〈XL Recordings〉のトップとして、リチャード・ラッセルは長年にわたりイギリスの音楽シーンで存在感を発揮し続けてきた。90年代にはプロディジーの大ブレイクを支え、ゼロ年代以降はディジー・ラスカル、ヴァンパイア・ウィークエンド、アデル、ザ・エックスエックス(姉妹レーベルの〈Young〉所属)、オーヴァーモノ、ジム・レガシーなど、ジャンルの垣根を超えて時代の最前線を走るアーティストを輩出。
その一方で、彼自身も音楽家として、2010年代後半からエヴリシング・イズ・レコーデッド(Everything Is Recorded)という名義を使い、コラボレーションとサンプリングを軸にした作品を作り続けている。本日6月24日には、ピーター・ガブリエルとラッパーのIDKを迎えた新曲「Beyond The Brilliant Haze」をリリースしたばかりだ。

昨年リリースされたエヴリシング・イズ・レコーデッドの最新作『Temporary』は、サンファ、ビル・キャラハン、ジャー・ウォーブル、カマシ・ワシントン、ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグなど豪華ゲストが多数参加。サンプリングや打ち込みのビートを駆使して、フォークミュージックを現代的に更新することを試みている。週末のナイトアウトを時系列で描いた前作『FRIDAY FOREVER』(2020年)とは対照的に、穏やかで親密な空気が全体を貫く、とても美しいレコードだ。

そしてこのたび、レコーディングのために来日していたラッセルに話を訊く機会を得た。取材では『Temporary』の話を起点に、UKラップの現在、ストリーミング時代における楽曲の短尺化、6月に初来日公演を控えるノーリッシュド・バイ・タイムの魅力など、音楽シーンの「今」についても訊いた。どんなトピックについて話しているときであれ、その言葉の端々からは、彼が何よりもまず「熱心な音楽ファン」であることが伝わってくるだろう。

エヴリシング・イズ・レコーデッドは本日6月24日、ピーター・ガブリエルとラッパーのIDKを迎えた新曲「Beyond The Brilliant Haze」をリリース

ヒップホップを通過したフォークの探究

―日本にはいつごろ着いたんですか?

リチャード:2日前だね(※取材日は5月8日)。着いた瞬間から、まるで家に帰ってきたみたいな気分だよ。

―今回の来日はどんな目的で?

リチャード:アラバスター・デプルームというアーティストと、京都でレコーディングするんだ。以前にもコラボしたことはあったんだけど、「いつかひとつのプロジェクトとしてしっかり作品を作りたい」と話していて、それを特別な場所でやりたいと思っていた。
そこで、知人が京都を提案してくれて、「それだ!京都に行こう!」ってなった。だから、今回はそのために来てる。

―それはエヴリシング・イズ・レコーデッドのレコーディングですか? それとも他のコラボプロジェクトでしょうか?

リチャード:新しいコラボレーションプロジェクトなんだ。私とアラバスターがお互いに反応し合いながら、一緒に音楽を作る、っていう。私は機材やサンプルをたくさん持ってきていて、アラバスターはサックスを持ってきてる。スタジオもあるし、お寺でも録音する予定だよ。で、それ以外は全部未知数。何が起こるか見てみよう、っていう感じだね。

アラバスター・デプルーム(Alabaster DePlume)はマンチェスター出身、ロンドンを拠点に活動するサックス奏者、詩人、パフォーマー。『Temporary』にも参加している

―近いうちに聴けるのを楽しみにしています。さて、今回は昨年リリースされたエヴリシング・イズ・レコーデッドの最新作『Temporary』について、改めて訊かせてください。

リチャード:うん。


―あのアルバムには生と死、あるいは受容というテーマがありますよね。作品のテーマは制作の過程で徐々に立ち上がってきたものだということですが、なぜ今のあなたにとってこのテーマがしっくり来たのだと思いますか?

