全国各地で新技術を活用した改札が登場する中、JR東日本が本命視しているのがUWBと呼ばれる無線通信技術だ。タッチがいらない「ウォークスルー改札」の一つで、2027年春にも都内で試行導入する予定だという。
いったいどんな技術なのか。鉄道ジャーナリストの東香名子さんが取材した――。
■「改札でタッチ」の時代が終わる?
2001年に登場したSuicaは、日本の駅の風景を大きく変えた。
これまで切符や定期券を改札機に入れていたのが、「ピッ」とタッチするだけ。しかも処理にかかる時間はわずか0.2秒。世界でも屈指の混雑を誇る首都圏の駅で、次々と人を気持ちよくさばいていく。
交通系ICは日本全国に広がり、私たちの生活に密着した。ところが、今では当たり前となった「ピッ」を、JR東日本は終わらせようとしている。
同社は2024年12月、「Suica Renaissance」と名付けた今後10年間の大規模なSuica改革を発表した。その中でも特に目を引くのが、「改札はタッチするという当たり前を超える」という構想だ。将来的には、タッチせずに通過できる「ウォークスルー改札」の実現を目指している。
■全国で広がる「顔パス改札」の課題
では、どうやって「タッチしない改札」を実現するのか。
なかには「顔認証」を思い浮かべる人もいるかもしれない。改札を通る時は、顔を見せるだけ。つまり「顔パス」で改札を通れるシステムがすでに日本各地で導入が始まっている。
2024年には日本の鉄道会社で初めて、千葉県の山万ユーカリが丘線が導入した。大手私鉄で初めて導入したのは東武鉄道。2026年に、池袋駅などで顔認証改札が始まっている。
各社、実証実験も進行中で、JR西日本では2023年から大阪駅・新大阪駅で顔認証改札の実証を開始し、2026年には新タイプも導入。これは筆者も体験させてもらったが、何もアクションすることなく通れるのはまるで「魔法」のようだった。

※参照:Suica終焉へのカウントダウンが始まった…「改札でタッチ」を時代遅れにする"次世代の改札機"の正体
JR東日本も、2025年に上越新幹線の新潟駅と長岡駅で顔認証改札の実証実験を実施した。
改札を通るには、顔さえあればいい。これぞ「究極の手ぶら改札」かもしれない。しかし、ここには日本の鉄道ならではの厄介な問題がある。

ひとつが、「顔の登録に抵抗がある」という問題だ。
■「顔データが流出したら…」という不安
筆者が主宰する「鉄道トレンド総研」が258人を対象に行った調査では、顔認証改札を「使いたくない」と答えた人は45.3%にのぼった。理由を紐解くと、「顔データ」という個人情報提供への抵抗や、データ流出、誤認証などへの不安が目立った。
もちろん、セキュリティや個人情報の扱いは鉄道会社側でもしっかりされているだろう。しかし「私の顔写真をどうぞ」とすんなり提供できる人は、そう多くはないのかもしれない。
実は、JR東の本社ビルでも、一部に顔認証ゲートが導入されているという。登録をしておけば、社員証をかざすことなくゲートを通れる。「なんて便利なシステム!」と思いきや、登録は希望制で、顔のデータを登録することの抵抗感から、参加していない人もいるという。
顔認証が日本に広く普及するには、なかなか高いハードルがありそうである。
■ウォークスルーの本命は「UWB」
ウォークスルー改札の導入を目指すものの、顔認証は思ったほど日本人に受け入れられそうにない。では、どうすればいいか。
「顔認証のほかに、私たちが採用を試みているのが『UWB』という仕組みです」と言うのは、JR東日本マーケティング戦略部の平井辰徳マネージャーだ。
Suicaに携わること約20年、まさにSuicaとともに歩んできたベテランだ。一体、UWBとは何なのか。
「UWBとは『Ultra-Wideband(超広帯域無線)』と呼ばれる無線通信技術のことです。それが搭載されているスマートフォンの位置を、センチメートル単位で把握できます。『AirTag』と呼ばれる、紛失したiPhoneを探す機能がありますが、あれにもUWBが使われています」(平井さん、以下同)
つまり、Suicaの情報が入ったスマホを持っているだけで、UWBを通して認証され、改札を通れるという仕組みなのだという。わざわざスマホを取り出す必要はなく、カバンの中に入れたままで、改札を通ることができる。
■機能をオンにするだけで改札通過
JR東は顔認証だけでなく、Bluetoothやミリ波など、どの方式がウォークスルーにふさわしいか検証してきた。そんななかで「UWBが頭一つ抜け出した、ウォークスルー改札の本命です」と平井さんは力強く話す。
「UWBは位置をかなり正確に測ることができます。改札の近くにいる人なのか、実際に改札を通った人なのかを判定できる。将来的な利用イメージは、Wi-FiやBluetoothのように、スマホの機能をオンにするような感覚です。もちろん、顔認証のように顔画像を登録する必要はありません。

