■デパ地下に現れた行列の正体
2026年4月20日、大丸梅田のデパ地下の一角に長い列ができていた。
目当ては、その日オープンするベーカリー「D.baguette by parigot & DIA(ディー・バゲット)」だ。夕方には、棚のパンはほぼ売り切れ。それから6月半ばの現在まで、行列は途切れず毎日続いている。
ディー・バゲットは、創業80年、大阪で20店舗を展開する老舗ベーカリー 株式会社ダイヤと、世界製パン競技会で日本チームを初優勝へ導いた「Boulangerie parigot」の安倍竜三オーナーシェフが、共同で立ち上げた新ブランドだ。
新店オープンの社内告知が出たとき、ダイヤでは珍しい現象が起きていた。配属希望者が殺到したのだ。
これまでは、新店ができても「慣れた店でいいです」と異動を渋るのが当たり前だった。しかし、製造からも販売からも「新しいお店で働きたいです」と手を挙げる人が続いた。
数年前のダイヤを知る人なら、この光景はとても信じられないだろう。
時計の針を、2020年の夏に巻き戻そう。
■「この借金、どうやって返すんですか」
2020年7月、多田俊介さん(46)は父の跡を継いでダイヤの3代目社長に就任した。
誰からも、祝いはなかった。コロナ禍のまっただ中、商業施設の休業要請でクックハウスの店舗は6つ閉まり、駅構内の店も開けてはいるが客はこない状況下である。
「最初は、肩書きが変わっただけで、やっている仕事はあまり変わらなかったですね」
それまで多田さんは、経営統括本部で経営改善を担っていた。社長になっても日々の業務に大きな変化はなく、実感は薄かった。だが、それを覆す出来事が起こる。銀行員からの厳しい叱責だ。
多田さんが社長に就任した2020年から2022年までの3期連続で、ダイヤは1億円を超える営業赤字を計上していたからだ。約80年の歴史で最大の赤字である。
複数の銀行を訪ね、頭を下げる日々がはじまった。
「これから先、どういう経営をしていかれるつもりなんですか? この借金、どうやって返すつもりなんですか?」
メガバンクの応接室で、向かいに座った担当者から低い声で詰められたこともあったという。
■社内アンケートが示した“意外な活路”
しかし、何度も同じように問われたことで、多田さんのスイッチが入る。
「すごく責められて。それで僕も、ああ、僕は社長になったんだなって。ありがたい、厳しい言葉でした」
そんな苦しい日々の中で、メインバンクである商工中金から、思いがけない提案が持ち込まれる。
「『幸せデザインサーベイ』というのをやってみませんか」
社員満足度を調査するアンケートだという。「社員の幸福度は売上に相関関係があります。だから、まずは従業員を幸せにしましょう」そう聞かされたとき、多田さんはとまどった。超赤字のこの状況下で、従業員を幸せにする? 一体どうやって!
それでも、多田さんはサーベイをやってみることに決めた。「従業員を幸せにする」前に、まず「現時点での従業員の状況を把握したい」と思ったからだ。2021年10月、ダイヤとして初めての社員満足度調査が実施された。
結果は意外なものだった。販売、製造とも、ほぼ業界平均の点数だったが、ひとつだけ平均線を大きく突き抜けて高い項目があった。「地域との関係性」だ。
地域を大切にする。自分たちは地域の会社である。そんな自己認識を、ダイヤの従業員たちは平均以上に強く持っていたのだ。
なぜか。
多田さんには思い当たる節があった。
■地元の小学生が工場に
ダイヤの工場には、毎年大阪市内の小学校から子供たちが見学にやってくる。長く続く習慣だ。祖父の代から始まり、40年以上前にはすでに定例になっていた。近代化に伴い、衛生面の問題で見学を断るベーカリーが増えるなか、ダイヤはコロナ禍も止めなかった。
「工場見学に一緒に回ったときに、従業員のみんなが、ちょっと嬉しそうなんですよ。普段はお客様と直接接する機会のない工場メンバーも、子供たちから『ありがとうございました』『すごい』って言われて嬉しそうで」
また、2020年4月からは、大阪府の小学3年生が使う社会科の副教材『私たちの大阪』に、パン製造業の代表事例としてダイヤが掲載されるようにもなっている。それを子どもに自慢している従業員もいる。
「地域との関係性」が突出していた背景には、こうした積み重ねがあったのだ。