リチャード:そうだな……あの作品を作っていた時期、自分の中に喪失感のようなものがあったんだと思う。まだ完全には形になっていなかったというか、自分でもはっきりとは掴めていなかった感覚なんだけどね。そして実際、母が(2025年)12月に亡くなった。ある意味では、あのレコードを作ることで、自分は大きな喪失に備えていたんじゃないかと思うんだ。すごく不思議なことだけど、まだ起きていない出来事についてのレコードを作っていたような感覚だった。レコーディングをしていたとき、母はまだ生きていて、アルバムの冒頭には彼女の声も入っているんだけど。

―ああ、そうなんですね。

リチャード:だから、自分の中には何か予感のようなものがあったんだと思う。うまく説明できないけど、空気の中に漂っていたというか。それに、あのレコードを作ったこと──特に去年やったライブでは、みんなでこうしたテーマを深く探っていたんだよね。そして実は、そういうテーマはずっと自分の作品に流れていたものでもある。
最初のアルバムでサンファと一緒に制作していた頃、彼のお母さんがちょうど亡くなったばかりで、私たちはそのことについて一緒に向き合っていた。そういう経験の積み重ねが、避けられなくて、大きな痛みを伴う「母親を失う」という体験に、自分を少しずつ備えさせていた気がする。あれに似た経験って、本当に他にはないから。だから、あのレコードは、自分にとって助けになったと思う。そして、他の人たちからも「あの作品に救われた」と言ってもらえた。もし音楽でそういうことができるなら、それは本当に素晴らしいことだと思うよ。

―「October」や「The Summons」では、参加アーティストたちとスタジオで交わした無数の会話のカットアップ/コラージュが使われています。音声データのやり取りだけでコラボが成立する時代に、同じスタジオに集まって会話し、作品を作り上げることは、あなたにとってどんな意味を持つのでしょうか?

リチャード:私たちには「同じ部屋で一緒に作品を作る」というルールがある。だから、例えばサンファでも、ローラ(・グローヴス)でも、ノア・サイラスでも、誰とコラボするときでも、基本的には同じ空間にいる。でも、ルールっていうのは、破るタイミングも大事なんだ。だからビル・キャラハンとの仕事は完全にリモートでやってる。彼はただ素材を送ってきてくれた。
それはこのアルバムの他の曲とも、自分が普段やっているやり方とも、全然違うプロセスだった。でも、実際にアルバムを聴いて、それを当てられる人はいないと思う。ビルとは実際に会ったこともあるし、同じ部屋にいたこともある。でも、一緒にいる時はただ話しているだけで、音楽制作そのものはリモートでやるんだ。私たちはその距離感から何かを得ていた気がする。

―なるほど。

リチャード:それに、私が音楽を作る時は、人とコラボして同じ部屋で作業する時間は確かにあるんだけど、それはプロセスの真ん中なんだ。その前には、一人でサンプルや音をいじって、アイデアやスケッチを作っている時間がある。そしてコラボを経た後には、また一人で編集したり、ミックスしたり、オーバーダブしたりする時間があるっていう。コラボレーションが軸になっているけど、その前後には一人で作業するプロセスが存在している。私は人とコラボするのも大好きだし、一人で作業するのも大好きだ。この二つはまったく違う感覚を与えてくれるし、そこから生まれるエネルギーも違う。
そのバランスがすごく大事なんだ。

ノア・サイラスとビル・キャラハンが参加した「Porcupine Tattoo」

―「October」では、ジャー・ウォーブルとの会話の一節がコラージュされており、その中でアルバムタイトルにもなったTemporaryという言葉が登場します。彼との会話からどんな刺激を受けたのでしょうか?

リチャード:とにかく彼は、話していて面白い人なんだ。彼のサウンドといえばもちろんベースだけど、声そのものも本当にすごい。ものすごい重みと深みがあるんだ。まさにベースみたいにね。私たちはすごく相性がいいし、一緒に作業していて本当に素晴らしいミュージシャンだ。実は最近、ジャー・ウォーブルと新曲を作ってね。「Cut Off Your Nose」っていう曲なんだけど、これが本当に最高なんだ。ジャーはベースを弾いてるんだけど、それだけじゃなくて……もう、叫んだり、まくし立てたり、ラップしたり。素晴らしい曲になった。今年中にこの曲を含む新しいEPを出す予定だよ。


―楽しみです。『Temporary』は、フォークミュージックを現代的なプロダクションで更新する試みですよね。分断が進む現代において、コミュニティの音楽であり、ストーリーテリングの音楽でもあるフォークに向き合ったことには、どのような意図があったのでしょうか?

