なぜ自分は、家がない若者を支えたいのか。なぜ「家庭が壊れない仕組み」にここまでこだわるのか。
■ 僕の家族もまた、社会的養護の中で生きてきた
若者支援の活動を続ける中で、ふと自分の原点について考える瞬間があります。
社会的養護を経験した若者や、行き場を失った若者たちの再出発を支えるNPO法人「支エール」を立ち上げ、駆け回る毎日。けれど、なぜ自分はここまで「居場所」や「家庭が壊れない仕組み」にこだわるのか。ただの優しさや正義感だけでは説明のつかない強い執着の答えを探していくと、ひとつの記憶が胸の奥から浮かんできます。
実は、僕の家族もまた、社会的養護の中で生きてきた親子でした。
僕の母は、小学3年生で両親を亡くしました。その後は親戚の家を転々とし、安心できる居場所がないまま幼い日々を過ごし、やがて児童養護施設へ。中学生からは里親のもとで生活していたそうです。18歳になれば、否応なしに「自立」という名のもと社会へ放り出される世界。
やがて僕が生まれました。しかし、誰からも愛され方や育児を教わったことがない母にとって、一人での子育ては想像を超える過酷な戦いだったはずです。我が家は深い貧困に陥り、保護課とのやり取りの中で選択肢を示されないまま、僕自身も児童養護施設に預けられることになりました。
僕は、社会的養護の「2世」だったのです。
■ 「なぜ自分だけ」——母を責めた過去と、大人になって知った残酷な真実
子ども時代は、どうして自分だけがこんな苦しい思いをしなければいけないのか分からず、母を強く責めました。「なんで普通に育ててくれなかったのか」と、きつい言葉をぶつけ、悲しませ、泣かせたことも一度や二度ではありません。
けれど、自分が成長し、社会の仕組みや福祉の現実を知っていくうちに、残酷な真実に行き着きました。
母は、子育てや生活を「投げ出した」のではありません。ただ、誰からも教わってこなかっただけだったのです。家計の守り方も、子育ての頼り方も、限界が来る前に誰かに助けを求める方法も。誰も教えないまま社会へ押し出し、行き詰まったら「自己責任」と切り捨てる。
「もし、あの時の母の周りに、頼れる大人やおカネの知識、家庭を壊さずに済む避難先があったなら——」
そう思うと、胸が締め付けられるような申し訳なさと悔しさが込み上げてきます。僕が親を責めてしまったあの傷も、母が流した涙も、社会のすき間に落ちたからこそ生まれたものでした。僕が取り組む若者支援は、あの時流した母の涙の続きを、僕の手で書き換えるための挑戦でもあります。
■ 16歳で経験した「自立支援施設」という空白の管理
高校1年生の時、僕は自立支援施設に入りました。高校を中退したことで児童養護施設にいられなくなり、かといって自宅に帰る許可も出ず、選択肢のない中で行き着いた場所でした。
アットホームな外観とは裏腹に、そこには強い上下関係と、年上からの圧力が存在する息苦しい空間でした。「間違った力のかけ方は人を壊す」という現場を目の当たりにし、抑圧された反動で犯罪に手を染めていく仲間もいました。最低限の衣食住は与えられても、そこには「生きる力を育む学び」など一つもありませんでした。ただ成人になるまでの時間をやり過ごすだけの、教育なき「空白の時間」でした。
そして18歳を迎え、社会に出て突きつけられたのが、「自立なんだから、お金の管理は本人任せ」「失敗も経験だ」という福祉現場の言葉でした。
お金の管理を教わったことも、失敗しても戻れる環境も経験したことがない若者に、「今日から任せる」と言うのは尊重ではありません。
■ 当事者が語る支援は、なぜ嫌われるのか
支援を受ける側から、支援を「つくる側」へ回ろうとした時、もう一つの巨大な壁が立ちはだかりました。
「誰かにそそのかされているのではないか」「支援されていた人間に判断能力があるのか」という、社会や支援機関からの疑念と偏見の目です。
福祉の現場は長年、「支援する側(正しい人)」と「支援される側(導かれる人)」という固定された上下関係で作られてきました。だからこそ、かつて支援されていた当事者が声を上げ、支援のあり方そのものに違和感を唱え始めると、既存の安全な枠組みが揺らぎ、警戒されるのです。
しかし、支援が終わった後も、制度が切れた後も、その結果を引き受けて生き続けるのは当事者本人です。何が支援として機能し、何が一生消えない傷になったのか。それを語れるのは、現場を通ってきた人間しかいません。支援者側の「正しさ」ではなく、当事者が抱いた「違和感」こそが、制度の隙間に落ちる若者を救う唯一の鍵になります。
■ 「正解」を与えるのではなく、倒れても戻れる「横の並走」を
自立とは、一人で完璧にやらせることではありません。「一人でできるようになるまで、何度転んでも隣で伴走し続けること」です。
生活が崩れてから切り捨てるのではなく、転びそうになった時に「大丈夫か」と声をかけ、万が一転んでも何度でも戻ってこられる安全基地をつくること。それこそが、僕が16歳の時に欲しかった支援であり、母に一番必要だった社会のやさしさでした。
支エールが目指しているのは、綺麗な成功事例で飾られたスマートな支援モデルではありません。「正解がない人生だからこそ、正解を押し付けず、一緒に悩み答えを探し続ける支援」です。
「支えられてきた過去を足かせにするのではなく、強みや力に変えられる社会」へ。かつて支援される側であり、痛みの当事者であった自分だからこそ、逃げずに泥臭く若者たちの隣に立ち続けます。
■ NPO法人支エールについて
「居場所×伴走×自立支援」を軸に、社会的養護経験者や行き場を失った若者が、安心して次の一歩を踏み出せる社会を目指して北九州市を拠点に活動しています。
公式ウェブサイト: https://sasaelle.pages.dev/
お問い合わせ(取材・ご相談): npo.sasaelle@gmail.com