ドイツの地下に、巨大なガスの貯蔵施設が埋まっていることを知っている人は少ない。その数、40拠点に上り、米国、ロシア、ウクライナに次ぐ世界第4位の貯蔵能力を誇る。
満タンなら230億m3で、ドイツの年間ガス消費量の約4分の1を貯蔵できるそうだ。
ドイツでは、ガスは産業用はもちろんのこと、冬場は地域暖房や温水用に大量に必要となる。だから、ガスを扱う業者は、本来なら値段の下がる夏場に買い込んで貯めておき、それを冬場に売って商売をするのが常だった。
ところが、それがウクライナ戦争で狂い始め、さらに現在、イラン紛争が重なり、今冬のためのガスの備蓄が壊滅的に足りないという。
■自然が作り出した巨大貯蔵庫
まず、その巨大な貯蔵施設についてだが、ドイツ北部のニーダーザクセン州のレーデンという場所にあるものが、西ヨーロッパでは最大で、これだけで40億m3の容量を持つ。
ただし、これはタンクではない。かつてここは広大な天然ガス田で、1950年代に発見されて以来、80年代まで採掘された。その後、ガスが枯渇したため、その跡(地下2000m)を巨大な天然ガス貯蔵庫として活用している。
ドイツには、こうした自然が作り出した貯蔵庫が約14カ所もあるという。
ただ、貯蔵庫は空洞ではなく、「無数の微細な隙間が空いたスポンジのような巨大な岩石の層」で、ドロマイト(白雲岩)と呼ばれる。このスポンジ状のところに高圧でガスを注入しなければならないから、入れたり出したりに時間がかかるのが欠点ではある。
では、メリットは何かというと、まず、何百万年も高圧ガスを閉じ込めていた地層なので、密閉性が証明されていること。
■ロシアガスへの依存率は55%
一方、もう一つの貯蔵施設とは、まさに空洞型のものだ。
地下の分厚い岩塩層に水を注入して塩を溶かし、人工的に作った数km規模の巨大な空洞を、ガスの貯蔵庫として利用している。これが、主に北ドイツの北海沿岸付近に30カ所ほどあり、こちらはガスの出し入れがスムーズなので、突然の寒波襲来などで急にガスが必要になった時にも使えるという。
ちなみに、アジアではこういう自然の貯蔵庫は限定的だ。日本でも、LNGはよく港湾地区などで見かける丸いタンクで貯蔵されているが、タンク内で自然に蒸発してしまうので、備蓄できるのは2週間分という危うい状態だ。
ドイツは冷戦時代から、東ドイツだけでなく西ドイツも、脈々とソ連の天然ガスを輸入し続けてきたが、それは、ドイツが統一し、ソ連が崩壊しても変わらなかった。その後、2011年になってロシアと統一ドイツ間の海底パイプライン「ノルトストリーム」が完成し、ロシアガスの輸入に拍車がかかったのは周知の事実だ。22年2月、ロシアがウクライナに侵攻した時、ドイツのロシアガスへの依存率は55%に達していた。
■「11月時点で貯蔵率80%」が義務だが…
そのちょうど1カ月後の22年3月末、ウクライナ紛争によるガスの逼迫を懸念したドイツ政府は、ガス貯蔵法を可決。
現状、ガス貯蔵施設に対し、毎年11月1日は80%の貯蔵率を保つことを義務とし、さらに、2月1日に30%の貯蔵率を切ってはならないと規定されている。
そうするうちに同年9月、ノルトストリームが爆破され、ドイツのガス事情は緊迫。当時のハーベック経済相(緑の党)が国民に向かって、シャワーの温度を下げろだの、セーターを重ね着しろだのと要請したことは、まだ私たちの記憶に新しい。ただ、この年も、その翌年も、暖冬が幸いし、ドイツはガス不足をどうにか切り抜けて今日まできた。
ところが、現在、ガス事情は初めての重大な困難に差し掛かっている。貯蔵率は9月初旬の時点で53%。「15年前に記録が始まって以来、同時期としては最低水準」(INES)で、かなり危機的な状況だという。
なぜ、こんなことになったか?