リチャード:私はヒップホップもフォークミュージックだと思っている。自分が育った頃に最も重要だった音楽はヒップホップだった。最初に聴いていた当時は、それをフォークミュージックだなんて考えてもいなかったけどね。でも、ヒップホップでは、人々がすごく具体的に自分の物語を語るし、自分が生きている世界について説明する。そこにずっと強く惹かれていたんだ。

―つまり、あなたのフォークへの関心は、10代の頃に夢中だったヒップホップへの関心と地続きだと。

リチャード:一方で、もちろんイングランドには古くからのフォークミュージックの伝統があって、それがアメリカにも受け継がれていった。でも、自分は若い頃、その価値を本当には理解していなかった。もっと時代を超えたフォークミュージック──アコースティックなフォークの魅力を理解するまでには時間がかかった。そして最終的には、そこへ戻っていく必要があったんだと思う。

例えば、スティーライ・スパンのメンバーで、本当に素晴らしい英国フォークのアーティストであるマディ・プライア。今回は「Ether」で実際に歌ってもらったんだけど、あれはヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグと一緒に書いた曲なんだ。彼はものすごいフォーク好きで、両親も熱心なフォークファンだから、知識量も本当に豊富なんだ。それで、私とエズラはイングランド北部にあるマディ・プライアの家に滞在して、そこで彼女のレコーディングをした。エズラは彼女にフォークミュージックについて山ほど質問していて、それは彼自身にとって学びの一部でもあったと思う。自分たちはそこで色々なものを繋げることができた気がしている。それはすごく面白い体験だったね。

―エヴリシング・イズ・レコーデッドの作品におけるサンプリングからは、音の響きの面白さに加え、なぜそれを使ったのかという意味や文脈が伝わってくることが多いです。サンプリングにおいて、あなたが特に意識していることを教えてください。

リチャード:サンプリングという技法は、自分の表現においてすごく大きな部分を占めている。それはもちろん、自分が育った頃に聴いていたヒップホップからの影響だ。プリンス・ポールやボム・スクワッド、ダブル・ディー&スタインスキーみたいなプロデューサーたちだね。彼らはサンプルを使って物語を語っていた。それって本当に素晴らしい芸術形式なんだよ。ただ、今は法的にかなり難しくなってしまった。ものすごく制限が多い。自分としては、もっと自由であるべきだと思っている。とはいえ、現実として制限はある。だから今は、どのサンプルも本当に意味のあるものでなきゃいけないと思っている。しっかりとした使う理由が必要なんだ。本当に特別なものじゃないといけないし、それだけの価値があると思える時にしか使えない。それでも、自分はサンプリングという表現を信じ続けているよ。

―先ほどからヒップホップの話が出てきていますが、〈XL〉はディジー・ラスカルやワイリーを世に送り出し、昨年はジム・レガシーのアルバムをリリースするなど、UKラップの発展に大きく貢献してきました。これまでエヴリシング・イズ・レコーデッドの作品にも多数のラッパーが参加しています。あなたは現在のUKラップの状況をどのように見ていますか?

リチャード:常に刺激的だし、常に素晴らしいよ。そして、ジム・レガシーのアルバムは本当に突破口になる作品だと思っている。ものすごくエキサイティングな作品だね。〈XL〉にとっても、ああいうレコードをリリースできたことは本当に大きい。〈XL〉には、UKラップの系譜がしっかり存在しているんだ。そして、自分はそのすべてを本当に誇りに思っている。ディジー・ラスカル、ワイリー、ギグス、カシスデッド、そしてジム・レガシー。そこには確かな物語がある。UKラップは、自分にとってすごく大切な音楽なんだ。このジャンルは本当に多くの境界線を壊してきたと思う。昔は「イギリスのラッパー」というだけで、ある種の枠の中に閉じ込められていた。でも、ディジーはその扉をぶち壊した存在だったし、ギグスも新しい道を切り開いた。ワイリーもそうだし、今はジム・レガシーがその役割を担っていると思う。だから、今でも常にワクワクしているんだ。新しい音がどう生まれるのか、この表現形式で人々がどんなことをやれるのか、ずっと楽しみにしている。それに、デイヴやスケプタみたいなアーティストたちが、今や世界的に重要な存在になっていることも本当に素晴らしいと思う。すごく意味のあることだし、大きな力を持っている。こんなに素晴らしいアーティストたちの音楽が、ちゃんと世界に届くようになった。それは本当に嬉しいことだよ。

ジム・レガシー『black british music (2025)』は〈XL〉からのリリース

ノーリッシュド・バイ・タイム、ギル・スコット・ヘロンとの会話

―『Temporary』の最後を、ノーリッシュド・バイ・タイム本人による「Hell Of A Ride」のセルフカバーで締めようと思ったのはなぜでしょうか?

