中国とロシアに隣接するモンゴルは、日本の約4倍の国土を持ちながら人口はわずか350万人と、世界でもっとも人口密度の低い国とされている。1924年から70年近く社会主義政権が続いていたが、ソビエト連邦崩壊と東欧革命に触発されて民主化の道を歩み始め、1992年にはモンゴル人民共和国からモンゴル国へと改称して社会主義を完全に放棄した。


1991年にモンゴルの首都ウランバートルで生まれたマグノリアンは、まさに民主主義国家として歩み始めたモンゴルの最初の世代にあたる。幼少時から楽器に触れ、ティーンエイジャーになるとアメリカのインディーロックにのめり込んだ。彼が奏でる音楽のなかには、どこまでも広がる草原やスケールの大きな遊牧生活など、従来のモンゴル的なイメージはほとんど見られない。その意味でもマグノリアンは「新しいモンゴル音楽」を体現する存在とも言えるだろう。

そんなマグノリアンの新作『Supermarket Daydreams』がリリースされた。ここでは内省的で繊細な歌の世界が構築されており、シンガー・ソングライターとしてのマグノリアンの魅力が余すことなく表現されている。昨年、マグノリアンは小島秀夫が監督・プロデュースを手がけた人気ゲーム『Death Stranding 2:On the Beach』に6曲を楽曲提供しているが、そのうちの1曲である「Woods」も収録。マグノリアンの現在を伝える作品となっている。

近年はウランバートルのライブスペース「ファットキャット・ジャズクラブ」を共同運営するなど、現地インディー・シーンの盛り上がりにも尽力している。モンゴル・インディー・シーンのキーマンでもあるマグノリアンにメール・インタビューを試みた。

ー出身はウランバートルだそうですが、どのような環境で育ったのでしょうか。

Magnolian:幼いころの記憶といえば、東ヨーロッパにあるようなソビエト様式の無骨な集合住宅のイメージです。
子ども時代は不自由なく、理想的な環境ではありましたが、とても孤独でもありました。英語で教育を受ける学校に通っていたため、モンゴル語がおろそかになってしまい、同年代のモンゴル人の子どもたちとうまく打ち解けることができなかったんですよ。それが理由なのか、それとも生まれ持った性格なのかはわかりませんが、私はずっと「自分は部外者だ」という感覚を抱えてきました。そんな中で音楽に出会いました。音楽は人生を変える旅へと導いてくれましたし、私に慰めを与えてくれました。今もなお、その存在は変わりません。

ーモンゴルのメディアに掲載されたインタビュー記事を読むと、影響を受けたアーティストとしてナショナル、ボン・イヴェール、セイント・ヴィンセント、ビーチ・ハウスなどの名前を挙げています。どのように彼らの音楽と出会ったのでしょうか。

Magnolian:決して大きなシーンだったとは言えませんが、ウランバートルにも本当に音楽を愛する人たちのコミュニティーは存在していました。そういう人たちは自分たちなりの方法で音楽を見つけ出していたんです。私がそうしたアーティストたちと出会ったのは2007、8年ごろ、私が17歳のころでした。ちょうどインターネットで誰もが自由に音楽へアクセスできるようになった時代です。
ヴィンセント・ムーンがディレクターを務めるYouTubeチャンネル「La Blogothèque」を通じて、スフィアン・スティーヴンスやビーチ・ハウスを知りました。そこからはまるでウサギ穴に落ちるように、一人のアーティストからまた別のアーティストへと夢中で掘り下げていきました。好きな音楽をプレイリストにまとめてCDに焼き、音楽好きの友人や先生、興味を持ってくれそうな人たちに渡していました。彼らもまた、おすすめの音楽を私に教えてくれました。

ーちょっと漠然とした質問ですが、あなたはウランバートルの若者としては典型的な文化的趣向や人生観の持ち主だと思いますか? あるいは少々変わり者だと思いますか?

