子どもの教育は、紙ベースの教材とデジタル教材のどちらが良いのか。プロ家庭教師集団名門指導会代表の西村則康さんは「デジタル教材にはメリットもあるが、中学受験においては、自分の手と頭を動かして考える“紙ベースの経験”が重要だ」という――。

■急速に進むデジタル化
ITを生かしたシステムやサービスが日常となっている昨今、子どもたちの教育においても、デジタル化が急速に進んでいる。今年6月、デジタル教科書を正式な教科書と位置づける改正学校教育法が可決・成立し、2030年度から順次使用されることが決まった。現在も英語など一部の教科で、紙の教科書から二次元コードを使って、動画や音声などのデジタルコンテンツを視聴できるようになっているが、それはあくまでも暫定的なもの。
今後は、デジタル教科書においても教科書検定の対象になり、「紙のみ」「完全デジタル」「ハイブリッド」の3つの形態を各教育委員会などが選択するようになる。当面はハイブリッドが主流になると見られるが、世の中がこれだけデジタル社会に様変わりしている今、教育のデジタル化も進んでいくのは間違いないだろう。
デジタル学習のメリットはいろいろある。最も活用価値が高いのは、音声や動画での学習が可能なことだ。英語ならネイティブの発音、理科なら物質の変化の様子などを目や耳から学ぶことができる。イメージしやすいという点では、調べものにもいい。例えば国語の物語文で知らない花の名前やモノの名前が登場したときに、文字だけでなく画像で知ることができる。また、算数の計算問題などは、レベルに合わせた問題を無理なく自分で進めていくことができ、自学自習につながる。
教師側にとっても、採点時間の省略、生徒一人ひとりの学習管理のしやすさ、協働学習への活用といったメリットがある。

■大手塾によるデジタル教材の導入
では、中学受験においても、今後デジタル化が進んでいくのだろうか。これに対して、私は「多分そうはならないだろう」と考える。
近年、大手塾でもデジタル教材の導入が進んでいる。例えば、四谷大塚では、計算や1行問題を毎日反復し、基礎学力を鍛える「高速基礎マスター」というオンラインコンテンツが宿題に課せられている。またSAPIXでは、オプションではあるが、「解いて覚える記憶アプリ」と謳う「Monoxer(モノグサ)」というアプリを導入し、オリジナル教材を提供している。算数の計算問題だけでなく、国語の語彙問題や理科社会の知識問題までをカバーしている。
こうした計算問題や、語彙や知識の確認や反復には、デジタル教材は活用の価値はあるだろう。ただ、子どもによって向き・不向きがあると感じている。
■思考力を伸ばすには紙教材が適切
例えば、すでに計算問題に苦手意識がなく、スラスラ解ける子は、ゲーム感覚で楽しく進めていけるだろう。また、覚えた知識を確認する一問一答のような問題はクイズ感覚で取り組めるため、勉強に対するハードルを下げるという良さもある。意外かと思うかもしれないが、実は丁寧に一つひとつ覚えていくタイプの子にも、デジタル教材は向いている。自分のペースで自分のレベルに合った学習をすることができるからだ。

