なぜ人間は社会的動物なのに、時に他人を傷つける行動を起こすのか。作家の橘玲さんは「もっとみんなが共感を持つようになれば、世の中はよくなると思われているが、それは間違っている」という。
進化生物学者の河田雅圭さん、行動遺伝学者の安藤寿康さんとの鼎談を紹介する――。(第4回)
■作家・橘氏が考える「5%の困った人」とは
橘:リベラルな社会ではすべての個人が平等で、優劣はないことになっていますが、これは建前で、どんな組織にも「困った人」はいますよね。私は「5パーセント理論」というのを唱えていて、人口の5パーセントくらいは、近づくととんでもなくヒドい目にあうような人がいる。そういう「困った人」をいかに自分の人生から切り離すかで、幸福度は大きく変わってくると思います。
安藤:だけど、その5パーセント側にいた人は、どう生きていったらいいのでしょう。きっと本人も不幸なんですよね。芸術的才能とか特異な才能があって、そのパフォーマンスが売り物になれば、まだいいけれど。
橘:嫌な性格でもそれを上回る才能があれば我慢できるだろうけれど、その才能すらなかったら……。採用面接ではほとんど将来を予測できないようなので、どの会社にも必ずそういう人が入ってきます。
河田:先進企業で言われるニューロダイバーシティ(※)による多様性の尊重は建前で、企業が能力のある自閉症や精神疾患の人を雇うことで成果があがることを期待しています。本来は、本当に困っている人、悩んでいる人も含めてやっていきましょう、というものなのに。
※脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違い、およびそれらを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこうという考え方。