Magnolian:自分が「ウランバートルの典型的な若者」だとは思いません。むしろ現在のモンゴルで少しずつ増えている、これまでとは少し違った価値観を持つ人たちを代表しているのではないかと思います。若いころ、自分は周囲とは違う存在であり、どこか部外者だと感じていました。でも年齢を重ね、多くの人と出会ううちに、それが自分だけではないことに気づきました。アイデンティティーに悩み、孤独を抱え、自分の居場所を探しているモンゴル人はたくさんいます。私はそうした感情や思いを自分の楽曲に込めています。だからこそ、多くのリスナーがそこに共感してくれるのだと思います。

ーナショナルの『Boxer』(2007年)にもっとも影響を受けたそうですが、あの作品のどのような部分にあなたは影響を受けてきたのでしょうか。


Magnolian:『Boxer』は私の人生における大きな転機でした。まさに啓示であり、価値観が変わるような体験でした。あのアルバムが描かれているのは、「決して華やかではない大人たちの日常」です。友人と疎遠になってしまうこと。恋人を失望させてしまうこと。十分なお金を稼げないこと。パーティーへ行くより、家にいたいと思うこと。そんな静かだけれど胸を締めつける物語が歌われています。私にとって、それはとても現実的な世界でした。音楽そのものも見事で、緊張感と優しさ、そして感情の解放が絶妙なバランスで共存しています。この作品は、今でも私にとって北極星のような存在なんです。

ーカナダの大学で美術史を学んだと聞きました。
カナダに住んでいた経験は、あなたの表現にどのような影響を与えたと思いますか。

Magnolian:大学時代のカナダでの生活は、強い孤独と創造性が共存していた時期でした。友人を作るのに苦労しましたし、できた友人とも週に数時間しか会いませんでした。だから、多くの時間を一人で過ごしていました。そのころ私は「書くこと」の喜びに出会いました。10代後半から20代前半というのは、新しい考え方や経験に対してとても敏感で、あらゆることを強く感じられる時期です。私は毎晩のように、その日の出来事や見知らぬ人の物語、まだ会ったこともない恋人への手紙などを書いていました。書いている時間は、本当の意味で自由になれた気がします。

ソングライティングも大きく花開いた時期です。何百もの楽曲の断片を作り、それらは今でも新しいアイデアが必要なときに聴き返しています。あのころ、私は自分の心と魂の中に眠っていた創造性の泉を掘り当てたような感覚がありました。孤独であること、感受性が最も豊かな年齢であったこと、そして知的刺激に満ちた大学という環境。
そのすべてが重なり、私の内側には創作への情熱が燃え上がっていました。

ーMagnolianというアーティストネームの由来を教えてください。

Magnolian:本を読んでいたとき、「Magnolia」という単語を目にしました。最初は「Mongolia」と読み間違えたのですが、実はまったく違う言葉だったんです。まるで人混みの中で知り合いだと思って声をかけたら、実はまったくの別人だったような感覚でした。その出来事以来、この言葉に強く惹かれるようになりました。私はモンゴル語があまり得意ではなく、同世代のモンゴル人たちと文化的・社会的に繋がることにも苦労していました。そのため、自分自身に問いかけることがよくありました。「自分は本当にモンゴル人なのだろうか?」と。外見はモンゴル人でも、内面は何か違う存在なのではないか? つまり、私は「Mongolian」ではなく、「Magnolian」なのかもしれない。そんな思いが、この名前の由来です。それと同時に、この名前には大好きな映画監督ポール・トーマス・アンダーソンへのオマージュも込められています。
彼の作品は、私の人生をより豊かなものにしてくれる存在なんです。

ー音楽活動自体は学生時代からやっていたそうですが、大学卒業後、モンゴルに帰国してから活動を本格化させます。活動開始当初はどのような場所で演奏していたのでしょうか。

Magnolian:私が初めてステージに立ったのは、カフェで開催されていたオープンマイクでした。友人のBazoと一緒に、ボン・イヴェールの「For Emma」を演奏したんです。その後、いくつかのバーやイベントに出演し、モンゴル最大の音楽フェス「Playtime Festival」のオーディションを受けました。Playtimeはモンゴルのアーティストと観客を結び付け、シーンを成長させてきた、とても重要な存在です。ただ、開催されるのは年に一度だけで、しかも市街地の外で行われていたんですよ。だから私は自分でバーやカフェ、映画館などを借りてライブを企画することが多かったんです。当時のウランバートルにライブハウスは数えるほどしかなかったですし。

