■YouTuberが福島大に言及し炎上
日常において、「学歴」にまつわる話を見聞きすることは少なくない。学歴は本当にちまたの人気が高いようで、エンタメのネタとしても確立した感がある。
その学歴について、先日、学歴系YouTubeチャンネル「wakatte.TV」が炎上していた。
炎上の経緯はこのようなものだ。
「wakatte.TV」の高田ふーみん氏、びーやま氏は、番組の企画で福島大学を訪れた。大学について教えてほしいとインタビューされた学生が、東日本大震災後の2013年に新設された「環境放射能研究所」での活動を紹介したところ、高田氏は「放射能とか原子力ってエネルギーで超重要な問題なわけですよ。福島大には触らせたくない」と返したのだ(注1)。
この発言が物議をかもす。福島大学学長をはじめ、福島市長、いわき市長、はては文部科学大臣までが苦言を呈する事態となった(注2)。
注1:デイリー新潮「『学歴イジり』は本当にエンタメなのか 福島大を侮辱『wakatte.TV』炎上で見えた“もう一つの顔”と“受け入れた人たち”」
注2:福島大学「本学を取り上げたインターネット動画について」、馬場ゆうき(福島市長)Xポスト、内田広之(いわき市長)Xポスト、文部科学省「松本洋平文部科学大臣記者会見録(令和8年9月4日)」
■制作側は「ボケ」だと主張
いっぽうで、制作者側も反応する。「wakatte.TV」のプロデューサーである音畑柊氏は、自身のYouTubeチャンネルでこのように発信したという(注3)。
「福島大に受かりました程度の能力では、高度な原子力扱うのは相当頑張らないと難しいんじゃないの? っていう表現が、どうやったら福大の努力や研究をバカにしてる、被災者の人達が可哀想、東日本大震災の原発事故イジってるっていうコジツケになんのか教えて欲しいねんけど」
「どーゆー理解でその感想なんの? 偏差値の低い国公立の人間に原子力は無理やぁ! っていういつも通りのボケやろ!」
つまり、問題になったくだりは「ボケ」だと主張しているのだ。こうも述べている。
「高田はただの演者で指示通りやってるだけで、何も悪くないねんな。音畑にやらされてるって、もっとそれを色んなとこで叩いてる奴らにアピールしてや あいつら2人は俺と違って、ヤバいくらいいい奴やで」
エンタメに広く通じることであるが、いくらYouTubeやSNSといった自由度の高い媒体であれ、たいていの場合「裏方」が存在する。顔と名前が出る演者や書き手の言動が、どこまで本人の意思によるものなのか、外からはわからない。
本件については少なくとも、音畑氏自身が「指示通り」「自分にやらされている」という趣旨の説明をしており、エンタメの演者として生きていくなら、そういう不条理をのみ込まざるを得ないこともあるのだろう。なお、その後、高田氏は謝罪動画を公開し、問題となった発言について反省の意を述べている(注4)。
で、本件をどう考えるべきか。
注3:女性自身「『偏差値低い人間に原子力は無理というボケ』大炎上の“学歴系”YouTuber プロデューサーの発言が火に油…wakatte.tvは『何も悪くない』と徹底擁護」、ネバタイズム【港区六本木PentHouseより】「【緊急】福島大学の件に絡む炎上によるwakatteの今後について」
注4:wakatte.tv「【お詫び】福島大学キャンパス調査の動画の件について謝罪させていただきます」
■大学教員が感じた「YouTuber側の事実誤認」
正直なところ、このように「ネタだ、ノリだ、ギャグだ、エンタメだ」と主張する「業界人」と、それをマジメに受け取って(そして、不快感を示して)しまう層との会話が成立しているようには思えないし、今後も会話できない可能性が高い。
それはギャグとして面白いのかと疑問を呈しても、元々学歴が大好きで「低学歴」をラベリングして笑う層が観ているチャンネルなのだとしたら、何を叫んでも暖簾(のれん)に腕押しである。
苦言を呈する側は真摯(しんし)な気持ちであるとはいえ、事態を「好転」させることは難しいように思える。もはや現代社会でこの手の炎上の種は尽きず、日々どこかで燃料が投下されていて、炎上自体が宣伝効果をもつことすらある。
そこで本稿では、大学教員という筆者の立場を活かして、少し別の論点を提示してみたい。
