遺伝子治療の実用化が進む中、AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターは、研究から臨床開発まで幅広く利用される遺伝子導入技術として定着しています。
AAVベクターには「ITR(逆末端反復配列)」と呼ばれる重要な配列が存在します。ITRは、AAVゲノムの複製やパッケージング、さらには導入後の遺伝子発現に関わる重要な役割を担っていると言われています。
一方で、ITRは部分的な回文構造を持つGC含量の高い特殊な配列であり、クローニングや大腸菌での増幅過程で、意図しない変異が多数生じることが知られていました。さらに、従来の品質確認手法では、こうしたITR変異を十分に検出できない場合があり、気づかないまま変異を含むベクターが使用される可能性もありました。
遺伝子医薬品の開発では、設計した配列が製造工程を通じて維持されること、すなわち「配列同等性」の確保が極めて重要です。特に臨床開発やGMP製造では、FDAをはじめとする各国規制当局から厳格な品質評価が求められており、ITR配列の安定性は、遺伝子医薬品の品質保証を支える重要な要素となっています。
300以上のAAVプラスミドの解析から見えてきたITR変異の実態
VectorBuilderは長年にわたり、世界中の研究機関や製薬企業から数多くのプラスミドDNAを受け入れ、それらのベクターを元に受託ベクター構築やウイルス製造を受託してきました。その際、顧客側より配列に問題ない、として提供いただいたプラスミドDNAを、VectorBuilderにて受け入れ時にサンガーシークエンシングと制限酵素処理を実施すると、見逃されていた塩基配列の変異や欠失、またグローバルマップの不一致が見つかることが少なくありませんでした。得にAAV製造に使用されるトランスファープラスミドDNAでは、ITR領域の変異が多く同定されました。
そこでまず、VectorBuilderの研究チームは、300以上のAAVのトランスファープラスミドDNAを対象にITR領域の詳細な解析を実施しました。その結果、従来の制限酵素による品質検査では異常なしと判断されていたプラスミドDNAの約40%に、実際は見逃されていたITR変異が確認されたのです(図1)。
図1. ITR変異の実態調査。受け入れ時のQC検査に合格していた300以上のAAVプラスミドをサンガーシーケンスで解析した結果、約40%で未検出のITR変異を発見した。(本成果は、分子生物学分野の国際的学術誌「Nucleic Acids Research」に掲載されました。Nucleic Acids Res. 2025. doi: 10.1093/nar/gkaf697)
ITR変異という課題に、設計から向き合う
ITR配列を安定的に維持するために、今までも特殊な大腸菌株の使用や培養条件の最適化、あるいはITR配列そのものの改変などによって、ITR不安定性の改善対策は試みられてきました。しかし、多くはプラスミドDNA製造過程の複雑化を招くものであったため、既存プラスミドDNA製造ワークフローへの影響を抑えながら、ITR配列の安定性を確保する新たなアプローチが求められていることが判明しました。
そこでVectorBuilderの研究チームが着目したのは、ITR配列だけではなく、プラスミドDNA配列をグローバルにとらえ、ITR周辺配列やプラスミドバックボーンなどの設計も検証過程にいれました。VectorBuilderの長年にわたるAAVベクター開発の知見を基に、ITR周辺配列とプラスミドバックボーン構造の組み合わせを繰り返し検証した結果、ITRの安定性を向上させるプラスミドDNAベクター構造の最適化に成功しました。こうして誕生したのが、新しいAAVベクターシステム「MuteFree™ AAV」です。
厳しい評価条件下でも維持されたITR安定性
研究チームは、通常の研究・製造環境を想定した条件よりも厳しい評価条件として、10回連続の継代培養(約166回以上の細胞分裂に相当)を実施しました。その結果、従来の一本鎖AAV(ssAAV)および自己相補性AAV(scAAV)ベクターでは31.8~48.1%という高い頻度でITR変異率が観察されたのに対し、MuteFree™ AAVでは検出可能なITR変異が一切確認されませんでした(図2)。
図2.MuteFree™ AAVによるITR安定性の大幅な向上。 大腸菌で10代の連続継代培養(約166回以上の細胞分裂に相当)をした後のITR変異率は、ssAAVで48.1%から0%に、scAAVで31.8%から0%に低下した。
