■5月病と似て非なる「9月病」の原因
ゆうメンタルスキンクリニック医師の森しほです。産業医として、働く方のメンタルヘルス相談に携わっています。
さて、8月も終わりの時期になると、こんなご相談が増えてきます。
「最近、会議の内容が途中から頭に入ってこないんです」
「メールを一度読んだだけでは、内容が理解できなくなったんですが……」
「仕事が終わる頃に、もう何も判断したくなくなります。能力が落ちたんでしょうか?」
このように調子を崩してしまう方が多くなります。いわゆる「9月病」です。「5月病」と同様、季節の変わり目に心身の調子を崩している状態のことで、どちらも正式な医学的診断名ではありませんが、背景にはうつ病や睡眠障害、身体疾患などが隠れていることもあります。
9月病と5月病の原因は少し異なります。5月病は、春の環境変化が大きなきっかけになります。入学や就職、異動など、新しい生活が始まった緊張が少しゆるみ、ゴールデンウィークを境に疲れが出てくるのが特徴です。
一方の9月病は、夏の暑さによって睡眠不足や食欲低下、自律神経の乱れが起きやすくなっているところに、長期休暇による生活リズムの乱れ、休み明けの仕事への切り替えなどが重なり、心身の疲れが表面化しやすくなります。
つまり、5月病は「新しい環境への適応疲れ」、9月病は「夏の疲労や生活リズムの乱れの蓄積」という違いがあります。
■9月病の影に隠れた「栄養不足」
メンタルクリニックでも、9月病のような症状で「うつ病かもしれない」「更年期だろうか」「もう認知症?」などと心配し、受診される方が多くいらっしゃいます。
この方々の血液検査結果を見ると、亜鉛などの栄養素が不足していることがあります。また、お話をうかがうと、食事から摂るたんぱく質がかなり少ないように見受けられることもあります。
暑さで食欲がなく、朝はコーヒーを飲んだだけで出社し、昼食はお蕎麦のような主食だけ、夜は暑さと疲れでアイスやビールを口にして、そのまま寝てしまう……。そんな日が続いている方も少なくありません。
食事面を指摘すると「うつだと思っていたら、栄養不足だったのか!」と納得される方もいますが、実際はもう少し複雑です。栄養不足だけが原因で不調を起こしている方もいれば、うつ病や更年期障害、甲状腺疾患、睡眠障害などに栄養不足が重なり、症状が強くなっている方もいらっしゃるからです。
いずれにせよ、脳も筋肉も、日々食べたものを材料にして動いています。材料が十分に届いていなければ、いつもの力を出しにくくなるのは不思議ではありません。
暑さが少し落ち着いたのに、なぜか疲れが取れない、朝から頭がぼんやりする、以前なら簡単にできた仕事に、妙に時間がかかる。
■メンタルと栄養の深い関係
食事からの摂取カロリーが十分でも、必要な栄養が足りていないことがあります。パフォーマンスを発揮するために大切な栄養素についてお話ししたいと思います。
まず、たんぱく質です。神経伝達物質やホルモンなどをつくる材料となります。2026年のFotouhi Ardakaniらの研究では、たんぱく質摂取量が多い人ほど、抑うつリスクが低い可能性が示されました(注1)。
ただし、この研究だけで「たんぱく質でうつが治る」とは言えず、健康な人ほど食事を摂れていた可能性もあります。それでも、菓子パンだけ、麺だけ、サラダだけという食生活が続いているなら、たんぱく質を足す意味は十分にあります。
次に亜鉛です。亜鉛は、免疫や皮膚などにかかわる栄養素ですが、脳や心とも深い関係があります。2020年、横川らの研究(注2)では、約2000人の健診受診者を対象に血清亜鉛値を調べたところ、男性の約半数、女性の約4割で「境界域」とされました。「欠乏」とまではいかないけれども健康のために充分な量とはなっていないという意味です。
また「うつ状態の方の血清亜鉛濃度は健康な方よりも低かった」という研究結果もあります(注3)。このデータから「うつ病の原因は亜鉛不足」とは言えません。食欲低下などにより亜鉛摂取が減っている可能性もあります。ただ、亜鉛が欠乏している場合、食欲低下や倦怠感といった症状や、皮膚炎といったお肌のトラブルが起こることも知られています。
そして、カルシウムです。カルシウムは健康な骨の維持に必要なだけでなく、神経の働きを正常に保つ点でも重要な栄養素です。不足するとイライラしやすくなったり、落ち着かなくなったりする症状につながることがあります。
注1:Amirmahdi Fotouhi Ardakaniほか“Association Between Total, Animal, and Plant Protein Intake and Risk of Depression in Adults: A Systematic Review and Dose-Response Meta-Analysis of Observational Studies”
注2:横川博英ほか“Demographic and clinicalcharacteristics of patients with zincdeficiency: analysis of a nationwideJapanese medical claims database”
注3:Krzysztof Styczeń ほか“The serum zinc concentration as a potential biological marker in patients with major depressive disorder”
■まずは「口に入れられるもの」を選ぶ
「食事を見直しましょう」というと、急に構えてしまう方は少なくありません。
「毎日忙しくて、スーパーに行く時間がない」
「帰宅が遅いので、料理をする余裕がない」
「何品も作ったら、今度は食器洗いが大変になる」
そんな声をよく聞きますし、こうした気持ちは私自身もよくわかります。
食事を整えるというと、「毎日、何品も手作りしなければならない」と考えてしまいがちですが、実はそんな必要はありません。忙しいとき、食欲が落ちているときは、まず「口に入れられるもの」を選ぶことが大切です。
