コメ価格の高騰は何が原因なのか。コメ不足への不安が市場全体に広がったためだという見方がある。
本当にそうなのか。元農水官僚で武蔵野大学国際総合研究所研究主幹の山下一仁さんは「2025年産米は豊作で、民間在庫も過去最高に達した。それでも価格が高止まりしているのは、市場心理と需給逼迫によるのではない。価格を高止まりさせているのは、全く別の原因である」という――。
■真犯人は「消費者のパニック心理」なのか
プレジデントオンラインに「JA農協でも農水省でもコメ農家でもない…2026年度もコメの価格を吊り上げ続けている“真犯人”」という記事を見つけた。
“真犯人”は誰と言うのだろうかと興味を持って読んでみたら、私が書いた記事に対する批判記事だった。書いたのは元JA農協勤務の野菜農家・SITO.氏だ。この記事でSITO.氏は“真犯人”を次のように結論付けている。
今回あえてコメ価格高騰の「真犯人」を挙げるとすれば、それは特定の組織や個人ではなく、「需給逼迫が生み出したコメ不足への恐怖や不安が、市場全体へ広まったこと」ではないでしょうか。
市場経済において、価格というのは、誰か一人が自由に決められるものではなく、売り手と買い手の期待や不安、将来的な予測までが織り込まれて形成されるものです。特にコメのように収穫が年1回しかなくて短期間に供給量を増やせない農産物で、しかも主食だと「不足するかもしれない」という心理だけで価格が大きく跳ね上がります。今回の米価高騰は、まさにそうした市場心理が需給逼迫と結び付いて生じた典型例といえるでしょう。

(出典:プレジデントオンライン「JA農協でも農水省でもコメ農家でもない…2026年度もコメの価格を吊り上げ続けている"真犯人"」2026年7月30日公開)