■そもそも危険水準20%からのスタートだった
まず、25年から26年にかけての冬は、春先まで厳しい寒さが続き、ガスはほぼ使い果たされていた。そのため今年のガスの充填は、貯蔵率20%という危険水準に近いスタート地点から始まった。
ガスは、掘削、採掘、冷蔵タンク設備、輸送と、巨大な投資が必要なので、通常15年、20年という長期契約で売買される。日本、中国、韓国といったガスを持たないアジア勢は皆、アラブ諸国と長期で取引をしていたため、ウクライナ情勢が不穏になっても供給は保証され、国内のガスの価格変動も比較的穏やかだった。
ところが、ドイツはこれまで安いロシアガスの上に胡座をかいていたので、長期契約とは無縁。ガスの受け入れターミナルさえ、1基も持っていなかったぐらいだ。
ただ、ロシアのガスが無くなってしまったため、ハーベック経済相は急いでカタールに出向き、「ガスはCO2を出すので、我が国では再エネ100%になるまでの繋ぎである。よって、数年分だけ買いたい」と言って、門前払いを食らった。それでもドイツ政府は2045年までの脱炭素という目標に拘り、結局、長期契約に踏み切れず、大部分のガスをスポット市場、あるいはコスパの悪い短期契約で調達することになった。
■ピーク時には平時の20倍に…
スポット市場では、長期契約でガスを調達している国も、その時々の需給調整のために、常時、取引をしている。取引はもちろん時価だ。そのスポット価格が、ウクライナ紛争が始まって歴史的とも言える大暴騰をした。
ピークは2022年8月で、長期契約を持たず、丸腰でスポット市場に晒されたドイツは、やむをえず高いガスを買い続け、卸売り価格は一時、通常の20倍にもなった。
その後、一旦は落ち着いた市場だが、新たにホルムズ海峡の混乱によって、現在、わずかなガスを世界中で奪い合う状態となっている。当然、価格は再び高騰している。
ただ、ガスは産業の要で、アジア諸国の備蓄は、前述のようにたったの2週間。だから、日本も韓国も、どうしてもガスが必要となると、スポット価格がどんなに釣り上がっても必死で買いに走る。
スポット市場で取引されるガスは、当然のことながら、一番高い値段をつけた買い手のところへ向かう。
今ではドイツも流石に根を上げ、カタールとの15年契約によるガスの輸入が、今年より開始した。米国やカナダなどとも、20年契約を結んだ。
ただ、国内向けのアナウンスは、未だに「目標・2045年の脱炭素」のままだ。多くの国民は、自国のエネルギー政策が大混乱している本当の理由をよく知らない。政府は全て、プーチン大統領やイランのせいにしている。
■制裁されているのは、ロシアか、ドイツか
ちなみに、現在、ドイツがどこからガスを輸入しているかというと、44%が産ガス大国のノルウェーからで、これはこれで危険。ロシアに依存しすぎていたからこのような事態になったというのに、ドイツはあまり学んでいない。
そして、オランダの24%、ベルギーの21%と続く。
ただ、オランダとベルギーからパイプラインで送られてくるガスには、ロシア産のLNGが混入しているどころか、特にベルギーが輸入しているガスは大部分がロシア産の時もあるという(欧州統計局の発表)。
EUはロシアのウクライナ侵攻後、制裁だと言ってパイプライン経由のガスは止めたが、LNGは放置した。
つまり、結果的にドイツは依然としてロシアガスの買い手。ただ、以前は安価な生ガスとして直輸入していたのが、今では何倍も高い買い物となっている。制裁されているのはドイツではないか。
なお、EU欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、27年からはLNGも全面輸入禁止だと鼻息が荒い。ただ、27年はすぐ目の前に迫っているから、非現実的な話だ。
■万が一の時は、産業用ガスを遮断する
一方、非常に現実的なのが、ドイツの送電網を管轄している連邦ネットワーク庁が準備している「安全プラットフォーム・ガス」、および「非常計画・天然ガス」という緊急措置。万が一、ガスの貯蔵が切れそうになったら、一般家庭や病院を守るため、産業用のガスを遮断する計画だという。
産業立地としては完全に失格。多くの基幹産業が脱出し始めたのも無理はない。
なお、政府は、最大15億ユーロ(約2400億円)の予算で、政府自らがガスを買って貯蔵する「国家戦略的ガス備蓄」というプロジェクトも立ち上げたという。
注目すべきはイタリアで、やはり巨大な地下の貯蔵庫を有するが、政府の補助もあり、現在、すでに貯蔵率84%だそうだ。
ただ、ドイツはこれからいくら頑張っても、この冬を乗り越えられる保証はどこにもない。貯蔵率は現時点で56%(2026年9月17日現在)。ガス事業者らによる予約済みの貯蔵容量は83%。ガス貯蔵事業者団体INESが発表した試算によれば、11月1日までに77%まで技術的に充填可能だという。しかし、それでも義務となっている80%の貯蔵率には届かない。
問題は、ドイツのガスが足りなくなった時、果たして他国がドイツに手を差し伸べてくれるかどうか。
また、ドイツ政府が進めている風力と太陽光の発電もお天気次第なので、日が照らず、無風になる時期も多い冬は、発電に回されるガスの量も増える。こうなると、今年の冬の最大のテーマはお天気で、国民はどうにか暖冬になりますようにと祈るしかない。こんなことを、誰が想像しただろう。
以上、ドイツの現在の危ういガス事情でした。
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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科卒業。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。2026年には、第46回エネルギーフォーラム賞にて『原子力はいる? いらない? 原発大国フランスと脱原発ドイツ』(ワニブックス、山口昌子との共著)が優秀賞を受賞。
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(作家 川口 マーン 惠美)

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