さらに重要なのは、この改良が導入遺伝子そのものやAAV発現カセットの変更、また特殊な培養条件を必要とせず、既存の研究・製造ワークフローとの互換性を維持したまま実現された点です。
遺伝子医薬開発の継続を支えた、MuteFree™ AAVの価値
MuteFree™ AAVの有用性は、上で示した基礎的な評価にとどまらず、実際のGMP開発プロジェクトにおいても示されています。
海外で複数の開発チームが、臨床用途を目標としたAAV開発プロジェクトを進めていました。これらの開発チームは初期段階で完全なITR配列を持つクローンを選択していたにもかかわらず、スケールアップ工程において5’ ITR変異が繰り返し発生し、ITR安定性の問題により、開発継続が困難となり、一時は中止も検討されていました。
そこで、当社がCDMOとして参加し、同じ遺伝子カセットを当社が開発したMuteFree™バックボーンへ再構築したところ、安定性評価において5’および3’ ITRの完全性が維持され、解析した26クローンすべて(0/26)で変異が不検出になりました。さらにその先のGMP製造プロジェクトにおいて、MuteFree™ AAVはITR不安定性による開発リスクの低減に貢献しました。このように継続が困難となっていたAAV基盤の遺伝子医薬品開発を前進させる技術として、MuteFree™ AAVその価値を十分示しました。
遺伝子医薬品開発の品質保証を支える次世代AAVプラットフォームへ
遺伝子治療開発では、ベクター設計のわずかな違いが、非臨床試験、製造工程、さらには臨床開発全体に大きな影響を与えることがあります。創薬研究段階では見えなかった問題が、スケールアップ時やGMP製造時に初めて明らかになるケースも少なくありません。
MuteFree™ AAVは、こうした“後から見つかるリスク”を、ベクター設計段階から低減することを目指した技術と言えます。
この考え方は、MuteFree™ AAVの開発思想そのものにも反映されています。VectorBuilderのチーフサイエンティストであるブルース・ラーン博士は次のように述べています。「ベクターデザインは創薬開発の最も初期に行われる重要な決定条件の一つです。その選択は、その後の製造や安全性、さらには治療効果にまで影響を及ぼします。MuteFree™では、開発者が創薬プロセス全体を通じてリスクを低減し、より高い信頼できる同等性を確保できるよう、ベクターデザインの段階から安定したITR配列を提供します。」
臨床開発やGMP製造では、設計した遺伝情報を正確に維持し、製造工程を通じて一貫した品質を確保できることが重要です。MuteFree™ AAVは、ITR安定性の向上を通じて、遺伝子医薬品開発における配列同一性の確保と品質保証を支える新たなAAVベクター設計の選択肢として期待されています。
図3.従来のトランスファーベクターバックボーンと比較して、MuteFree™ AAVを利用することで、(A) ウイルスタイターと完全カプシド比率、(B) 銀染色SDS-PAGEで示される純度、および (C) AAV-EGFPによるHEK293細胞の形質導入48時間後に測定された形質導入効率が維持される。
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ベクタービルダー・ジャパン株式会社
※ MuteFree™ AAVの科学的根拠・実験データは、bioRxiv掲載のプレプリントでも公開されています。
VectorBuilderについて
ベクタービルダーは、遺伝子をデリバリーする「ベクター」の設計・製造を介して、生命科学・医薬研究の前進を加速するグローバルCRO・CDMOです。当社は、創薬開発における負担を低減し、研究を加速させるために、高品質のカスタムベクター受託サービスを提供します。CROサービスでは、モデル生物を使った毒性や安全性試験受託から、細胞株樹立やタンパク質発現、ライブラリー構築、CDMOサービスでは、創薬、臨床研究用のRNA、プラスミドDNA、AAV,レンチウイルスなどのウイルスベクターのGMP製造、さらに遺伝子医薬品の商業化製造までカバーする、遺伝子デリバリー技術に関するサービスを包括的に提供しています。
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