■内閣改造とアメリカからの「圧力」
内閣改造の人事プランをめぐる報道が花盛りで、これはこれで大事なことなので皆さまも見物して楽しまれているところではないかと思います。
人事の話を聞いていると総理が積極的に誰かをハントするというよりは、そもそも高市早苗さんのお陰で解散総選挙は勝てたので恩義はあるけど高市さんとは働きたくない面々も見えてきております。
というか、あからさまに高市さんから距離を置いている有力議員は高市さんの側も起用したくてもできないというのが正直なところです。
特に、国対委員長の梶山弘志さんを動かそうとすると後任が見当たらないとか、少数の参議院が重しになって国会運営がねじれているのに党人事で参議院に総理があまり興味を示さないとか、割と面倒なことになっているのも事実です。つまり、高市早苗政権の盤石な政権運営をするためにはしっかりとした骨格が必要だが、それを支えられるパーツが足りないように見えるというのが一番の問題となっているわけです。
現在、その「骨格」に直接圧力をかけているのが、アメリカの財務長官・ベッセントさんです。9月1日、20カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議の記者会見でベッセントさんは、日本はリフレ政策をいますぐやめるべきだ、アベノミクスは終わったと明言しました。物価目標がようやく視野に入った以上、次の局面へ移るべきだという理屈です。
■片山氏への「叱責」に近いやり取り
リフレ派を自認する経済評論家などは「ベッセントさんは高市さんの政策を円安誘導や放漫財政、リフレ派として否定するものではなかった」などと釈明をしていましたが、改めてベッセントさんの意向を確認してみるとガッツリ円安路線を全否定し釘をさす内容であったため、政権は慌てて概算要求の中身の見直しを考えなければならない状態になったりして、てんやわんやであります。
その点では、財務大臣・片山さつきさんへの厳しい視線は今回が初めてではありません。今年1月のダボス会議でも、日本国債の急落が米国債市場に波及する局面で、両者のやり取りは近況報告というより叱責に近いものだったと現地関係者に受け止められていました。ベッセントさんとはファーストネームで呼び合う関係と片山さつきさんは国内向けには豪語していますが、その内容を文字面通りに信じる人は日米筋では少ないのは間違いありません。
8月30日にベッセントさんが日銀総裁・植田和男さんと会談した際のやり取りを米財務省が公表した文書には、円の過小評価を正すための断固たる対応を強く後押しするという趣旨の言葉が並んでいます。しかし片山さん自身は、翌8月31日にベッセントさんと会談した直後、記者団に対して、秩序だった円相場は世界の金融市場の安定に不可欠であり、日米が引き続き協調して取り組むことで一致したと、当たり障りのない言葉にとどめています。

■米紙が報じた経済政策への不満爆発
その後、9月1日になって、5月に来日した際の片山さんとの夕食会で2時間以上、高市政権の経済政策への不満をぶちまけていたという米紙ニューヨーク・タイムズの報道が表面化してしまいました。9月3日には、同紙の報道について問われ「問いただされたことはない」と否定しましたが、私的な圧力から公式な要求へと、この3カ月半で確実に格上げされているわけです。
市場はこれに素直に反応しました。もともと7から8月にかけての円買い介入は、総額15兆円と過去最大になったと財務省が発表しましたが、その後、9月2日から4日にかけてドル円は5円を超える急速な円高となり、一時155円台まで進みました。円高の材料には、ベッセントさんの発言に加え、片山さんや植田さん自身の発言、そして年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)をめぐる思惑報道も重なったとされます。要は、日本とアメリカの金融当局は然るべき信頼関係をもって日米で協調して円買い介入や政策調整をしますよと示したことになります。
■ベッセント発言は実弾の為替介入に匹敵