この先、店舗を増やして全国展開を目指すべきか、それとも別の道があるか。業績の悪化とは別に、多田さんが密かに抱えていた悩みに、数字は後者を指し示していた。
地域に深く根を張る「大阪のパン屋さん」になる。それが、従業員の幸せにつながる道筋ではないか――。
そう考えたとき、かねてから感じていた違和感が頭をもたげたという。
ダイヤの経営するベーカリー「クックハウス」は、大阪で80年経営を続けているにもかかわらず、「大阪のパン屋」として認識されていない。従業員自身も、「自分たちは大阪のパン屋だ」という自負が薄かった。
この構造を、変えなければならない。
ただ、ダイヤの組織が変わり始めたのは、これよりずっと前のことだ。実際は、もっと早くから改革はスタートしていた。
■「紙が多い」会社を、変えていく
多田さんがダイヤに入社したのは2013年。それまでの彼は、大手IT系企業のシステムエンジニアだった。仙台事業所に新卒で配属され、8年勤務。2011年の東日本大震災をきっかけに大阪事業所に転勤し、そこで2年。家業を継ぐ気は、もともとなかった。
それでも、家業に入る決断をしたのは複数の理由がある。
父に求められたこと。大阪に来てから子供が生まれ、激務のIT企業で働き続けることへの迷いが生まれたこと。管理職になって、大好きなプログラミングに直接携われなくなったこと。週末、家族や妻が忙しく家業を回す姿を見聞きしてもいた。
「ちょっと、戻ってこないといけないかな、みたいな。罪悪感のような気持ちがありました」
2013年、ダイヤに入社。最初に感じたのは「紙が多い」だった。
というのも、取引先約100社への注文は、すべて手書きのFAXだったのだ。
■残業代の計算で1日が終わる
「材料の小麦粉の1種類はどの会社さんで、どのフォーマットで……というのが100種類あって、紙を探すのも大変ですし、書いて送るのも手間でした」
タイムカードも紙で、月末に各部署の部門長がエクセルに転記して残業代を計算する。
現場にヒアリングすると、「それだけで1日かかることもありますし、間違うと大変なことになります」と、苦しい声が聞こえてきた。
気がかりは、紙の問題だけではなかった。
「会社としての目標や理念など、こっちの方向に向かってるんだよ、というのが当時はあまりなくて。ひたすら毎日パンを作り続け、売り続ける、みたいな雰囲気だったんです。それが故に、忙しいと損、楽だと得……みたいな感覚が現場にあって」
本来、忙しさは売上と利益に変わり、従業員に還元される。だから喜びになる。だが、当時のダイヤの従業員は目の前の仕事に追われているだけで、その実感を持てていなかった。
そこから多田さんは、状況を少しずつ変えていった。受発注システムを導入し、100社分のFAXを、1つのパソコンシステムで入力できる形に集約。勤怠管理も、月額一人300円で使えるクラウドサービスに切り替えた。
「絶対楽になるものしか提案しない」という方針で進めたため、反対はほとんど出なかったという。
■人間らしい、身体に負担のないシフトへ
パン職人の働き方改革にも着手した。
それまで、ダイヤのパン作りは0時スタートが当たり前だった。朝7時、8時にパンを店頭に並べるためには、前日の夕方から仕込んで深夜に焼くしかない。家族を持つ人間にとって、その生活は厳しい。いくらパン作りが好きでも、生涯続けるのは難しい状況だった。
「人間らしい、体に負担のないシフトにしていかないといけない」
多田さんは、生地を作った後に冷蔵・冷凍することで発酵をいったん止め、朝に解凍、発酵させて焼く仕組みに徐々に切り替えていった。そして、販売個数が激減したコロナ禍を機に完全に移行した。深夜0時に工場の灯りが点る時代から、朝3~5時に出勤する時代へ。電車のある時間に家に帰れる職人も増えた。
それらの改革が功を奏し、2024年には、かつて月平均20時間を超えていた従業員の残業時間は2時間に激減。多いときでも月10時間あるかないかとなった。紙の文化を変え、シフトを変え、無理な働き方をしなくてもいい環境をつくる――その地ならしが、2013年から2020年にかけて、ゆっくりと、しかし着実に進んだのだ。
■働き過ぎは、人をこわす
その推進力となったのは、多田さんの中で忘れられないある出来事だ。ダイヤに入社3年目の2016年、IT企業時代の尊敬する先輩が、白血病で急逝したことだった。
