気分のいい人、悪い人の違いは何か。精神科医で起業家の物部真一郎さんは「同じことをしていても、どう解釈するかで、結果が大きく変わる。
ホテルで働く84名の清掃員を対象にした調査で、清掃員を2つに分けて一方にあることを伝えた結果、4週間後に測定された健康指標に変化がみられた」という――。
※本稿は、物部真一郎『最新科学でわかった! 気分のいい人がうまくいく』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■「戻る力」が気分の技術の中身
前頭前野は、帯状皮質などほかの領域とともに、不安や恐怖に関わる「扁桃体」の興奮を抑える働きをしています。回復スピードが速い人は、この「ブレーキ」がスムーズに効いていて、不安や恐怖の信号を感じても、それを必要以上に増幅させず、適切なところで収束させられます。
逆に、回復に時間がかかる人は、このブレーキが効きにくく、ネガティブな感情がいったん立ち上がると、同じループから抜け出せなくなってしまいます。
目指すのは、落ち込まない人間になることではありません。心が沈んだときに、どれだけしなやかに、どれだけ速く、いつもの状態へ戻ってこられるか。この戻る力を育てることが、気分の技術のいちばんの中身です。
認知的再評価とは「気分を落ち込ませている見方を、別の角度から見直す」技術であり、それは頭の中だけの作業ではなく、実際の体験を通じて無意識のうちに形成された「物事の受け取り方のクセ」である「スキーマ」を書き換えていく訓練です。
では、この技術は、日常のどんな場面で力を発揮するのでしょうか。
■解釈を変えるだけで、身体まで変わる
ここからは、健康と気分に大きく関わる「運動」と「睡眠」を取り上げます。
先に結論を言えば、どちらも「同じことをしていても、どう解釈するか」で、結果が大きく変わります。

運動がストレス解消になり、気分を改善することは、経験的に知られています。
これは科学的にも検証されており、運動はストレス反応の調整に関わり、嫌なことを繰り返し思い返す「反芻」の時間を減らすことにも役立ちます。ここまでは、なんとなく違和感なく想像できることでしょう。
ところが興味深いのは、同じように身体を動かしていても、「これは良い運動だ」と解釈しているかどうかで、身体の変化まで違ってくる可能性があるということです。
これを実証した有名な研究があります。
対象は、ホテルで働く84名の清掃員でした。客室清掃は、ベッドメイキング、掃除機がけ、浴室清掃など、一日中身体を動かす仕事です。しかし多くの清掃員は、それを「労働」だと認識し、「運動」だとは思っていませんでした。
研究者たちは清掃員を2つに分け、一方には「あなた方の仕事は、健康的な運動量を十分に満たすエクササイズです」と伝え、もう一方には何も伝えませんでした。
4週間後、興味深い結果が出ました。申告された労働量や生活習慣はほとんど変わっていないのに、前者のグループでは体重、血圧、体脂肪率、BMI、ウエストヒップ比といった指標が、統計的に有意に改善していたのです。
後者のグループには、その変化は見られませんでした。

変わったのは、「これは運動だ」という解釈です。
客室清掃という同じ行動に、「単なる労働」ではなく「身体にとって意味のある運動」という新しい意味づけが重なった。その結果、測定された健康指標にまで変化が見られました。
■寝覚めの瞬間の解釈で一日の気分が決まる
日常でいえば、駅の階段を上がるとき、「しんどい移動」と思うか、「今日の運動タイム」と思うか。書類を取りに行くとき、「面倒な雑用」と思うか、「こまめに動けて、いい機会だ」と思うか。同じ行動でも、解釈を少し変えるだけで、身体への影響は変わりうるのです。
私たちは、寝覚めの瞬間に「よく寝た」と感じるか「全然寝た気がしない」と感じるかで、その日一日の気分が決まってしまうことがあります。この感覚は、実際の睡眠時間の長さと必ずしも一致しません。
もちろん、激しいいびきや日中の強い眠気が続く場合は、睡眠時無呼吸症候群などの可能性もあるので、病院で相談してください。ここで紹介するのは、健康な人を対象にした研究です。
「睡眠の主観的な評価」が、実際の認知パフォーマンスに影響するかどうかを実験した研究があります(※1)。参加者に「心拍や脳波から睡眠の質を推定できる新しい技術がある」と説明し、それらしい機器を装着してもらいました。