実はYouTuber側に、おおいなる事実誤認があるのではないか、という見方をもとにして、である。
■大学の偏差値は「誰」の数字なのか
件(くだん)のYouTuberの発言を見返してみたい。まとめれば、「超重要な問題(に関する研究)は、偏差値の低い(高くない)大学は扱わないべきである」と主張したといえよう。ここでいう偏差値とは、受験予備校などが提示しているものだと理解できる。
ところでそもそも、偏差値とはいったい「誰」の数字なのだろう。
大学における研究にはもちろん学生(大学院生)も関わるのだが、主に研究を牽引するのは研究者である。多くは教育業務も兼ねている、つまり大学の先生だ。
そして当たり前のことなのだが、福島大学の偏差値がわかったところで、福島大学の先生の「偏差値」はわからない。
学歴なる基準だけで語るならば、大学の偏差値と、その大学に所属している先生の「偏差値」は、ほとんどの場合で一致しない。その先生は福島大学を卒業していないかもしれないからである。
ここで、あえてYouTuberらの大好きな学歴と偏差値の世界に乗っかってみよう。
実際に、問題となった福島大学の環境放射能研究所に所属する教員らの「学歴」をみてみると、いわゆる旧帝大のような一般に難関とされる大学の出身者が目立つ。
「福島大学には原子力を触らせたくない」という場合、いったい何大学を卒業していれば、触ってよいのだろう。
■大学を揶揄する側の学歴はいかに
さて、問題のYouTubeチャンネルは、大手学習塾「武田塾」の講師と教務が出演していることが明らかにされている。余談だが、塾のYouTube動画にも出演している高田氏は、「wakatte.TV」とは違った口調で話し、「偏差値がすべてではないです」といった発言もしている(注5)。ふだんは「誇張したキャラクター」を演じさせられているわけである。
筆者はざっと、同塾に勤める講師の「学歴」も調査してみた。地域および校舎によってかなり差があり、情報が非公開の校舎もあるため、全容の把握はもちろんできない。全国の講師を集計したデータがあるわけでもない。
しかし限られたデータの中で、公開されている塾の講師陣と福島大学環境放射能研究所の研究者を見比べていると、ある仮説が浮かび上がってくる。
「学歴」という物差しをそのまま当てはめるならば、福島大学の研究者のほうが、同塾の一般的な講師陣より「偏差値」が高そうなのである。
注5:武田塾チャンネル|参考書のやり方・大学受験情報「【神コスパ】今から間に合う偏差値50前後の高田おすすめ大学5選!」
■「おトクな大学」の見極め方
もちろん、ここに述べたようなことは詭弁(きべん)でもある。
そもそも研究者の力量は、その人が成人もしていない頃に合格した大学の偏差値で決まるものではない。
したがって、「福島大学の研究者は高偏差値大学出身だから優秀だ」と結論してしまうのは、件のYouTuberと本質的には何も変わらない。
それでもあえてそのゲームに乗ってみたのは、大学についてのあまり知られていない事実が見えてくるからだ。
世の中の大半の方は大学の名前にしか興味がなく、その中で何がされているか、ましてや学生たちが何に取り組んでいるかを知ろうとはしない。ただ、実際に大学進学をめざすお子さんをもつ親御さんや当の本人は、そういった情報を知っておいて損はない。
結論として、入試難易度以上に良質な教育が準備されている大学は各地に存在している。教員一覧や学部のウェブサイトを開けば先生の研究テーマは公開されているし、どんな施設やプログラムがあり、どんな教育が用意されているのかも調べてみることができる。
そのように大学の情報を丁寧(ていねい)にみてみると、「おトク」な大学はけっこうな数があるはずなのだ。そういった大学を見つけ出して進学するという志向性のほうが、偏差値表の数字しか見ない進路指導より、よほど将来的に本人のためになる。
立場上使うのが憚(はばか)られるような言葉ではあるが、「学歴ハック」は可能なのである。
■偏差値=教育レベルではない
何が言いたいのかというと、学歴差別をやり返したいのではなく、むしろ逆である。
ちまたで低偏差値だのと揶揄(やゆ)されるような大学であっても、優秀な教育者から高度な教育が受けられる可能性が高い、ということを伝えたいのだ。
