ベトナムの「大旅団」全員集合。最終日、今回のサンプリング拠点のひとつとなったベトナム・ラオカイ省サパにて。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第187話
アジアの研究ネットワークをさらに広げるため、今度はベトナム北西部へ。コウモリのサンプリング調査を行なうために、現地の研究者たちに加えて日本から来たテレビクルーらと「大旅団」を組み、「パンデミックの起源」の現場を目指す。
* * *
【さらばダッカ】バングラデシュ・ダッカの空港のラウンジ。日付が変わる頃、オールドダッカでかいた汗を、温度調節の安定しないシャワーで、時間をかけてきれいに流した。
「ダッカのラウンジではアルコールの提供はない」。そう聞いていたのだが、シャワーから出るとなんと、バングラデシュの唯一の国産ビールである「ハンタービール」(184話)をうまそうに飲んでいるおっさんがいるではないか。
ラウンジのスタッフにそれとなく訊いてみると、「航空チケットを見せろ」とひと言。
言われるがまま、これから乗る飛行機の航空券を見せる。するとそのスタッフは、なにも言わずにアルコールのメニューを私にこそっと差し出した。私がこれから乗るのはタイ航空。どうやら、バングラデシュ航空の便に乗るのでなければ、アルコールは提供できる、ということらしい。
そのようにして手に入れた350mlの缶ビールを寝酒として2本飲み、滞在24時間強の弾丸ダッカツアーを終えた。
――そして、次の目的地はベトナムのハノイ。しかし、うまくスケジュールに合う飛行機がなく、また、ダッカからハノイへの直行便もなかった。仕方がないので「機中泊」である。
午前2時過ぎ、ダッカのシャージャラール国際空港から、タイ・バンコクのスワンナプーム国際空港まで2時間半。そこで乗り継いで、ベトナム・ハノイのノイバイ国際空港まで2時間。乗り継ぎも入れると、約6時間の道のりである。「機中泊」とは言葉ばかりで、ほとんど眠ることができなかった。
ダッカ→バンコク→ハノイ(移動時間6時間、ハノイとダッカの時差は+1時間)。ここでひとつ、妙なことに気がついた。ハノイを軸にすると、日本は+2時間、ダッカは-1時間。これは経度的にわかる(ハノイに比べて日本は東にあり、ダッカは西にあるから)。しかしなぜ、クアラルンプールとシンガポールは、ハノイより西に位置するのに、ハノイに比べて+1時間(1時間進んでいる)?
【「ニヘ」に集結!】
午前10時過ぎにノイバイ国際空港に着き、Grab(東南アジア版のUberのようなもの)でホテルへ直行する。
この日のハノイは望外に涼しく、ひんやりとしていた。
先に到着していた私のラボメンバー3名と、ホテルで合流する。時間が早く、まだチェックインできないので、睡魔をおして、また時間潰しも兼ねて、みんなでバインミーを食べに出かけることにした。
バングラデシュのベンガル料理に比べると薄味で、酸味も効いてさっぱりとしたバインミー。ふたり乗りの原付が絶え間なく行き交う狭い路地。路肩には、やたらと低いプラスチックの腰掛け椅子に座って喋る人たち。同じように低いプラスチック椅子に腰を下ろし、バインミーを頬張りながらそんなハノイの見慣れた往来を眺めていると、どこかホッとしている自分に気づいた。
人気のバインミーの店。今回のベトナムの旅に参加する、私のラボメンバーたち。左から、2024年のエチオピア出張(117話)に同行したポスドクのU、インドネシア人大学院生(当時)のS、2024年のベトナム出張(136話)にも同行した大学院生(当時)のF。このときはまだみんな元気。
それからホテルに戻ってチェックインし、1時間だけ仮眠をとった。
今回のベトナム出張には、NHKのテレビクルーも同行することになっていた。テレビクルーたちは、私たちのNIHEへの到着シーンを遠巻きから撮影していた。ちなみにこの旅のいくつかのシーンは、2026年1月に放送された、NHKの「フロンティア」という番組で紹介されている。
NIHEの会議室で、撮影準備を進めるNHKのテレビクルーたち。そこに私たちやNIHEのメンバー、ベトナム科学技術アカデミーに所属するベトナム人のコウモリ研究者トンさん(136話)が集合する。会議室に入るやいなや、カメラを向けられて面食らうトンさん。場の空気も和んだところで、明日以降の計画についての最終的な打ち合わせをした。
私のラボメンバー、NIHEのメンバー、トンさんが率いるベトナム人メンバー、そして、NHKのテレビクルーも含めると、この旅の関係者は総勢およそ20名。2022年に初めて訪越(ベトナムは漢字一文字で「越」)して以来、着々と進めてきたベトナムとの共同研究は、翌2023年(11話)、そして2024年(136話)を経て、2025年にはついにこのような「大旅団」へと発展を遂げた。
打ち合わせを終えると、日本人メンバーだけで、行きつけの「ビアホイ(日本のビアガーデンのようなところ)」で決起集会を催した。2022年以来、毎年恒例になっているベトナム料理に舌鼓を打ち、「チュック・バック」というベトナム産のビールで喉を潤す。腹を満たし、したたかに酔った後、ホテルに戻り、泥のように寝た。
(左上)Truc Bach(「チュック・バック」と読む)というベトナム産のビール。さっぱりしていておいしい。薄いのでぐびぐび飲める。(右上)ハノイビール。これは正直ちょっといまいち。(下)いつものビアホイで、決起集会の一幕。
【この旅の目的地と、その目的】
このベトナム出張の目的地は、「ラオカイ(Lao Cai)」というベトナム北西部の省。中国語(漢字)では「老街」と書く。
ラオカイ省の省都であるラオカイ市は、中国国境に位置する。
中国の雲南省では、そこに生息する「キクガシラコウモリ」というコウモリから、SARSウイルスや新型コロナウイルスに似たウイルスがたくさん見つかっていた。そして、ベトナムの西に位置するラオスの北部では、「BANAL-20-236」という、新型コロナウイルスにとてもよく似たコロナウイルスが、やはりキクガシラコウモリから見つかっている。
そこから導き出した「作業仮説」はこうだ。
――そうであれば、ラオカイ省を含めたこの地域こそが、「新型コロナウイルスによく似た、コウモリのコロナウイルスの『ホットスポット』」なのではないか?
これを探ることこそが、この旅の目的である。
文・写真/佐藤 佳
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