リチャード:アルバムの最後には、別れの歌のようなものを置きたいと思っていたんだ。でも、それをどう形にするかは自分でもよく分かっていなくて。ただ、アルバムはそういう終わり方をするべきだという感覚だけはずっとあった。そんな時にノーリッシュド・バイ・タイムの「Hell Of A Ride」を聴いたんだ。「なんて素晴らしい曲なんだ!」って思ったよ。彼はもう、自分がぼんやりと思い描いていたものを、すでに形にしていたように感じた。本当に素晴らしい曲だよ。もちろん、彼のオリジナルのプロダクションも大好きだけど、彼には「できるだけプロダクションを削ぎ落として録音できないか?」とお願いした。完成版になる前、まだ曲の原型だった頃を想像するような感じというか。デモの状態に近い形だね。ほぼアコースティックで、自分は少しだけカシオのキーボードを弾いている。本当に生々しくて、ラフな録音なんだ。でも、それが完璧に感じられた。

―ええ、素晴らしい出来だと思います。

リチャード:それにライブでも、私たちは毎回この曲を演奏していて、ローラ・グローヴスが歌っている。だから、カバーのカバーみたいな状態なんだ。そして、この曲はこれからも生き続ける曲だと思う。他の人たちがこの曲をカバーしていく姿も想像できる。それくらい素晴らしいクラシックだよ。ノーリッシュド・バイ・タイムは、本当に素晴らしいソングライターであり、驚くべきミュージシャンなんだ。だから、この曲をアルバムに入れられたことは、本当に嬉しかった。

―ノーリッシュド・バイ・タイムは6月に初来日公演も控えているのですが、あなたから見た彼の音楽の魅力を教えてください。

リチャード:R&Bでもあり、ソウルでもあり、ポップでもあり、インディでもある。でも、そのどれとも違う形で鳴っているんだ。聴いたことがあるようで、実際には今まで聴いたことがない。でも、とにかく、彼自身の音として成立している。ソングライティングは本当に素晴らしいし、あの声もすごくユニークで深みがある。それに、彼の音楽ってすごく親しみやすいんだ。難解な音楽ではない。ちゃんと開かれている。でも同時に、世界の他の何とも違う。完全にオリジナルだと思う。もちろん、音楽の中には80年代のソウルの要素がたくさんあるし、自分もそこを強く感じる。私はあの時代の音楽が大好きなんだ。それに90年代R&Bの感触もある。そういう参照元は確かに聴き取れる。でも、最終的には全部”彼”なんだよね。

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―そのノーリッシュド・バイ・タイムが歌う「Goodbye (Hell Of A Ride)」の終盤には、ギル・スコット・ヘロンとの会話のサンプリングが挿入されています。彼の遺作『Im New Here』(2010年)は、あなたがプロデュース業に本格的に乗り出すきっかけとなった作品です。そんな彼の肉声をアルバムの最後に置いたことには、どのような意図があったのでしょうか?

リチャード:アルバムの最後を仕上げて、ミックスしていた時に、ふと空白を感じたんだ。そこに何かスペースがあるように思えた。そして、その瞬間にギルの声が聴こえた気がした。彼の声が頭の中で鳴ったんだよ。だから、その上にあの会話を重ねてみたら、驚くほどぴったりハマった。すごく不思議だったよ。言葉の長さも、その部分の尺も、声のトーンも、全部が完璧に合っていた。それでマーカス(ノーリッシュド・バイ・タイムの本名)に送って、「どう思う?」って訊いたら、「完璧だ」と言ってくれて。だから、彼の声を入れられたこと自体が、特別なギフトだった。自分の中に、何か特別な狙いがあったわけではなかったんだ。

―曲がそれを求めていたんですね。

リチャード:そう。それに、あれが私と彼の実際の会話だったということにも意味がある。すごく注意深く聞けば、私の声も少し入っているんだ。彼にはとてつもない知恵があった。本当に深い洞察力を持っていた。そんな時間を共有できて、彼の言葉を聞き、それを録音できたことは本当に幸運だったよ。そして、その言葉は残り続けるものなんだと思う。だから15年前に録音したものなのに、今回また使うことができたし、今聴いてもまったく古びていない。新鮮なままなんだ。あそこで彼が語っている言葉は、永続する言葉なんだよ。だから、このアルバムは『Temporary(一時的)』というタイトルだけど、『Permanent(永遠)』と呼べたかもしれない。それがパラドックスなんだ。すべては一時的だけど、同時に、永遠に残るものもある。精神みたいなものは、ずっと残り続ける。たぶん、ギルの声はそのことを示すためにそこにあるんだと思う。

日本食への深い愛情

―あなたは「このアルバムの制作中、最近の人は注意力が散漫であることを意識していた」と話していました。実際、近年はリスナーの注意力低下に適応した2分台~3分台前半のヒット曲が増えていますが、こうした傾向をどのように見ていますか?

