ケンカする2人の間に入って一件落着させる第三者はどのように仲裁しているのか。渋谷のワインバー店主の林伸次さんは、かつて酔った客とトラブルになった際の経験を基に「お互いの言い分を聞いて、どちらの肩も持たず、双方が納得できる落とし所を見つけることができる人が世の中でいちばん強い人」という――。

※本稿は、林伸次『おじさんになっても』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■仲裁できる人が、いちばん強い
僕がやっているバー、以前は朝4時まで営業していました。深い時間になると、お客様がみなさん2軒目や3軒目で、すっかり酔っ払っているので、いろんなトラブルがありました。
あるとき、カウンターに座ったカップルの男性のほうが、「もっとちゃんと説明しろ」と僕にからんできたので、早めに帰ってもらおうと思い、「すいません。お代は結構なので、お帰りいただけますか」と伝えたんです。今まで飲んだ分をお店が持ち、頭を下げてお願いするわけですから、たいていの人は「わかった、二度と来るか」と捨て台詞を残して帰ってくれます。
■警察を呼ぶしかないかと思ったそのとき
でも、そのときは違いました。「どういう意味だ?」とさらにからんできたうえに、お連れの女性も一緒になって「そうよ。このバーテンダー、どういうつもりなの?」と騒ぎ始めたんです。
僕が「すいません」とひたすら謝っていると、その男性がカウンターの上にあったボトルを僕のほうに投げつけてきました。幸い当たらなかったのですが、僕の後ろのグラスが「ガシャーン!」と割れてしまいました。
警察を呼ぶしかないかと思ったそのとき、テーブルで飲んでいた2人組の男性のお客様が立ち上がってくれたんです。
ひとりの方が太い声で「暴力はいけないなあ」とボトルを投げた男性をいなしてくれました。ふっと場の空気が変わりました。するともうひとりの方も立ち上がって、「まあまあ、落ち着いて。いったいどうしたんですか?」と、男性と僕の間に入ってくれたんです。
■仲裁した人が言った名セリフ
その方は、ボトルを投げた男性の言い分を聞いて、こう提案したんです。
「なるほど。あなたの怒りもわかりました。マスターは飲み代を払わなくていいと言っている。でも、グラスを割ってしまいましたよね。ここはどうでしょう、グラス代だけ弁償して帰りませんか」
びっくりですよね。ボトルを投げた男性も、帰るタイミングを失っていたんだと思います。女性の前で格好つけたかったのもあるんでしょう。
財布から1万円札を出して、「これで足りるか?」と言うので受け取ると、間に入ってくれた方が「ではお互いこれで文句なしということで」と言ってくれて、カップルは帰っていきました。
■双方が納得できる落とし所を見つける
後からその方に深くお礼を言いましたが、「大人ってこういうことができるんだ。これこそが大人だ」と心に刻んで、それ以来いろんな場所でこの話をするようにしています。
人間同士、考え方の違いやちょっとした行き違いでぶつかってしまうことってありますよね。でもたいていの場合、当事者たちは「このトラブル、早く終わらせたい」と思っています。でも意地も見栄もあるから、謝ったり終わらせようと言い出したりできないんです。
そこで間に入って、お互いの言い分を聞いて、どちらの肩も持たず、双方が納得できる落とし所を見つける。それができる人が、世の中でいちばん強い人なんだと、そのとき痛感しました。
■おじさんができることはトラブルを収めること
この本では、ここまで「おじさんってダメだなあ」という話をずっと続けてきました。
でも、おじさんにしかできないことって、実はたくさんあるんですね。仲裁もそのひとつです。場数を踏んでいること、プライドや意地がどこに引っかかっているかをその場で読む力、そしてお互いが「この人が言うなら仕方ない」と感じさせる存在感。
それらが揃ってはじめて仲裁ができるわけです。それはやっぱり、年の功としか言いようのないものです。
80歳くらいの人が「まあまあ、待ちなさい。落ち着いて」と言うと、みんな落ち着きますよね。それと同じことなんだと思います。
あなたはこれまで、仲裁に入ったことがありますか? 僕もあの経験以来、仲裁に入ることを心掛けるようにしています。
別に、仲裁でなくてもいいんです。たとえば、若い人が大きなミスをしたとします。ネットで叩かれたり、何か事故を起こしたり、犯罪に近いことをやってしまったり……そういうことは誰にでもあります。
僕たちおじさんだって、今まで何度も大きなミスをしてきたじゃないですか。だからこそ、凹んでいる若者にそっと近づいて、自分がミスしたときの話をしてもいいし、一緒に火消しを手伝ってもいいし、同じミスが起きないように考えてあげてもいいですよね。
僕たちおじさんがこの世の中でできること、それはトラブルを収めることです。
仲裁に入ること、トラブルを未然に防ぐこと、経験を語ること、一緒に火消しに回ること。できることはたくさんあります。そんなおじさんになりたいものです。

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林 伸次(はやし・しんじ)

「bar bossa」店主

1969年生まれ。徳島県出身。渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」店主。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSを開設。選曲CDやCDライナーの執筆を手がけるほか、noteやメールマガジンでは飲食店経営や人生について綴ったエッセイが多くの読者の支持を集めている。2025年には本書にも所収したnote記事「日本で一番わかりやすくてためになる小さな飲食店の始め方 300万円でお店をやろう」が話題となり、note主催の創作大賞2025で入賞を果たした。著書に『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(以上、幻冬舎)、『結局、人の悩みは人間関係』『大人の条件 さまよえるオトナたちへ』『マスター、お酒の飲み方教えてください』(以上、産業編集センター)、『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』(DU BOOKS)等がある。


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(「bar bossa」店主 林 伸次)
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