■供給が十分あれば価格は下がるはずだ
確かにパニックによる買い占めは一時的に価格高騰を招く。たとえば、オイルショックでのトイレットペーパーやコロナ禍のマスクなどの例だ。
しかし、供給が十分にあることがわかればパニックは落ち着き、価格は元の水準に落ち着く。現在のコメのように24年産から25年産へと年をまたいで、しかも供給が増えているのに価格が下がるどころか上がったままなかなか下がってこないという状況は、パニック心理によるものとは考えられない。
私が農水省に入りコメ問題(食糧管理制度)を担当した1977年以降、不足するかもしれないという心理だけで米価が大きく跳ね上がったことは経験したことがない。それ以前も1918年のコメ騒動までさかのぼらないとないのではないか? 過去にそのような例があるなら示してほしい。
これまでも(25年産米のように)JA農協の在庫操作により豊作でも米価が上昇するというイレギュラーな年もあったが、おおむね米価は需要と供給で決定されてきた。供給が増えると下がるし、減ると上がる。需要は毎年減少してきたので、減反を強化しなければ米価は低下する。上がるのは人為的な操作があるときだ。
■「平成のコメ騒動」をはるかに上回る価格上昇
今回よりも1993年の平成のコメ騒動の時のほうが消費者はパニックになっていた。
冷夏・日照不足などで作況指数が74まで低下し(生産量は1992年1055万トンから93年783万トンに272万トンも減少)、戦後例のない大不作となった。
「不足するかもしれない」どころか不足は現実だった。
当時コメの総消費量は1000万トンで今の700万トンより4割も多く、食生活に占めるコメの比重は今より高かった。それなのに、政府の備蓄米は23万トンしかなかった。
消費者は列をなしてスーパーや米屋の店頭に押しかけた。当時は食管制度の下にあり価格形成の仕方が現在と必ずしも同じではないが、コメに対する物価統制令は1972年に適用を廃止されており、小売り段階の価格形成は自由だった。
また、政府米の割合はどんどん低下し流通の大半を占めていたのは自主流通米(93年で73%のシェア)で、JA農協が卸売業者に販売する際の価格形成は、今の相対取引よりも公正で自由だった(自主流通米価格形成センターにおける入札で決定)。しかし、図表1にあるように、当時の価格上昇は現在ほどではなかった(対前年比新潟コシヒカリ3.1%、宮城ササニシキ3.5%の上昇)。
■生産増なのに価格高騰の矛盾
これに対し、今回の騒動の引き金となった23年産米の猛暑等による影響は40万トンの供給減にすぎない。しかも、24年夏農水省は「コメは不足していない。24年産の新米が供給されるとコメの値段は下がる」と言い続けた。
マスコミも専門家も農水省と同様の主張を報道し、多くの国民はこれを信じた。大阪府知事が放出しろと主張したこともあり、国民・消費者は100万トン近い備蓄米の在庫があることも知っていた。
消費者はコメがないことがわかると別のスーパーや米穀店に行ったりしないで、あきらめてパンやうどんを買っていた。消費者は24年秋のコメ騒動が起きたころからそれほどパニックになっていなかった。さらに、25年秋以降に供給される25年産は10%の増産だった。
SITO.氏の言う「市場心理と需給逼迫」のうちの需給逼迫は、25年秋に消滅していた。それなのに、生産者がJA農協を通じて卸売業者に売る価格は、23年産1万5315円(玄米60kg)から24年産2万5179円、生産が増えた25年産では3万5573円へと高騰していった。25年産は23年産の2.3倍である。