一方で、「ああでもない、こうでもない」と考えることが好きな子には、デジタル教材は向かない。また、そういう問題はデジタルでは対応しにくい面もある。実際、現時点では、算数においては計算問題が主流だ。仮に思考力を求める発展問題をデジタルで扱うようになったとしても、どういう方向で解いていけばいいのかという最初の糸口の見つけ方までは教えてくれず、後出しジャンケンのような解説が書かれているだけになるだろう。
もちろん、紙教材にも書いているわけではない。いわゆる「紙面の都合」で省かれる解説部分は多い。ただ、紙教材は解説がうまくまとまり過ぎていないからこそ、子どもたち自身が考えていかなくてはいけない部分が残されていて、思考力を伸ばしていくには適切だと感じる。
■試行錯誤のための「書くスペース」
中学受験の勉強でデジタルが主流とならないのは、入試自体が紙ベースであることが大きい。特に昨今の中学受験の入試問題は、知識を問うだけの一問一答形式の問題はほぼ出題されず、思考力や記述力を問う問題に変わってきている。こうした問題は、自分の手を動かしながら、ああでもない、こうでもないと試行錯誤した末に答えにたどり着く。
そのためには、十分な書くスペースが必要だ。もちろん、デジタルでも書きながら考えることはできる。
しかし、画面のサイズに制限があるため、ページをまたがってしまうことがある。すると、1枚の紙のときのように、思考の形跡を俯瞰して見ることができない。思考力を問われる問題では、これはあまりいい状態とはいえない。
■中学入試はたくさん「手を動かす」
計算練習だけなら、デジタルでいい。単純な四則計算くらいなら、積極的に活用していいだろう。しかし、さらに複雑な計算や応用問題になってくると、「どのように工夫するか」が問われてくる。ところが、デジタル教材の採点は、答えが合っているかどうかだけで、途中でどういう計算をしてきたかという過程は、判定の対象にならない。こうした採点に慣れてしまうと、思考の形跡を残すことが疎かになる。つまり、今の入試問題で求められている思考力や記述力が育ちにくくなってしまうということだ。
今後、AI採点が進化すれば思考プロセスも判定できるようになるだろうが、小学生の勝手気ままな記載を読み取れるようになるのは、まだ数年はかかるだろう。
中学入試は、たくさん手を動かす。考えるにしても、答えるにしても、とにかくたくさん書く。
実はとても体力と気力がいる。
近年、未就学児に通信教育をさせている家庭が多い。勉強の入口としては悪くはないが、最近はこれらの学習もタブレットがメインになっている。タッチペンで字や図形を書くのと、えんぴつで書くのとでは、正確さも違ってくるし、筆圧も違ってくる。やはり、「書く」のはじめの一歩は、タッチペンではなくえんぴつで正しく書く練習をするべきだと考える。
■低学年のうちは紙の辞書や図鑑がおすすめ
仕事でデジタルが主流になって、漢字を忘れてしまう大人が増えているという。実生活で実際に「書く」ことが少なくなっている今、これらの勉強に必要性を感じていない人もいるかもしれない。しかし、子どもの学習は、自分の身体を通して定着していく。自分でしっかりえんぴつを持ち、とめ、はね、はらいなどを意識しながら丁寧に書く練習をすることは非常に大切で、たとえ世の中がデジタル化しても、継続していくべきことだと思う。
また、先に調べものにデジタル活用が有効だと伝えたが、低学年のうちは紙の辞書や図鑑を使うことを勧める。デジタルには写真や動画、音声といったわかりやすいものが即時に出てくるという利点はあるが、この時期に最も大切なのは、広く浅くでもいいから、いろいろなものへ興味が持てるように、子どもの視野を広げることだ。
■「周辺の知識」を得るチャンスがある
電子辞書で言葉を検索すると、その言葉だけがピンポイントで表示される。
すぐに「わかる」という点では優れているが、それ以外のものは出てこない。一方、辞書なら、例えば「さ」という字が最初にくる言葉なら、サ行のページをめくるところから始まる。すると、目当ての言葉が見つかるまでにいろいろな言葉が目に入ってくる。また、目当ての言葉のまわりには、それに近い言葉がたくさんあることに気づく。
このように、その言葉を探す過程でいろいろなものが目に入ってくる。この経験が低学年の子どもには重要だと考える。
くり返すがデジタルがよくないというわけではない。だが、電子辞書ではその周辺の知識を得るチャンスを減らしてしまう。これからいろいろなことを知っていく子どもには、答えを早く見つけることよりも、広い視点を持たせるほうが、その後の人生を豊かにするはずだ。
■「好奇心を見る問題」を解く力
昨今の中学受験の問題は、知識の確認ではなく、受験生の好奇心を見る問題が多い。特に難関校では、塾で習ったことのない初見の問題を出してくる。こうした問題を前にしたとき、「こんなに長い文章を読めない」「習っていないから解けない」とあきらめてしまう子は、振るい落とされてしまう。
どんなに長い問題文でも、初めて見る内容でも、「まずは読んでみよう。そこに何かヒントが隠されているはずだ」と好奇心を持って読み進めていけるか。そして、自分の手と頭を動かして考えることができるか。こうした姿勢の根底には、「自分の手を動かして調べる」「自分で書いて覚える」「自分で書きながら考えを整理していく」という紙ベースの経験が必要になる。
これからの中学受験の学習は、「計算や知識の確認はデジタルで」「思考は紙で」とバランスが大事になってくるだろう。ただ、中学入試そのものがデジタル化することはないと考える。検定試験や能力テストなどではCBT(コンピューターを使った試験方式)が進められているが、「何を知っているか」よりも「どのように考えて解いたか」を重視する中学受験では、思考の跡が分かる「紙」が欠かせない、そう思っている。

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西村 則康(にしむら・のりやす)

中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員

40年以上難関中学受験指導をしてきたカリスマ家庭教師。これまで開成、麻布、桜蔭などの最難関中学に2500人以上を合格させてきた。新著『受験で勝てる子の育て方』(日経BP)。

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(中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員 西村 則康 構成=石渡真由美)
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