■多忙な人におすすめの食材
忙しい人におすすめしたい食材は、卵、貝類、鮭などの魚、そしてチーズです。
卵は、たんぱく質に加えて鉄、亜鉛、ビタミンDなども含む栄養価の高い食材です。ゆで卵を常備しておくと、朝食や仕事中の軽食にも取り入れやすくなります。
牡蠣などの貝類は亜鉛補給に役立ちます。水煮缶や冷凍品ならコンビニやスーパーでも手軽に買えて、簡単な調理で気軽に食べることができます。
鮭などの魚は、たんぱく質とビタミンDを同時に摂れる便利な食材です。焼き魚のパックなどを活用すると、調理の手間もなくせます。
そして、最も取り入れやすいのがチーズです。たんぱく質、亜鉛、カルシウムなどを含み、間食や料理の追加にも向いています。
チーズの食べ方として、特におすすめしたいのが「焼きチーズ」です。香ばしい香りやカリッとした歯ごたえがあるため、暑い時期で疲れていても手軽にたんぱく質を補えます。冷たい食べ物が続きがちな時期、温かい一品を加えると自律神経を整えやすくなるのも良い点です。
作り方は簡単です。特別な道具も油も不要で、片付けも楽です。
1.フライパンにチーズを並べる
2.油をひかずに、強めの中火で焼く
3.ふちがカリッとしたら、割り箸で裏返す
4.両面がきつね色になったら完成
■心がつらいときほど「食事」を意識
今回、3種類のチーズを実際に焼いて、食感を比べてみました。カマンベールチーズは表面がカリカリに香ばしく、中はとろっとクリーミー。濃厚なチーズの味わいを楽しみたい方におすすめです。
6Pチーズなどのプロセスチーズは、なんといっても入手しやすさが魅力。焼くと表面はカリッ、中はふわっとして、食感のバランスもよく仕上がります。冷蔵庫に常備している方も多いのではないでしょうか。そしてモッツァレラチーズは、カリッ、もちっ、そして伸びる食感が楽しめます。焼くことで、普段とは違った味わいになります。
同じチーズでも、種類によって焼き上がりの食感はかなり異なります。好みのチーズを探して、食べ比べてみるのもよいでしょう。
焼き方には少しコツがあります。今回、一度に多くのチーズを弱火で加熱したところ、チーズが溶けて大きく広がってしまいました。チーズを焼くときは、1人分程度を強めの中火で手早く焼くのがおすすめです。
表面がカリッとしてきたら裏返し、焼きすぎないように仕上げましょう。焦がしすぎると、老化物質であるAGEs(糖化最終生成物)が増えやすいため注意してください。
今回は、9月病を遠ざける食事について紹介しました。一度に完璧な栄養バランスを目指さなくて構いません。心がつらいときほど、まずは食事を見直してみましょう。
そして気分の落ち込みや集中力の低下が毎日続く場合は、食事だけで様子を見ず、早めに医療機関へ相談してくださいね。
1.National Institute of Mental Health“Seasonal Affective Disorder”
2.厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」
3.Takako Mikiほか“Prospective study on the association between serum amino acid profiles and depressive symptoms among the Japanese working population”
4.The serum zinc concentration as a potential biological marker in patients with major depressive disorder
5.Yahya M. K. Tawfikほか“Absolute and Functional Iron Deficiency in the US, 2017-2020”
6.M Vahdat Shariatpanaahiほか“The relationship between depression and serum ferritin level”
7.東京慈恵会医科大学「98%の日本人が『ビタミンD不足』に該当」
8.Olivia I. Okereke, MD, SMほか“Effect of Long-term Vitamin D3 Supplementation vs Placebo on Risk of Depression”
9.文部科学省 食品成分データベース「プロセスチーズ」「しろさけ・生」「鶏卵・全卵・生」「かき・養殖・生」「あさり・生」
10.NIH Office of Dietary Supplements“Vitamin B12”
11.Liana L Guarneiriほか“Effects of Varying Protein Amounts and Types on Diet-Induced Thermogenesis”
12.Judith Wellensほか“Cooking methods affect advanced glycation end products and lipid profiles”
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森 しほ(もり・しほ)
産業医・日本抗加齢医学会専門医・公認心理師
ゆうメンタルスキンクリニック理事。精神医療と皮膚科診療に携わるほか、産業医として一般企業のメンタルヘルス支援や栄養指導、企業の医療顧問としてサービスの医療監修や健康コンテンツの監修、職場の健康づくりにも携わる。記事監修・コラム執筆・取材対応の実績多数。日本皮膚科学会、日本抗加齢医学会所属。『発達障害ママの子育てハック』(飛鳥新社)監修。
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(産業医・日本抗加齢医学会専門医・公認心理師 森 しほ)

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