■「自分らしく生きる」の呪い
橘:「障害があっても頑張っている人を支援しよう」というのは誰もが同意するでしょうが、逆に言うと「頑張れない人」や「頑張らない人」は支援の対象から切り捨てられてしまう。でも、これも本人の責任というよりも、そのような星の下に生まれてきたとしか言えないわけですよね。
河田:障害と認定されていない、普通の人でも遺伝的に「頑張れない」傾向を持つ人は多いはずで、その人たちへの対応は「頑張れ」では解決しないと思います。
橘:私はリベラルを「自分らしく生きることは素晴らしい」という価値観だと定義しているんですが、そうなるとリベラルは「自分らしく生きられない人はどうすればいいのか」というやっかいな問いを突きつけられることになる。「津久井やまゆり園事件」は優生思想というより、リベラルな社会が生み出した病理なんじゃないかと思います。
安藤:今はみんなそうですよね。どうやったら自分らしく生きられるか、それだけが重要だから、「自分らしく生きられない人は何のためにいるのか」というロジックに陥るんです。障害を抱えて寝たきりで、声をかけても反応しない人は、そこから外れてしまう。優生学というより、リベラル化の必然です。
■犯罪と遺伝子の関係
安藤:ただ、年を取れば自分自身がそっち側になるぞ、といつか気づく。多くは、それをやったら自分が殺される側に回ると察知して、そういう人も救われる社会のほうが全体としてハッピーだ、とイメージするようになります。それをイメージする想像力の問題です。
想像力にも遺伝的個体差があるから難しいですが、少なくとも差別を正当化することは理論的にはできない。
河田:遺伝的変異の中でサイコパスや犯罪をしやすい人、協調性が低い人は絶対に現れます。それを「多様性として認めましょう」に含めるのかというと、そうはならないのではないでしょうか。
安藤:優生的にそういった人を排除しても、確率的に必ずまた出てきますね。
河田:今の裁判では、精神疾患のために自分をコントロールできない場合、無罪になったり刑が軽減されたりします。でも実際には、悪意を抱くか、攻撃的になるか、衝動をコントロールできずに行動してしまうか、といった傾向は遺伝的変異の連続的なスペクトラムの上にあって、その人がもともと持っている遺伝子が影響している可能性は、かなり高いと思うんです。
だとすると、罰すべきかどうか。刑事責任を問ううえで遺伝的な側面をどこまで考慮すべきかは、改めて議論する必要があるのではないでしょうか。
■人間はもともと利他的な存在なのか
橘:人文系のなかでは、利己性と利他性を対立させて、人間はもともと利他的な存在なのに、なんらかの悪(ネオリベやグローバル資本主義)によって利己性が前面に出るようになったという主張が人気ですが、これは進化学ではトンデモ理論になるんじゃないですか?
ドーキンスの「利己的な遺伝子」をもち出すまでもなく、利他的な個体が利己的な個体よりも多くの子孫を残して進化してきたというロジックは、かなり特殊なケースでなければ考えられない。社会的な動物が協力し合うのは、血縁淘汰(遺伝子を共有する血縁者の繁殖を助ける)、直接互恵性(返報性にもとづく利他行動)、間接互恵性(共同体内の評判を高める行動)などで生物学的に説明できますよね。
河田:「利己的な遺伝子」説が正しいかどうかはともかく、人間がもともと利己的な存在であったことは確かです。しかし、私は、他の動物ではみられない利他性を人間は進化させたと考えています。
それは、人間が脳を進化させ、他人との関係に関わる認知能力を進化させたことと関係していると思います。
橘:人間の場合、利他的な集団は、利己的な個人ばかりが集まる集団よりも競争で優位だったという集団選択(群淘汰)の主張もありますが、この影響はどの程度大きいんですか。
■フリーライダーは生き残りにくい
河田:私はその影響は非常に大きいと思っています。なぜなら、人間の利他行動に特徴的な点として、集団のルールに従う傾向や同じ集団に属する人とそうでない人を区別する傾向(これらはいずれも遺伝的な影響を受けています)が進化しているからです。
理論的には、小集団間の闘争が激しい時に、それらの傾向が、集団内の協力行動とともに進化することが予測されています。
橘:とはいえ、その利他的な集団の内部にも、協力にただ乗りするフリーライダーは現れますよね。集団の中だけを見れば、利己的にふるまう個体のほうが多くの子孫を残せるはずで、そうなると集団内の協力はいずれ維持できなくなって、崩壊してしまわないのでしょうか。
河田:フリーライダーが進化しやすい状況がデフォルトであり、それがあるからこそ、生き物は基本的に利己的なのだと思います。しかし、集団間の競争による集団選択は、フリーライダーの多い集団が敗北や消滅のリスクに直面するため、フリーライダーの進化を抑え込みます。ただし、そのためには、集団が小さく、頻繁に消滅したり、分裂して新たな集団を生み出したりするようなものでなければなりません。
■共感力が逆に差別を引き起こす
橘:もうひとつ人文系のあいだで人気なのは、「共感」ですよね。「グローバル資本主義に適応した利己的な人間は共感力が低い。
もっとみんなが共感を持つようになれば、世の中はずっとよくなるにちがいない」と素朴に信じられている。
河田:人間の共感力の向上は、他者との関係にかかわる認知能力を進化させたことと関係しています。しかし人間の共感は、特に同じ集団に属する人に向かう一方で、集団の外にいる人に対しては、敵意・排除・無視の傾向を強める結果にもなったと思われます。
この傾向は、いじめグループのような小さな集団から、地域集団、国家、民族まで、さらには恣意的につくり出した集団に対してさえ、同じようにみられます。共感力が、いじめ・ヘイト・差別、そして戦争までを引き起こしているとも言えるのです。
橘:内集団への利他性と外集団の排除はコインの裏表ということですね。考えてみればこれは当たり前ですが、そういう不都合な事実から目を背けて、きれいごとばかり語りたがる人が多いために、人間や社会についての正しい理解が深まらないんじゃないかと思います。
河田:私もそう思います。人間が進化(自然選択であれそれ以外の要因であれ)によって獲得した、遺伝的な心の性質の多様性を理解することは、人間社会を理解するうえで欠かせないと思います。
■行動遺伝学における最大のタブー
橘:行動遺伝学はこれまで個人間に遺伝的なちがいがあることを明らかにしてきたわけですが、現代とりわけ欧米における最大のタブーはヒト集団の間の遺伝的なちがいですよね。
とりわけ白人の研究者は、白人と黒人の遺伝的なちがいを話題にしただけでも「レイシスト」のレッテルを貼られ、キャンセルされて人生のすべてを失ってしまう。それでも進化生物学や進化人類学では、農耕が開始されてからの1万年間でも、異なる地域に移り住んだヒト集団はさまざまな理由から異なる遺伝的傾向を持つようになったと考えざるを得ない。