ー2015年にはそのPlaytime Festivalに初出演しますね。海外メディアのインタビューでは「観客30人のうち29人が知り合いだった」と話していましたが。

Magnolian:その話は本当です(笑)。ギター1本の弾き語りというフォークらしいスタイルでオーディションを受け、出演が決まりました。出演時間は午後3時。多くの人は昼寝をしていたり、川辺でのんびり過ごしていた時間帯です。客席にいたのは、ほとんどが友人たち。でも、私にとっては本当に誇らしい瞬間でした。それまで何年も観客としてPlaytimeに通い、ステージに立つバンドを羨ましく眺めながら、「いつか自分もあそこに立ちたい」と夢見ていたからです。

マグノリアンが体現する「新しいモンゴル音楽」、ウランバートルから響く内省的な歌世界


ー以前リリースされた「The Bride & the Bachelor」や、新作にも収録された「Woods」では(モンゴルの擦弦楽器である)馬頭琴が使われていますが、あなたの作品ではむしろ国外の人間がイメージしがちな「モンゴルらしさ」、たとえば大自然や遊牧民のイメージを避けているようにも感じられます。「モンゴルらしさ」に対するあなたの意識をお聞かせください。

Magnolian:曲を書くとき、「モンゴルらしさ」を意識することはほとんどありません。私が最も大切にしているのは、その曲が誠実で、人の心を動かす作品になっているかどうかです。

私はウランバートルという大都市で育ちました。草原で遊牧生活をしたこともありませんし、家畜を追うことも、ゲルを建てることも、羊を解体することもできません。しかもモンゴル語ではなく英語で歌っています。だから、そうした体験について無理に歌おうとは思わないんです。地方の人たちからは「都会育ちだからモンゴルらしさを失っている」と冗談を言われることもありますし、以前はそれを気にしていました。

でも、あるとき気づいたんです。無理に「モンゴルらしく」なろうとする必要はない、と。私が作るものは、私自身がモンゴル人である以上、自然とモンゴルの音楽になるのだと思います。もちろん、馬頭琴のようなモンゴル的な要素が自然に、あるいは無意識に現れることはあります。ただ、それは曲に本当に必要なときだけです。何よりも大切なのは、その楽曲にふさわしいかどうかなんです。

ー日本人がそうであるように、いまだにモンゴル出身の音楽家がステレオタイプとともに見られるところはあるのではないかと思います。そうしたイメージにとらわれない、新しいモンゴルのイメージを世界へ発信したいという気持ちもあるのでしょうか?

Magnolian:それが私の主な目的というわけではありません。私が一番大切にしているのは、とにかく自分が信じられる最高の音楽を作るということです。もしもその結果として、世界の人たちがモンゴルに対して、より現代的なイメージを持ってくれるなら嬉しいことです。多くの人が思い浮かべるモンゴル音楽といえば、馬頭琴やホーミー、オルティンドー(モンゴルの遊牧民に伝わる民謡の一種)でしょう。音楽は世界中で高く評価されています。モンゴルの音楽はワールドミュージックという枠を超え、より幅広いリスナーにとって魅力的な存在になりつつあります。その流れの一員でいられることを嬉しく思っています。ただ、最終的には「モンゴルの音楽だから」ではなく、「心を動かす音楽だから」という理由で私の作品を聴いてもらえるのが一番幸せですね。

ー新作『Supermarket Daydreams』のジャケットはどこのスーパーマーケットで撮影されたものなのでしょうか。また、この写真をジャケットにした理由は?

