フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』で声優を目指した女性を取材した「声優になりたくて2」(2024年6月放送)。一度は夢を諦めかけた元公務員の井上彩さん(当時31歳)は、番組放送後の反響に励まされ、再び夢を追うことを決めた。
2年後の今は、声優業界の厳しさを体感しているという。実際、その厳しさについて、井上さんと、井上さんが所属する事務所の代表・佐藤壮さんにも話を聞いた。
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先輩の領域を目指し厳しさを痛感

――番組で放送されたオーディション結果を受けて、一度は夢を諦めることを考えたものの、視聴者から応援をもらって、続けようと決めたそうですね。今は事務所に所属し、声の仕事もされていますが、実際、厳しさを感じることはありますか?

井上彩:はい。「こうやってみて」と、瞬時にリクエストされることが多く、声優は適応力が求められる仕事だと思っています。私は、これと決めたら突き進むタイプなので、臨機応変に動けることや幅広い分野の知識など、勉強が必要なことは多いです。

事務所の仕事以外に、自分個人でも仕事のきっかけにつなげるように動いていて、朗読劇に出演したりしますが、この前、ベテランの声優さんのお芝居を間近で見る機会があったんです。言葉の持つ説得力が大きくて、自分ではシーンをイメージしながらお芝居をしているつもりでも、ベテラン声優の方は、もっと奥深くまで作品の場面がみえているんだなと身に染みて感じました。自分も先輩のあの領域までいかないといけないと強く思っています。

30代の声優が直面する壁

――井上さんが公務員を辞めて声優の仕事を目指したのは24歳頃でした。31歳で事務所に所属し、現在は33歳ですが、年齢のことは気になりますか?

井上彩:気になります。今の年齢が一番中途半端じゃないかなと感じていて。10代から声優になるために頑張っている子も多い中で、自分はスタートが遅かったと思ってしまうんです。例えば、「この年齢だったらプロとしてこのくらいできるよね」と厳しく見られることもあったので。


30代って声優人口というのか、人数が多いと思うんです。40代、50代になると味が出てきて、高齢の役が多くなったりすると思うんですけど、30代はよほどでない限りはすぐ自分の得意を活かせるといえないというか……。

私は声質が低いので、一番やりたいアニメでは、少年の役ができればと思っていますが、もっと若い年齢の子や声質の高い子と戦えるかいうと、そうでもないと思ったり。自分の等身大の声でできるといいんですけど、20代後半や30代の声の仕事は競争が激しくて、正直、難しいかもと思ったりします。

新規参入が難しい声優業界の構造

――井上さんが所属される事務所・代表の佐藤さんにお聞きします。佐藤さんは、「一回ダメとなった子にもチャンスを」というお話で、井上さんをスカウトされたそうですが、どんな理由からですか?

佐藤壮:僕はもともと声優の専門学校で、10年ほど教務をしていたんです。そこでは、2,000人くらいの受講生を声優やアニメの世界へ送り出しました。一方で、声優業界は事務所が200社くらいあるといわれていて、養成所だったら2年ほど通って、その後、テストを受けて合格すれば事務所に所属できます。事務所に所属してからはレッスンを受けたり、別の養成所に通ったりする子もいます。

時間をかけてレッスンを受けて、ようやく仕事が依頼されるというのが声優業界のシステムなのですが、例えば2年間、事務所に所属してレッスンは通ったけれど一度もオーディションを受けられなかった、という子がいるのも当たり前だとも言われています。

養成所時代は、育てた子たちが事務所に入ったものの辞めていったことも多かったので、それなら自分がチャンスを提供できる環境をつくりたいと思って、2023年10月頃に事務所をスタートしました。その後は、ありがたいことに映像の仕事やオーディションの話が増えてきて、ただ、人材が不足していたなかで、井上さんにSNSでお声がけさせていただきました。

基本的に、他の事務所から引き抜きはしないでおこうと思っていたので、事務所に所属せずフリーランスで活動されている方に絞り、SNSで発信されているような頑張っている方をと思って、井上さんにDMを送りました。
その後、井上さんと実際に会って話をして、熱量の高さと人柄のよさを感じたのでオファーしました。僕は、教務歴が長いので、技術面を成長させてあげる自信はありますが、人間性については変えることが難しいので、人柄はとても重視していました。

