義務教育は誰のための仕組みなのか。思想家・神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏は「義務教育は子どものためにあるが、その“義務”を課されているのは子どもではなく親だ。
この背景を知ると『学校が存在する理由』が見えてくる」という――。
※本稿は、内田樹『街場の教育論』(角川文庫)の一部を再編集したものです。
■義務教育は誰のためにあるのか
「義務教育」という言葉があります。ほとんどの学生さんはこれを「子どもは学校に通う義務がある」というふうに考えていますが、もちろんそれは誤解です。義務を負っているのは親の方です。
日本国憲法26条1項にはこうあります。
「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」
同2項にはこうあります。
「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」
ご覧の通り、子どもには「教育を受ける権利」があるだけで、義務はありません。子どもを学校に通わせる義務を負っているのは親の方なのです。
どうして、親に子どもに教育を受けさせる義務が発生したのか。これは教育史をひもとくとわかりますけれど、子どもたちを親による収奪から守るためです。

私たちはもう「児童労働」というものを実感としては知りませんけれど、産業革命以来、子どもたちは労働力として消耗品に近い扱いを受けていたのです。
■児童労働の悲惨な実態
マルクスに『資本論』を書かせた動機の1つは同時代のイギリスの児童労働の実態でした。『資本論』の第1巻3篇「絶対的余剰価値の生産」を論じた中で、マルクスは労働の搾取(さくしゅ)のきわだった例として、児童労働を報じた当時の新聞記事を引用しています。
夜中の2時、3時、4時に、9歳から10歳の子供たちが汚いベッドのなかからたたき起こされ、ただ露命をつなぐためだけに夜の10時、11時、12時までむりやり働かされる。彼らの手足はやせ細り、体軀は縮み、顔の表情は鈍磨し、その人格はまったく石のような無感覚のなかで硬直し、見るも無残な様相を呈している。

(「デイリー・テレグラフ」、1860年1月17日、『資本論』第1巻上、今村仁司他訳、筑摩書房、2005年、357頁)
マッチ製造業は、その不衛生と不快さのためにきわめて評判が悪く、飢餓に貧した寡婦等、労働者階級でももっとも零落した層しかわが子を送り込まないようなところだった。送られてくるのは「ぼろをまとい飢え死にしかけた、まったく放擲(ほうてき)され教育を受けていない子供たち」である。(……)270人が18歳未満、40人が10歳未満、そのうちの10人はわずか8歳、5人はわずか6歳だった。労働日は12時間から14、15時間にわたり、夜勤、不規則な食事、しかもほとんどがリン毒に汚染された作業場内での食事である。

(「児童労働調査委員会、1863年」、同書、361頁)

■非人道的な環境から子どもを守る方法
その頃、リバプールやマンチェスターの紡績工場の資本家たちは、孤児や貧困家庭の児童を国中から集めて、低賃金の重労働に就かせていました。炭坑のような危険な労働にも従事させられました。もちろん学校になんか行っていませんから、文字も読めないし、四則計算もできない。

早くに酒や博打(ばくち)を覚え、少女たちは売春することを覚える。そして、重労働と不摂生と非衛生的環境のせいで、早くに死にました。
マルクスはこのような非人間的な労働環境から子どもたちを守るために「労働価値説」を展開するわけですが、同じ歴史的状況から「義務教育」という理念も生まれました。発生的には義務教育というのは、「両親と雇用者によるこうした権力の濫用」(同書、377頁)から子どもを守るための装置だったのです。
ですから、日本国憲法でも「義務教育」を定めた第26条のあとに、第27条3項では「児童は、これを酷使してはならない」とあるのです。「義務教育」はつねに「児童労働の禁止」とワンセットになって存在する制度なのです。
■親が同意しない結婚は「犯罪」だった
フランスにおける親による児童虐待については、エリザベート・バダンテールの『母性という神話』(鈴木晶訳、ちくま学芸文庫、1998年)が詳述しています。
絶対王権の時代は「親が子どもを処罰する権利」を享受することによって家庭内が権力的に再編された時代でもありました。アンリ3世の告知(1579年)では「親が同意しない未成年者の結婚は誘拐とみなし、誘拐したものは死刑に処す」とされています。
「父親の懲罰権」はフランス革命に至るまで強化され続けます。1684年の勅令では「親に反抗した者、怠け者、放縦な者、放縦になりそうな者は(……)、男子はビセートルに、女子はサルペトリエールに、拘禁される」と定めました。
1763年のルイ15世の勅令は「家庭の名誉と平安を危険にさらす可能性のある行動に走った」若い男女に適用されたものです。
「勅令は、そうした子どもたちをデシラード島(西インド諸島)の陸軍や海軍の管轄地へ流刑にする権利を親たちにあたえた。流刑地へ送られた子どもたちは、厳重に監視され、ろくな食事もあたえられず、苛酷な労働を強いられた。服役期間が過ぎると、悔い改めたものはマリ=ガラント島に土地をあたえられた。その後、親が希望すれば、フランスに連れ戻された」(同書、56頁)。
■教会が主張した「子どもの権利」
ヨーロッパではご存じの通り、長い間、イエズス会が教育の担い手でした。16世紀にイグナティウス・デ・ロヨラ、フランシスコ・ザビエルらが設立したこの修道会は以後250年の間に650の大学を建学し、無数の初等教育機関を運営し、ヨーロッパにおける学校教育を19世紀まで支えてきました。そのイエズス会が教育において追求したのは何よりもまず「親の懲罰権」の制約でした。これは中世から続く、教会の親権介入の流れを汲(く)んだものです。教会は次のように主張してきたのです。
子どもは神が創ったものであるから、どんなことがあっても、よきキリスト教徒にしなければならない。両親は子どもを、自分たちの好きなように扱ってはならないし、殺してもいけない。神の贈り物にせよ、背負うべき十字架にせよ、両親は子どもを、自分の所有物のように酷使することはできない。

