素晴らしいと思う。野球史を考えるうえでも誠に有意義だと思うが、これに短絡的に反応した宮城県高野連に問題があるのではないかと思う。
怖いのはこの野球用語の見直しが、一見「正論」にみえることだ。
「野球用語に使われている『死、刺、殺、犠牲、盗』などの言葉は『良くない言葉』ですよね」と言われれば、正面切って反論するのは難しい。
150年以上に及ぶ日本野球の歴史に鑑み、表層的な野球用語の見直しの議論が早急に結論づけられないことを望む。日本野球界は、この問題より優先順位が高いことが山積しているのだ。
----------
広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
----------
(スポーツライター 広尾 晃)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