片山さんは7月にも、年金基金による国内資産投資を後押しする考えを示し、その際もドル円が急落しました。GPIFはおよそ400兆円規模の外国債券・外国株式を含む資産を運用する世界最大級の機関投資家です。海外の為替ストラテジストの間では、GPIFが外国債券を売って日本国債を買う方向に舵を切れば、日本への資金環流という大きな流れの始まりを示すシグナルになり、円にも日本国債にも強気の材料になるとの見立てが語られています。
実際にそこまで踏み切るかどうかは別として、片山さんの一言だけで市場がここまで反応してしまうこと自体、いまの為替相場がいかに神経質な状態にあるかを示しています。つまり、ベッセントさんの発言そのものが、実弾の為替介入に匹敵するほどの威力を持ってしまっているということです。そして、これらの円買い介入の原資が日本の外貨準備の相当な割合を占めるアメリカ国債の売却だったことも改めて判明しました。
ベッセントさんの日本への内政干渉とも取られかねない強い態度を示した背景には、アメリカ国債にまつわるさまざまな難題を解決するパーツのひとつが「過剰な円安状態の解消」にあったからに他なりません。
■長期金利が30年ぶりに3%台に
米国債市場を守るという、切実な事情の背景として、日本の長期金利が9月1日、1996年以来およそ30年ぶりに3%台へ乗せたことも重要なポイントになります。もちろん、世界的に見れば日本の金利はなお絶対的に低いという判断もあります。他方で日本の政府債務残高は、国と地方を合わせた一般政府の総額で約1400兆円に達するわけで、長期金利が上がれば国債償還の利払いで30兆円、40兆円と罰ゲーム利息を支払わされることになります。いきなり利払いが上がるわけではありませんが、国債を償還し再度調達するごとにこの金利が乗るわけですから、日本の財政にとっては一大事です。
そして、日本国債の利回りが十分に魅力的な水準まで上がれば、米国債を保有してきた日本の機関投資家が資金を国内へ戻す「ホームバイアス」が強まりかねません。日銀の植田総裁は8月末のジャクソンホール会議を欠席し、タカ派として知られる審議委員・田村直樹さんを代わりに派遣しており、市場はこれを警戒材料として受け止めました。9月17日、18日に開かれる次回会合では、0.25%の利上げが8割方織り込まれています。片山さんの留任は、単なる政権の骨格維持というより、この綱引きの最前線に立てる人材を代えない、代える相手もいまのところいないという判断でもあるのだと思います。
■高市政権の手足はすでに縛られている
もっとも、この状況を過度に悲観する必要はないという見方もあります。長期金利3%という水準は、バブル崩壊直後の1990年代と比べればなお低く、超低金利からの正常化そのものはむしろ健全だと捉えるエコノミストも少なくありません。ベッセントさんの発言についても、日本一国を狙い撃ちにしたものではなく、世界は借金まみれであり成長によってその重みを薄めるしかないという、トランプ政権自身の経済哲学の延長線上にあるという整理もできます。
世界的に金利が上がっていますしね。
とはいえ、そうした理屈の是非とは別に、市場が実際にどう反応するかという一点において、高市政権の手足はすでに縛られ始めているというのが実情でしょう。しかも厄介なのは、ベッセントさんの求めに応じて日銀が利上げのペースを速めれば速めるほど、高市政権自身の財政運営も苦しくなるという点です。長期金利が上がれば、国債の利払い費はそのまま膨らんでいきます。外圧をかわすために金利上昇を受け入れることが、消費減税の財源をひねり出そうとしている当の財政運営を、さらに圧迫するという、なんとも皮肉な悪循環がそこにはあるのです。
■「外圧」が看板政策と真正面からぶつかる
日本の政治には、かねて「外圧」という言葉があります。国内だけでは決めきれない路線転換を、外からの圧力を利用して進めるという構図です。ベッセントさんの発言が、高市政権にとって単なる迷惑な横槍にとどまらず、むしろ財政規律派の発言力を強める追い風として働く可能性もゼロではありません。ただし今回厄介なのは、外圧が高市さん自身の看板政策と真正面からぶつかっている点です。
また、高市さんには、外からの圧力だけでなく、自らの公約という内側からの制約もあります。飲食料品の消費税率を来年4月から2年間、8%から1%に引き下げ、給付付き税額控除と組み合わせて実質ゼロにする――この看板政策は9月5日、閣議決定されました。表明からわずか6日という異例の速さです。