「2日徹夜すれば難関資格にも合格する、スーパーマンのような人でした」
白血病の原因はわからなかった。でも、どこかで体に無理をしていたのではないか、という思いが残った。
多田さん自身も、IT企業の大阪事業所で激務をこなしていた時代に「原田病」と呼ばれる目の病気にかかり、一時的に視力を失ってしまった経験があった。
働き過ぎは、人をこわす。
そう身を持って知っていたのだ。
■会議には居座らない
組織変革は、店長会議にも及んだ。
前社長の時代、ダイヤの店長会議は、その月の売上を順番に報告していくスタイルだった。「先月、前年対比で90%でした」とマイナスの報告すると、その店長は社長から「なぜそうなったのか」「どう改善するのか」と詰められる。
多田さんは、これをやめた。
「たとえば中国人観光客が減ったり、近隣にライバル店ができてお客様が減ったとします。それで売上が下がっても、責任を店長一人に押し付けて詰めるのは論理的じゃないと思うんです。全員で解決していく問題です。その人個人が何か悪いことをしたわけじゃないのに、一店長への責任が過剰にありました」
新しい店長会議では、多田さんは冒頭の挨拶だけして退室するという。あとは店長たちが、エリアごとに分かれて議論する。「先月こんなことがあった」「こうしたらどうか、ああしたらどうか」と意見を出し合い、自分たちで考え、話し合う。会議の最後に多田さんは結果だけを聞きに戻ってくる。そして、「じゃあ頑張ろうね」と言うだけ。
会議の雰囲気は、一人ひとりが問い詰められる「尋問の場」から、知恵を持ち寄る「合奏の場」へ変わった。
「今は、みんなで責任を引き受けようという雰囲気で、すごく良くなってきたなという感じがします」
■アルバイトのアイデアが商品に
並行して、もうひとつ、組織の空気を変えた仕組みがある。「コンセプトシート」の導入だ。
正社員からパート・アルバイトに至るまで、すべての従業員が「コンセプトシート」と呼ばれるA4の用紙1枚で、新商品のパンを提案できる新制度を作ったのだ。提出されたコンセプトシートは、月例の商品企画会議で、提案者の名前を消した状態で議論される。社長の多田さんも提案を出すというが、それも、もちろん名前は伏せられる。
「最初は、価格や原価率といった細かい項目があったんですけど、書きづらいと言われて。今は絵を描いたり、ネットの画像を貼って『こんなパン』と書くだけでも出せます。気軽に出してもらうことを優先しているんです」
これまで採用された企画は、現場のパート、アルバイトから出たものも少なくない。また、子どもたちのアイデアから生まれるパンもある。2022年から生野区の小学校で、子供たちと一緒にパンの開発から販売までを行う出前授業をはじめたのだ。
コロナ禍で体験学習ができない時期に始まった取り組みで、生徒が考えた、ハート形のストロベリーチョコレートコーティングをした「失恋パン」が文化祭で販売されたこともあった。
店をまたいだヘルプ文化も、コロナ禍を機に定着した。ある店でコロナ感染者が出ると、別の店から応援を送る。それを繰り返すうちに店同士でつながりができ、今は「~さんに会いたいから」と、欠員がなくてもヘルプに行くスタッフもいるそうだ。
個人を責めず、提案を引き出し、応援し合う組織へ。多田さんは、組織の空気そのものをゆっくりと変えていった。
■そして、おかんパンがやってきた
そうした組織の土台の上に、2023年、新製品の「おかんパン」が誕生した。詳細は前編に記載しているが、「売れないだろう」と当初、1日100箱限定で発売したおかんパンは、開店から間もなく棚から消える。そして200箱、300箱と発売数が増加。2024年の春休み、2025年の冬休みシーズンには、1日500箱を売り上げた日もあった。
数字は、はっきりと変わっていった。
コロナ前の2019年に19億円の売上げだったところから、2020年、2021年に17億、15億まで落ち込んだ後、2024年に19億、2025年には約20億円まで回復。営業利益も4000万、7000万円と、コロナ前の水準を超えて過去最高を更新した。
おかんパン単体の売上げも、2025年1年で1億円超え。万博需要もあったが、大半は日々の手土産購入が占めていたという。
■退職者が、戻ってくる会社へ