消費者が購入する精米5kgの価格は、23年秋までは2000円以下だったものが、24年秋には3200円を超え、とうとう25年秋には4000円を突破し、26年1月には4416円となった。
需給が逼迫から緩和する中で、過去に例のないほど価格を押し上げた「市場心理」が、どのようにして生じたのか、説明できるのだろうか。
市場心理には、消費者だけでなく、集荷業者や卸売業者、小売業者の期待や不安も含まれると考えているようだが、消費者の買い急ぎが価格を押し上げた可能性から検討しよう。経済学的には、川下(小売り・消費者段階)の需給動向が川上の集荷・生産段階にまで波及する(派生需要である)と考えるのが妥当だからである。
■現代人はコメ不足でパニックにならない
なぜ、「不足するかもしれないという心理だけで価格が大きく跳ね上がること」はないのか? 米価が2倍、3倍になった大正のコメ騒動のときなら、このような主張は成り立ったかもしれない。
大正のコメ騒動では、全国各地で数百万人にのぼる大暴動が発生し、米問屋などは打ち壊され、軍隊が出動してようやく鎮圧された。
このような騒動が起きたのは、食生活に占めるコメの比重が今とは格段に違っていたからである。
当時の一人当たりのコメの年間消費量は170kgだった。今の3倍以上のコメを食べていた。食料事情が逼迫した戦時中、食管制度によるコメの配給は一人一日2合3勺(編集部注:約345g、茶碗約5杯分)である。これは一年で125kgに相当する。
現在一日2合3勺も食べる人は少ないだろう。それでも1日に必要なカロリーの半分しか供給できず、国民は飢餓をさまよった。今のように肉も魚も卵も牛乳もあるような食生活ではなく、ほとんどコメしか食べるものがなかったからである。
戦時中学童疎開した児童の食事は、コメ(イモ、雑穀)、漬け物、具のない味噌汁だった。小麦生産は少なく、パンは普及していなかった。
■コメ以外の選択肢がある
これに対し、戦後食生活は洋風化し高度化した。油脂や畜産物の消費が高まり、コメの消費量は年々減少し、主食としての地位が大きく低下した。
コメの年間一人当たりの消費量は、1960年115kg、80年79kg、2000年65kg、2020年51kgと減少している。
さらに、小麦等の輸入が増加し、コメの代替品が増加している。コメがなくても、パン、そば、ラーメン、スパゲッティやうどんを食べればよい。今回もコメの値段が上がったので、パンやうどん等に切り替えた人が多い。逆に、小麦価格が上昇し、パンの値段が高くなるとコメの消費が増える。
つまり、経済学の代替性が妥当するのである。コメしか食べるものがない戦前・戦後の食生活と異なり、他に食べるものがあればパニックにならない。「主食」という言葉に騙されないほうが良い。もうコメは主食ではないという農業経済学者もいる。農業界はコメは主食だと強調するが、かれら自身が主食であるコメを減反して平気なのだ。
■「コストプッシュ」と「市場心理」はどうつながるのか
SITO.氏は冒頭に示した記事で、2025年について一部のJA「外」の業者が高額な値段を提示して集荷にまわっていたため、JAとしては在庫を確保するため概算金を引き上げ、結果的に2025年産米が豊作傾向だとわかる頃にはコメの取引価格が上がりきっていた、と説明している。
つまり、「一部の集荷業者が高値の買取価格を農家に提示したために、JA農協も高い概算金を農家に提示せざるを得ず、これが卸売業者にJA農協が販売する際の相対取引価格に反映され、スーパー等でのコメの値段も上がった」と主張しているのだ。