Magnolian:『Supermarket Daydreams』のジャケット写真は、妻のエンクジンがウランバートルにある「Saruul Market」という食料品店で撮影したものです。Saruul Marketは、ウランバートルでもっとも好きな場所のひとつです。現代的なスタイルを取り入れながらも、それぞれの商人が色とりどりの商品を天井近くまで積み上げた棚で販売していて、モンゴルらしい市場の姿を今も残しています。そこには、どこか懐かしい空気が漂っています。ある意味でマグノリアンという存在もこの市場に似ているのかもしれません。どちらも「現代に生きるモンゴル」を表現していると思います。

ー音楽面ではどのようなことを考えていましたか。音楽的なテーマやヴィジョンがあれば教えてください。

Magnolian:今回のアルバムはこれまでの作品の中でももっともコンセプトとテーマが明確な作品になったと思っています。ここで描きたかったのは、ごく平凡な日常の中に潜む、かけがえのない瞬間です。そして、ドラマチックな恋愛ではなく、もっと現実的で等身大の愛の姿を描いています。愛とは一緒にスーパーへ買い物に行くこと。テレビを並んで観ること。植物の世話をすること。そうした何気ない日々の積み重ねなのだと思います。同時にこの作品では、大人になることへの不安も描いています。いつも疲れていること。ニュースを見過ぎてしまうこと。SNSに圧倒されてしまうこと。制作面でもこれまで以上に時間をかけました。私は制作中、思いついたアイデアをすべてボイスメモに録音しています。前作のフォルダには100件ほどしか録音がありませんでしたが、このアルバムでは約350件にもなりました。それだけ試行錯誤を繰り返し、一曲一曲を磨き上げたんです。

ー「Supermarket Daydreams」はペダルスティールの音色も印象的な、とても幻想的な楽曲ですが、ここでデュエットしている女性シンガーはどなたなのでしょうか?

Magnolian:実は妻のエンクジンです。彼女は「Big Machines」「Walk the Fire」「Primadonna」、そして「Woods」など、これまでいくつかの楽曲にも参加しています。彼女の声は私の音楽に本当によく合うんです。何人かのシンガーに歌ってもらいましたが、どうもしっくりこないんですよ。今では彼女の歌声はマグノリアンのサウンドに欠かせない存在になりました。

ー小島秀夫さんが監督を手がけたゲーム『Death Stranding 2:On the Beach』に提供した「Woods」もふたたび収録されています。この曲はあなたにとってやはり特別な曲なのでしょうか?

Magnolian:そうですね。『Death Stranding 2』という特別な世界に、こんなにも個人的で感情的な作品を届けることができたことを誇りに思っています。私の曲は、登場人物が架空のものであったとしても、必ずどこかに実際の経験や記憶、あるいは自分自身の思いが反映されています。「Woods」は祖母が亡くなったときの悲しみをもとにして、『Death Stranding 2』のために書きました。自分の中でも特に個人的で感情的な一曲なんです。

ー「St. Petersburg」は(モスクワに次ぐロシア第2の都市である)サンクトペテルブルクと関連する記憶が歌われているのでしょうか?

Magnolian:私はサンクトペテルブルクへ行ったことがなくて、本の中だけで訪れたことがあります。モスクワには一度だけ行ったことがありますが、その感覚はどこか懐かしいものでした。ウランバートルという街自体がソビエトの都市として整備され、モンゴルの都市文化も旧ソ連から大きな影響を受けています。母はロシア語学校に通っていて、家にはロシア文学がたくさんありましたし、私は思春期にトルストイやプーシキンを読んで育ちました。この曲はもともと大学時代、ウクレレで書き始めたものです。当時はベイルートのような雰囲気の曲でしたが、何年も経ってから掘り起こし、ギターやピアノでアレンジし直すうちに、どんどんロシア的な響きになっていきました。ナショナルの楽曲「Peggy-O」の美しいフィンガーピッキングもこの曲のリズムに大きな影響を与えています。

ー「Walk The Fire」はまるで映画のようなミュージックビデオも印象的でしたが、<I got all night, put me in the fight(時間はたっぷりある、俺を戦わせてくれ)>というフレーズが歌われていますね。どこか特定の戦地のことがイメージされているのでしょうか?

Magnolian:いや、この曲は完全に比喩的な作品なんです。寓話のようなものですね。輪廻転生について歌っているのかもしれません。過去にも未来にもいくつもの人生があり、あるいは今この瞬間にも複数の人生が同時に存在していて、夢や記憶を通してそれらに触れられるのではないか。そんな世界観を思い描いていました。もし人がそんな無数の人生を生きているなら、自分を現実に繋ぎ止めてくれるものは何なのか。それは愛する人の存在です。同時に、その人たちを失うことや失望させてしまうことへの不安もこの曲には込められています。

ー歌詞を書くうえでもっとも大切にしていることとは?