そのうえで、実際の睡眠の質とは無関係に、一方には「あなたは昨晩、平均以上に質の高い睡眠が取れていました」と告げ、もう一方には「平均以下の、質の悪い睡眠でした」と告げました。
その後の認知機能テストでは、「よく眠れた」と告げられた群の注意や情報処理の成績が、実際の睡眠とは関係なく、告げられた内容に沿うように有意に高くなりました。一方、「眠れていない」と告げられた群は、成績が落ちました。
※1 Draganich, C., & Erdal, K. (2014). Placebo sleep affects cognitive functioning. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 40(3), 857-864.
■寝具を整える、寝る前に軽くストレッチも有効
両群の睡眠そのものは変わっていません。違ったのは、「自分は昨晩よく眠れた」、あるいは「眠れなかった」という解釈だけです。
もっとも、この実験が確かめたのは認知課題の成績であって、実際に極端な短時間睡眠だった場合の影響まで測ったわけではありません。それでも、睡眠を主観的にどう評価するかが、その日のコンディションに影響しうることは、おさえておいてよいと思います。
繰り返しますが、睡眠そのものは極めて大事で、「解釈しだいでどうにでもなる」という話ではありません。長期的に睡眠を削れば、身体も心も確実に蝕まれます。
しかし日常レベルでいえば、短時間睡眠だった朝に、「とはいえ、深く眠れた感覚はある」と解釈する余地を残すことは、その日のパフォーマンスと気分を左右します。
なお、寝具を整える、寝る前に軽くストレッチをするといった工夫は、睡眠時間を延ばさなくても、「自分は睡眠の質を大切にしている」と納得しやすくなりますし、気分の悪化を防いでくれます。
■認知的再評価は「ポジティブ思考」ではない
運動と睡眠の例が示すのは、同じ行動や同じ身体の状態でも、それをどう解釈するかによって、身体や気分の反応は変わりうる、ということです。

ただ、ここで再び強調しておきます。これは「前向きな考えを持とう」「常にポジティブシンキングを心がけよう」という話ではありません。嫌っている人のことを「実はいい人かもしれない」と頭の中で100回唱えても、自分のなかの評価は、簡単には変わりません。
認知的再評価とは、現実を無理やり明るく塗り替えることではありません。過剰にネガティブになった解釈を、もう少し無理のない、現実的な位置へ戻す作業です。
運動を「良い運動だ」と解釈することも、睡眠を「質は悪くなかった」と解釈することも、それが事実である範囲で、悲観的に傾きすぎた見方をニュートラルに戻しているだけです。
そして、深いスキーマまで書き換えていくには、頭の中の問い直しだけでなく、現実の体験が力になります。
苦手な相手に一度だけ「おはよう」と声をかけてみる。すると、「どうせ無視される」と思っていたのに、普通に挨拶が返ってくるかもしれません。そのとき生まれる「あれ、思っていたのと違う」という小さな予測誤差が、古いスキーマを少しずつゆるめていきます。

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物部 真一郎(ものべ・しんいちろう)

精神科医、起業家

超楽長寿 代表取締役社長。日本スタンフォード協会理事、日本医療ベンチャー協会理事。
高知大学医学部特任准教授。スタンフォード大学経営大学院卒業(MBA,Class of 2015)。高知大学医学部在学中、自身のうつ病をきっかけに「気分が人の行動や意思決定を大きく左右する」ことを実感する。卒業後は精神科医として臨床に従事し、多くの患者と向き合うなかで、日々の気分や心のコンディションが人間関係や仕事に及ぼす影響の大きさを知る。さらに、起業や事業運営を通じて、ビジネスにおいてもパフォーマンスや意思決定の質が日々の気分に左右される構造を見いだす。気分を科学的に扱いうるものとして、体系的に捉え直すため、スタンフォード大学経営大学院に留学し、行動経済学を学んでMBAを取得。在学中に医療系スタートアップを創業し、2019年に株式会社マイナビへバイアウトした。現在は事業を率いながら、医師として臨床の現場にも立ち続けている。CBCテレビ「ゴゴスマ」コメンテーターなど、メディア出演も多数。

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(精神科医、起業家 物部 真一郎)
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