「どんな練習をおこなえば、選手は成長するのか」「どんな指導をすれば、才能を伸ばせるのか」。育成年代の指導者、子どもたちの理想のサッカー環境を求める保護者であれば、誰もがその答えを求める。

しかし、イングランドサッカー協会で指導者育成を統括するティム・ディットマーの答えは、少し意外なものだった。2026年7月、ドイツ・マインツで行われた国際指導者会議で、イングランドの育成哲学を聞いた。

(文=中野吉之伴、写真=ロイター/アフロ)

“正解を教えない”イングランド育成の「3つの言葉」

「イングランド代表スタッフは、毎朝仕事を始めるときに、常に3つのことを意識しています。

・Find Talent=才能を見つけること
・Connect with Talent=才能とつながること
・Develop Talent=才能を発展させること

 そして、この3つの積み重ねの結果として、『今勝てるチーム』、そして『未来でも勝てるチーム』をつくることを目指しています」

発言の主はイングランドサッカー協会指導者育成主任のティム・ディットマー。ドイツのマインツで開催された国際コーチカンファレンスに登壇したときの話だ。

育成を語るとき、「何を教えるか」という議論をすることが多い。しかし指導者が向き合うべきこととは、知識を伝えることだけではなく、人と人との関係を築くことも極めて重要だ。信頼関係が築けなければ、選手の本音を引き出すことも、挑戦を促すことも、失敗を恐れない環境をつくることもできない。そんな当たり前でありながら忘れがちな事実を、この3つの言葉が改めて思い出させてくれた。

「私は幸運にも20年以上育成に携わってきましたが、正直に言えば、いまだに『これが正解だ』と言えるものはありません。コーチングは本当に複雑です。私たちは皆、より良い方法を探し続けています」

我々はどうしても成功する「方法」を知りたくなる。どんな練習をしているのか。

どんな基準で選手を評価しているのか。どんなメソッドを導入しているのか。しかし彼らが共有しているのは、「これさえやればうまくいく」という答えではない。

昨日まで自信に満ちていた選手が、今日は一つの失敗で消極的になることもある。同じトレーニングを行っても、ある選手には大きな刺激となり、別の選手にはまったく響かないこともある。選手は毎日変化し、成長し続ける存在だ。そして、指導者の関わり方によっては、成長が止まるだけではなく、後退してしまう危険性もある。

ベリンガムとサカは別の解決策を持っている

指導者にとって何より重要なのは、目の前の選手にとって何が最善なのかを問い続ける姿勢なのだろう。この考え方は、その後に紹介された「England DNA」の説明にも一貫して表れていた。

「私たちには『England DNA』と呼ぶ育成指針があります。ただし、それは細かなマニュアルではありません。IKEAの説明書のように『これをこうしてこう組み立てなさい』と決めるものではありません。あくまで育成と勝利のためのフレームワークです」

家具であれば、説明書どおりに組み立てれば、誰が作っても同じ形になる。

しかし、選手育成はそうはいかない。例えば同じ15歳でも、身体の成長は違う。技術も違う。性格も違う。育ってきた環境も違う。一人ひとり異なる選手たちに対して、「この順番で指導しなさい」「この方法が正しいんです」と決めてしまえば、その瞬間から育成は画一化されてしまう。

一人の選手が育つプロセスで大事なのは、一人だけの指導者ではない。クラブの監督やコーチがいて、フィジカルコーチがいて、スタッフがいて、多くの人が関わる。選手のレベルが高ければ、協会スタッフや、年代別の代表監督やコーチが関わることもあるだろう。だからこそ必要なのは、「このピースに合うようにしなさい」や「このピースをここへ置きなさい」という細かな手順ではなく、「どんな選手を育てたいのか」という完成イメージなのである。

一例としてディットマーが紹介してくれたのが、「Exploit Space(スペースを攻略する)」という考え方。トップレベルの選手に必要なのはなんですか?という問いに対して、「パス」「ドリブル」「シュート」というスキルでカテゴリーするのではなく、「この目標を達成するためにどんな手段をとりますか?」という問いを共通認識として持つことが大切なのだ、という。