Magnolian:一番大切なのは「誠実さ」です。誠実な言葉は、人間の普遍的な体験をまっすぐ映し出します。誰もが経験したことのある瞬間や感情を捉えているからこそ、人の心に残るのだと思います。お気に入りの歌詞を思い浮かべてみてください。きっと、あなた自身の真実と重なる何かがあったから、今でも覚えているのでしょう。歌詞にはストーリーテリングも必要です。必ずしも明確な物語でなくても構いません。始まりがあり、途中で変化があり、終わりへ向かう流れがあること。それは表面的には分からなくても、書いている本人には感じられるものです。

ーウランバートルのジャズクラブ「ファットキャット・ジャズクラブ」の共同創設者であるとも聞きました。どのような経緯でこのジャズクラブを開くことになったのでしょうか。

Magnolian:私が音楽活動を始めたころ、ウランバートルにはライブハウスがまだまだ少なかったんです。観客がアーティストを間近で体験でき、新しい才能に出会い、若いミュージシャンが経験を積める場所を作りたいという思いからファットキャット・ジャズクラブを始めました。今年で8周年を迎えます。ファットキャットはクラウドファンディングによってスタートしました。ひとりから3万ドルを集めるのではなく、30人から1,000ドルずつ借りました。つまり、このクラブは地域のコミュニティーみんなで作った場所なんです。2018年4月に最初の打ち合わせをして、わずか4カ月後の8月にはオープンしました。そして1年後には借りたお金をすべて返済することができました。

マグノリアンが体現する「新しいモンゴル音楽」、ウランバートルから響く内省的な歌世界


ーファットキャット・ジャズクラブのテーマやコンセプトがあれば教えてください。また、このクラブをどんな場所にしていきたいと思いますか?

Magnolian:私にとってファットキャット・ジャズクラブとは文化的な拠点でもあります。ウランバートルで最高の音楽に出会える場所であり、新しい才能が観客と出会い、経験を積める場所であってほしいと思っています。海外からのアーティストも数多く出演しているので、モンゴルと世界を繋ぐ架け橋にもなりたいですね。マグノリアンというアーティストとして自分のスタイルを見つけるまでには長い時間がかかりましたが、ファットキャットは最初から明確なアイデンティティーを持っていました。これからもその軸を大切に育て続け、この場所ならではの精神を守っていきたいと思っています。

ー現在のウランバートルのインディーシーンについてはどう思われますか。また、そのなかでどのような役割を果たしていきたいと思いますか?

Magnolian:現在のウランバートルのインディーシーンは、本当に活気に満ちています。新しいバンドが次々と生まれ、演奏の機会も増えています。若いアーティストにとって一番大きな課題は、質の高いレコーディング環境を確保することです。だから私は最近、新しくレコーディングスタジオを作りました。もっと多くの若いミュージシャンが気軽に作品を録音できる環境を整えたいと思ったからです。ライブスペースも増えていますが、それでもPlaytime Festivalは今なおモンゴルでもっとも重要な音楽フェスティヴァルであり続けています。今年、私はモンゴル人アーティストとしてヘッドライナーを務めます。そして、若手アーティストのためのステージもあります。そこにはきっと、29人の友人と、たったひとりの見知らぬ観客の前で演奏する新人がいるでしょう。かつての私のように。

Here are the credits:
Creative direction & styling: Dari Studio
Photographer: Erkhbayar Tsengel
Hair stylist: Amarchimeg
Make-Up: Nomin Ganbaatar
<リリース情報>

マグノリアンが体現する「新しいモンゴル音楽」、ウランバートルから響く内省的な歌世界


Magnolian(マグノリアン)
『Supermarket Daydreams』
2026年6月26日(金)リリース
https://bfan.link/supermarket-daydreams

Instagram https://www.instagram.com/magnolianmusic/
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