また、正確さは完璧を目指さなくてはいけません。仮に『認証率は99.9%です』と言っても、0.1%は誤認識するという話になってしまう。弊社には1日約1600万人のお客さまが利用していますので、0.1%だと1万6000人にもなります。一般的に高く見える99.9%という数字さえ、大きな問題につながります」
■UWBは「新宿駅の朝ラッシュもいける」
さらに乗客の私たちが気になるのは、処理のスピードだろう。現行のSuicaの処理速度は約0.2秒。前の人がほんの少し改札で引っかかっただけでも、その後ろには一瞬で列ができる。
朝の新宿駅や東京駅を思い浮かべれば、その重要性がわかるだろう。首都圏のラッシュを支えるには、「認証できる」だけでは足りない。いくらウォークスルーの改札が便利でも、処理速度が遅ければ朝ラッシュの改札が詰まってしまう。速度についてはどうなのか。
「もちろん、高速性も外せない概念です。今でもSuicaで『ピピピ』となった瞬間、後ろに列ができて気まずいことってありますよね。
認証する媒体が変わったことで詰まる、ということはよろしくない。どの認証方式であっても、スムーズに流れるようにしたいと思っています。
UWBの認証スピードは、Suicaとそれほど遜色がありません。極端に遅くなったり、立ち止まることもありません」
そこで、こんな質問をぶつけてみた。「新宿駅の朝ラッシュはいけそうですか」すると、「基本的にはいけると思います」という頼もしい答えが返ってきた。
今回の取材では実際に、UWB改札の実験動画を見せてもらった。普通の速度で歩き、そのまま改札を抜けていく。映像を見る限り、現在のSuicaタッチと大きく差はないように思えた。
■2027年春から都内で「試行導入」
UWBを用いた改札を使えるのはいつなのか。JR東によれば、2027年春から、実際に利用客が使っている改札通路での試行導入を始める予定だ。対象は品川、大井町、大森、蒲田、高輪ゲートウェイの5駅に、さらに都内の数駅を加えることを想定している。各駅の既存改札機を改造し、まずは1通路程度から始めるという。

平井さんによれば、今回の取り組みは「実証実験」ではなく「試行導入」。単なる技術のお試しではなく、その先の実用化をにらんだ段階に入ってきたようだ。
2027年春の試行導入でUWB改札を利用するには、原則としてUWB対応のスマートフォンが必要になる。利用者自身の端末を使うのか、JR側が対応端末を貸し出すのかなど、参加条件は現在検討中だ。
ちなみに、今後ウォークスルー改札が導入されても、カード型のSuicaがなくなるわけではないという。当面は従来のタッチ式とウォークスルー方式が共存することになりそうだ。
■さようならペンギン、さようならタッチ
2001年に登場したSuicaは、切符や定期券を改札機に入れるという動作を「タッチする動作」に変えた。そして今度は、その「ピッ」すらなくそうとしている。では、JR東日本はどんな世界を目指しているのか。
「目指しているのは、よりシームレスに移動できる世界です。今はSuicaを取り出してタッチするというアクションが必要ですが、それすら意識せず、ノーアクションで移動できる。究極的には、そういう世界観を目指しています」
「Suica Renaissance」を掲げ、Suicaのサービスそのものを大きく変えようとしているJR東日本。長年親しまれてきた「Suicaのペンギン」の卒業も決まり、いまSuicaは大きな転換期を迎えている。次に私たちの「当たり前」をどう変えてくるのか。しばらくSuicaから目が離せそうにない。

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東 香名子(あずま・かなこ)

コラムニスト

鉄道コラムニスト。鉄道トレンド総研所長。メディアコンサルタント。外資系企業、編集プロダクション、女性サイト編集長を経て現在フリー。メディア出演多数。著書に『超タイトル大全 文章のポイントを短く、わかりやすく伝える「要約力」が身につく』ほか。

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(コラムニスト 東 香名子)
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