武田塾でも、せっかくならこう指導してほしい。
「この大学はおすすめだよ。偏差値は低めに見られがちだけど、うちの塾より優秀な先生たちに教えてもらえるよ」と。
最後に一つ、やや話題を変えてクイズを出してみたい。
日本で最も教員数、つまり先生の数が多い大学をご存じだろうか。
答えは東京大学である。東洋経済新報社の調査では専任教員数3928人で日本一となっている(注6)。学生数日本一は日本大学(約7.7万人)だが、学生数でいえば半分以下(約2.9万人)の東京大学の方が、教員数が多いのだ。案外知られていない事実ではなかろうか。
理由を考えれば当たり前で、東京大学はたとえば研究費の獲得など、多くの財務指標で日本のトップあるいは上位に位置している。お金があるのだ。
そして、そこで研究している人々は、YouTuberの思うような「超重要な問題」だけを扱っているわけではない。
注6:東洋経済「最新版!『教授など専任教員数』が多い大学ランキングトップ100。1位は東京大学、2位京都大学。上位100校の合計は10万8525人」。参考として、東京大学「教職員数(令和8年5月1日現在)」、日本大学「日本大学データサマリー」、東京大学「学生数の詳細について」
■“多様すぎる”東大で行われている研究
東大で「UTalk」というサイエンスカフェが開催されている。大学でなされている研究を市民向けに紹介するというイベントだ。
直近のテーマを紹介したい。
「熱力学からみるリズムと同期」
「ボクシングジムの社会学 スポーツの経験を分析するということ」
「テクノロジーとオリエント 東洋思想は何度“発見”されるのか」
「『制度』に埋め込まれた企業、そして成長」
「コンクリートの100年とこれから」
「演劇を学問するとは? ポストドラマ演劇から考える」
いかがだろうか。
これらが「超重要な問題」かは読者の皆様のご判断にお任せしたい。ただそもそも、何が将来どのような重要性をもつのかなど、研究を始める時点ですべてわかるものではない。
すぐに役に立つ研究もあれば、何十年か後に役に立つ研究もある。役に立つかどうかという問い自体があまり意味をなさない研究もある。
要は、「高偏差値の人間が重要な問題を担い、低偏差値はそうではない」といった構図は、社会において全く成立していないのである。
むしろ、いわゆる高偏差値大学のほうが規模が大きく、ゆえに多様で、さまざまな範囲のこと――すぐには重要性がわからないこと、役に立つかどうかさえわからないことを含めて――を研究しているというほうが事実に近い。
偏差値表の「学歴ピラミッド」が、そのまま成立している世界ばかりではないのだ。
学歴は未だに大人気で、コンテンツの人気に群がるエンタメもあまた存在する。しかし、そんなにみんな大好きな大学なるものを、単なる数値の表だけでしか理解できないのはもったいない。
ぜひ、おトクな大学とか、行ってよかった大学とか、この大学のここが面白いとか、そういう議論を消費者側も受容できるようになっていってほしいと願う。
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舟津 昌平(ふなつ・しょうへい)
経営学者、東京大学大学院経済学研究科講師
1989年、奈良県生まれ。京都大学法学部卒業、京都大学大学院経営管理教育部修了、専門職修士(経営学)。2019年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。京都産業大学経営学部准教授などを経て、2023年10月より現職。著書に『経営学の技法』(日経BP社)、『Z世代化する社会』(東洋経済新報社)、『制度複雑性のマネジメント』(白桃書房/2023年度日本ベンチャー学会清成忠男賞書籍部門、2024年度企業家研究フォーラム賞著書の部受賞)、『組織変革論』(中央経済社)、『若者恐怖症 職場のあらたな病理』(祥伝社)など。
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(経営学者、東京大学大学院経済学研究科講師 舟津 昌平)

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