リチャード:短い曲そのものが悪いというわけではない。もっと昔を振り返れば、多くの曲は短かったわけだし。そこから長くなって、また短くなっているだけ、っていう。昔はジュークボックスがあって、そこにはダンスヒットが入っていた。それが後に、壮大なサイケデリックアルバムの時代になり、今はまたジュークボックス的な感覚に戻っているのかもしれない。踊るための音楽、というね。それ自体は全然悪いことじゃない。重要なのは、どんな精神で音楽を作っているかなんだ。アーティストは時代を反映する存在でもある。例えば、CDが普及した頃を思い出すと、私たちは徐々に、CDで良く聴こえる音楽を作るようになっていった。プロディジーの3作目『Fat of the Land』を聴くとよく分かるよ。1作目の『Experience』とは全然違う。『Fat of the Land』はCD時代の音なんだ。みんながCDで聴いていたからね。一方『Experience』は、レコードやカセットで聴かれていた時代の音だ。もっと違う鳴り方をしているし、音像も違う。だから、今みんながストリーミングで聴いているなら、それは当然音楽にも影響するし、音楽の中に入り込んでくる。

―その通りだと思います。

リチャード:でも同時に、今でもレコードを買って聴いている人たちもいる。だから、その感覚もちゃんと音楽の中には存在している。結局、やり方は自由なんだよ。いつだって選択肢はある。実際、ジャー・ウォーブルと作った新曲も短いんだ。でも、「短くしよう」と思って作ったわけじゃない。ただ完成した時に聴いて、「これが正しい長さだ」と感じただけで。もちろん、無意識のうちにストリーミング文化の影響を受けている部分はあるのかもしれない。私自身もストリーミングを使っているしね。でも、それは別に悪いことではない。2分なのか、4分なのか、6分なのか──問題はそこじゃない。結局大事なのはその中身なんだ。

―最後に少し違う話を訊かせてください。あなたは日本食が大好きで、イギリスのメディアで日本食に関するコラムも書いているそうですが、日本食のどんなところに魅力を感じているのでしょうか?

リチャード:実は日本に来てから、もうすでに2回、本当に素晴らしい食事をしたんだ。まだ2泊しかしてないのにね!ロンドンの日本食も、昔に比べたら本当に良くなったよ。どんどん進化している。でも、やっぱりここで食べるのとは違うんだ。日本で食べる体験は特別だよ。ちなみに、私はNoble Rotっていう食の雑誌で書いているんだ。もう何本かコラムを書いているんだけど、でも結局、いつも音楽の話になってしまう(笑)。ほとんど音楽について書いているね。でも、その中に少し日本食の話が入る、っていう。

―具体的に、どんなことを書いているんですか?

リチャード:この前書いたコラムは母についてだったし、マーティン・ミルズ(Beggars Group創始者)について書いたこともある。以前、彼と一緒に日本食を食べに行った時の話なんだけど、料理人を見ながら、「この人は達人だな」と思ったんだ。それでマーティンを見て、「この二人って同じ種類の人間だな」と思った。どちらも達人なんだ。だから自分にとって日本食とは、ある種の比喩なんだと思う。クラフト、献身、細部へのこだわり──そういうもののね。完璧な何かを追い求める姿勢。もちろん完璧には辿り着けない。でも、それでも追い求め続ける。その探求そのものが人生になっていく。そういう感覚なんだ。職人技を磨き、学び、発展させ続けること。自分は日本食からそういうものを感じる。それって音楽と同じなんだよね。

―ちなみに、一番好きな日本食は何ですか?

リチャード:それって、「一番好きなレコードは何ですか?」って訊かれるのと同じだね。ひとつには絞れないよ!

〈XL〉主宰リチャード・ラッセル、日本で大いに語る──UKラップ、Nourished By Time、音楽シーンと自身の今

エヴリシング・イズ・レコーデッド
『Temporary』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14536

〈XL〉主宰リチャード・ラッセル、日本で大いに語る──UKラップ、Nourished By Time、音楽シーンと自身の今

Overmono(オーヴァーモノ)
『Pure Devotion』
2026年8月7日リリース
*〈XL Recordings〉からのアルバム第2弾
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15805
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