これは「コストプッシュインフレ」(編集部注:需要が高まったわけではないが、供給側の事情ーー原材料費やエネルギー価格、賃金などの生産コストの上昇などーーで価格が上がること)が起こったという説明である。
他方で、米価高騰は「不足するかもしれないという心理」によるという。消費者の買い急ぎが価格高騰の起点だったとすれば、以下のようなストーリーになる。
パニックになった消費者がスーパー等小売業者に押しかけ、スーパー等は限られたコメを消費者に販売するためにコメの値段を上げざるを得なくなった(価格を上げると需要量は減るから)。スーパー等も他の競合店と競争しなければならないので、卸売業者に高い価格を提示しないとコメを仕入れることはできない。卸売業者も同様に高い価格をJA農協、最終的には農家に払わざるを得なくなる――。
つまり、こちらは「デマンドプルインフレ」(編集部注:需要が高まっているが、供給が足りずに価格が上がること)である。
一つの記事の中で、集荷業者によるコストプッシュと、消費者心理によるデマンドプルという二つの異なる説明を示している。しかし、両者の関係については説明されていない。
後者の市場心理が存在しないことはこれまで述べてきたとおりである。また、前者については、競争が機能する市場であれば、需給が緩和していくことが予想される中で、集荷段階での一時的な高値仕入れだけで、販売価格の高止まりが長期化するとは考えにくい。それが市場全体で持続するには、通常の市場で作用する以外の要因(市場への歪み)が働くからである。
■25年産米の価格上昇の説明ができていない
SITO.氏の主張の決定的な問題は、25年産の生産量が増加したというファクツを考慮していない点にある。
仮に、消費者がパニックになると米価が上がるという説が正しいとしよう。しかし、25年産の生産は1割も増加している。民間在庫は24年秋と異なり、史上最高の水準になっている。これは供給過剰であることを示している。
国民・消費者は、マスコミの報道を通じてこれらの事実を知っている。「需給逼迫が生み出したコメ不足への恐怖や不安」や「不足するかもしれないという心理」は25年秋には完全に消滅している。消費者はパニックになりようがない。しかし、米価は24年産から25年産にさらに一段上がっている。
これまで述べてきた通り、24年産米が2万5179円となり23年産米(1万5315円)より64%も増加したのは、23年産米が猛暑の影響を受け、その供給減少分40万トンを24年産米から先食いしたため、24年10月から25年9月まで供給されるコメの量がその分減少したからである。
パニックではなく需要と供給の経済学が示す通りだった。しかも、これは天災だった。
では、25年産米の相対取引価格の年産平均が3万5573円まで上昇したこと(23年産米から24年産米は64%上昇、24年産から25年産米はさらに41%上昇)をSITO.氏は、どう説明するのだろうか?
生産は増えているので、消費者は不足するかもしれないという心理に駆られてパニックになる必要はない。他の条件が変わらず、2009年に農水省が用いた需要の弾性値が現在にも当てはまるなら、理論的には生産(供給)が10%増えれば、25年産米の米価は33%減少し、1万6870円となる。
■「仕入れ価格」と「市場価格」は別問題
最近では、26年6月末の民間在庫は2014年を上回る過去最高の243万トンに大幅に増加し、来年6月には263万~281万トンまで増えると農水省は見通ししている。
一転して大幅なコメ余りとなり、JA農協は米価暴落を恐れて政府に備蓄米として民間在庫を買い入れるよう要求している。
しかし、コメが売れずに余っているなら、なぜコメの値段はもっと下がらないのか。
SITO.氏は「一部の集荷業者が高値を提示したために、JAも概算金を引き上げざるを得なかったからだ」と反論するかもしれない。しかし、それは単なる「仕入れ」の都合に過ぎない。
経済学の常識では、いかに高く仕入れた商品であっても、これだけの供給過剰になれば、保管コストや資金繰りに窮した業者が赤字覚悟で在庫処分(損切り)に走るため、販売価格は下落するはずである。しかも、概算金が仮渡金に過ぎず最終米価ではないし、相対取引価格は年間同一価格ではなく変動する。
今のコメの生産量は年間750万トン程度だ。対して2014年ころは790万トンあった。在庫量が同じでも在庫率(過剰感)は現在のほうが高い。過去最高の在庫なら、精米5kgのコメの値段は2000円を大きく下回るはずだ。
また、相対取引価格は25年産の約3万6000円に対し、14年産は約1万2000円とほぼ3分の1である。筆者の試算では、玄米60kg1万2000円なら精米5kgの価格は1500円になる。しかし、コメの値段は下がっているとはいえ、3300円超で高止まっている。
これだけコメ余りが報道されても、まだ消費者は不足に対する不安を持っていると主張するのだろうか? SITO.氏は、消費者がパニックにならず、しかも生産量が増えるのに、米価が高騰することを新しい経済理論で証明する必要がある。
■吊り上げているのは誰か
では誰がコメ騒動を引き起こし、コメ価格を吊り上げてきたのか。
犯人は、JA農協と農水省である。
減反をしないで潜在的な生産量である1000万トン生産し、国内消費を除いた300万トンを輸出していれば、多少、生産が減少しても輸出を減らすだけで国内への供給を減らすことはない。令和のコメ騒動の根本原因はJA農協と農水省が推進してきた減反である。
減反は生産を減らすことに補助金を与えて米価を高くする仕組みである。(輸出が行われれば)1100円(玄米60キログラム当たり)となる米価を1万5000円程度に引き上げる。
さらに、25年産には、JA農協に都合がよい特殊な事情があった。放出した備蓄米を政府(農水省)が買い戻すに違いないという予想である。
生産が増えてもそれ以上に在庫を増やせば、市場に供給する量を減少させてコメの値段を上げられる。JA農協は増やした在庫を政府が備蓄米として買い入れることで肩代わりしてくれると予想して在庫を増やすことができた。
だから一時、JA農協は24年産よりも高い概算金を提示し、25年産米の相対価格は、出回りから26年6月までの年産平均(速報値)で3万5573円という史上最高水準に達した。概算金が高くなったから相対取引価格が高くなったのではない。在庫の積み増しで高い相対取引価格を実現できると思ったから、概算金を上げたのだ。主犯はJA農協で、共犯は備蓄米を買い入れようとする農水省である。しかも農水大臣は農協ファーストの農林族議員である。JA農協の想定した範囲内で事態は動いていた。
ところが、高市官邸は物価対策から備蓄米買い入れに難色を示した。政府が買い入れないならJA農協のシナリオは崩壊する。慌てたJA農協は備蓄米買い入れの陳情を展開しだした。
市場心理が真犯人なのではない。
JA農協が供給を絞り、農水省が政策によってそれを支える構造こそ、豊作でもコメ価格が下がらない原因なのである。

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山下 一仁(やました・かずひと)

武蔵野大学国際総合研究所研究主幹

1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2026年5月より現職。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。

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(武蔵野大学国際総合研究所研究主幹 山下 一仁)
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