(同書、53頁)

これは子どもを甘やかす文化を持つ、私たち日本人にはいささか理解の届きにくい事態かもしれません。イエズス会士ルイス・フロイスは『ヨーロッパ文化と日本文化』で行った比較文化的考察の中で「親の懲罰権」に言及して、こう書いていますから。
われわれの間では普通鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういうことは滅多におこなわれない。ただ言葉によって譴責するだけである。

(岡田章雄訳注、岩波文庫、1991年、64頁)

いずれにせよ、「義務教育」という理念はこのような「親による懲罰」と「親と雇用者による子どもの収奪」を公的機関が規制することを目的として生まれたものであるという教育史的事実をまず確認しておきたいと思います。学校の機能は何よりもまず「親から子どもを守ること」にあったのです。
■日本でPTAができた理由
だいぶ話が横道にそれてしまいました。教育において「それなしでは教育が成り立たないもの」は何かという問いについて考えていたところでした。
ここまでの話でおわかりいただけたでしょうけれど、学校教育に親は要りません。少なくとも、「公教育」の理念を歴史的に理解するならば、そういうことになります。
こんなことを言うと、「ふざけたことを言うな」といきりたつ親御さんがいるかもしれません。

現に、保護者と教員とが共同して子どもたちを支援する「PTA」という組織がありますからね。でも、これは19世紀末のアメリカに発生した特異な組織で、アメリカ以外の国にはほとんど類似のものを見ることがありません。
そして、日本にPTAができたのはGHQの強い指導によるものです。GHQがPTAの創設を強く求めたのはなぜでしょう。論理的に考えれば、軍国主義教育を担った教師たちが引き続き教壇に立つ(そして今度は日教組の影響下にある)という状況の中で、「教師のイデオロギー的逸脱を父母が監視する」ということの有効性を重く見たからでしょう。私がGHQの人間だったら絶対そうしますもの。
このような保護者による教育支援(あるいは監視)組織はたぶん世界でもアメリカと日本だけにしかありません。「義務教育」というのは子どもを親の親権の及ぶ範囲から遠ざけるということが第一義であるという教育史的な「常識」は、日本とアメリカ以外の国々ではまだ通用しているのでしょう。
■「教育に必要な存在」は誰か
文科省も要らない、教育委員会も要らない、親も要らない。むろん、地域社会も教育の必要条件ではありません。側面からの支援者としてなら有用な場合もあるでしょうが、産業革命期のイギリスの産業資本家のようなものであれば、いない方がはるかにましです。
メディアも要らない。
こう言うとメディアで教育専門の記事を書いている人たちはご不満でしょうが、学校がなくなって、教育評論家たちだけが残っている世界というのがありえない以上、メディアも要らない。
こうやって消去法で消してゆくと、最後に残るのは「教師と子ども」だけになります。これだけは消去することができません。教師のいない教育も、子どものいない教育も、どちらもありえない。それ以外のものはすべてなくても教育は成立します。
■もし教師と子どもが無人島に漂着したら
無人島に漂着した教師と子どもたちがいたとします。最初のうちはいっしょに椰子(やし)の葉で屋根を葺(ふ)いたり、魚を釣ったりしているでしょうが、ある程度、衣食のめどがついたら、当然ながら教師は「じゃあ、そろそろ勉強を始めようか」と言い出すはずです。これは絶対言います。言わないはずがない。歴史や文学や神話について、数学や天文学や美術や音楽について、教師は知る限りのことを子どもに伝えようとする。そして、子どもたちもまた食い入るようにその話に耳を傾ける。
どうしてでしょう。受験勉強に役立てるためでしょうか? 学歴をつけていい就職口をみつけるためでしょうか? 文化資本を身につけて格差社会の上位にポスティングされるためでしょうか?
どれも違います。だって、ここは無人島なんですから。
でも、教育をしたいという情熱と、教育を受けたいという欲望は、無人島であっても、おそらくは変わらない。むしろ、無人島だからこそ学ぶことを切望する子どももきっと出てくると思います。
それは教育の本質が「こことは違う場所、こことは違う時間の流れ、ここにいるのとは違う人たち」との回路を穿(うが)つことにあるからです。「外部」との通路を開くことだからです。
勉強しているときには、子どもたちも一瞬、無人島という有限の空間に閉じ込められていることを忘れて、広い世界に繋(つな)がっているような開放感を覚える。四方を壁で取り囲まれた密室の中に、どこからか新鮮な風が吹き込んできたような爽快感を覚える。そういうことがきっとあるはずです。
「今ここにあるもの」とは違うものに繋がること。それが教育というもののいちばん重要な機能なのです。

【参考文献】

※カール・マルクス『資本論 第一巻 上』(筑摩書房)

※エリザベート・バダンテール『母性という神話』(筑摩書房)

※ルイス・フロイス『ヨーロッパ文化と日本文化』(岩波書店)

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内田 樹(うちだ・たつる)

神戸女学院理事長、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長

1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。2011年、哲学と武道研究のための私塾「凱風館」を開設。著書に小林秀雄賞を受賞した『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、新書大賞を受賞した『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の親子論』(内田るんとの共著・中公新書ラクレ)など多数。

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(神戸女学院理事長、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長 内田 樹)

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