いつ、どのように、スペースを攻略するかは選手にゆだねられるべきだと強調されている。ドリブルで運んでもいい。パスで崩してもいい。ファーストタッチで違いを作るやり方でもいい。ターンでもいい。オフザボールの動き出しでもいい。

大切なのは、方法を限定することではなく、目的を達成すること。そして、達成するために自分の武器をどう生かすのかを考えることだ。ジュード・ベリンガムとブカヨ・サカが同じ方法でスペースを攻略する必要はない。それぞれの身体能力、感覚、得意なプレーが違うのだから、違う解決策を持っていて当然なのである。

コーチングは「科学」ではなく「アート」。なぜなら…

ここまで話したあと、ディットマーは長年一緒に仕事をしてきた優れた指導者たちについて、こんな表現を使った。

「私がこれまで出会った優れた指導者たちは、まるで錬金術師や科学者のようでした。その時々で必要な要素を絶妙に組み合わせ、最適な答えを導き出していく。しかも、その要素は常に変化しています。選手は日々成長し、変わり続けます。だからこそ、コーチングは『科学』だけではなく、『アート』の要素が大きい仕事なのだと考えています」

現代サッカーは科学の進歩とともにある。GPSによって走行距離やスプリント回数は可視化され、映像分析は瞬時に共有される。選手のコンディションも数値化され、トレーニング負荷も細かく管理されるようになった。かつてコーチの経験や勘に頼っていた部分の多くは、データによって裏づけられる時代になっている。

それでもなお、ディットマーは「アート」という言葉を選んだ。

今日は挑戦させる日なのか、それとも成功体験を積ませる日なのか。この選手には厳しい言葉が必要なのか、それとも寄り添うべきなのか。失敗を止めるべきなのか、もう一度挑戦させるべきなのか。

データは選手の状態について多くのことを教えてくれる。しかし、目の前の選手に「今日、何が必要なのか」「どんな話だったら受け入れてくれるのか」までは教えてくれない。

人を知る力、人を見る力、人を感じる力が指導者には絶対に欠かせないのだ。それこそが彼のいう「アート」なのだろう。

「ある昇格がかかった試合の話をしたいと思います。終盤まで0-0という緊迫した雰囲気のなか、一つのミスが試合を決定づけるという空気がありました。そんななか、一人の若手選手が相手守備陣の狭い間を通す素晴らしいパスでチャンスを生み出し、そこから決勝ゴールが生まれたんです。試合映像を分析していたら、最適な選択肢ではないという考えも出てくるかもしれません。でも特に育成年代の選手たちに対して私たち指導者が、『そんなことはやってはいけない!』と勝手に選手の限界を決めてはいけないんです」

その選手には確かなパスコースが見えていた。彼には通せると信じていた。そんな能力を持っている可能性を、指導者が信じてあげられるかどうか。それがその選手の飛躍にもつながる。

限界を決めているのは選手ではない。指導者の側だったというケースはたくさんある。

よく耳にする「プレイヤーズファースト」の本当の意味

「あなたは自分自身のキャリアのためにコーチをしていますか。それとも、目の前の選手の未来のためにコーチをしていますか」

ディットマーが最後にそんな問いを参加者に突きつけた。会場が少しざわつく。

「次のクラブへ行くため。昇格するため。良い仕事に就くため。それも悪いことではありません。しかし私の経験では、選手のことを第一に考える利他的なコーチほど、結果として良い仕事や良いキャリアを手にしているんです」

その言葉は、強く、筆者の心に残った。周りの指導者仲間も同様のようだ。プレイヤーズファーストという言葉は日本でも少しずつ広がってきている。その言葉の意味を、その言葉の本質を理解する指導者が一人でも多く増えてくることが、その国のサッカーを支え続けることになるのだ。

<了>

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