最後に、可能な範囲で、このもっともセンシティブな話題についてお二人の意見を聞かせていただければ。
河田:6~7万年前、人類はアフリカを出て、寒冷地から高山、新大陸、さらには太平洋の島々まで、世界のあらゆる場所へ広がっていきました。それにともなって、それぞれの環境に適応するかたちで遺伝的な性質が進化しただけでなく、地域ごとに異なる方向へ、偶然によって性質が変化してきた面もあります。
そうした性質には、知能や性格をはじめとする心理的な傾向も含まれます。知能に地域集団間の違いがあるとすれば、それは差別を助長しかねず、慎重に扱うべき問題であることは確かです。
しかし、今後ゲノム解析によって明らかになりうる、地域や集団間の認知能力など心の遺伝的な違いを、私たちがどう受け止めるのか、その備えを今から考えておく必要があるのではないでしょうか。
橘:『心はどこまで進化したのか』で、「日本人は幸福になりにくい」というデータが紹介されていますよね。
■日本人は幸福になりにくい
河田:ええ。性格の全世界調査で「日本人は神経質性の傾向が高い」という結果はどの調査でも出てきます。日本人は遺伝的に心配症なんです。幸福度調査で北欧が高いと言われますが、日本人が幸福を感じづらいことが、世界幸福度ランキングでいつも下位に来ることに影響しているんじゃないかと思いますね。
橘:電車が定刻に来るというような一般的なイメージにも合いますよね。

安藤:逆説的ですが、日本はこれだけストレスを負荷し、不安を持つ結果として、安全で、水も電気も平和も享受できます。だけど、この社会を維持するためにものすごいコストをかけていて、その結果、ストレスで自殺する人が多いのかもしれません。
橘:あと、日本人は外集団を信用しない、というのも一貫した傾向として出てきますね。
河田:はい。ただ、社会心理学や進化心理学は、遺伝率はノイズと考えて地域間の差を無視します。文化によって違うという比較文化の立場でも、遺伝的なところまでは踏み込んでいません。
■優生学とどう向き合うか
橘:「日本人とはなにか?」というテーマを論じるのなら、日本人あるいは東アジア系というヒト集団の遺伝的な傾向を前提にしなければならないと思うのですが、ほとんど無視されているというのが現状ですよね。
安藤:僕は今、行動遺伝学者として優生学とどう向き合うか、どう理論的に反駁できるかについての本を書いています。学力の遺伝が、日本では学力差になり、収入差や階層差に結びついていく。「遺伝を言い出すと優生学を振りかざすことになる」という批判に僕がどう釈明するか、という本です。
この本で「学力の差なんて社会に出たらほとんど問題ないじゃないか」ということを示したい。それはあらゆる差別に通じます。「知能は高いほうがいい、だから低いとされる側はやばい」と、みんながどこかで本音で思っている以上、この問題は解決できません。
だから誰かが踏み絵を踏まなきゃいけない、という覚悟も決めている。それを、あっけらかんと「遺伝ってすてき」と書き切ってしまおうと思っているんです。
橘:それは楽しみです。人間や社会について、タブーを乗り越えて、遺伝や進化のような自然科学の知見と整合性のある議論ができるようになるといいですね。その意味でもお二人には期待しています。今日は興味深いお話をありがとうございました。

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橘 玲(たちばな・あきら)

作家

1959年生まれ。早稲田大学卒業。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部を超えるベストセラーに。05年の『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補に。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。著書に『「読まなくてもいい本」の読書案内』(ちくま文庫)、『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)、『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』(幻冬舎文庫)、『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』(集英社)など多数。

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河田 雅圭(かわた・まさかど)

進化生物学者

1958年、香川県生まれ。帯広畜産大学畜産学部獣医学科卒業、北海道大学大学院農学研究科修了(農学博士)。静岡大学教育学部助教授、東北大学大学院理学研究科助教授、東北大学大学院生命科学研究科教授などを経て、2023年から東北大学教養教育院総長特命教授、名誉教授。専門は進化学、生態学。ヒトを含め様々な生物を対象に、ゲノムレベルから集団などのマクロレベルをつなぐ進化研究を行ってきた。’17年に日本進化学会学会賞および木村資生記念学術賞受賞。’20年に日本生態学会賞受賞。著書に『はじめての進化論』(講談社現代新書)、『進化論の見方』(紀伊國屋書店)、『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか?』(光文社新書)、『心はどこまで進化したのか』(河出書房新書)など。進化についての解説記事をnoteで公開している。

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安藤 寿康(あんどう・じゅこう)

慶應義塾大学文学部教授

1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程修了。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学。主に双生児法による研究により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティに及ぼす研究を行っている。著書に『遺伝子の不都合な真実』(ちくま新書)、『遺伝マインド』(有斐閣Insight)、『心はどのように遺伝するか』(ブルーバックス)、『生まれが9割の世界をどう生きるか 遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(SB新書)、『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)などがある。

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(作家 橘 玲、進化生物学者 河田 雅圭、慶應義塾大学文学部教授 安藤 寿康 構成=ライター・編集者、井上英樹)
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