大丈夫ですか総理。しかし、財源をどうするかという最も重い宿題は、まだ解けていません。年間およそ5兆円、2年でおよそ10兆円規模とされる税収減について、高市さんが繰り返し強調してきたのは「特例公債には頼らない」という一点です。
地方側も無関係ではいられません。総務大臣・林芳正さんは、この減税による地方の減収がおよそ1兆6000億円規模になるとの試算を国会で明かしています。自民党の税制調査会長・小野寺五典さんは、党の会合を終えた際、出席者から「社会保障に影響が出ないような財源で対応してほしい」との注文がついたことも明かしました。財源の中身は、9月に固める税制改正大綱と、年末の予算編成にすべて先送りされた形です。
■赤字国債を増やさずに穴を埋める方法
さらには、中国を念頭に置いているとされる防衛費増額による財源も未決です。社会保障も団塊の世代の後期高齢者入りのころをピークにまだまだ増えていきます。しかし、ここで金利があがると利払いが増えて財政がさらに痛むことになるんですよ。なので、結果的に、インフレがどうだという以前の問題として財源問題と、それを支える日本経済のあり様についてはちゃんと考えなければならない局面にあります。
消費税減税だけでも、赤字国債を増やさずに年5兆円規模の穴を埋めるとなれば、答えは二つに一つしかありません。
歳出のどこかを削るか、伸びを抑えるかです。日本総合研究所は9月1日、閣議決定されたばかりの骨太方針と日本成長戦略について、対象分野があまりに広く、政策資源が分散する懸念があると指摘し、重点分野を絞り込んだ選択と集中が不可欠だと注文をつけています。
AI・半導体をはじめとする戦略17分野に官民で370兆円超を投じるという壮大な看板の裏で、財源というごく現実的な制約が、その中身を絞り込むよう静かに圧力をかけ始めているのです。政策担当者はそんなことは百も承知でしょうが、広げた風呂敷を畳むのは政権の責任であることは言うまでもありません。どうするつもりなんでしょう。
■「大盤振る舞いできない」という結論
概算要求の段階では、成長や危機管理に関わる分野であれば上限を設けない「強く豊かな日本」投資枠という、いわば青天井の仕組みまで新設されました。看板の掲げ方だけを見れば、絞り込みとは逆の、割と盛大な拡大路線にすら映ります。しかし、看板をどれだけ大きく掲げても、年末の予算編成で財務省の査定を経て実際に金額がつく段階になれば、消費減税の穴埋めという最優先事項が先に財源を押さえてしまうことになります。
その結果として、他の分野にしわ寄せが向かうのは避けがたい構図です。外からはベッセントさんが金融緩和の縮小を迫り、内では自らの減税公約が財政出動の絞り込みを迫る。高市さんは、いま二つの方向から、同じ結論――「これ以上の大盤振る舞いはできない」という結論へ押されていることになります。
この構図は、実体経済の統計にもすでに顔をのぞかせています。
日本政策投資銀行が6月にまとめた調査では、資本金10億円以上の大企業の2026年度設備投資計画は前年比19.7%増と、強気な内容でした。製造業はAI・データセンター関連投資の拡大で二桁増の計画、非製造業も送配電網投資の継続や原子力関連投資の本格化、都市機能強化やインバウンド対応などで大幅増となっており、いずれも政府の戦略分野と重なる領域です。中東情勢の不確実性を受け、サプライチェーンもコスト重視から、調達先の分散を進める「レジリエンス重視」へと軸足を移しつつあります。やらなければならないことは、確かに山積みです。
■「景気悪化+物価上昇」の最悪シナリオ
ところが、帝国データバンクが5月に公表した、中小企業を多く含む全国2万社超への調査では、まったく違う風景が広がっています。2026年度に設備投資計画が「ある」企業は56.7%にとどまり、3年連続で低下しました。投資を予定していない企業の半数が理由に挙げたのは「先行きが見通せない」ことで、2025年度はトランプ関税、2026年度は中東情勢の悪化が、その不透明感の主因とされています。デジタル投資に前向きな企業の割合も、大企業の51.3%に対し中小企業は31.4%にとどまり、20ポイント近い差がついています。