2025年の年末、「おかんパン」は日本PR協会が主催する「PRアワード」のブロンズ賞を受賞する。その申請にあたって、PR担当者から思いがけない提案を受けた。
「ダイヤさん、ちょっと離職率を調べてもらえませんか」
調べてみて、多田さんは驚いた。
厚労省の統計によれば、製パンを含む「宿泊業,飲食サービス業」の平均離職率はが約25%にのぼる。これに対し、ダイヤは2023年で15%、2025年は4.5%だった。業界平均の5分の1以下になっていたのだ。
「実感としては、最近辞める子が少なくなってきたね、ぐらいだったんです。実際に数字として見たことがなくて。それがかなり評価されて、アワードをいただけました」
驚きは、それだけにとどまらなかった。
「最近、辞めた子が戻ってきたんです」
前述した元店長だ。パン以外のものを作ってみたいと言った彼を、「頑張ってきてね」と多田さんは送り出した。しかし1年以上経って、戻ってきたのだ。
「もう一度、正社員で頑張りたいです」
「どうぞどうぞ」と多田さんは歓迎したという。
■「キャリアアップのためにスタバに行きます」
パート・アルバイトからも「正社員になりたい」という声が増え、正社員の家族が、「私もパートで働きたい」と申し出るケースも出てきた。
「過去、辞める方の理由は『キャリアアップのためにスタバに行きます』『新しい夢を見つけたので』というものが多かったんです。基本的に僕は『辞めないで』とは言わずに、『頑張ってね』と送り出してきました。でも最近は変わってきました。『この会社でもっとキャリアアップしたい。その環境を作ってください』と頼まれるんです」
ワークライフバランスを整えれば、誰もが機嫌よく、健康に働ける。だが、成長を続けたい従業員は、外に出ていく。その課題に、多田さんは正面から向き合うことになった。
「この会社でも夢を描ける、その環境作りがこれからは必要だな、と」
そう考えていた矢先、ある依頼が届く。
■「当たり前」だと思っていた強み
そうして物語は冒頭、2026年4月、大丸梅田店の「D.baguette by parigot & DIA(ディー・バゲット)」オープンに戻る。
店を共同で起ち上げた安倍竜三さんは、大阪・上本町に店を構える世界的なパン職人だ。世界のコンクールで名前を売ってきた安倍さんのほうから、ダイヤに声がかかった。
「一緒にお店をやりませんか。ダイヤさんのパンって、実はすごいんですよ」
これを聞いて多田さんも、従業員も、ぽかんとしたそうだ。
「滅相もございません、というスタンスでずっといたんです。僕たちは大阪の日常のパンしか作ってこなかったパン屋なので。でも安倍さんは試作を重ねるごとに、『俺の目に狂いはなかった』とおっしゃってくださって」
「ダイヤは、四季の気温と湿度が変わる中でも、いつも同じ品質のパンを焼き続けている。それが強みだ」と安倍シェフは評価したという。
当の従業員たちは、それを「当たり前」だと思っていた。創業から80年の間、何度もふるいにかけられて底に残ったパンたち。その味わいをぶらさず、毎朝当然のように焼き続ける技術。気付かないうちにそれらは、世界に通じる水準になっていたのだ。
最近、多田さんは従業員から、こんな声を聞くそうだ。
「他の地域でもいけるんじゃないでしょうか」
「大阪のパン屋が京都に来たぞ、神戸に来たぞって言われるように、出店してみませんか」
「『私たちは大阪のパン屋です』っていう自負が、ちょっとついてきたんでしょうか」
そう多田さんは、照れたように笑った。
「大阪のパン屋」の夢は今、長く発酵したパンのように膨らんでいる。
----------
笹間 聖子(ささま・せいこ)
フリーライター、編集者
おもなジャンルは「ホテル」「ビジネス」「発酵」「幼児教育」。編集プロダクション2社を経て2019年に独立。ホテル業界専門誌で17年執筆を続けており、ホテルと経営者の取材経験多数。編集者としては、発酵食品メーカーの会員誌を10年以上担当し、多彩な発酵食品を取材した経験を持つ。「東洋経済オンライン」「月刊ホテレス」「ダイヤモンド・チェーンストアオンライン」「FQ Kids」などで執筆中。大阪在住。
----------
(フリーライター、編集者 笹間 聖子)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