「50代」でも高校生を演じる世界

――声優業界は厳しいと聞きます。

佐藤壮:やはり芸能界のような一面があるので、チャンスをつかめるかどうかが肝心で。テレビに出られる人もほんの一握りなんです。アニメも今はたくさんありますが、出演される声優さんは、少なくともこの10年ほどをみても、変わらず同じ方が務めていることが多い。身体能力を問われるわけでもなく、息の長い職業でもあるので、新しい世代や新興の事務所にとって壁がめちゃくちゃ高くて、新規に参入するのはなかなか難しいんです。

――声自体、老けにくいかもしれないですね。

佐藤壮:役者は年齢とともに外見が変化しますが、声は基本的にずっと一緒で。もちろんその陰には、声優さんたちのたゆまない努力がありますが、例えば、50歳、60歳になっても高校生の声ができる人もいます。そうなってくると、新しい人が入りにくいという難しさも声優業界にはあるかなと思っています。

――井上さんは、そんな厳しい世界で頑張っているんですね。井上さんは、普段、何か声優の仕事のために気を付けていることはありますか?

井上彩:毎日、短い時間でも必ず発声練習をしています。
喉が乾燥しないように、自宅では空気清浄機や加湿器は常にそばに置いて。また、喉が本調子になるまでには、起きてから4時間くらいかかると言われているので、稽古や朗読劇の本番、収録があるときには万全の状態で臨めるように、どんなに朝が早くても4時間前には起きるようにしています。仕事の前日にはお酒を飲まないようにもしています。

あと、『ザ・ノンフィクション』の撮影終了後、不摂生で10kgくらい太ったんですけど、太っちゃうと疲れ具合も全然違うって聞いてからは、体重を戻しました。子どもの頃から続けているバレーボールの頻度を増やしたり、自炊を習慣にすることで自然と体重が戻りました。以前は、平日、派遣の仕事が終わってから朗読劇の練習に参加したりすると自炊が難しくて、結局、簡単な食事を買って食べることが多かったんですけど、一度にまとめておかずを作って、冷凍ストックすることで自炊できるようになりました。

「求められる限り続けたい」執念の源は

「主要キャストが10年間変わらない」新人声優が直面する「新規参入困難」な業界の舞台裏
諦めずに挑戦し続けるつもりだ
――そのほか、声優の仕事を広げるために何かされていますか?

井上彩:最近、事務所からSHOWROOM(ショールーム)のアカウントが作れると聞いて、早速作しました。まだ発信自体はできていないんですけど、歌を歌うことも好きなので、たくさんの人に見てもらえるきっかけになればいいなと思っています。

――一度は、声優の仕事を目指すことをやめようとした井上さんですが、続けようと頑張ってきてよかったですか?

井上彩:よかったです。声の仕事が全然なかった頃に比べると、ちょっとずつでも仕事ができるようになった今、自信が生まれるのを感じています。

養成所に通っていた頃は、どうしても弱い自分がいて、とにかく自信がなかったんです。番組後半で放送されたオーディションも、今振り返ると、当時の不安でしかたなかった気持ちって観ている人たちに全部伝わっていたんだろうなと思うし。


いろいろな人の言葉をそのまま受け取って、「自分はダメだ」って思い込んでいたんですけど、自己否定に陥った状態では事務所にも入れないよなって納得する自分もいて。ただ、やっぱり「『ザ・ノンフィクション』を観ました」って言ってくれる人たちの声がすごくうれしかったです。

一度は夢を諦めようとも思いましたが、もしあのとき続けていなかったら、今の事務所にも出会えなかったし、続けたからこそ、声優の仕事も実際にできる喜びを感じられていると思っています。声優は、求められる限り続けたいです。

<取材・文/たかなしまき>

【たかなしまき】
愛媛県出身。フリーライター。社会をよりよくするために活動する方々も陰ながら応援。新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。こしあん大好物です。
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