設備投資に踏み切る企業でさえ、資金の6割近くは自己資金でまかなっており、補助金・助成金を活用したくても「新技術・新分野への進出が条件になっていて、既存事業の拡大を狙う自社には使いにくい」といった声も寄せられています。帝国データバンクはこの調査結果を踏まえ、投資の停滞が長引けば、老朽化した設備でのコスト増と生産性低下を通じて企業の競争力が弱まり、投資と雇用の抑制が需要縮小を招いて、景気が悪化しながら物価が上昇するスタグフレーションに陥りかねないとまで警鐘を鳴らしています。
■大企業と中小企業で「二極化」が鮮明に
つまり、いまの日本経済は、政府が重点を置く一部の戦略分野と大企業に投資が集中する一方、その他大勢の中小企業は先行き不安から投資に踏み切れずにいるという、二極化した姿をすでに見せているのです。財源難を理由に政策の的をさらに絞り込めば、この二極化はいっそう鮮明になるでしょう。恩恵を受けるのはAIやデータセンター、エネルギー関連といった、もとから勢いのある分野に集中し、先行き不安を抱える中小企業への目配りは、後回しにされかねません。地方への配慮を欠かせない連立相手・維新の顔を立てながら、限られた財源を成長分野に厚く配分するという綱渡りを、高市政権はこれから同時にこなしていかなければならないのです。
こうして見ていくと、今回の内閣改造で政権の骨格をほとんど動かさなさそうな高市さんの判断には、腑に落ちるものがあります。財務大臣・片山さん、外務大臣・茂木さん、防衛大臣・小泉さん、官房長官・木原さん、そして党の副総裁・麻生太郎さんと幹事長・鈴木俊一さん。いずれも留任・続投の方向とされています。鈴木さんは麻生さんの義弟にあたり、党内で唯一の派閥を率いる麻生さんの支援を維持することは、来年秋に予定される総裁選をにらんだ布陣でもあるとされます。
■この先、数カ月が高市首相の正念場
派手な人事で支持率回復を狙う場面ではない、というのが官邸の判断なのでしょう。むしろいま必要とされているのは、対米交渉の蓄積を持つ片山さんのような実務家であり、限られた財源のなかで政策の優先順位をつけ直す、地味で骨の折れる作業に耐えられる体制なのだと思います。看板を替えるより、看板を守り抜ける人を替えない――今回の人事の本質は、その一点に尽きるのではないでしょうか。
とは言え、枝葉のところの改造で済ませるのならこの時期に人事やる必要って特になかったんじゃないか問題は見え隠れします。総理がどうしたいのか、イマイチよくわからないんですよね。
今回、内閣改造が想定される9月16日から18日という日程は、日銀の金融政策決定会合が開かれる9月17日、18日とほぼ重なります。政治の日程と金融政策の決定が同じ週に集中するのは、偶然にしてはできすぎています。改造直後には総理自身が国連総会出席のため訪米する予定もあり、そこでベッセントさんとの間接的なせめぎ合いが再燃する可能性も十分にあります。さらに秋の臨時国会では、消費減税の関連法案の早期成立も控えています。財源の具体像がどこまで国民に示せるかは、法案審議そのものの行方も左右するでしょう。
外圧と内なる財源の壁に挟まれた高市政権が、「責任ある積極財政」という看板をどこまで掲げ続けられるのか。片山さんという同じ顔ぶれを対米交渉の最前線に据え続けたこと自体が、高市さん自身、この先の数カ月がこれまでとは質の違う正念場になると見ている証拠なのかもしれません。その答えの一端は、9月半ばのこの1週間に凝縮されることになりそうです。

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山本 一郎(やまもと・いちろう)

情報法制研究所 事務局次長・上席研究員

1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。

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(情報法制研究所 事務局次長・上席研究員 山本 一郎)
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