日米両政府が為替市場で東日本大震災以来となる協調介入を行ったことが話題となっている。ただし当時は円高是正のための協調介入だったが、今回は円安是正のための協調介入となる。
7月31日に行われた日米両政府による円買い介入を受け、165円を突破する目前だったドル円レートは157円台まで下落した。週明け8月3日にも日本による為替介入が行われた結果、ドル円レートは一時155円台まで下落した。その後はドルを買い戻す動きも生じているが、市場は日米両政府による協調介入を意識し、神経質な展開である。
ここで注目されるのが、米国がユーロを売って円買い介入のためのドル資金を得たことである。米財務省は7月24日時点で、143億6800万ドル相当の国債と115億7300万ドル相当の現預金、合計で270億ドル程度のユーロ建て資産を保有している。まず米国は、手持ちのユーロ現金を米国の為替市場でドルに換えて、円を買ったのだろう。
預金に関しては、相手方の中銀(恐らく欧州中銀=ECBのみならず、ドイツ連銀やフランス中銀などユーロ圏加盟国の中銀)の口座や国際金融機関(国際通貨基金=IMFや国際決済銀行=BISなど)の口座に存在すると考えられるため、取り崩しに時間を要する。一方で、国債を売却した場合は相手方の金融市場の金利に多大な影響を与える。
米国が日本による円買い介入を好まないのはそのためだ。日本が円を買うためのドル資金を調達する目的で米国債を売却すれば、米国の金利は上昇する。
■金利上昇に神経を尖らせる米国
今年の2月末に米国がイスラエルとともにイランを攻撃して以降、米国の長期金利は上昇が続いている(図表2)。いわゆる“有事のドル買い”が健在であった一方で、その信用力の源泉となる国債に関しては需要が減少しているわけだ。長期金利を押し上げている最大の理由は、戦争の長期化に伴う米国の財政悪化懸念にあると考えられる。
それに、イラン発のグローバルなエネルギーショックの影響に伴い、産油国である米国でもエネルギー価格が上昇したことを受けて、連邦準備制度理事会(FRB)が利上げに転じるとの観測が強まったことも長期金利の上昇につながっている。タカ派とされるケビン・ウォーシュ氏がFRB新議長に就任したことも、この観測を強めている。
そもそも投資家が、トランプ大統領による荒唐無稽なマクロ経済運営を嫌気し、米国の国債を購入しなくなった可能性も意識される。現に年明けには、機関投資家として有名なデンマークの年金基金が、グリーンランドの領有をめぐる対立に伴い米国の国債を全額手放している。程度の差はあれ、こうした動きが広がっていると考えられる。
こうした不安定な環境のもとで日本が米国の国債を売り、円買い介入を行えば、米国の金利は急騰しかねない。それを懸念したベッセント財務長官が一計を案じ、いわゆるレートチェックを行うとともに、ユーロ資金を売って得たドルで円を買うという奇策に打って出たのだろう。
とはいえ、米国が保有するユーロ現金には限りがあるし、ユーロ建て国債を相手国の承認なくして売却すれば、それが政治問題化することは避けられない。欧州諸国が対日関係に配慮するとしても、ユーロ売りを通じた円買いをいつまでも許すわけない。円を守るためにユーロを犠牲にする手法でもあるため、頻繁に取り得る手段ではない。
■日本の財政拡張が米国を直撃する懸念
さらに米国には、日本発の金利上昇圧力が米国の金利上昇につながっていることへの懸念があるようだ。高市早苗首相が就任して以降、市場ではその財政拡張志向が嫌気されて、それまで1%台半ばだった長期金利が3%近くまで急上昇している。日本は米国の国債を多く保有するため、日本の財政状況が悪化すれば米国にその影響が直撃する。
日本の長期金利の上昇テンポは急速だ。欧州で最も信用力が高いドイツの10年国債流通利回りは、今年1月には2.8%程度だったが、7月以降は3%前後で推移している。一方、年明けは2%程度だった日本の長期金利は、7月には3%目前に迫る勢いだ。いわゆる“骨太ショック”など、首相の財政拡張志向が市場に嫌われているためだ。
足元では食料品にかかる消費税の減税措置が材料視されている。
ただし対象を絞ったところで、消費減税という行為自体が、ただでさえ高市首相の財政拡張志向を嫌気している市場を刺激するのに十分の内容である。ベッセント財務長官は協調介入に応じる条件として、片山さつき財務相に対して、恐らく財政拡張に歯止めをかけるように要請をしたと考えられる。そうでなければ筋が通らない話である。
■最良の妙薬は消費減税の撤回
物価高対策としては、時限的かつ対象を絞った消費減税よりも、定額の給付金を与えるべきだという提案が野党からなされている。とはいえ、どのような手段を取るにせよ、代替財源があることを市場に対して示せない限り、市場は必ず、財政拡張に対して牙を向く。それを市場の誤解だと言う論者もいるが、市場とはそういうものなのである。
裁量の妙薬は、消費減税の事実上の撤回だろう。これが材料視されて金利上昇と円安に弾みがついたのだから、それが撤回されれば、金利上昇と円安の是正が進むと考えられる。選挙公約だから減税は実現しなければならないという意見もあるようだが、それは今回の日米協調介入を招くほどの一大事を招いていることへの危機感を欠く認識だ。
長らく高かった高市政権の支持率だが、最近は無党派層を中心に“高市離れ”が進んでいることが、各種の世論調査で明らかとなっている。危機感を持つ高市首相としては消費減税に踏み込みたいだろう。一方、大多数の有権者は、円安に対して否定的な見解を持っている。自らの消費減税が金利上昇と円安を招けば、結局支持は失われる。
政権の経済アドバイザーがいかに円安にメリットがあるかを説いたところで、大多数の国民が円安を問題視している以上、さらなる円安を招けば政権の支持率は一段と低下しよう。しかし、高市首相はどうしても消費減税を断行するようだ。協調介入も水の泡に帰すようなら、ベッセント財務長官もさじを投げてしまうことになりかねない。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)

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